2026年5月9日土曜日

昨夜の歓迎・慰労会での歌、ど演歌「掌(てのひら)」熱唱

 昨夜はミナミのスイスホテルで「教職員歓迎・永年勤続表彰・教職員慰労会」と銘を打ち、役員、教職員、(株)浪速教育振興の方々総勢210人の大パーティがあった。私は多くの人々で喜びを共有することが好きだし、そして豪華にやりたい性向が強い。頻度は少なくともやるなら豪華にだ!その為に進行時間管理は重要である。時間こそが宝であり、誰もが満足する時間を共に過ごすのが宴会だと思う。「さっさっさっ」と切り上げるのはパーティではないし、「だらだら」と長くやるのも問題だ。主催したホスト役の私は時間通りに進め、出来上がりが「凛としてそれでいて、温かみのある気配り心配りが随所に感じられるものが最高」と思っており、昨夜の宴席はそういう意味で大成功であったと思う。周到な準備こそ成功への道だ。

第1幕は公的なもので、まずご臨席頂いた役員13名の方々のお名前を読み上げ、次に永年勤続の教諭2名の紹介(表彰、報奨金は今朝、学校で済ませ)、4月1日に新専任として採用された1人の数学の先生の紹介、そして最後に32名の新採用の常勤教職員に壇上に上がって貰い、代表者が力強い決意表明を行い、式典は終わった。18時30分に始まり式典が終わったのが19時前だったから結構段取り良く進んだと思う。 



第二幕に移り冒頭、私の挨拶で祝賀会が始まった。乾杯の音頭は大阪国学院理事長で格式高い市内の坐摩神社の渡邉宮司様のご発声であった。和気あいあいと美味なフルコースの料理に舌鼓を打ちながら懇親が深められたと思う。私のやり方は立ち席ではなく、何方にもテーブルと椅子を用意し、ゆっくりと料理と雰囲気を味わって頂くのが好ましいと考えているから、私はパーティコンパニオンの方々を16人も来てもらって参加者誰もが席を立ったり、酌に回ったりして終始座が乱れることは無かった。会の途中に私は各テーブルを回り、感謝と慰労の言葉をひと声かけるのが何時もの景色である。皆さんの笑顔を拝見すると嬉しく幸せな気持ちになる。


最後の最後に演出したサプライズとして場を盛り上がるべく、私は司会者の求めに応じて島津亜矢さんの「掌」を謳わせて貰った。昨年は神野美伽さんの「命惜しむな 惜しむな命」のフレーズで知られた「天の意のまま」だったと思う。何時も選択するのは勿論演歌一本道だが必ず「人生賛歌」とも捉えられる選曲にしている。今回は6曲選択していたが最終的に「掌」にした。これは55周年記念で平成16年5月にリリースされた北島三郎さんの作曲で、島津亜矢さんに贈呈した曲である。20年余の月日が経った、良い歌だ。 

手と手を合わせて 生きてる人の 義理は固いし 情けは熱い

汗を流して 強くなり なみだ流して 夢をとる

何にも持たずに 生まれた命 何を掬える 掌で 

この手につかめる 宝もあれば 捨てにゃならない また夢もある

染まぬ世間に 負けたふり 生きる試練の 幾月日

胸のほころび 縫えるのは 皺も知ってる 掌さ 

何かを得るたび 何かを落す 苦労かさねる 人生ごよみ

拳ひらいて 陽にかざし 赤い血をみて いのち知る

長い旅です この世でふたり 握るしあわせ 掌よ 

現在の浪速学院は本日同席されている多くの方々の努力とご支援で今があり、この「絆」は未来永劫続く。私は新任の先生方と今力強く存在感を発揮してくれている専任教諭の先生方に対して“縁あって同じ働き先で、今同じテーブルに付き、同じ物を食している関係は決して偶然ではなく、「絆」であると歌い、今後とも学院神社の大神様に「掌を合わせ」、共に自分たちの職場を更に良くしていこうとの願いを込めて私は歌った。人生は厳しいが、それを乗り切ることが、自分を守り、大切な人を護るのだと私は訴えたのである。



