2026年9月24日木曜日

職員会議 専任職員の採用内示を発表

 祭りの後の静けさと言うのか、校内は極めて静粛で落ち着いた感じである。19日の浪速祭は本当に楽しいお祭りだった。生徒も教職員も保護者も、関係者すべてがお祭りに浸った感じである。どのように表現して良いのか、直ぐに適切な言葉が出て来ないが、「動的な中にも静的なインテリジェンス溢れる情感が流れたお祭り」だったと感じた。「60回と言う記念のフェスティバル」だったが、このフェスティバルという表現が当たっていたのかも知れない。「日本の祭り」を超えて一段と高みに昇華して行った感じの浪速祭だった。 


自治会制作の「更に帆を高く掲げよ、愛と絆の浪速丸」が今回のキャッチコピーだったがこの文言の「更に帆を高く」がキーワードである。今までも帆を掲げていたがそれをもう一段、更に高く掲げよという文句は、例えば、走高跳のバーの位置を更に一段上げてトライして行こうと言う覚悟を示している。現状維持ではなく常に挑戦していく気概こそ本校の発展の基である。今年の浪速祭は終わった。来年度の浪速祭を目指して1年間、帆を更に高く掲げてこの浪速丸という船を「前に、前に!」漕ぎだして行こうではないか! 

このように浪速丸と言う船が順調に前に進んでいるのは多くの要因が有る。まず船が強固で美麗で最新鋭の機器を備えた機能的であると同時に「快適」でなければなるまい。まずこれが絶対条件だ。クルーはいなくなっても船だけは残る。そして船と言う限り「船長の存在が極めて重要」であることは言を待たない。ただ「一将功成って万骨枯れる」ではその組織力は永続的でなく、長く低迷が続く。本校でも現実にあった話だ。船長という職位は、其の組織を細分化すれば、たった一人の船長ではなく、何人もの船長が居る訳でそのような船は強い。本校では教職員全員が船長足り得る人物であった欲しいと思う。ただ「船頭多くして、船、山に登る」と言う風に、「俺が、俺が」の集団では迷走し何も決められない。組織が陥る悲劇的な欠点である。結局、一人一人の組織構成員が強いところが最後は勝つのである。城は落ちても石垣だけは残っている。 


本日、この浪速丸の正式クルーメンバーとして一人の男性常勤職員を10月1日付けで専任職員として採用する事を決めて、本人に内示した。又一人強力なメンバーが加わった。府立天王寺高校から大阪工業大学に進学し、大学院で修士課程を修了した理系で高等教育を受けた人物である。ここが面白い経歴だ。民間企業経験もあり、人間的にも優しい雰囲気を漂わしているところが有る。重要な入試広報部の勤務経験と(株)浪速教育振興(NEP)で焼き立てパンブルの外販事業に従事し大きな成果を上げてくれ、常勤講師の枠を超えた働きが認められた。今後は浪速丸の構成メンバーとして「挨拶と気配り心配り」を忘れることなく「前に、前に」出て仕事を見事にさばいて欲しい。新クルーが人の後に立ち、後ろから出て行くようでは駄目だ。彼なら必ず頑張ってくれると私はこの人事を決定した。 

約1か月ぶりに今日は職員会議があり、先に行われた理事会・評議員会の中味の説明を行い、特記事項としてY社長から中央館6階の天空レストランのNEP直接経営の立ち上がりについて説明した。次々と懸案事項が片付いて行く。それもかなり迅速にである。Y社長は学校法人事務局長という職位と学校法人の持ち株民間会社の社長を兼任している。浪速丸の中で大きな船団の船長の一人である。教員は担任、分掌、クラブ顧問と3役くらいの仕事を受け持って仕事をしており、事務職員も同じように何役もこなせるような人材の集まりが本校の特色である。この点が本校の特長であり、従って仕事が早く、強いのである。私はこの点を強調した。まさに人は石垣、人は城である。一人一人で組織は持っているのだ。



2026年9月19日土曜日

令和8年度浪速祭、大いに盛り上がった!「まつりだ、祭りだ、豊年祭り・・・!」

 

