2026年8月1日土曜日

Naniwa Global Academy

 遂に8月となった。本当に早い。時が飛ぶように過ぎ去っていく。神道の世界では6月31日は「夏越の大祓」として特別な意味を持つが、本校では「伊勢修養学舎」の終った7月末を1年の前半戦が終わった時として捉えている。高温多湿の我が国ではこの時期、毎日のこのうだるような蒸し暑さの中で生徒を教室に閉じ込めるのは酷だと考え、学校は休業とし、生徒には「夏休み」を与え、定常状態から離れて非日常の中で少し自由に過ごせるようにとの学校側の配慮は先人の知恵であり、教育効果を考えれば素晴らしい考えだと思う。生徒にも教職員にも余裕の時間を与えた方が良い。しかし今日的な学校では教室での授業こそ無いが、実際はあらゆる部門で自由な教育活動は継続いている。見た目は休みのようであるが実態はあらゆるところで様々に動いているのが実態である。 

月替わりの今日の8月1日、昨日終業式があったが、生徒こそ夏休みだが教職員は通常の勤務である。もう世の中には「学校の先生は休みが多くあって良いね」などは聞かなくなったが、我々は生徒の夏休みの時でも仕事をしていますよ。現に今日でも一部の生徒は特別プログラムの中にいる。先に高校3年生の多聞尚学館での「魔の10日間、大学受験対策プレミアム合宿」があったが、今日からは高校2年生の「夏期勉強合宿」が始まる。私は集まった生徒へ激励の言葉をかけた。後刻多聞で校長からは正式の開講挨拶があるが、学院長としても一声掛ける。選抜した生徒60人を、期間は4泊5日、引率する教員は英語、数学、国語、理科、社会、情報で合計8人の先生方である。まだ受験までに2年間ほどあるが、ぼつぼつ「意識付け」をしておかねばならないし、学期で今一つ理解できていない部分を時間的余裕の中で「おさらい」するのは極めて効果がある。大学受験勉強のやり方を自分で考えさせなければならない。 



今日から「Naniwa Global Academy」と称して生徒の希望者、新記録の数値になったが集まった87人に徹底した「英語漬け」の毎日を送らせる試みが始まった。今までは40人程度であったがほぼ倍増である。会話力の必要性がひしひしと生徒にも迫っていると感じているからこのように多くの生徒が集まったのだろう。8月5日まで「日本語使用禁止」の光景が続く。主管は(株)NOVAさんにお願いし、講師は世界各国から関西の有名な大学で学んでいる、言わば日本留学している留学生と講師のNOVAの先生、合計19人で対応してくれる。蓄積されたノウハウをベースに様々な試みを入れながら英語を「習うより 慣れろ」の精神で頑張って貰う方式だ。 



8時30分に講師の方々を控室に招き入れ、ご挨拶した。記念に開校100周年記念の「天孫降臨焼酎」をお一人づつにプレゼントして生徒を宜しくとお願いし、その後会場に移って私は生徒に英語でスピーチをして激励した。こういう場合少し気障かも知れないがトップが英語で生徒に語ることが重要だと思って私はブロークンであるが英語を使って生徒に語るのが木村流である。大切なことは「努力」であり、5日程度で英語が上手く使えることには成らないが、「英語を使う勇気」が重要だと私は諭した。今回を契機に英語の学習に努力し励んで貰えばこの研修会の意義はある。私のスピーチを聴きながら生徒の顔は輝いていた。 



2026年7月31日金曜日

浪速高校1学期の終業式

 今日は「浪速高校1学期の終業式」の日であった。中学は既に17日に終わっている。一つの大きな「節目」を迎えたことになる。“ふしめ”とは実に良い日本語だ。木材や竹の、節のある所、また比喩的に、物事の区切りとなる大事な所であると日本人は良く使う言葉で、「人生の節目」とかに使う。同じような使い方で一区切り、一段落とかあるが節目の方が断然響きが良い。日本語って素晴らしいと思う。本校では重要な儀式のある時はまず学院神社の大神様に1学期の終了を「奉告」し(報告ではなくて)、全高校生と共に「一斉参拝」を行った。これが節目であり、1学期終了の「神前奉告の儀」と言う。 