2026年5月8日金曜日

校舎も無く、校長も居ない入学式・・・103年前の旧制浪速中学

 連休中も教職員や生徒には「曲が事」(事故や災厄など)が無くて、全員無事に揃い、薫風香る快晴の中、5月のスタートとなった。神様のご加護を受けていると思う心が信心であり、謙虚な気持ちに災厄は遠のくと私は信じている。今日の「一斉参拝の学院長講話」では一点のみを時間を取って教職員と生徒に熱く語った。今までも5月の参拝時には行って来た事だが、今日はより詳しく、丁寧に話し、「この学校はどのような学校?」という問いに応えんとしたのである。それでこそ「4月30日の開校記念日」と「5月1日の創立記念日」を休校としている意味と意義がある。取りすがりの日ではなくて今自分たちが居る場所の歴史的経緯を知ることはその後の人生にとっても重要である。

 

今から丁度3年前の「令和5年4月30日に創立100年周年」を迎えた。私は渾身の力であらゆる資料を読み、歴史書ともいうべき冊子を纏めた。これは恐らく後世への大切な資料となるであろう。その日、4月30日に「旧制浪速中等学校は第一回目の入学式」を挙行し直ぐに授業に入った日である。だから「開校記念日」なのである。数年後、学校行事の関係から5月1日を「創立記念日」と称し、今日に至る。とにかく生徒数204名で浪速中学校は出発した。令和8年度の新制浪速中学校の入学者数は191人だから、推して知るべし、期待の中での船出であった。生徒募集は府庁で行い、入学試験は「天王寺師範学校」で行ったとある。「校舎も間に合わず」、結局今の高野線我孫子駅と沢之町の中間西側の「元工場の建屋」を借りて「東成郡墨江村仮校舎」と銘打って204名の生徒で「浪速中等学校は出発」した。

私はこの地域の古い図面でこの仮校舎の址を探して歩いたがその面影は当然のことながら何処にもなかった。今は住宅街になっている。添付の古い写真を見ると他には建物など何もなく南海の高野線の電車が後ろを走っている。今から103年前の写真である。校舎だけではなくて学校敷地も校長先生も居ない「無いない尽くし」のスタートであったが、今では考えられないくらいのスピードで学校は立ち上がった。それは「大阪府の強烈な指導支援」を得ながら本校は開設されたからである。


この事を裏付ける格好の資料があった。それは「60周年史」の巻頭にある「当時の大阪府知事岸昌氏の祝辞」である。挨拶文は冒頭以下のような文章である。“(前略)貴校は大正12年大阪府下の神職団体である財団法人大阪国学院が浪速中学校を創設したのが始まりであります。今では余り知られていませんが戦前は浪速中学校と大阪府とは密接な関係にありました。当時大阪国学院の総裁には大阪府知事が、また院長には大阪府内務部長が就任するなど「準公立的な一面」を持っておりまして他の私学とは趣を異にする独特の学校であると言えましょう。・・・(後略)”前述の「準公立的一面」と言う言葉で全てが分かる。

校舎も無く、校長先生も居なかった入学式であったが全てが迅速に進んだ。今ではあり得ないことだった。実は大正12年2月28日、設立者、大阪国学院は中等学校の設置を府に出願し、そして驚くのは一ヵ月後の3月31日に「設立が正式に認可」されている。この速さは尋常ではない。そして4月17日に大阪府から教育主事であった大島鎮冶氏が「校長事務取扱」として着任され、2週間後の4月30日に入学式が挙行された。古い写真で見る限り教職員はわずか8人であった。正式の初代校長は1年後にご着任されている。以上の全てが府主導で進められた。まさしく本学院は準公立的な一面を有し、誕生し、スタートしたのである。



