今日は「建国記念の日」で国民祝日である。氷雨降る建国記念の日の「採点作業」となった。この記念の日は、言うまでもなく初代天皇である神武天皇が海道東征、艱難辛苦の末、やまと樫原の地で「ご即位した日」であり、戦前は「紀元節」と言われていた。多くの建物で揮毫したが、私は「定礎」の中に「皇紀」の字を全て使っている。神武天皇の建国宣言から今年、令和8年は「紀元2686年」となる。これが皇紀である。昭和戦後生まれの私は昭和15年の「紀元2600年」の一大国民大祭典を知る由もないが「後14年で皇紀2700年」となる。14年など直ぐに到来するが、私は最早この世に生は無いと思う。恐らく時の日本政府は紀元2700年祭など企画しイベントなど考える事は無いと思うが、高市総理が長期政権になれば、やってくれるかも知れない。
しかし日本で極めて希少である神社神道の学校の理事長として、この建国記念の事について触れておくのは自分の責務の一つのような気がして毎年、このアラウンドでも書いている。今では今日、国旗を掲揚する家々など見ることも無くなったが私はこの学校の理事長である限り、正門に国旗を掲揚して寿ぐ。日本人は「万世一系の悠久の大義」の中で生き続けてきた民族である。建国記念の日は祝日法に「建国をしのび国を愛する心を養う」と書いてあるではないか。奈良の樫原神宮から建国祭のご招待を受けていたが、当然入試業務が優先され欠席した。
昨日の高校入学試験は見事に全くトラブルなく終了した。今日は受験生が格闘した答案用紙の採点作業である。この作業ほど気を遣うものはない。当たり前で、「採点一つで受験生の人生が変わる」と言っても大げさではない。私は公立高校で4年間校長として経験し、この学校に来てからも15年直接関与してきた。「採点ミスのないように」「集計の計算ミスのないように」「受験生そのものに間違いがないように」等々、神経を擦り減らす作業であった。それが「様変わり」の様相になった。その要因は4年前から「デジタル採点」方式を導入したからである。公立も昨年から導入したと何かにあった。これは学校の風景を変えたと思う。それくらい効果があった。
入試と言うのは一言で言えば「多事多端」とでも言おうか。「多事多難」ではない。多事多端とは作業の種類が多く
とても忙しいことを言う言葉であるが、そこに緊張感が伴うから私も、校長も教職員も大変だったが受験生が多いということは全く苦にならない。「栄誉」「喜び」と思うべきと私は教職員に述べている。今朝の採点作業が始まる前の朝礼時に私は幾らデジタル採点と言っても緊張感を持って解答とにらみ合い、採点に集中して欲しいと念を押した。
我々が出した「問題」と受験生が出した「答案」の間に「真剣勝負」としての通い合う心を込めて欲しいのである。とにかくデジタル採点を導入する前は今日など夕方から夜遅くまで答案用紙を前に「人海戦術」で苦闘していたが、今や様変わりになっている。答案用紙とにらみ合ってるのではなくてデータが入ったパソコン画面と睨み合うのがデジタル採点である。これが「時代の流れ」なのである。朝礼の私の冒頭の言葉は「好事魔多し」とした。受験生が多い学校、デジタル化が進んだ学校、優秀な先生方、全てが流れるように進む良い学校にも便利さ故の隙が出て大きな返り血を浴びないように注意を喚起するのが私の責任である。採点作業は何と約3時間で見事に終了した。デジタル化の威力である。後は合格者の判定である。作業はまだ続いている。