報告と感謝の意を伝えて、部屋に戻って「学院長講話」になる。その後私は退室して高校校長の手による終業式だ。形は完成しており、全ては流れるように進んで行く。これがまた大切な事である。モタモタしていては神様に申し訳が立たない。来年度からは1学期の終業式を月末から早め、中学との合同で中旬に持ってくる。節目は間延びしてはいけない。節目は間髪入れずにやってこそ節目となる。

 

学院長講話では1学期が無事に終えたことをまず寿ぎ、まず冒頭は1年生の「伊勢修養学舎」の無事な成功を喜び頑張った生徒を賞賛した。そして1昨日の熊本地震について言及した。その後一転して楽しみのある話に転換した。2学期始業式後天空レストランの大改装のプレオープンに話しを展開した。その後2学期のハイライトである9月の「秋季例祭・浪速祭」について生徒の作成したポスターを取り上げ、気分を盛り上げて行った。今年は「前夜祭」として東京は文京区本郷の「湯島天満宮の白梅太鼓保存会」の方をお呼びして鑑賞する催しもある。これらを楽しみに「良い夏休み」となるように心がけるように諭した。良い夏休みとはトラブルになるような事はせず、巻き込まれず、「時間的余裕が又新しい自分発見に繋がる」ようにと言う事だと強調した。 

講話の最後は1学期期間中の生徒指導について今日は力を入れて話した。「後悔、先に立たず」という言葉があるがこれは、してしまったことを悔やんでも仕方がないという意味で、終わったことは取り返しがつかないので、「後悔のないよう、しっかり準備をしておくこと」「短慮で浅はかな事はしない」という教訓である。「後悔、”後”に立たず」とは言わないが、「後悔、後を絶たず」という表現はある。人間は時に愚かで「分かっていても、のりやその場の勢い」でやってしますが、そのような生き方は大きな損失であり、まず後悔、後を絶たずで行った方が良い。 


十分歳を取った私でも時に後悔先に立たずは、生きていると未だにあるだけに難しいが、ここは学校故に生徒に言わねばならない時ははっきりと言う。これが教育に携わっている者の責任である。生徒には分かり易い言葉で言い切るほうがパンチがある。それは「駄目なことは駄目」という表現である。何が駄目でそれは何故か考えさせないと駄目だから何回もしつこく繰り返して言う。恐らく今後ともずっとだ。無くなるなどあり得ないと思う。学校は毎年毎年、新しい生徒が入学してくるし、モノ凄いスピードで成長し、高2、高3と進級していく生徒には常に「自我」が変化していく。

2026年7月29日水曜日

今度は中学生が東奔西走 伊勢へ、多聞へ

 今朝は結構忙しかった。私は忙しいほど体調が良い。これは果たしてどういう事か?と思う。まず一番に茶道部が京都の表千家「不審庵」の見学に出かけた。内部まで見学できるから生徒には大いに勉強になると思う。これも表千家の玄関と言われる木村宗匠から直接本校がご指導を頂いているお蔭だと思う。「人とのネットワーク」が広く深ければ、時に想定以上の有効な効果を生むものだ。それが人間社会の在り様かも知れない。 

次いで中学1年生が伊勢に向けて出発した。「伊勢ホームルーム合宿」と名付けた「中学生版伊勢修養学舎」である。中学から浪速高校に進学すると本格的な伊勢修養学舎があるから浪速中学とダブってはいけないと考え、今の方式にした。企画内容では男子の禊や女生徒の着物、神楽舞などは外している。高校でやれば良い。中学生190人弱の生徒に対して私は激励の言葉を与えて送り出した。