明治維新を成し遂げ我国は前途洋洋「坂の上の雲」の時代に本校は神社神道の学校として、この住吉の地に誕生した。爾来、紆余曲折はあったが、103年の時を刻み、今や府内トップレベルの規模を誇る学校に成長した。私は声を大にして「良い学校で学び、良い学校を職場としている誇り」を自覚し、有意義な毎日を過ごすように激励し、「開校103年目の温故知新の特別講話」を終えたのである。

2026年4月30日木曜日

「春雨」」の中、中学校授業参観日、高校は校外学習日

 今日は雨、それも長雨か?皆さん、ご存じのように、文字通りの言葉で「春雨」、春に降る雨だが、「しとしと」と降る細い雨のことを言う。日本語は本当に優雅な表現が多い。「育花雨(いくかう)」というのもある。春の花が咲く前に降る雨のことで、花を育て、咲かせるために一役買っているような優しい雨の名前だし、「甘雨(かんう)」という表現も、春に植物たちの生長を促すように降る雨のことで、植物にも人にも優しい雨を言っている。植物には優しい雨だが「今日は高校の校外学習の日」で生徒には果たして優しい雨になるかどうか?この春雨の中、高1は奈良、高2は京都、高3は神戸だ。春雨に濡れて楽しい一日となって欲しい。 

浪速中学は5限目に「全学年の保護者授業参観日」でその後学年集会になる。中3は連休明けの修学旅行の保護者説明会になる。京都の私立高校において沖縄で大きな海難事故が起き、生徒が亡くなると言う大事件があったが本校も十分気を付けて言って来て欲しい。着任当時、私は高校の修学旅行先の西表島でカヌーに乗る行事があったが「即刻止めさせた」。リスクのある企画は元々修学旅行に入れるのがおかしいというのが私の考えである。報道によれば付き添い教員は沈没した小型船に乗っていなかったと言う。大体「平和教育」というなら教師は生徒の傍にいるべきである。 



朝、入試広報部の管理職と入試広報部長が昨日の「私立中学校フェア」の詳細について報告に来てくれた。会場への全体参加者は対前年150人の増であった。本校も微増であり、特徴としては小学6年生の数が多かった。例年、大体5年生も同じくらいの数だが6年生が多くなったと言うのは「私立中学ブームの到来」を告げていると感じるが、保守的な教育界だから今後、今日の雨のようにしとしとして伸びてくるのではないだろうか? 






昨年度の浪速中学校の入学者数は191人と府内私立中学の中で15位のポジションだったが、トップ10の星光、四天王寺、高槻、清風南海、清風、開明、大阪桐蔭さんのブースはやはり参加者の数お多さが目立っていた。次いで関大、近大、同志社、立命館、帝塚山、常翔さんなどの「大学系列の私立中学」は安定した光景を見せていた。このような強豪揃いの中で浪速中学は全員の一致団結、「登り龍の勢い」でここまで来ることが出来た。各校のブースを回りながら、今後とも不退転の決意で学校の中味を高め、焦らず一歩づつ、歩を前に進めて行く決意を私は固めている。上が居ればそれを一つづつ、追い抜いていく決意に身体が震える。これが「志」だ。しかし上位の学校の岩盤は極めて固いし大きい。時間は相当かかるが諦めては進歩はない。今後の戦略をじっくりと考えねばならない。尚明日から学校も連休となるので、充電の為にこのアラウンドも暫しの期間、休筆させて頂きます。 



