2024年6月24日月曜日

「Saturday Something  Special 」

 一昔前、私立高校の「売り」は「土曜日の授業」であった。公立学校は土曜日休みですが、私ども私立高校は「土曜日もちゃんとやっています!」「生徒を遊ばすことはさせません!」と「公立との違い」を言えば良かった時代が続いた。同じ中学で公立高校に進学した仲の良い友達が言う。「お前の学校、土曜日も授業か?」と言われた側の私立に行っている生徒は黙り込むくらいだった。もうこれが何十年も続いた。私立の中には工夫して隔週土曜日は休みにするとか色々な形態も実は存在する。しかし全面的に堂々と「土曜日の授業は致しません!」と踏み切った学校はまだ少ないが私はこれを宣言した。令和6年2学期の9月1日から「学校5日制」に移行するとまず教職員に、次に生徒に、保護者にも、「中身と方向」について説明責任を果たしている真っ最中である。7月1日の学院長講話でも生徒に更に詳細を説明して行く。


入試広報部の近藤教頭が私に報告してくれる。既に来年度入試に向かって今年も学校説明会が学校行事にどんどん入ってきており、アンケート結果や個別相談会ですこぶる反応が良いと言う。「理事長、想像以上に受験生の保護者の皆様は学校5日制移行の評価が高いです。皆さん、期待が高く、土曜日の授業廃止に不安など全く聞こえて来ないと言うのだ。確かにそうだ。決めたのが昨年の10月、直ぐに府内の公立中学校の校長先生や塾の先生方に「土曜日は授業はしません!」と書いて出したのが11月、高校選択の意思決定前だった。しかし今年の高校入学者は966人と新記録であったから私はこのテーマが忌避はされていないと確信していた。そして今の状況である。「案ずるより産むが易し」を感じ、今まで以上にこの新しい施策の大成功を期するために準備に抜かりなく、試行錯誤を繰り返しながら中身を高めて覚悟である。 

この施策は100年前の開校から最後の20年間に私が全権を握って徹底した「学校改革」により得た資源を元に「全く新たな道」を探る第二弾の学校改革の「とっかかり」とする。「これが私立高校か?」と言われるくらいのインパクトある学校にして行く。私の恐らく最後となるであろう、大きなこの施策と更なる教育環境整備、特に「浪速アリーナ」建設を並行して進めながら、単に土曜日の教育課程上の授業が無いと言うだけではなく、「学校全体のレベルアップ」につなげていく、覚悟は出来ている。パンチあるものしなければならない。 

その為に「新しい土曜日の呼称」をどうするか、今、熟慮中である。「土曜日がより充実したものになる、土曜日に特別な何かを、何かが生まれる土曜日、充実の土曜日、新たなる土曜日」などが「理念」であり、これに相応しい呼称を決めたいと思う。学校5日制、土曜日は休みなどのセンスなき言い方では皆が自分のものと感じないだろう。例として本校の中央館の6階のレストランは今や生徒にも教職員も「スカイ(天空)レストランとか6Rとか」が一般的になっている。英語は分かり易い。今頭にある言い方は土曜日全体を「Saturday Special」「Saturday  Something  More]Saturday  Something  Extra」などがある。又生徒の「自学自習教室」は「Self  Study」「Initiative Learning」、特別講座を「Special Lecture」「Own  Selection」「Your course」などは如何か?

2024年6月22日土曜日

だからこの仕事は辞められない!

 「新中学校の詳細設計と建て方工事」が並行して順調に進んでいる。それも各ステージ段階で「心から満足」するような状態で完結し、次のステージに進むのだから如何に順調に進んでいるのかが分かる。先般は2階の職員室、校長室、エレベータ出入口周辺のメインとなるレイアウトの最終形が決まり、昨日は最上階の6階のレイアウトの議論があった。生徒の自学自習室の設計である。ここでも私は親身になって使う側の中学校の代表のT先生にアドバイスしながら話を進める。請負の南海辰村さんは当然のこと、使用者側の意見を尊重してくれるが、「教員の意見、果たしてそればかりで良いのか」との疑問をわざと呈し、議論を吹っ掛けるのは私の責任である。だからやっているのである。 

だから「良いね、それで行こう」とはならない場面が時にある。一般的に教員の性向は「囲んだ空間」「閉じこもった空間」を好む。壁を作り「占有場所」「自己ワールド」を作りたがる。これに対して私は「壁を取っ払い」「開口部を広く、広く」、「自在に部屋を模様替え」出来るように、将来あちこちに移動できるような空間が良いと哲学を有する。吹っ掛けるが決して結論はその席では出さず、「検討したら」と水を向ける。昨日も持ち越しとなった。それは学年単位の集会室の構想と音楽室の床の段差をどのように配置するかであった。特に私が拘るのは「意匠性」である。長い経験から、こういうところに時間をかけると絶対に良い建物が出来ると信じて疑わない。 

