2026年7月7日火曜日

9月から6Rの給食事業は「株式会社お弁当の浜乃家」さんと組む!

 「会うは別れの始め」という諺があるが、楽しかった時間が終わりを告げ、親しい人たちと手を振って別れることは人生の常であり、その時には、誰もが寂しさを覚える。「この世の無常」である。だからこそ今を大切にすべきだという真理を表したものだけに、別れは確かに寂しいが、その後の「まだ見ぬ世界を知る喜び」もある。だから今、この一瞬を大切に生きて行くべしという教えだ。令和2年からお世話になった天空レストランの調理業者さんと遂にお別れの時がきた。私は6Rに向かい、今働いてくれている皆さんの顔を見に行き、感謝と激励の気持ちを伝えた。先般、本学院で最も良い部屋に皆さんお越し頂き、我々の動きを正式に伝えたが今日は調理の現場でご挨拶した。 


中央館6階の「天空レストラン(通称6R)」の経営者が変わる。新しい会社さんの名前は「株式会社お弁当の浜乃家」さんである。昭和5710月、資本金10,000,000円で設立され、代表取締役社長は道勇泰孝氏である。会計事務所を経験された温厚で優しい感じの立派なお方である。所在地は大阪府松原市三宅西だから学校にも直ぐに飛んで来られる距離にある。従業員数は現在約400名(パートを含む)というから大変立派な中堅の給食弁当、折詰弁当の製造販売、会社、事業所に対する給食、学校給食、病院給食と公式サイトにあった。何より会社に「勢い」がある。 

「居抜き」での6Rでの経営権取得であり、現在働いている従業員も新しい会社との面談を通して、前向きに受け入れるとの表明があった。前の会社は足掛け8年間、大変良くやって下さったが既存の業容の拡大、食材の高騰などでレストラン業務から一旦退き、本業に経営資源の集中投資を図りたい旨の表明があって、当方と協議を続け、最終的に受け入れた。その後約2カ月かけて、後続の会社さんを選び出し、コンペを行って最終的に「浜乃家」さんに決定した。昨日、7月6日、社長さんに学校に来て頂き内定を伝え、幹部教職員が集まる午後からの校務運営会議で経緯と今後の進め方や体制を公式にオープンにした。 


幸い夏季休業の期間もあり諸準備を急ぎ2学期の始まる9月1日にグランドオープンする方向で進める。お互いに「ウイン・ウインの関係」で大切な生徒の口に入る食べ物を調理し供給して頂きたいと思う。社長も営業本部長さんもご担当の課長さんも親しみやすい人ばかりで本校の「(株)浪速教育振興(NEP)ともタイアップして上手くやって頂けると信じ、私は決断した。今日より全てを明らかにして9月2学期始めの改装オープンの準備に全力で当たる。「あの広いそして機能的な調理場と喫食場は本校の大きなアドバンテージ」だから、此処を生徒の為に最大限有効に使うためにレストランを再構築するのだ。今日は7月7日、「七夕」であり、学校の生徒にも「別れと出会い」のこの話は伝わるだろう。一生懸命に働いてくれた従業員の皆様とお別れするのが辛いが、これも人生の常だ。


浜乃屋さんのHPには「美味しい、笑顔、ありがとう」の為にと題し、次の一文があった。この文章を読むだけでこの会社がどのようなお考えをお持ちか良く理解出来る。素晴らしい!私は浜乃屋の社長さんに単なる給食業者さんではなくて今日からは「大切なパートナー」だと申し上げた。

“「株式会社お弁当の浜乃家は創立以来、多くの企業の皆様や病院、福祉施設、学校や幼稚園の子供達へお弁当をはじめ食の提供をしてまいりました。私たちはいつもお客様の美味しいやありがとうと言うお言葉とともに、多くの笑顔を頂戴してまいりました。私たちの生活の中で、無くてはならない「食べること」は、これまでいつの時代もこれからの時代にも重要な生活の一部です。私たちお弁当の浜乃家は、皆様のその無くてはならない生活の一部を、食を通じて豊かにし、社会に貢献する事こそが義務であると感じ、日々給食やお弁当を提供させて頂いております。(以下略)

2026年7月6日月曜日

「生成Ai」の勉強を始めました!