2026年4月28日火曜日

神社本庁長老、大阪府神社庁名誉理事長、大阪天満宮名誉宮司、学校法人浪速学院名誉理事長の寺井種伯先生とお別れ

 神社本庁長老、大阪府神社庁名誉理事長、大阪天満宮名誉宮司、学校法人浪速学院名誉理事長の寺井種伯先生とお別れをしてきた。本日13時より故人の遺言で自社、大阪天満宮での葬儀として本葬があった。既にご親族のみの通夜祭と翌日の密葬には特別に参列させて頂いていたから、覚悟は出来ていたが、やはり本葬となると多くの方々がお越しになっており、今更ながら寺井先生のお人柄が偲ばれ永久の別れの悲しさが募ってきた。私は本校管理職や生徒代表と共に最後のお別れをした。葬儀委員長は神社本庁総長(石清水八幡宮宮司)の田中恆清様で寺井家とはご親戚である。斎主は故人の盟友とも言うべき市内坐摩神社の宮司、本校生みの親筋である大阪国学院理事長の渡邊先生が務められた。参列者の数は存じ上げないが、参集殿と境内の両方に分かれて極めて多くの人々のお顔を拝見した。 


供花の数は800本近いと聞いたがその数の多さに正直驚いた。全国から贈られてきたものである。私は玉串奉奠に際し、名前を読み上げられ、団体代表として早い段階で「忍び手」を打ち、校長と生徒代表が会場から外に出て来るのを待っていた。約1時間の葬儀であったがこの間、寺井先生から戴いたご厚誼の数々を思い出し、「自分が今日あるは全て寺井名誉理事長のお蔭である」と今更ながら思い知った。これほどの「やりがいのある仕事」を与えて頂いたご恩に胸が一杯になった。元来なら連休明けの5月8日に予定されている歓迎会と慰労会に過去はご出席頂いていたが、今回もご健康状態から可能ではないと思っていただけに、その代わり、同日、私はパーティの前に全員で「心を込め感謝の黙祷」することを決めた。学校に戻った直後にその旨を進行係りに伝えたのである。




2026年4月27日月曜日

3586人の生徒を乗せたジャンボジェット機は無事に「離陸し、水平飛行へ」移りつつある。

新入生を迎え、新しい先生方も着任され、新学期がスタートし、ほぼ4週間が過ぎた。3586人の生徒を乗せたジャンボジェット機は無事に「離陸でき、水平飛行」に移りつつある。月末に予定している中学校の保護者授業参観と校外学習で全てが終わる。この最初の「オリエンテーション」みたいなものが意外と大事で、ここを上手くやれば1年間は無事に粛々と進むことを我々は知っているから、教職員も「一所懸命」に対応している。「23日と24日の全校生徒の健康診断」は延べ39人のドクターと教職員総出で2日間に亘って実施した。主担当の保健体育部長と養護教諭のお二人は全て終わった後、「グタッ」とされていたが結果は素晴らしかった。これが仕事である。法令に定められているから手を抜く訳には行かない。 

新入学生も大事だが特に「高校3年生への対応が極めて重要」であり、例年の如くS、N,Rの選抜者60人を25日から26日にかけて一泊二日の予定で多聞尚学館にて受験体制のキックオフともいうべく学習合宿を行った。受験生の心に「ろうそくを灯したり」「発破」をかけたりして「国公立大学、難関私学」への合格を目指してその気にさせることも本校のやり方である。今年の卒業生は何と新記録の86人が国公立に進学した。この数値は我々からすれば極めて大きな数値である。しかし目標は100人台に乗せることであり、今後とも頑張れば手に届く目標だ。私は出発前に生徒に檄を飛ばし、尚学館では飯田高校校長が待ち構えて開講式でじんわりと心に火をつけた。付き添った教員も卓越した教師ばかりであり、特にセンターの数学のY先生の力量に大いに期待している。連休明けの9日と23日には進路指導部主管の「高3生対象の大学説明会」があり、大学受験の臨戦態勢に入ったと言える。 


早速丁度同じ日に多聞尚学館に見学に訪れた新任の先生方も頑張っている生徒たちの顔を見て何かを掴み取ってくれたみたいで嬉しい。前回に続いて某新任の常勤講師の女性講師の感想文を載せる。字数の関係から多聞尚学館の部分だけをここに紹介したい。特に下線部分は私の作為で「私の心に届いた部分」と理解して欲しいと思う。