今日はあの有名な進学塾の「明光義塾」さんから中学生が65組、小学生が16組も学校見学に来られた。私立学校にとって進学塾は本当に大切なお客様であり入試広報部は徹底した準備でお迎えする。明光さんは「個別指導」では大変な実績を持たれており、受験生の「学習意欲」を高める特別なノウハウを蓄積されている。中高同時開催で高校校長と中学校長がそれぞれ別室で学校説明会を行い校内見学会を行う。昨年来の「浪速の勢い」は依然として高く、私は心強く幸せである。とにかく高校は1000人を目標に中学は150人を目標に頑張る積りだ。特に浪速中学校は新校舎が出来、来年の新1年生はこの新校舎に入るのだから「新記録の数値」を出して欲しい。今日見学に来られた明光さんからの塾生さんから果たして何名の入学者が出るのだろうか。このように想像すると楽しくてたまらない。だからこの仕事は止められないのだ。 




午後は千早赤阪村にある「多聞尚学館」に車を走らせ、「高校2年生のハイレベル英数国セミナー」に出掛け「檄を飛ばした」。国公立大学を目標にしている比較的進度の高い生徒65人を前に私は「大学進学の意味」「努力する意味」について幅広く講義したのである。教師が教え、確認テストを行い「定着度」を観るが、このレベルの生徒は自分の実力を分かっているのだが、最近の若者はいとも簡単に目標を下げ、「努力という苦しい作業」から逃げてしまう。目標とする大学のレベルを下げるのではなく、高い目標に「一所懸命」に問題を解くと言う行為に浸らせ、受験生の顔と立ち振る舞いに「ぼつぼつならなくてはいけない」と高校2年から追い込むのである。とやかく言う話でもなく北は北海道から南は沖縄まで全国の高校生が800近い国公立、私立大学を50万人が臨むことだから苦しいのは君たちだけは無いというのが何時もの私の結言である。





2024年6月20日木曜日

高校生の芸術・芸能鑑賞会の日でした。

 皆さんは「芸術と芸能の違い」を明確に区分出来ますでしょうか?私は悩ましい感じがありますね。どちらも「芸事」?ではありますが、何かこの二つの芸事には違いがあるような気がしている方は多いと思います。辞書やネットなどで調べてみると一般的には「芸能」は芸を通して多くの人を楽しませ幸せに導くことを目的としており、これに対して「芸術」とは、文芸、美術、舞踏、音楽などの様式を基盤にして自己表現することだと書いています。人に見せることが主目的ではなく、如何に自分らしさを創造するかが主目的だとありました。 

しかし芸術も最後はその自己表現をあまねく開示、公開して人々の感動や賛否、批評を受けると言う点では同じような気がします。日本語には「古典芸能」って言葉があって、今や能や狂言や歌舞伎は古典芸能の分類ですが、江戸時代は単なる芸能でしょう。ただ歌舞伎や能は演歌、女剣劇、浪曲などは違い、少し格が高いと評価されたのかも知れませんが、未だ芸術作品とは言われていませんね。年月と軸足の置き方によっては芸能も芸術の領域に近づいて行くと言うのでしょうか。 


今日は「高校生の芸術芸能鑑賞会の日」でした。「浪速改革の過程」で私は当時の芸術鑑賞会を芸術・芸能鑑賞会と変えました。神道の学校として日本文化の原点は所謂芸能文化、土着の地方文化から発達した芸能も生徒に教えねばならないと強く感じたからです。今日は「フェニーチエ堺」で津軽三味線をメインに太鼓や笛、民謡などのコラボですから、これは誰が見ても芸術活動ではなくて完全な芸能です。青森、秋田など東北地方から生まれた津軽三味線の歴史と太鼓のその力強い共鳴音には感動しました。今日の舞台は最近めきめき売り出し中の「あべや」兄弟が主役でした。巧みなトークを交えた「邦楽エンターテイメント」とでも言うのでしょうか。生徒を壇上に上げるなど、企画が良く、当然生徒は盛り上がっていました。太鼓は知っていても津軽三味線となるとまだメジャーではないから生徒の中には初めて聴く音だったかも知れません。この「初めて」と言うのが良いのです。