 7月4日に行われた浪速中学校の来年度入試に関して第2回入試説明会・オープンスクールの結果報告を受けた。丁度この日は前日に続いて東京に出張しており、この眼で現場を見ることは出来なかったが、20年もやっているから「眼光紙背に徹する」ではないが、報告書の字数を追うことで、さもその場に居たように中身が見えてくる。これが経験値だろう。詳細な結果は省くとして、今回の入試広報部とのやり取りで私は「生成AI」について議論を吹っ掛け、次のように指示した。 

この授業体験は本年度から従来の年二回を三回にしたこともあり、9月の3回目が終わった後に生成Aiを使ってこの授業体験の保護者アンケートを詳細分析して貰い、「我々の意図した狙いの結果になっているかどうか」「Aiは我々の視点とは異なる指摘はあったのかどうか」等々チャットを繰り返して、結果を報告すべしとした。この歳になると最早生成Aiなどは付いて行けない世界だが、トップの私がそのように言ってしまうと組織の成長はそこで遅れてしまう。私は今生成Aiの概要だけでも勉強するように心を入れ替えた。 

生成AI(ジェネレーティブAI)とは、指示に応じて文章や画像、音声などの新しいコンテンツを自動で作り出す人工知能技術であるが、恐るべき勢いで世の中に出て来ている。このような爆発的成長は今まで長い間、生きてきて他に例がない。それ位急速である。キオクシアという半導体メモリーメーカーはAi特需で株価の時価総額がわずか1年半で50倍を超し、あのトヨタ自動車を抜いたとあった。旧世代の私には信じられないと言う感覚である。株売買の最小単位である100株を購入しようにも800万円を超える。手が出ない価格になっているから、そのすごさが分かる。 

生成AIは、大量のデータを学習し、そのパターンや特徴を理解した上で、ゼロから新しいコンテンツを生成するのだが、従来のAIが「分類・識別・予測」に特化していたのに対し、生成AIは「まだ存在しないものを創り出す」点が大きな特徴である。例えば、文章生成AIは人間が書いたような文章を作成し、画像生成AIは指示に基づいて新しいイラストや写真を生成する。生成AIの種類は用途や生成するコンテンツによって分類されており、「文章生成AI」はChatGPTなど、文章やレポート、キャッチコピーを作成、「画像生成A」はDALL·EStable Diffusionなど、イラストや写真を生成するし、「音声生成AI」を使えば音声合成やナレーション作成が可能で、「動画生成AI」は短編動画やアニメーションの自動生成が可能である。 

私は今、「Google Notebook LM」というアプリを入試広報部のIT達人から教えを貰っており、最近、これを私のアラウンド分析に試してみたが、結論から言うと、なかなか良い感じで、驚いた。このアプリは、Googleが提供するノートアプリで、「情報の整理」がとても簡単であった。分析結果も著者の私を十分満足するものであり、近いうちに成果をこのアラウンドで紹介できると思う。まず教職員は自己の業務処理の一助から始め、「生成AIの浪速」と言われるように学習して欲しいと思う。最後は教育活動への反映だがそれは焦らなくて良い。食わずキライは決して良くない。「改革の浪速」の名を誇りにして欲しいと思う。

2026年7月3日金曜日

令和8年の「夏季賞与・一時金」の支給日

 今日は令和8年の「夏季賞与・一時金」の支給日であった。小さな私立の高等学校・中学校と言えども「学校の経営」を担っている身にとって今日ほど特別な感情が湧き出る日は無い。表現すれば「今回も良かったー!」と安堵の気持ちが吐露してくる。これが支払えなかったり、対前年度削減された支給額だったりすれば、私の性格からすれば「相当、落ち込んでいた」に相違ない。何時もこの日は一人、学院神社にお参りしてこの夏も頑張ってくれている教職員に「出すことが出来ました!」とのご神恩に感謝の気持ちを表している。右肩上りの実績は物言わぬ証明であり、本校で働いてくれている教職員に黙って増額したボーナスを支給出来るのは内心「カッコ良い!」と自身で思うが、男はカッコ良く生きねばならない。これは私の信条である。特に明細の中の「諸物価高騰対策」の一時金は家庭の奥様方の評判が良さそうで何よりだった。「何、これって?良い学校ね!!」と言われた先生もいたらしい。これで益々奥様方からの株が上がったと思うが果たして 


