2026年5月27日水曜日

今日は改正私学法を受けた最初の監事監査

 今日は学校法人浪速学院の「監事監査」の日であった。新私学法は202541日の改正で「監事の役割や地位」にも大きな変化をもたらした。改正の主眼は、学校法人におけるガバナンスの強化や「監査機能の向上」を図ることであり、これにより私ども教育機関の透明性を向上させることが期待されている。特に独立性強化の観点から「監事の選任・解任が評議員会へ移行」され、従来の理事会が監事候補の選定に関与出来なくなった。新たに評議員会が関与することで、理事会の影響を排除し、公正かつ客観的な選考が行えるようになると法令は言うが、果たして実効あるシステムになり得るのかと言う心配も私の内心には些かある。 

監事の権限が大幅にアップされ、法人調査や理事会への意見申述が可能になると言うが本学院では従来から監事のご意見やご指導には透明性を高めて対応してきているのでこの文言も些か?だ。今次改正により、監事に新たに付与、強化された調査権限は、まず①理事会が提出する議案の検証義務、②評議員会に出席し、意見を表明する義務、③兼職制限・同族制限の厳格化で監事の独立性をさらに確保④会計監査人との連携強化で財務チェック体制が強化、④監事の選任・解任が評議員会の議決へ移行等々であるが我々は当然として受け止めているが、実効性のあるシステムにするには監事には相当の時間と知識、力量が必要である。

 改正私学法の趣旨を踏まえ、「今までも、これからも」法令順守、透明性を高めて理事会は法人会計を正しく、評議員会は理事会を監視し、監事は計算書類や業務執行の状況を正確に調査し、理事会、定時評議員会において報告し、それぞれがミッションを踏まえて進めて行くことであり、何ら変わった視点はない。当たり前のことである。特に本校の特徴は「業務監査」として校務運営の責任者が資料を作り、詳細に説明しており、単に決算に関わる会計監査だけではない。このような監事監査を受けている学校は多くはないのではないか。即ち計算書類の元になる業務執行の状況にこそ真実が有るのであって、数値を見るだけでは監査にはならないと思い私は実行している。逆に言えば監事にとって、この業務監査は学校理解に大きな効果があると思う。「為になる」のである。 

東京の某大学法人が社会を震撼させる経営上の不祥事事件を起こし、このような「法の縛り」がきつくなっているが、根本的には「学校の透明性の確保」に尽きる。我々は全てを公開し、情報を外部に公開している。この「信頼性への肌感覚」が多くの保護者や受験生へと伝わり、本校は在籍生徒数3586人と言う大規模校に成長した。大阪府神社界が保持する学校ではなく、木村個人の家業でもなく、「社会の公器としての教育機関」だという事を常に意識し、今後とも精進して参る。幾ら法令を厳しくしても、簡単に学校会計を数値から理解できるようになるには簡単な話ではない。まず業務を執行している本校勤務の役員や管理職が改正私学法を背負って毎日業務を執行しているという感覚を常に忘れない事が大事だと思う。



2026年5月26日火曜日

軽音楽部へアンプをプレゼント

 詳しくは知らないが、音響機器(オーディオ機器)におけるアンプリファイア(英: amplifier)とは、音響を表現した電気信号を「増幅する機器」である。日本語では慣例的に短縮してアンプと呼ばれている。中でもギターアンプとは、「エレキギターの音を出力するための道具」で、これが無ければエレキギターのサウンドは楽しめない。中でも「イギリス、マーシャル製のアンプは優れモノ」でギターの音を作る役割や、アンプのツマミ操作で、リバーブ(残響)などの効果を加えたり特定の音域を強調したりと、好みのサウンド、音色などが調整ができ易く「本校の軽音楽部」でも第一人気の音響機器らしい。 



時は遡る。4月11日に校庭で「文化系クラブの発表会」が新入生の為にあり、その時の軽音楽部のパーフォーマンス演奏の素晴らしさに若者の息吹を強く感じた私は見つけた主顧問のM先生に対して「何か欲しいものはないか?」と問うとすかさず「アンプが欲しいです!」と返ってきた。それが今日の授与式に繋がった。会場に入った私は居並ぶ生徒の数に驚いた。その数、何と150人である。勿論軽音楽部は5人程度の小グループで纏まりグループ数だけで本校は40程度にもなる。吹奏楽部の楽器と比べてセットで40万円のアンプは大きな金額ではないが、代表の生徒や部員の顔は嬉しさで一杯であったように見えた。 