「校外施設見学で学んだ浪速学院の生徒への想い」    国語科 〇〇 〇〇〇

 今日は浪速学院の校外施設である、高天原スポーツキャンパス、浪速ふくろうベースボールスタジアム、そして、多聞尚学館をバスで周り、見学させていただいた。(以下中略)

  最後に、多聞尚学館。多聞尚学館ができるまで、できた成り立ちの説明を受け、生徒たちに最高の教育環境を提供したいという理事長先生の熱い想いを知ることができた。自然豊かで勉強に集中できる環境で、果樹園もあり、学校とはまた違う良さや学びが得られる場所だと思った。「同じ釜の飯を食う」というように生徒たちと共にチキンカレーをいただき、お風呂なども見せていただいた。勉強面で最高の環境であると同時に、仲間たちと泊まり、一緒にご飯を食べるという経験はかけがえのない思い出になるだろうと感じた。 

 今回の校外施設の研修で、それぞれの校外施設の特徴や良さを学ぶだけでなく、その校外施設を建てる理事長先生の生徒を良い環境でと想う熱い気持ちを施設という形により、身をもって感じることができた。私も浪速学院に携わる教職員として理事長先生、先生方と温度差があってはいけないと思った。これほど生徒を第一に考えた施設がある学校はなかなかないだろうと思ったと同時に、だからこそ浪速学院の入学者数が増えているのだと分かった。今回の施設見学で学んだ理事長先生の想いや浪速学院の理念に倣いながら、管理職の先生方、職員室の先輩に師事し、そして、目の前の生徒達に真心こめて授業をしていきたいと思う。学び続け、成長していきたいと思う。 

2026年4月25日土曜日

その人が書いた一文から人物像が見えてくる

 32名の新任の教職員の先生方は4月1日に着任し、3日後の4月4日に校外施設の見学に行って貰った。この早い実施の目的は「深淵なもの」があり、時の経過に連れて見えるもの,見えて来なくなるものが出る前に、早い段階での見学によって何を先生方が思い、感じたのかを知りたいから行っている。これらの教職員の提出研修レポートから、私は「どのような視点、観点、思考、学習歴を有した人物か」等々ということが容易に分かるし、有するポテンシャルを私なりに設定できる。又我々も若い方々から教えられることもある。そしてこの32名の先生方から出るであろう、本校の将来を託するに値する人物に是非とも「専任教職員」になって本校を舞台に活躍して欲しいと強く思っている。「人を育てる」とはこのようなプロセスが大切で、校長以下の組織の管理者はすべからくこのようにあって欲しいと思う。人は一人では育っていかない。「手塩にかける」とはこういう事である。 


私が観察する視点は観察力、思考力、批判論評力、文章表現力、滲み出る人間性等々であるが、語彙の使い方、明解性、起承転結、謙虚な姿勢、人間としての温かみ、優しさ、覚悟や決意の表明等々他分野に亘る。文章を読み込みながら「なるほど、こういう人物か?」と快感を覚えたいからである。大人社会で組織人として「一文を差し出す」ということは「命を差し出す」くらいの覚悟が必要であり、出された文章は読む人間を感動させる。今回32人の新人教職員の感想文には当然、同じものはなく、体温も違う。違って当たり前であり、下記のレポート2件は「良いか、そうでもないか」等を色分けしたものでは無く、一例としてどのような一文か、読者に供したいと思う。今年の教職員は期待が持てそうである。今後準じてタイミングが有れば、このアラウンドに紹介できれば良いと思う。 


生徒の活動を支える施設                   数学科 〇〇 〇〇

浪速学院に就任して4日目となるこの日、校外にある「高天原スポーツキャンパス」「浪速ふくろうベースボールスタジアム」「多聞尚学館」の3つの施設を見学した。出発前には木村理事長先生をはじめとする管理職の先生方にお見送りいただき、さらに理事長先生から激励の言葉を頂戴した。就任間もない新任教員にまで心を配ってくださる姿に感銘を受けるとともに、教師としての責任の重さを改めて自覚し、身の引き締まる思いで見学に臨んだ。 