日本の経営者も物価高対策で年収アップの方策にようやく舵を切り始めていることが分かる。経団連は2日、大手企業の夏のボーナスの妥結状況(第1回集計)を発表した。平均妥結額は前年比1.88%増の1008706円で、5年連続で増えた。中間集計段階では、比較可能な1981年以降、3年続けて最高額を更新し、初めて100万円を超えている。一方公務員であるが6月30日に出ており、大阪府は39.5歳で871738円、大阪市は42.4歳で892591円とあった。本日浪速学院が出したボーナスは平均年齢が40.1歳であるが、府と市の平均年齢に相当する世代を見ると1146468円だから実に30%高くなっている。一般のサラリーマンに比べても高い支給だ。昔の学校の先生の給料は安いと言うのが通り相場だったが今や明確に「高給取り」であることは間違いないし、この職業に就くのも難関である。


 11時30分に車に飛び乗り、新大阪駅に向かった。今日の夕刻東京のドームホテルで本郷は湯島の「湯島天満宮の押見友仁宮司の就任を祝う会」に出席する為である。故押見名誉宮司様の喪が明けて正式に大きな伝統あるお宮の宮司に就任されるのだから私は万難を排して出席する積りであった。祖霊殿に祀られているOBでもある「大恩ある」故押見名誉宮司に「良かったですねー、ご子息の宮司就任お祝い申し上げます」と申し上げた。そこには昭和28年11月吉日、創立30周年記念事業として創建された「鳥居」があった。「名誉宮司が式典最後の涙のご挨拶をして頂いたのは創立100周年の祝賀会の日」であり、あれからの3年と2カ月の月日が経った。年月はまさに芭蕉ではないが「行き交う旅人」である。



2026年7月2日木曜日

津軽三味線部のこと

 平成29年5月に「津軽三味線部」を創部した。あれから9年の月日が経った。ゆっくりとだが部員は増え始め現在19人を数えるまでになった。私立・公立高校が参加する文化祭の「芸文祭」にも連続して参加している。当時の顧問のY先生は定年になり、非常勤講師として本校に勤務してくれているが、この先生の強い支援で創部が出来た。雅楽部もこの先生のお蔭で今や大きく育っている。忘れられない数学の教師である。そして2代目の顧問が今のO先生だ。この先生も数学の教師であり、Y先生はこのO先生に「白羽の矢」を放ったのだろう。雰囲気が極めて良く似ており、控えめで落ち着いた感じの先生らしい先生である。

この先生が過日私の所に来て「かりん製の本格的三味線」を10棹(挺)買って欲しいと言って来た。結論的には今期は「5棹」にして欲しいと半分だけ受けたが、遠くないうちに、様子を見ながら残りの5棹を購入することも思いにはある。現在最高級とされている「紅木」の物が1棹(顧問O先生用)、かりん製が10棹あり、今回の5棹で計15挺となった。残りの10挺は当時予算もなく間敏な欅棹で合皮ものしか買えなかった。この合皮は破れないが音が「ポコポコ」して如何にも安物と言った感じで私は気にしていたところに今回の要望だった。今回はこの半分を手配したのだが、本格的なかりん棹で「犬皮」だから、良い音が出るだろう。後5棹は何時になるか?安心して待っていて欲しいと思う。

津軽三味線は津軽地方(青森県西部)で成立した三味線音楽だが、本来は津軽地方の民謡伴奏に用いられるものである。現代においてはそのリズム感、迫力など特に独奏を指して「津軽三味線」と呼ぶ場合が多い。「撥を叩きつけるように弾く打楽器的奏法」と、テンポが速く音数が多い楽曲に特徴があるだけに、極めて難しい楽器とされている。私は津軽を2挺持っているが本当に難しい。しかしこの音を聞くと涙ぐんでくる。 

弦楽器そのものの発祥は中東とされており、その後構造的に変化しながら、インドを経て中国に入り、中国南部において「三絃」が成立したと言う。この三絃が沖縄の「三線(さんしん)」を経て畿内に持ち込まれ、江戸時代中期に日本独特の三味線となったというのが通説である。以降、三味線は日本各地の「土着芸能」と融合して様々に発達し、当時日本最北端であった津軽地方において津軽三味線となる。津軽三味線の楽曲の原型は、新潟地方の瞽女(ごぜ)の三味線と言われる。その他、北前船によって日本海側各地の音楽が津軽に伝わり、津軽民謡は独特の発達をみる。しかし、津軽地方においてはボサマと言われる男性視覚障害者の門付け芸として長く蔑まれていた。 