私の如き、古いタイプの加齢の人間にはエレキの甲高いサウンドやボーカルの歌声など何を言っているのか、日本語も分からないことが多いが、今日的若者には軽音楽の魅力で自己の研鑽と生徒なりのストレスの発散になっているのだろう。私は昔気質の「演歌一本道」の人間だが決して軽音楽が嫌いではない。中でも主顧問の数学のM先生は大好きなタイプである。身なりに拘らず、随分前になるが心斎橋で偶然会った時に結婚前の現奥様とデータだったと思うが、来ていた洋服に式服用の真っ白のネクタイを締めていたのには驚いた記憶が有る。それが今でも消えない。そのM先生、3月に卒業した高校3年生の自分のクラスから何と33人もの国公立大学への合格という信じられない快挙を出した先生である。このM先生への感謝の気持ちもこのアンプには有る。 



良い実績を出した教職員や生徒、クラブに対しては「それなりの褒賞、報奨」が有っても良い。私はこれを積極的に行って来た。29日には理事会があるが出来上がった令和8年度学校会計の決算では本当に素晴らしい数値が並んでいる。これも多くの生徒が入学してくれ、今や在籍数が3586人と言うマンモス校になったお陰である。それらの成果を頑張った教職員、生徒に還元するのは当然であり、財務的に出来なくなれば止めれば良いだけの話だ。「財務数値に連動した学校経営」こそ今日の浪速を作ったと思う。やっていたものを止めるとしんどいなどと宣わって、だらだらと継続すれば財務は更に悪化する。「出来る時はやる!出来なければやめる!」、こういうリズム感が学校を活性化させる。

2026年5月20日水曜日

浪速中学校令和9年度入試、塾長様対象の入試説明会の日

 遂に来年度入試に向けてスタートラインの号砲が鳴り響いた。まず私立中学から先に出るのであるが、今日は「浪速中学校令和9年度入試、塾長様対象の入試説明会の日」であった。まず私立中学から出発しその後時間をおいて私立高校となる。府内には私立中学は60校、私立高校は96校あってこれらの学校はこれから少子化の中で生徒募集、即ち受験生の獲得にしのぎを削る。特に義務教育である中学校では「敢えて私立中学の選択の意義は??」という機運がやはり底流には有って、特色、特長、名の通った私立中学でないと受験生は集まらない。基本的には「進路指導と大学入学の実績」が、やはり「物を言う」。公立を蹴ってまで私立中学を選択するのは「6カ年一貫教育による進路保障」だと思う。塾の指導、運動系の実績ある学校、保護者の強い希望等と私立中学サイドがからみあって12月末までうごめき合う。しんどいが面白い仕事だ。


 高校は今年から日本全国の私立高校で完全授業料無償化施策がなり、これで公私の壁は基本的に無くなった。この施策は徐々に私立中学にも伝播していくと思う。余り時を置かず、「私立中学ブーム」が静かに沸き上がって来るかも知れない。個人的な見方で言えばその傾向は既に出てきていると思う。遂10数年前までは本校は60校中30番目位の数で乏しい気持ちが周辺を支配していたが我々は地道な努力を行い、今年の4月には191人の入学者を数えた。これは60校中15番目に位置する。「大躍進」と勝手に思っているが、神は努力するものに栄冠を与えて下さる。この事を信じて今後とも頑張って参りたい。


 今朝も入試広報部の近藤教頭先生が入ってきて、今日の具体的な段取りの説明を受けた。ここ4年間で148人、141人、168人、191人と右肩上がりできた。果たして来年はどのような結果が待ち受けているのか?私は教頭に述べた。中学は今までの基本戦略は1学年5クラス体制であったが、これを見直し、6クラス体制も有り得ると述べた。教室はNS館の6教室を浪速中学に振り向けることで成立する。今日の説明会の登場人物はまずトップバッターが西田校長、次いで女性の西浦教頭補佐が続き、最後に近藤教頭が締めた。このクリーンアップトリオはプレゼンにパンチがあり、又話しぶりに誠実さが前面に出ている。とにかく、しゃべりも資料も完璧であった。もはや私の出番がここには無くなった事が進歩だ。 


口でごちゃごちゃ説明するよりも「百聞は一見に如かず」で自慢の新校舎で学んでいる生徒と教員の姿を見て頂くだけで「百戦錬磨」の塾の先生方には「眼光鋭く」、浪速中学の成長性を見抜いて頂けると思う。つくづくと私は思う。本当に戦うのが好きな自分の姿に驚く。何か元気になっている自分を自覚する。何で戦っているかと言えば、私は浪速の未来を勝ち取る為に戦っている。相手は自分自身である。


