遂に「開校103年目の秋季例祭」の日が来た。開校日は大正12年、1923年だったからそうなる。あの思い出深い100周年目から早いものでもう3年が経った。これは私の感覚だが新たな次の100年に向かって極めて良いスタートを切っている。何でそのように思うのか?この3年間で、学校は何か衣替えというか「一皮むけた」というか、小動物があたかも「脱皮」するが如く、「グンと伸びた感じ」だ。入学者の専願比率が今や80%を超え、併願校と言われて久しい学校が専願で埋まる専願校に変わった。そしてトータルの入学者が大きく伸び今や大阪を代表する大規模校に変身している。
上記のような生徒数の驚異的伸びがあったから言っているのではなく、学校全体の雰囲気が「ころっ」と変わった感じがするのである。生徒だけではなくて教職員、PTA他浪速に集う人々も何か変わった感じがしてならない。特に生徒が良い。教職員も良い。この学校で学ぶこと、働く事が嬉しくてならない感じなのである。だから人様に対して表す礼節が感じられる。ご挨拶は出来るし、人懐っこい感じを放ち、笑顔が素晴らしい。入試説明会など外部から入門されて来られる方々から「良い生徒さんですね」と良く言われる。本当に誇らしい。
「秋季例祭」はお祭りである。本校は4月の春季例祭と秋9月の秋季例祭を最上位に位置する学校行事とし、神社界と同じく、神社神道の学校としての「祭事」として捉えている特別な日である。学院神社の大神様に4月からの半年間の学校教育活動の成果への感謝と、今日から折り返しとなる来年3月末までの教職員と生徒の安全無事と健康、そして学業の向上を神様に祈願する極めて大切な日であり、神社前には「幟」を立て、剣道部員が打ち鳴らす3尺大太鼓の報鼓で「祭」は始まる。この祭りの「祭主」は学校設置者の理事長である私であり、お祭りを執行して下さる「斎主」様は市内「坐間神社」から来て頂いている本格的な神職である。
ご来賓も多く、大阪府神社庁、校友会、それにPTA会長、加えて理事・評議員の方々である。特に昨年から神社庁の代表として福島天満宮の寳來宮司様をお迎えした。神社庁理事、全国神職教育協議会の会長をされたお方であるが、この方のご祖父が何を隠そう、戦後初代の本校理事長で今日本校がこの地に永らえている基を作って頂いたお方である。大変立派なお方で戦後神道指令で艱難辛苦の時代を乗り切って下さった。開校103年が過ぎ、お孫さんが神社庁代表で秋季例祭に代表として参列頂いた事に寳來正信先生は高天原で大変喜んでおられると思う。これらの繋がりに何か因縁めいたものを感じている。
玉串奉天は理事長、前述のご来賓、加えて高等学校の自治会長、中学校の生徒会長だ。決して形だけの祭事ではなくて本格的なものにしている。これが重要で生徒に「本物を見せる」ことこそ教育だと考えている私は決して「祭事には手抜きはしない」。従って神様に奉納する雅楽と神楽も他のお宮からの借用ではなくて自前である。雅楽部と神楽部を育てるのに17年かかったが今では府内の神社から称賛と垂涎のお声を頂く。
例祭の後、鳥居の前で自治会、生徒会会長を代表として全校生徒に「直会」の品として「ノート」を神様からの贈り物として授与し、その後学院長講話に移った。神職の「祝詞」の意味をかみ砕いて話し、後半戦も頑張るように激励した。教職員には今日の直会としてお祝いの「にぎり寿司弁当」が神様から下された。無事に終わった神事であるが、これからは趣を変えて午後そして明日と「浪速祭」が始まる。最後に自治会、生徒会の会長が「浪速祭のスタート」を高らかに宣言して舞台は「明日の浪速祭」へと回った。
何時までもと言う訳にも行かず、今回から「浪速中学校の合唱コンクール」へのフルアテンドを取りやめた。「歌声のする学校は良い学校」とスローガンを飛ばし回を重ねてきたが「ぼつぼつ良いだろう」と考え、前から頭にあったことだ。基本的に中学単独の行事であり、中学校長の仕切りで十分実施できるし、そうでなければならない。確かに生徒からすれば理事長・学院長が見ている光景は頑張りの元になると思うが、時間の融通が利かなくなった。9時40分に例祭が終わり、御来賓や執行して頂いた座間神社の神職の方々へのご挨拶など10時始まりのコンクールへの参加はしんどくなって来たのである。中学生、頑張って!とエールを送った。