神社神道の学校としてこのような経緯を辿った津軽三味線をこよなく愛する私は生徒にクラブ活動として「津軽じょんがら節」を演奏して欲しいと思う。エリートだけのピアノ、オルガン等だけではなく、土着の日陰から世に出た津軽三味線は地歌三味線(中棹)、長唄三味線(細棹)などの華々しい音曲と違った「うねり」の世界に我々を導いてくれる。生徒にはその重たい太棹三味線である津軽を愛して欲しいと思う。♪を書いた資料など残っていない、津軽三味線の多くは口伝に依る。津軽三味線の歴史が浅いだけに今日的若者に是非弾いて次世代に繋げて欲しいのである。



2026年7月1日水曜日

7月度一斉参拝 「神道の穢れとは?」

 今日は7月1日、「一斉参拝」の日であった。小雨が降っていたからクラス代表生徒は雨が落ちて来ない「回廊」で我々と高校自治会長と中学生徒会長は傘をさして貰っての参拝となった。学院長講話では昨日のアラウンドに触れた「夏越の祓え」と今日から半年後12月31日の「年越しの祓え」について言及し、「神道世界の穢れ」について詳しく話した。神社神道で学ぶ生徒であり、私は折に触れて、神道の世界観について意識して講話に入れている。 


らわしい!」「穢らわしい事をしないで!」などの言葉は今や使われることはほぼ無くなった感がするが私が小さい頃には母や祖母などから、この言葉で注意された記憶はある。又今はトイレとか手洗いとか表現するが一昔は一般的に女性の使う言葉として「御不浄」と言う品のある言い方があった。穢れとは見たり聞いたりすることに嫌悪感や不快感を覚えるような対象を指すのだが、具体的には、物理的な汚れだけでなく、道徳的・感情的な嫌悪感を伴う行為や態度にも使われ、例えば、不誠実な行為や社会的に非難される言動などに対して「穢らわしい」という言葉が用いられている。最大限の「忌み嫌う、非難の言葉」に感じる。 

即ち、神道の穢れとは、道徳的な罪ではなく、死・病・出産・血などによって生じる「本来の清浄な状態から外れた不浄・不調和の状態」を言い、基本的な概念は個人や場所、物に付着する不浄な状態であり、死や病気、出産、血、災厄などによって生じる状態を言う。穢れは善悪の問題ではなく、本来の清浄な状態から外れた状態として捉えられている。「人間は本来清らかであり、外部からの影響で穢れが付着する」と考えられ、これらは「祓いや禊によって浄化」される。お葬式から帰ったとき、玄関先で塩を身に振りかけるとか、神社のお参り前に手水舎で手を洗うとかである。そうした行為の根底に、日本人が古くからDNAとして持ち続けてきた「穢れ(けがれ)」という感覚である。 

「けがれ」という言葉の語源については、多くの説が広く知られているが、私は生徒に対して、「穢れとは物理的な汚れではなく、エネルギーの枯渇した状態だ」という理解だと教えた。これを「気枯れ(けがれ)」説と言い、最も広く知られる説である。「気(き)が枯れた状態」を指すという解釈で、「気」とは生命力・エネルギーのことであり、それが枯渇した状態を「けがれ」と呼んだとされる。大切な人を亡くして気力が失われる、長い病気で気が消耗する、繰り返す困難でエネルギーが底をつく、神道ではそうした「気の枯れた状態」を穢れと表現した。つまり穢れとは、物理的な汚れではなく、生命力が失われ、本来の状態から遠ざかった状態を指す言葉だと理解すれば分かり易いと思うと生徒には説明した。 


今月から始まる「伊勢修養学舎」における「五十鈴川の禊」も「祓え詞(ことば)」「神楽舞」も「穢れの祓えの祈願」であり、「生まれ変わり」「リボーン」「再出発」であると話に力を込めた。話していて当方も身の引き締まるのを感じたが、普段は使う事のない言葉とその意味を生徒は真剣に聞いてくれた。今日の一斉参拝の講話は少し難しかったかも知れないが、良かったと思った。私は神職ではないが自分で経験し学習することで、その世界観を知り、心が満たされる。今私はこの学校の理事長としての仕事に大いなる幸せを感じている。



2026年6月30日火曜日

今日は「夏越の祓(なごしのはらえ)」の日

 630日に行われる神社の「大祓い」は「夏越の祓(なごしのはらえ)」と言われている。毎年1年の折り返しを祝う重要な神事で、この儀式は、「半年間の穢れを祓い、健康で平和な夏を過ごす」ことを祈願するものである。この大祓いでは、茅の輪をくぐる「茅の輪くぐり」が行われ、心身を清める意味が込められているが、本校ではまだ行った事は無い。在職中に一度は「生徒の学習」の為にやって見たい気は有るのだが、まだ気は引けて踏み込んでいない。退職前にやってみるかと内心では思っているが?