2026年5月18日月曜日

時間は人間に大きな仕事をもたらす

 屋久島への中学3年生の修学旅行で引率してくれた先生方に屋久島産の名焼酎である「三岳」をプレゼントした。私の気持ちである。京都の私立高校では修学旅行で死者が出るなど社会問題となったが背景には事前準備もさりながら引率教員の無責任さがある。私はこの話を聞いて憤慨した。それだけに屋久島縄文杉を目指す今回の旅行の結果については気にしていたが本校の教諭は見事にその責任を果たしてくれた。言葉だけで「ご苦労様」では私の気持ちはすまない。だから屋久島の「三岳」なのである。この三岳と言う名前の背景は屋久島の最も高く有名な山の名前から来ている。 

「時間は人間に大きな仕事をもたらす」。今の実感である。昨年の5月下旬、丁度今の時期に私は次のように内外に周知した。確か5月22日だったと思う。学校法人浪速学院は本学院の持ち株会社である(株)浪速教育振興(NEP)が近隣のパンショップ「136パン」との契約を解約し、NEPの直接経営とすべく関係先と具体的な交渉状態に入ったと言うものだった。あれから凡1年、「焼き立てパン、浪速ベーカリーショップ・ブル」は極めて順調な推移を見せ、校内販売は約2倍の売り上げ増、開始した月度2回の「食パンの外販」も大成功となり、何と昨日はこの地の町おこし「山之内フェスティバル」に店舗出しを要請され近隣の方々に大変喜んでいただいた。新しいブルショップの立ち上げに努力してくれた関係者に深甚なる感謝の誠を捧げたいと思う。 


今日は久しぶりの職員会議があった。まず最初に昨年4月に専任教諭として本採用された5名の先生方のうち、まず2名の先生方が「専任1年間研修報告」と題して報告してくれた。素晴らしい中身であった。その後通常の職員会議にて私は様々な視点で本校の現場とあるべき姿について述べた。このようにトップは自らの肉声で方向について語り、述べなければならない。「俺の目を見よ」では経歴や専門課目も、思考も異なる千差万別の教職員に正しくトップの方針が届く訳はない。特に学校は昔から「鍋蓋社会(フラット)」と揶揄されているくらい「縦の線」で纏まるのは口で言うほど簡単な話ではない。 



最後に「令和9年度入試の試験問題作成委員会のメンバー」について名前を読み上げ、発令した。これは人事発表の一つである。まだ5月だと言うのにもう来年度入試問題の作成に入るのである。4月に3586人の生徒を乗せた飛行機は離陸し、上昇し、安定した水平飛行状態であるがもう一段のエンジンを吹かしスピードを上げて令和9年4月1日を目指して飛ぶのである。5月20日には浪速中学校の大イベントである「塾長様対象の学校説明会」がある。今朝の段階で申し込み塾数と先生方の数は昨年を超えている。良い兆候であり、嬉しい。



2026年5月16日土曜日

PTA実行委員会「103年の歴史で初めての女性会長の誕生」か?

 絵筆が「すいすい」と進むように学校が舞台の絵画が今、出来つつある。3586人を乗せた学校は上昇から水平飛行状態になり、安定した平穏な毎日が続いている。4月は生徒の為の新年度形作りであったが、5月は「PTA組織の新しい形作り」が進行している。5月末には令和7年度の学校会計の「決算」が定まり、これで令和7年度は去年となり、名実ともに令和8年度がスタートとする。今日は10時から令和7年度最後の「PTA役員実行委員会」があった。新体制の役員を内定する人事委員会で学校側も管理職はじめオールメンバー出席で「初顔合わせ」である。7年度のS会長が引率して9時30分から私の部屋で新役員の5役が内揃って挨拶に来てくれた。5役とは会長、副会長、書記、会計、監事である。 


そして10時からは大きな部屋に移り、PTA新旧役員の人事をテーマに実行委員会があった。順調に粛々と新旧役員候補者の紹介が行われ大きな拍手で内定した。これで「5月30日のPTA総会」に正式に上程されることが決まった。これだけ大きな学校になるとPTAの数も両親だけで7000人を遥かに超える大組織になる。大変だが浪速改革はPTA組織も対象で「機能的な活動するPTAの形」は基本的に出来上がっており、何時もいつも我々はPTAの力の大きさに感謝している。我々の背中を推してくれるPTAあればこそ「学校は変わった」とも言える。令和7年度のS会長はOBであるが二人のお子さんも浪速一直線で選択してくれ、連続6年間も会長職を執行して頂いた。この間学校は大きく成長した。学校を愛し、PTAの皆さんの為に汗をかき、歴史に残る名会長だったと思う。 

