今日は本校評議員であり、最後の同窓会長であられた東京の湯島天満宮の押見名誉宮司様がご逝去された日であった。私は「学院神社の祖霊殿」に一人参拝した。6月4日、順天堂大学病院に入院加療中の宮司様をお見舞いに訪れ、親しく歓談して以来、わずか2週間と4日で旅立たれた。その後ご親族だけの密葬、湯島天満宮葬、そして本校学院神社祖霊殿への合祀祭とこの1年景色が色々と変わったが、私の悲しみは募るばかりである。最近の母校を誇り、こよなく愛された故人の令和5年、開校100周年記念の祝賀会での最後の纏めのご挨拶時の「感極まって」言葉に詰まられたお顔と光景が未だに私からは消えない。病室での二人の会話は時間の過ぎるのも忘れ、傍にいた奥様が驚くばかりであった。「そうか、そうか」と学校の現状を大変喜ばれ、普通はあり得ない事で、「個人で1000万円のご寄付」をしてくださった。
「学校の為に使って欲しい」のお言葉が「ご遺言」であったような気がしてならない。私は役員会に諮り正式に「押見守康奨学金記念財団」として整備した。とにかく可愛いがられた私には「偶には神戸牛よりも飛騨牛だ」とか長崎の「ラグビー西瓜」とか「東京のウナギ」を「食べろ、食べろ」と時に贈って頂いたのは、それほど「学校改革による変貌」が嬉しかったのである。湯島天神さんも本殿はじめ、多くの建物や神社の周辺環境が故押見名誉宮司様の手で完全に生まれ変わっており、「改革者」同士であったからこそ、私みたいな者へのシンパシーを持って頂いたのだと思う。有難い限りである。1周忌が過ぎ、7月3日には東京で華々しくご子息の宮司就任お祝いのパーティへのご案内が届いた。勿論私は出席させて頂く。
「本校女子体操部の快進撃」が続く。主顧問であるS先生の力量だと思う。この土日に京都の向日市民体育館であった体操競技の令和8年度近畿高校選手権大会で女子団体総合でわずかの差で準優勝となったが、その4人の中の高校1年生の生徒が何と個人総合で「優勝」し、インタイーハイ出場が決まった。オリンピック候補と言われている他校の生徒を凌駕しての優勝で会場が一瞬ざわめいたと言う。創部してまだ7年、特に女子の活躍が目立つ。元々私は女子体操部と思っていたが、色々あって体操部にした経緯がある。しかし男子体操部は府内には超強豪校がおり、本校の路線は今後とも女子選手の育成強化に主眼を置く。具体的には育成資金を重点的に、継続的に拡充していく積りだ。下記、写真のユニフォームも私が贈呈したものである。少し派手かな?
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