残った中学2年生と3年生の中から成績上位の希望者80人を、9時30分出発で「多聞尚学館での学習合宿」に送り出した。英国数の3教科をみっちり学習する効果高い二泊三日の合宿である。このような事が容易に安価に出来るのも校外学習施設を有しているからである。このような施設があるのに外部の施設を高いお金を払ってまでしようとする気が分からない。伊勢には西田校長先生が、多聞には出口副校長先生が先頭に立つ。 


そして13時前に「伊勢往還」から最後の5班が戻って来た。無事な帰還である。73年間も学校と伊勢神宮を往復し「伊勢修養学舎」を継続してきたが、この班で令和8年度の伊勢往還は終わった。1000人を超える高校生が5班に分かれて延べ11日間かかったが無事に終了したことが嬉しいし誇らしい。宇宙船に乗り地球を何周も回って無事にパラシュートで近くの海に着水した感じである。私は東征門まで出て手を振って出迎えた。特に通しで務めてくれた校長、副校長、学年主任、神道科教諭、随行の片山写真館さんには頭が下がる。部屋にお呼びし、記念品を直接お渡しし、ご慰労申し上げた。酷暑の毎日、大変な仕事であったと思う。良くやってくれた。




昨年の今頃は「焼き立てパンー浪速ベーカリー・ショップ=ブル」の改装プロジェクトの活動の真最中であったが1年経って結果的に大成功で9月1日に生徒へのプレオープンとし以降、本格的に進み、立派な職場になった。今年のターゲットは「天空レストラン(6R)の改革」であり、現在プロジェクトが進行している。結論から言えば6Rは「(株)浪速教育振興(NEP)」の直轄経営とする。従って従業員はNEPの雇用化に移行することになる。現在着々とその準備が進んでいるところだ。


6Rのグランドオープンは2学期の始業式に合わせたいと思っている。パンショップブルの立ち上げに倣うように総力を挙げて頑張って参りたいと思う。必要なら天空レストランも店舗改装を行い、リフレッシュし「生徒への食の環境を更にグレードアップ」する。既に「キャッシュレス化」は実現したが今後は「ポイント制」とか、今後様々な事を導入し、少子化進展の中で学校法人浪速学院は「焼き立てパンブルショップと天空レストランを合体化」させ戦略的拠点として生徒、保護者、まだ見ぬ受験生、そして浪速校友会の会員などを対象に6Rを広く外部に開放していく方針だ。人材は揃っている。不可能はない。 

2026年7月28日火曜日

宮崎県高千穂町 神楽酒造醸造 芋焼酎「天孫降臨」

 今日のアラウンドは私がプロデュースした、本校が特別に用意している芋焼酎「天孫降臨(てんそんこうりん)」について記そう。天孫降臨とは、「記紀(古事記と日本書紀)」に記された日本神話で、天照大御神のお孫さんである「邇邇芸命(ににぎのみこと)」が、豊葦原の中津国(日本のこと)」を治めるために、高天原から筑紫の日向(ひむか)の高千穂峰のくしふるの峰に天降(あまくだった)ったこと事に由来している。短く言えば我が国の原点、始まりとも言うべき古代史のトップページを飾る第一幕であろうか? 

この地に神楽酒造株式会社(かぐらしゅぞう)という酒造メーカーがあり、本社は宮崎県西臼杵郡高千穂町大字岩戸である。おもに焼酎を中心とした酒類を生産している日本の企業で斯界では、霧島酒造、雲海酒造と共に宮崎県を代表する焼酎メーカーで有名である。神楽と言う社名と言い、高千穂町と言い岩戸と言い、「全てが神話の世界」に由来していることに惹かれた。この神楽酒造は昭和29年、神話のふるさとである高千穂町にて創業以来、誠実に品質の向上を図り、「優れた焼酎をお客様にお届けする事」を社是として、愛される商品づくりを目指している素晴らしい会社だ。平成21年よりは芋作りの盛んな同県西都市に新工場を構え、水は醸造に最適な西都市清水地区の清冽な西都清水(さいときよみず)に出会ってから、厳選された原料、温暖な気候、燦々と降り注ぐ太陽、この豊かな環境で育まれた焼酎は、日本中の愛飲家の賞賛を受け、親しまれている。 