広い会場ですが今や3000人を超える生徒数の学校ですから劇場の定員を軽くオーバーする為にやむなく中学校は独自の活動にして切り離しました。これが結果的には良く中1、中2、中3とそれぞれ対象や日時が異なってきてもう3年経ちました。その昔は中高同時でしたがやはり高校生と中学生では成長過程に違いがあって感性も違うから分けたのが、正解でした。それで中学は今日は普通の授業日でした。とにかく今日の高校生の鑑賞会は良かった。神社神道の学校として芸能の中枢である三味線、太鼓、笛、そして民謡は間違いなく日本文化の香りを撒き散らしていたと思います。私は校長に、この種の企画は3年に1回入れたらどうかを水を向けました。3年ピッチであれば生徒は高校在学中に一回は芸能の真髄に触れることが出来ます。終わって生徒数人に感想を聞きましたが、満足そうな顔つきで「めっちゃ、楽しかった」との声ばかりでした。






2024年6月18日火曜日

「安全・衛生・健康保健委員会」と茶道部お道具授与式

 昨日は、本校だけの表現であるが「安全・衛生・健康保健委員会」(略称:安全委員会)があった。月度1回の重要な会議である。一般的には「学校保健委員会」と称されている処が多いと思うが私は生徒、教職員の健康問題を幅広く包含する為に前述のように呼称している。この委員会の根拠は歴史があり、当時の文部省の体育局長通達が昭和33年6月に出て以来、数回見直されてきているが、要は学校保健委員会の設置は我々の義務であり、学校における健康の問題を研究協議し、その運営の強化を図ることが目的である。 


出席者は学校法人の国家試験の安全衛生管理者たる法的資格を有した安全衛生主務者、それに養護教諭、保健体育部長(保健主事)、校医、加えて管理職と分掌長が入っているオールキャストである。ここでは生徒の健康状況、保健室状況、教職員の時間外労働時間の管理状況、有休取得の状況などほぼ健康に関わる全ての現状と課題などの把握と情報の共有、等々が議論され、議事録にしっかりと残している。私はこの委員会がマンネリにならないようにコメントしたり、指示を出したりして活性化するように留意している。特にこれから夏場に向かうだけに「食中毒」等には細心の注意を払わねばならない。今日は雨の強い日であったが生徒は「家庭学習日」として「教職員の健康診断」が行われた。 


又昨日は放課後、「茶道部へのお道具授与式」があった。今年の入部者は中高合わせて15人だと顧問の先生は言っていたが、まだ考慮中の者もいるそうで少し増えるかも知れない。これで「全部員数は65人」になったと言う。府内の学校で茶道部員が65人もいるなど他にはないのではないか?これほど大きな部になったのは間違いなく顧問の先生のお力、それに外部指導者の表千家木村雄基宗匠以下ご一門の先生方のお陰である。神道の学校として茶道は切っても切れない間柄にあり、今後とも理事長特別クラブとしてお道具の授与など支援をして参る。

 

昨日は私以下、常務理事、高校、中学の校長先生がお茶席に招かれ一服頂戴した。今私の頭にあるのは来年の4月30日の開校記念日に「学院神社の大神様へお献茶」の儀式を行いたいと思う。初めての事でゆっくりと準備して行く。毎年では負担になるので3年に一回やれば良いと思う。そうすれば生徒には必ず一回は神様へのお献茶がどういうモノか経験できる筈だ。学院神社境内にて居並ぶ安全衛生保健員会の教職員と部員の前で厳かに宗匠からお茶を立てて貰い、全校生徒と教職員の安全・健康へのご加護に対して「感謝の誠を捧げる儀式」は大きな教育的効果があると思う。


2024年6月17日月曜日

入試広報部K教頭とS入試広報部長へ

 入試広報部所管の学校内での入試広報活動は殆ど週末の土曜日と日曜であるが、翌日の月曜日に入試広報のK教頭とS入試広報部長が結果分析を持って詳細な報告をしてくれる。土曜日は「中学のオープンキャンパス」があり、翌日曜日は「高校のクラブ体験」があった。私自身もこの目で様子を観察しているが、確定した数値的結果を知り、又私の重要な責任は結果から次への指導を行う事である。報告を受けるだけでは学校は変わらない。聞いて先行きを想定し、次の手を打つ指導をしなければ単に私は「駕籠に乗った人」で終わってしまう。今回も多くの視点から指導を行った、K教頭もS部長もこの4月に昇進、抜擢した人材で将来を大いに期待しているだけに、“良かったね”とだけの「甘い顔」だけでは駄目だ。自らの仕事結果の分析、そして経験、それを観察するトップの評価で人は育っていく。ただ甘いだけの上司は自分の能力を伸ばしてくれない上司と知れ!