この大祓えはまた、神社によっては、形代(かたしろ)と呼ばれる紙の人形に名前と年齢を書き、息を吹きかけて穢れを移す儀式も行われている。大祓えはもう一回あって、それが12月31日の大晦日である。これは「年越の祓」と言われている。夏越の祓と年越の祓の2つを合わせて「大祓(おおはらえ)」といい、どちらも災厄を祓い清める儀式である。 

茅の輪くぐりを少し説明すると、茅(ちがや)というイネ科の植物で編んだ直径数メートルの輪をくぐり、心身を清めて災厄を祓い、無病息災を願う行事で神社の境内や鳥居の下など、いわゆる「結界」の内側に設置されている。茅の輪くぐりの由来は、日本神話にあり、備後国(広島県東部)を旅していたスサノオノミコトは宿を探していた時に、蘇民将来(そみんしょうらい)という人物から貧しい暮らしながらもスサノオは手厚くもてなされた。数年後、スサノオは再び蘇民将来のもとを訪れ、「病が流行ったら茅で輪を作り、腰につけて難を逃れなさい」と教え、その後、教えを守った蘇民将来は難を逃れることができたそうである。 


これが由来とされているが「嘘か誠か」などの詮索は無用に願いたい。古代から日本人に言い伝えられた神話の話しである。茅に利尿作用があり、生薬として用いられ、夏の体調回復に使われていたから、あるいは茅は魔除けの力を持つと考えられていたから、などの諸説がある。私は試験期間中の生徒と教職員の為に学院神社の大神様に半年間のご神恩に対して御礼を申し上げ、後半戦の12月31日大晦日まで安全に安寧に過ごせますように祈願した。





2026年6月29日月曜日

今日から期末試験が始まる

 先週末の二つの台風にも影響を受けず、今日は29日(月)で「1学期の期末試験」が始まった。中高とも7月3日まで続く。1学期の最後を飾る重大イベントであり、生徒も教職員も緊張感を持って対応する。私はこの雰囲気に浸るのが大好きだ。4月からの1学期は新入学生も迎え、学校行事も様々な形であった全てが順調に終えたことになり、この期末試験を無事に迎え安堵している。明治時代から今日までこの内部試験は「校内考査」と呼ばれ完全に定着しており、私は素晴らしいと思う。学校の中には試験など無いところもあるやに聞いているが学習の定着度と平等性をどのように担保するのか? 

この試験こそ学校の先生の「腕の見せところ」であり、生徒には「出来たか、出来なかったか」を思い知る場面で学校と言う「教え、学ぶ場所」としての中枢部分である。今日からは期末試験であるが5月には中間試験が行われた。中間試験と期末試験は、どちらも学習の進捗を確認するための重要なテストであるが、中間試験は学期の半ばに行われ、授業の進捗を確認し、「理解度を測る」ことを目的としている。一方、期末試験は学期末に行われ、学期全体の内容を総まとめし、試験期間も長い。「成績に大きく影響」するだけに我々も慎重であり緊張感がある。言ってみれば中間試験は授業の理解度をチェックするためのサインであり、期末試験は全体の力を一度に試す機会として捉えられている。特に3年後の大学進学時に大学側から求められるデータであるから猶更である。 

このデータ処理には恣意的な扱いなどあってはならず、高度の機密性が求められている。1学期の成績は高校については13日から「成績懇談」と名付け、中学は義務教育故に成績の言葉は付けず、「三者懇談」と読んで保護者に学校に来てもらい、生徒には「魔の時、嫌な時」になるが成績や学校生活の課題について当方から説明し話し合うやらねばならない手順だ。言わば「学校の説明責任」である。この懇談は高校については3000人以上もの生徒が居るから25日まで続くが、中学は17日で終わる予定となっている。その後高校は19日から5グループに分かれて「伊勢修養学舎」があり、変則であるが終業式は7月31日、中学は7月17日としている。この間中高ともに「特別授業」と称して補講などしている。私立学校はある面「サービス産業」とも言える。企業とて「誠意あるサービスの良いところが生き残っていく」ではないか!