私は天孫降臨の地を訪ねるべく平成27年4月、この地に立ち、岩屋戸神社、高千穂神社、くしふる神社、天安河原、(岩屋戸)、神楽酒造を巡った。焼酎名の名である「天孫降臨」を本校のキャッチコピーとし、神社神道の学校としての象徴品として、シンボルの常時配備品として、重要なご来客やお世話になった関係者へのお土産品として用意することを決めた。その時点で新校舎の東館にガラス絵の天孫降臨図を作成設置することは決めていただけに形だけではなく中身も天孫降臨を仰ぐ神道の学校としての礎を固めておきたかったからである。従って私はまず高千穂神社の後藤宮司様にご挨拶し、認知を頂き、神楽酒造に赴いて定期購買の約束をした。これが本校のプライベートブランドの天孫降臨芋焼酎誕生の由来である。 






本日14時にこの高千穂の神楽酒造さんから社長の弟さんでもある営業本部長のSさんが表敬訪問に見えられた。当時の話しに盛り上がり楽しい時間を共に過ごし、今後とも継続してやっていくことを確認した。昨年の3月からは蔵元限定の28%の特別品になっており評判は更に良くなった。営業本部長さん、語気を強めて「間違いなく、間違いなく日本で単体の組織として最も多く、天孫降臨焼酎を買って頂いているのが浪速学院さんです!」と大きなお礼の言葉があった。最近金賞を取った新作品の蕎麦焼酎「天照」という恐れ多い名前の焼酎を頂いた。5年間寝かした古酒で40度だと言われていた。





 

 





2026年7月27日月曜日

伊勢修養学舎 トリの第5班が出発

 落語で最後に出てくる人のことを、なぜか?「トリ」と呼ぶ。「トリ」とは漢字で表記すると「取り」で、これは、寄席の出演料(ギャラという言葉でも表現)を"受け「取る」"という意味の「取り」です。昔は、寄席の出演料というのは、最後に出てくる演者に支払うものだったらしく、最後を務める真打ちが出演料の全額をいったん全部受け取り、そこから出演者に分配をしたことだと物の本にあった。分配する金額を決めるのも、最後の出演者である真打ちで、勿論一番多く出演料を取るのも真打ちであるが、果たして今はどのようになっているのか? 

一方「大トリ」と言う言葉もある。NHK紅白歌合戦ではこの大トリが使われている。紅組、白組とに分かれて芸の出来栄えを競い合うチーム競技の場合などが分かりやすく、例えて紅組のトリは八代亜紀さん、最後を飾る大トリは白組の北島三郎さんの「風雪流れ旅」と司会者が紹介する。前書きが長くなったが今日は高校1年生の伊勢修養学舎の第5班が本年度のトリを取り学校を8時40分過ぎにバス5台で生徒総勢215人と付き添い教員20人余が元気一杯に出発した。私の激励スピーチも何時になく力が入った。

今年は昨年に続いて生徒数が1000人台となり、通常の4班編成から5班となった。「通し」と呼ばれる高校校長、副校長・兼教頭、学年主任、それに主管科である神道科の教諭の先生方は19日の一班から五班までずっと付き添う大業であり、体調コントロールが重要である。しかし先生方は本当に見事に執行してくれており、頭が下がる思いだ。大きなトラブルなく29日の帰還日を待ちたい。 



