忙しかった3月から4月にかけての「年度替わり」も順調に移行した。私にとって昨日の春季例祭、始業式からようやく「ほっと」とした心豊かな「黄金の日々」が始まった感じだ。今朝も校内の桜は満開の花びらを付けており、散り始めてはいない。昨日の始業式まで桜が持ったのは始めての事だった。仮に学校を巨大な船に例えれば名前は「浪速丸」、この船に3385人の生徒が乗り込み、岸壁を離れ、「ブゥオー」と汽笛を鳴らしながらエンジンの速度を上げている状況にある。ようやく「船出」が終わった。今朝は中一の5クラス168人がバス5台に分乗して千早赤阪村に向かった。オリエンテーションをかねて校外学習施設の見学である。
「腐心(ふしん)」という言葉は心をなやますこと、心を使うこと、苦心することであるが、分かり易い表現に「心を砕く」と言うのもある。気をもむ、心配する、気を配る、苦心するであるが、新入生を迎えてまず我々が心を砕くことは、「早く学校に慣れ、友達作りと級友とのチームワークの醸成」である。授業勉強はまだ後で良い。特に経験則から中学生は「じっくり」と育てなければならない。何しろ今から6年間お預かりするのだから時間はたっぷりとある。中学生の今日の施設見学はそのための企画で「多聞いちご園・農園・果樹園」で生のイチゴを採ってその場で食べるという。素晴らしい事だ。友と触れ合い、小学生から中学生になったことを喜び、それを自覚させなければならない。採れたての「いちごの甘さ」に歓声が途切れなかったそうだ。我ながら「良い学校」だと思う。
しかし一方では入試広報部は今年度の募集活動に向かって着々と準備を進めている。今年の学校案内の冊子の主題は「常若」を選んで呉れたという。そう、浪速学院の思想・哲学は「常若」である。伊勢神宮の20年に一度の重要祭事である「式年遷宮」の心は常若であり、常に若々しく美しく保つことは継続性、発展進歩の原動力となる。「教育環境の常若、教職員の精神の常若」、浪速学院は常に若々しく、未来へとつながる学校へとの思いから常若を掲げ、理事長の私も12歳から18歳までの生徒に負けないように常に若々しくなければならないと自覚している。「おじいちゃん」っぽくなっては責任は果たせないとの思いが強いだけに毎日見る常若の文字に対峙して気合を入れているのである。
学校案内に挟む冊子の理事長インタビュー記事のゲラが出来上がって来た。「常に進化と挑戦をやめない、伝統と革新の浪速」と見出しが躍っていた。これらを可能とするエネルギーこそ「常若」なのである。冒頭の船の名前を浪速丸から「浪速常若丸」に変えようと今「ふっ」と思った。浪速常若丸、良い船名ではないか!