 

しかし今回は本当に数値的に素晴らしいものであった。まず参加者の数が極めて多かった。高校のクラブ体験は何と昨年の2倍であり、中学のオープンキャンパスの参加者も昨年対比で43人の増加だから一クラス分に相当する。又欠席率が低かったのは、様子見ではなくて「本気で浪速を観てみよう」との受験生と保護者の意気込みだと私は観ている。例年だが吹奏楽部は何と51人の参加者だから凄い数値である。現在本校の吹奏楽部の陣容は107人と極めて多いのだがこの傾向は益々強まっている。又ラグビー部やソフトテニス部、ダンス部、軽音楽部などの増加は女生徒の比率が高く、来年度の女生徒比率は上がる可能性を感じた。特徴的なクラブは男子バレーボール部で急上昇している。教頭はアニメ等から人気度再燃かも知れないと言っていた。

 

私を大いに喜ばせたのは「学校5日制」について「評価できるが82%で、分からないが18%、評価できないはゼロ」であったことだ。生徒も保護者も土曜日について「ガチな運用」よりは「柔軟な選択制」に魅力を感じているのだと思った。更に我々は次回以降も今教育課程の具体的な説明とメリットを最大限に訴えていくように資料作成等の指示をした。又休日に頑張ってくれ、良い評価を出してくれた各運動部の顧問やオープンスクールの担当教諭にはアンケート結果を報告し、感謝の言葉を出すようにとアドバイスをした。

 私の指示は何時も具体的である。来年度入学者目標は高校は今年が966人だったから来年は1000人とした。今の私の内心の目標は全てに亘って優れた結果を出しながら、マンモス校として知られる神奈川の名門中の名門、神奈川桐蔭学園を追い抜くことである。桐蔭さんのレベル1000人を超えれば間違いなく日本でトップ3のマンモス高校になる可能性があるだろう。中学は148人、141人と来たから来年度は反転攻勢をかけ150人を目標とするように明らかにした。来春3月に竣工する新校舎は5クラス分用意し、教室も広い。35人×5=175人が最終目標であるが今の実力を考え匍匐前進作戦としている。中学入試の岩盤は固く厚くて後発の我々には一挙には行かないが、着実に前進しており、我々はこの175人を最終目標に頑張って行く。目標あるところに知恵が湧き、組織は活性化する。そして間違いなく何時かは結実するのだ。今朝もK教頭とS部長にこれ等の目標を明示し、達成したら「次の仕事を用意する」とまで言った。このようにして組織人は「キャリアパス」を繋いでいくのである。



2024年6月15日土曜日

神社訪問と浪中オープンスクール

 学校は極めて順調に進んでいる。4月に離陸した浪速丸飛行機は安定した水平飛行に入ったと思う。これほど私を安心させ喜ばせることは無い。こういう時期に私は府内の神社訪問を行う。100年前に府内の神社が基本金を持ち寄り、浪速学院を創立してくれたからこそ、我々の今がある。感謝の意味を込め「玉串料」を持参し正式にお宮に参拝し、その後宮司様と暫しの懇談を行う。玉串料とは、神社で行われる儀式において、参拝者が神様に捧げる金銭のことで、神様へのお供え物として納めるものだが、神職の方への謝礼の意味も含まれていると理解している。玉串料は、お宮参りや七五三、神前式や地鎮祭、葬儀など、さまざまな行事で渡すことがあり、ちなみに、玉串とは本来、榊の木の枝に紙垂(しで)を付けたものを指す。神社神道の学校の理事長として正式な形で参拝しないと礼を失すると思い、本校は1万円を玉串料として神前に捧げている。これ以上の金額は宗教法人と学校法人の形の違いから問題となってはならないと考え、全て1万円としている。 

今回の訪問先は13日に東大阪の「枚岡神社」、14日に松原市の「柴籬神社」と「布忍神社」さんにお詣りした。神社界からの本校役員選出の人事案件もあったので同行は常務理事と学校車を運転してくれる事務室のK職員の3人である。何れの神社も由緒ある立派なお社で、広い境内を持ち、地域で愛されているお宮である。神社のトップは言うまでも無く「宮司」様でお会いした何方も日々神様に直接お仕えするだけに立派なお人柄であることは言うまでもない。今回も私たちの訪問を殊の外喜んで下さり話しが弾んだ。神社の規模とか歴史的経緯で社格みたいなものはあるが、公平公正でどこの宮司様は視点の先は氏子であり参拝者、崇敬者である。これは学校法人の理事長や校長と同じで当方は「生徒ファースト」が大原則である。しかし時に神社を参拝すると身も心も浄められる気がする。 