29日でまず高校の伊勢修養学舎は終わり、この日から二泊で中学1年生が「伊勢ホームルーム合宿」としていく予定である。既に中学は終業式を終えているが高校は31日が終業式としており、中学も戻ってくるから31日で本校の最大の重要行事である「伊勢往還」は終わりを告げ、公的な学校行事はほぼ終了するが、英語特訓教室などまだまだ控えている。今回の伊勢では校長通信によればとにかく「生徒の頑張りが目立った」そうで、嬉しいニュースだ。

2026年7月25日土曜日

「萬葉集」が結びつける本校と西本願寺

本校の図書館に勤務頂いている「司書」は極めて能力の高い女性である。緻密で論理的な思考をされ、文章作成能力も高い。対外的にも臆する感じは無く、あの静かで落ち着いた感じを人に与える所作は一目も二目も置かざるを得ないように私は高く評価している。仮にSさんと呼称しよう。S先生の雇用形態は「無期雇用」非常勤職員であり専任でもなければ常勤職員でもない。当初は有期雇用の非常勤職員から今の形に変えた。当方は専任職員でも構わなかったがご本人の強い希望もあって無期雇用で落ち着いた。ご家庭があり、自由度の高い勤務形態と司書と言う時間変動の高い職位に最も相応しいと自ら考えられたのだろうが、このような覚悟も私には当時新鮮に映った。無期雇用は基本的に解雇できない、本校にとって大切な人材の一人である。 

昨日、「本願寺史料研究所」の研究員であるK先生が来校された。1948(昭和23)年1月9日設置された西本願寺「真宗史編纂所」、そして同編纂所を改組充実させて、1956(昭和31)年4月1日龍谷大学大宮学舎図書館に開設された「本願寺史編纂所」を前身としている研究所である。ここは本願寺第23代勝如宗主の発起により、親鸞聖人700回大遠忌記念事業として、本願寺の歴史をまとめる「本願寺史」編纂のため設立され、同時に学界への貢献も目的とした研究機関である。設立当初のメンバーは龍谷大学の文学部史学科の教員を中心に、所長は森川智徳龍谷大学学長、禿氏祐祥主監他錚々たる学者や研究者であった。本願寺史編纂事業が終わりに近づいた1967(昭和42)年9月30日に本願寺の歴史をさらに調査研究するため、現在の本願寺史料研究所に改組された。 


京都、浄土真宗の本山の付属研究所から何故に大阪の神道の学校である本校に来訪されたかという命題であるが、本校には「1400冊もの和綴じの和本」がある。この中に「萬葉集」の立派に装丁された古本の中に本願寺の明治大正時代に活躍されたお方の名前を見つけるべく見つけたS司書が研究所に手紙を差し出し、この本の由来と本願寺との関係を探りだすという、まるで「推理もの小説」を地でいくような狙いが実現したのである。上記和綴じの古本は本校設立と密接な関係のあった「皇典講究所」時代に遡る必要がある。皇典講󠄁究所󠄁は明治15年(1882)、明治政府が神道事務局の後継団体として設立した神職養成の中央機関であるが、本校はこの分所、即ち「皇典講究大阪分所」、その後名称変更され大阪国学院が創基の学校である。 




結論から言おう。萬葉集の古本には「皇典講究大阪分所」の蔵書印が押されており、初代の分所長である渡邊資政先生は勤王の志士の庇護や国学や和歌の大家で有名であり、今の中央区の坐摩神社宮司であられた。この先生とご縁のある本願寺の高僧との結びつきが現在の我々の手元にある萬葉集写本ではないかという推測がK研究員によって認められた。今後更に研究を続け、仏教と神道の結びつきが萬葉集という古代の和歌本を通じて明らかになって行くことを期待している。


神道教義の心のふるさとである伊勢神宮へ「伊勢修養学舎第4班」が出発した。ますます濃くなっていく本校の由緒と由来を知り、神道の学校で学ぶ生徒に語り、送り出す背中を見ることは私の心を豊かにしてくれる。