まず訪れた高天原スポーツキャンパスは、78年前に建設された比較的新しい施設であり、全体的に非常に整備された環境が整っていた。更衣室一つをとっても、プロスポーツ選手が利用する控室のような充実した空間であり、設備の質の高さを実感した。特に印象的であったのはゴルフの練習施設である。サッカーコートやテニスコートは他校でも見られるが、敷地内にゴルフ練習場を備えている例は珍しいと感じた。さらにパター練習場やゴルフシミュレーターなどの最新設備も導入されており、生徒が多様な競技に取り組める恵まれた環境が整えられていた。 

次に見学した浪速ふくろうベースボールスタジアムは、先程の施設と比べるとやや年季を感じさせるものの、プロ野球選手として活躍した卒業生からの寄贈品などが数多くあり、これまで積み重ねられてきた歴史を感じることができた。中でも大引選手から寄贈された「大引シート」からの眺めは非常に良く、投手や打者の姿がよく見え、とても臨場感ある席であると感じた。 

最後に訪れた多聞尚学館は、これまでの2つの施設とは異なり、学習活動に重点を置いた施設である。山に囲まれた静かな立地にあり、外部からの騒音も少なく、勉学に集中できる環境が整えられていた。当日は高校3年生が勉強合宿を行っており、その様子を見学した。生徒たちは長時間の学習にもかかわらず集中力を維持し、授業に真剣に取り組んでいた。さらに昼食時には友人や教員と楽しそうに会話する姿も見られ、合宿に前向きに取り組んでいる様子がうかがえた。この光景を目にし、自身も間もなく始まる授業に向けて一層努力していこうという思いを強くした。 

今回の施設見学を通して最も強く感じたのは、生徒の活動を学校全体で支えようとする姿勢である。いずれの施設も高校生が利用するには非常に充実した設備を備えており、このような環境が整えられている学校は決して多くない。また、これらの施設の多くが理事長先生自らの尽力によって整備されたと伺い、生徒の成長を第一に考える強い思いを感じた。限られた三年間の高校生活をより充実したものにするため、生徒一人一人の青春を支えようとする学校の姿勢が表れている素晴らしい施設であると実感した。

 

校外施設見学を終えて                     〇〇科 〇〇 〇〇 

 4日の土曜日、高天原スポーツキャンパス、浪速ふくろうベースボールスタジアム、多聞尚学館の3か所の校外施設の見学が行われた。校外にスポーツ専用の施設や勉強合宿が行える施設のある学校はないため、実際に見学することで学校紹介の写真だけでは知ることができない部分まで見ることができる良い機会となったと思う。 

 最初に高天原スポーツキャンパスの見学をした。特にサッカー部やラグビー部、アメリカンフットボール部などの生徒たちが使う人工芝のグラウンドは広大で部活動に意欲的に取り組みたい生徒にとって、素晴らしい環境だと感じた。その他ゴルフ部やテニス部などの施設も必要な設備がきちんと整備されており、理事長先生の生徒への愛情が感じられた。 

次に浪速ふくろうベースボールスタジアムの見学へと向かった。野球部の専用のスタジアムとなっており、こちらも部活動を頑張りたい生徒にとっては最高の環境であると感じた。何より、卒業後に選手として活躍されている方が、母校への感謝と愛情を持ち、後輩のためにベンチなど様々なものを寄贈されたことを聞いた。その生徒たちの指導に当たられた先生方への尊敬の気持ちと自分自身もこれから指導していく上で、生徒たちに何ができるかを考えるきっかけとなった。 