そして令和8年度の会長は何と、何と「103年の歴史で初めて女性会長」が誕生する内定で進んでいる。国政では憲政史上初めて高市早苗総理が誕生して素晴らしい改革を進められており、私は女性会長の就任を待ち望んでいただけにこの案を現会長から相談された時には諸手を上げて賛成した。明るく、元気いっぱいの、笑顔が素敵な、それでいて知的な女性である。学校も初の女性管理職が事務室に誕生しており、中学校でも女性教諭が教頭補佐職に昇進されているなかで遂にPTA会長も女性となる。時代が一歩前に進んだ感じだ。

 組織における女性の登用はかねてから「かまびすしく」言われてきたが、元々学校と言う所は男女平等の社会であったが、単に教科だけを教育する場所から学校を組織化しマネージメントするという社会の要請と言うラインの流れに女性が主役として登場するのに時が掛かった事はゆがめない。しかしようやく水が流れ始めたと思う。大阪では私学連合会の会長に初めて興国高校の草島理事長先生が会長にご就任され八面六臂の大活躍をされている。少子高齢化社会の進展の中で女性の持つ力量、感性、指導力等が真正面から適正に評価され始めた。私は本校にも遅ればせながら学校組織やPTA組織に女性の管理職やトップが誕生したことが殊の外嬉しい。心も体も躍る気分だ。



2026年5月14日木曜日

丸投げ、丸受けで人は育つ

 今日的に言えば、「仕事は変わっても良い」「トラバーユは別に悪い事ではない」「好きな仕事につけばよい」「嫌な仕事を無理して続けることはない」などと理由や理屈は幾らでも言えるが、私は「本当にそうかなー?」と何時も想う。「石の上にも三年」と言う諺があるが、これはどんなに辛く苦しい状況でも、忍耐強く続ければ報われるという教えであり、冷たく座り心地の悪い石の上でも、三年座り続ければ自分の体温で石が暖まるという比喩に基づいているらしい。「三年」は具体的な期間ではなく、ある程度の長い期間や継続の象徴で、単なる我慢や忍耐の強要ではなくて、少しずつ努力を重ねる前向きな励ましとして受け止める方が良い。私などは常に石の上に座りながら努力し、何時かは、何時かわと思いながら生きて来た。 

本校では例外はあるが基本的に「浪速の石の上にも3年」で3年間の常勤勤務状況で是非に本校の専任教職員としてお迎えしたいとプロポーズするかどうかを決めさせて頂いている。中には4月1日で着任し4月3日には「合わないので止めさせていただく」とか、5月の連休後から学校に出て来ないとか医師の診断書を一方的に送付してくるとか様々な事案が過去にはあった。中には母親から「娘は病んで伏しています」とか言うのもあった。最近の流行りは「退職通告会社なるもの」があって本人は電話出ずに全く存じない某氏が一方的に退職通告してくる。

 しかしだ。志も持たず、大した努力もせず、気分のおもむくままに仕事を替わっても替わった先で上手く行くとは限らない。大体社会で自分の好きなような仕事、上司や同僚、職場環境などが自分に適していることを最初から探すこと自体が無理筋であり、まず「郷に入れば郷に従う」ことから出来る人は入って行く。簡単に纏める、簡単に諦めるなどは、思い上がったことであり、社会はそのような甘いものではない。まず与えられた仕事で何か特徴を出す、成果を出す。それが出来ない、時間が掛かる人は周囲との協調、先輩の下請けから始めるのも手である。一つの組織に長く居続けることは「美徳」であり、人間性の良さの証明だと私は思う。別に管理職昇進など職位に拘る必要はないし、組織には一隅を照らす人材も必要である。

 私が求める人材の基本的な資質は「何でもやる」「仕事の選択を自らしない」「とことんやる姿勢」「丸投げされても厭わない」「周辺の人の力を借りる」「仕事の進捗の報告を怠らない」等々と言ったら分かり易い。「えー、それって私の仕事ですか?」などは禁句だ。本校は「学校改革で成功」したと思うがその背景には一人一人の職員の「多能化」であったと思う。「これしか出来ない人は間違いなく専任教職員にはなれないし、管理職などは到底無理だ。大体管理職は部下に出来ない仕事を振ることだと言っても良い。出来る人は仕事を与えられた瞬間に設計図が頭に浮かんでくる。ここに仕事を与えた側と与えられた側双方の「人材育成の要諦」がある。 

