今日的に言えば、「仕事は変わっても良い」「トラバーユは別に悪い事ではない」「好きな仕事につけばよい」「嫌な仕事を無理して続けることはない」などと理由や理屈は幾らでも言えるが、私は「本当にそうかなー?」と何時も想う。「石の上にも三年」と言う諺があるが、これはどんなに辛く苦しい状況でも、忍耐強く続ければ報われるという教えであり、冷たく座り心地の悪い石の上でも、三年座り続ければ自分の体温で石が暖まるという比喩に基づいているらしい。「三年」は具体的な期間ではなく、ある程度の長い期間や継続の象徴で、単なる我慢や忍耐の強要ではなくて、少しずつ努力を重ねる前向きな励ましとして受け止める方が良い。私などは常に石の上に座りながら努力し、何時かは、何時かわと思いながら生きて来た。
本校では例外はあるが基本的に「浪速の石の上にも3年」で3年間の常勤勤務状況で是非に本校の専任教職員としてお迎えしたいとプロポーズするかどうかを決めさせて頂いている。中には4月1日で着任し4月3日には「合わないので止めさせていただく」とか、5月の連休後から学校に出て来ないとか医師の診断書を一方的に送付してくるとか様々な事案が過去にはあった。中には母親から「娘は病んで伏しています」とか言うのもあった。最近の流行りは「退職通告会社なるもの」があって本人は電話出ずに全く存じない某氏が一方的に退職通告してくる。
仕事は「任せる」ことだ。これは「丸投げをする」ことを意味する。与える側が「任せられる人がいない」などと言おうものなら、それは「無能さ」の証明である。自分も相手も成長する丸投げ、丸受け組織は強い。「正しい丸投げ、丸受け」は、個人も組織も成長させる。昨年から始めたパンの外販は正直私の心中は「学校勤務の人間にパンの外販などさせて良いのか?」と複雑であったが結果は見事に成功した。この事によって多くの人材が育ったというか、変わった。勿論私の厳しいティーチングと折に触れてのコーチングで手助けしたが基本的には丸投げ丸受けだったと思う。こうなるとプロセスなど最早関係なく、学校という文化圏で自分たちで焼いたパンが「売れに、売れた」という事実のみが残り、関与した多くの人々が育ったと言える。「以て瞑すべし」である。