最後に多聞尚学館を見学し、高校3年生の生徒たちが実際に授業を受けている様子を見学させていただいた。学校からは距離はあるが、周辺がとても静かで教室も複数あり、同じ敷地内にお風呂や寝室も備えられており、しっかりと勉強に集中して取り組みたい生徒にとっては素晴らしい環境だと感じた。本来であれば春休み期間中の3年生がしっかり勉強に取り組んでいる姿勢を実際に近くで見学でき、これからこの学校で教員として働き、どのように授業を進めていけば良いだろうかと考えた。今まで、実際に浪速学院で教員として指導していく自身の姿を想像しても、あまり実感がわいていなかったこともあり、実際にこのような校外の施設を見学していく中で、自分自身がこれからこの学校で教員として働き、生徒と接していく自分自身の姿を想像し、徐々に実感がわいてきたように思う。最後に生徒と同じカレーを食べて学校に戻り、全行程が終了した。 

今回見学したどの施設も、生徒の為にという理事長先生の生徒に対する愛情を感じることができた。そして生徒も母校に対して感謝と愛情を持っていることも目の当たりにすることができ、そのような学校で教員として働けることを嬉しく感じた。今回の施設見学は、自身も同じように生徒に対して愛情を持って真剣に向き合っていこうと改めて考えることができる良い機会だったと思う。9日から初めての授業が始まるが、今回の施設見学で得た刺激と初心を大事に、生徒に愛情を持ち、しっかりと向き合っていくようにしたい。

2026年4月24日金曜日

令和9年度入試に向けて、全員で頑張ろう!

 この22日は中高連(大阪私立中学校高等学校連合会)の部会が有り、私の代理としてM副理事長が参加した。その中にある資料を例年の如く私は心待ちにしている。入試広報部もいち早くこのデータを見て分かり易い一覧表にして、それが昨日、一番に私の手元に届いた。この資料の中には「各校別令和8年度入試の結果」が詳細に示されており、これを見ると浪速高校は「4年連続で府内95校中、トップの1052人」となっている。又一昨年の1152人と2年連続で1000人の大台を超えている。浪速中学校は何と59校中15位につけ191人の入学者である。ここ3年、23番目、19番目、そして15番目だから、これはもう「大躍進」と言っても良いのではないか?これらの数値は少子化の進展の中で嬉しい事には違いないが、一方大きな責任感で身が引き締まっている自分がいる。 

例年の事だが、この数値を見て学校設置者として私は来年度入試の検定料と入学金、授業料の検討に入る。これは入試広報K教頭の資料をベースに理事長たる私しか出来ない、最も重要な責任業務である。既に頭には入っており、検定料は今までと同じ金額で据え置くことを決めた。高校は20000円であるが、府内の私立高校では大半がこの数値である。浪速中学も同じく20000円で据え置く。授業料については全国レベルで私立高校の完全授業料無償化が本年度から適用されるから中学も高校も現状と同じにする。中学はアップ可能だが据え置く。しかし入学金は少しだけアップさせて頂くべく関係方面との協議に入りたい。現在の浪速中学校の入学金は59校中19番目のレベルであり、浪速高校は94校中25番目と高くはない。新しい校舎、完全なICT教育等を考慮し、中学校棟の建設金の外部調達の返済の為に受験生と保護者には少しの入学金のアップにご理解を頂きたいと思う。



束の間の「ホッとした安寧の期間」の入試活動の休息期間であったが4月29日の「私立中学校フェア」を皮切りに遂に令和9年度入試の準備作業の号砲が鳴る。来年の今頃には今と同じような「豊かな気持ち」でいられるかどうかは今後の我々の活動結果に拠るだけに気張って頑張らないといけない。「これよりは今までの結果は過去のもの」だ。済んだ過去のことになる。令和9年度入試について本校は5月20日に「塾長様対象の浪速中学校授業や校舎のご視察会」を予定している。私の見方は高校の授業料無償化の余波を受けて徐々に「私立中学校ブーム」が来ると考えている。「謙虚に」、とにかく「誠意をもって」、浪速中学校の全てを開示し入試広報部と全教職員はそれぞれの持ち場で、これから1年間、頑張って欲しい。来年の今頃、中学、高校共に全員が顔に満面の笑みを浮かべることが出来るように頑張ろう!理事長は旗を振りながら先頭に立つ。