仕事は「任せる」ことだ。これは「丸投げをする」ことを意味する。与える側が「任せられる人がいない」などと言おうものなら、それは「無能さ」の証明である。自分も相手も成長する丸投げ、丸受け組織は強い。「正しい丸投げ、丸受け」は、個人も組織も成長させる。昨年から始めたパンの外販は正直私の心中は「学校勤務の人間にパンの外販などさせて良いのか?」と複雑であったが結果は見事に成功した。この事によって多くの人材が育ったというか、変わった。勿論私の厳しいティーチングと折に触れてのコーチングで手助けしたが基本的には丸投げ丸受けだったと思う。こうなるとプロセスなど最早関係なく、学校という文化圏で自分たちで焼いたパンが「売れに、売れた」という事実のみが残り、関与した多くの人々が育ったと言える。「以て瞑すべし」である。


2026年5月11日月曜日

大学は18歳人口の収容施設ではなくなる?

 何か、昨年の4月から学校は「一皮剥けた」感じがしてならない。昨年も書いたが2年連続で高校1年の入学者は1152人、1052人と1000人の大台を超えた。府内96校の私立高校のうち、4年連続でトップのポジションにいる。この数値は決して偶然に出て来たものでは無くて、背景にはそれなりの「我々の努力が有る」からだが、人様からよく言われるのは「少子化の中で何故、このような数値が出るの?」である。応えはここでは書けないが、「企画プラン、実行、評価、見直しプラン、実行・・・」のサイクルが非常に上手く回っているからで、「ボーッ」と突っ立っているだけでは為しえない。トップが打ち出すベクトルに教職員全員が同じ方向を見て持ち場、持ち場で持てる力を発揮すればこそ「状況を変えることが出来た」と思う。 


入学者の数だけではない。出口の大学進路についても生徒の選択に対して我々は進路実現に力を注ぎ、例えばこの3月に卒業した高校3年生の中には「難関大学を含めて86名もの生徒が国公立大学に合格し進学」した。勿論他校の中には難関国立大学への合格実績数を誇る高校はあるが、86名もの国公立への数を私は自慢したい。生徒はよく頑張ったと思う。ずっと右肩上がりで伸びているのである。さて進級した3年生も9日の土曜日に行った堺地場産業振興センターでの「第1回大学区別説明会」と24日に計画している2回目で具体的に進路先のガイダンスが始まった。受験生には既に内心では受験先をほぼ固めつつあると思うが残り7か月で自らの志を叶えるべく最後の努力をして栄冠を勝ち取って欲しいと思う。


 「行ける大学から、自ら行きたい大学」に行って欲しいし、別に偏差値の高い大学を出たからと言って人生の成功者とはなり得ない。高校で基礎を学び、大学で専門知識を身に着け、自分を鍛え、自分の足元を照らす仕事を見つけて欲しい。その為の「高校大学」であり、厳しい受験勉強はその後の人生にとって大きいものを残す。しかし私は会場を見回って今更ながら「大学間の格差」に驚く。格差とは参加者の数の差であるが、大学関係者も学生募集に必死である。本校みたいな大規模校故にと思うが、何と92校もの大学や専門学校の先生方がお越し下さり、素晴らしい資料を使ってご説明して頂いた。高校も当然、中学校サイドに同じようなアプローチをしているのだが、大学も高校に対して同じような景色なのである。

去る4月23日の朝刊に驚くような記事があった。それは財務省が財政制度等審議会財政制度分科会資料で示した、2040年に向けた私立大学数・学部定員の縮減試算を出発点に、日本の高等教育政策を再検討すると言うものであった。その資料には、2024年の私立大学624校を2040年に372217校へ縮減する数値が示されており、少なくとも約250校削減というのである。「今より250大学が消えて無くなる」とある。一方、文部科学省の私立大学をめぐる資料は、18歳人口の減少を前提としつつも、高等教育の価値を問い直し、2040年の大学進学者数を46.0万人と推計して、「質の向上」「規模の適正化」「アクセスの確保」を同時に掲げて大学の数を検討するとあった。国は遂に大学の数の減少に具体的に動き始めた。21世紀の我が国の教育政策の中心に置くべきものは、短期的な財政収支論からではなく、長期的な人材形成であるが、明確に「大学は、18歳人口を収容する施設ではなくなる」と言う事である。