さて今日は土曜日だが学校は重要な行事が有って「浪速中学校のオープンスクール」の日であった。小学校6年生と5年生を招いての「授業体験」をオープンスクールと称している。今日、学校が用意したのは英会話、数学、社会、道徳、音楽、理科実験、国語、情報と盛り沢山で申込者は昨年度を大幅に上回っていた。14時からオンラインで校長、そして入試広報部からのご説明の後生徒達は各教室に散らばって行った。保護者も同様であり、特に特徴的な事は小学校5年生も居る事である。 



保護者や塾の先生方のお気持ちは早くから「私立中学受験」を知り、馴らそうとしておられるのかも知れない。義務教育の中学だから公立中学への進学はこのような選抜試験は無いが、私立中学の進学熱は徐々に高まっている。私は特に大阪では今後益々「私立中学人気の高まり」を想定している。それだけに小学生の期待を裏切ってはならない。学校は万全の教員配置を行い、「初めて私立中学の授業とはどのようなものか」を知らしめる。単に難しい授業では意味は無い。楽しく、面白く、知らないことを知った時の喜びなど知的好奇心を高めるような授業をしているかどうか、私は目を光らせているのである。




2024年6月12日水曜日

前途有為な若者よ、期待しているぞー!

 “「事業は人なり」ということがよくいわれる。これはお互いの事業体験からいっても、まったくその通りだと思う。事業は人を中心として発展していくものであり、その成否は適切な人を得るかどうかにかかっているといってもいいだろう。(以下省略)”。これはあの有名な松下幸之助さんの経営観・人間観を端的に表した著作の冒頭の部分で、事業は人なり、企業は人なりという言葉で広く世の中に知られている。ここに私は「学校も人なり」と付け加えたいと思う。人間社会の営みは全て人間が関与するもので、全ての根底に人の存在がその組織に大きな影響を与えるものである。戦国時代の猛将、甲斐の武田信玄は「人は城、人は石垣、人は堀、情けは味方、仇は敵なり」と喝破している。

「人材」とは才能のある、役に立つ人、人物の意味だが時々もじって「人財」という表現をする人もいる。私は余り好まない表現だが、人財に使われる「財」という字は、ご承知のように「宝」や「値うちのあるもの」、そして「有用な物質や金銭」という意味があるから、「人財」とは、組織にとっては役に立つ、有益で、大切な人を宝物と考えているというメッセージが込められているのだと思う。以上の「事業は人なり」「人は石垣、人は城・・・」「人財」等に反論する気は全く無い。その通りで当たり前の事を言っているだけである。重要な事は「人を育てる」と言う哲学が背景に無いといけない。入職して来た若い人たちを順序だてて立派な社会人、立派な組織人に「育てる仕組みと時系列的な人事評価、そして評価の具体的な反映、即ち処遇」があってこそ人は育つ。育てるとは幾分おこがましい感じがするから「人材育成」という表現が組織体には良いかも知れない。 

今年一人の新卒の男性講師のO先生を国語科の専任教諭で採用した。過日辞令を渡し、1年間の研修を指示し、指導に当たるスーパーティーチャーも付けた。大切な人材で大きく育って貰う様に万全の形で進めて参る。6月5日の教職員歓送迎会では別に栄誉ではないが新専任は理事長と同じテーブルだ。緊張していたが、素直で、努力家,加えて人間が謙虚だから国語科にとっても学校法人にとっても将来が楽しみだと思う。 


又今年は当たり年でかなり「ポテンシャルの高そうな3人の女性常勤職員」が採用出来た。最大3年間を目途に見定め、双方の思いが叶えば、本校の専任の事務職員として採用する積りだ。事務職員は仕事の幅が広く、入試広報部職員、教務部職員とも拡がりがあるし、第一に「金銭を取り扱う部位」、だけに相当な人物を当て嵌めないといけない。それだけに人材育成は極めて重要である。勿論学校は「教師で栄え教師で滅びる」とも言われているが教員世界は例えば英語科などでは30人以上の先生が居るが事務は「一人職場的」であり私は極めて事務の採用には敏感に反応する。その昔、本校は「教員が肩で風を切り、廊下を闊歩」して、事務職員は一歩低い部分と見られたような光景が散見したがこれは完全に私が払拭した。学校経営と運営は「教員と事務が車の両輪」で相互が協力し補完し合ってこそ学校は伸びる。それがあったからこそ、今や浪速学院は在籍生徒数3089人の大所帯の学校に育ったのである。浪速の将来を担うことになる、前途有為な若者よ、期待しているぞー!