今日は9月19日土曜日、メインイベントの「浪速祭」の日となった。天候を心配していたが、ご加護を頂き、快晴、気温が高いくらいの日となった。私は元来、雨は嫌ってはいないが、生徒が楽しみにしている浪速祭ゆえに今日だけは避けて欲しいと念願したらその通りになった。9時ジャストに自治会の校内放送で「お祭り」は始まった。続々と保護者が正門から入校されてきた。本校には所謂「文化祭」的なものは無く、敢えて言えばこの浪速祭が文化祭的なものを少しだけ包含していると思う。何回も書くがこれは昨日の「秋季例祭」に続く「学校のお祭り」なのである。二日連続の祭りだ。このような学校は日本中探しても恐らく本校のみかも知れない。北島三郎さんの大ヒット曲「まつり」である。「まつりだ、祭りだ、豊年まつり・・・」

 

私も並外れてお祭りが大好きで小さい頃から地域の氏神様のお祭りではお小遣いを親から貰って「出店」に顔を出しては買い、今では余り見かけなくなったが映画の「フーテンの寅さん」ではないは出店の主の口上などを聞くのが大好きだった。それは成長しても変わらず、神社神道の学校に勤務できたのも「ご縁」だと思っている。とにかくお祭りは派手に豪華にやらねば面白くない。これが私のやり方である。だから「浪速祭には力を入れている」。その為には「お金も使う」必要がある。普段は倹約してやる時は「ドカッとやる」。ケチケチしたお祭りならやらないほうが益しだ。設営や模擬店の資金などは学校が負担し、生徒にはイベントに集中して貰う。生徒は模擬店大好き、出し物大好きである。最近は中学校がブースを出し、いちごジャムや完熟のイチジクを出品していた。 



又、浪速ベーカリーブルは何と4000個もの焼き立てパンや爆弾おにぎりを800個も出品、時間帯を決めて時間調整しても12時29分には完売したそうだ。背景には今年、「スポーツカフェ」を作り、エアコンが効いているから品質管理には問題がないこともある。PTAや生徒のブースを回って笑顔を振りまきながら盛り上げに一役、そして生徒の模擬店から、餃子、たこ焼き、フランクフルト他を買って上げたが結構良い味だった。 



11時30分からメインイベントの女生徒有志の舞う「豊栄の舞」の奉納があった。私が打つ3尺大太鼓の腹に響き渡る音で舞は始まった。そしてお祭り「てっぺん」とも言うべき「神輿のお練り」始まった。本校では2台もの、それは、それは立派なお神輿があって今日も高校生用の大型神輿、中学生用の小型の神輿である。私と両校長は鉢巻をして半被を纏い、先頭に立って旗を振る。この時ばかりは血流が身体中を巡り元気になる。去年から生徒へのご奉仕料は50%のアップとした。



岸和田の人も大阪の人も東京の人も、青森の人も、日本人はお祭りが大好きであるが、これは日本人のDNDで、古代、神話の時代から日本は何かあればお祭りだ。理由を付けては人々は集まり楽しく振舞う。又生徒も保護者も出店や模擬店が何故好きなのであろうか。これらは間違いなく「非日常」であり、非日常の中に身を置くことはとても快感が高まるのかも知れない。 

浪速祭は大いに盛り上がり、行き交う生徒も理事長に挨拶して呉れ、「めっちゃ楽しい」と歓声を上げてくれていた。14時になると「蛍の光」が流れ、浪速祭の終了を告げ、お客様は学校を後にし、生徒と教職員で片づけに入った。特に本校のPTAの真摯な協力は半端ではない。私は心から御礼を申し上げた。会場設営と片付けは外部の業者さんにお願いし撤収は今日中に終わる。今日は土曜日、明日は日曜日、そして23日が祝日だから皆に会えるのは24日の木曜日となる。その時は今日のお祭りは影も形も無く学校は静かに生徒と教職員を迎えるだろう。このオンとオフの切り替えが実に心地良い。本校の強みである。


 

2026年9月18日金曜日

開校103年目の秋季例祭

 遂に「開校103年目の秋季例祭」の日が来た。開校日は大正12年、1923年だったからそうなる。あの思い出深い100周年目から早いものでもう3年が経った。これは私の感覚だが新たな次の100年に向かって極めて良いスタートを切っている。何でそのように思うのか?この3年間で、学校は何か衣替えというか「一皮むけた」というか、小動物があたかも「脱皮」するが如く、「グンと伸びた感じ」だ。入学者の専願比率が今や80%を超え、併願校と言われて久しい学校が専願で埋まる専願校に変わった。そしてトータルの入学者が大きく伸び今や大阪を代表する大規模校に変身している。 

上記のような生徒数の驚異的伸びがあったから言っているのではなく、学校全体の雰囲気が「ころっ」と変わった感じがするのである。生徒だけではなくて教職員、PTA他浪速に集う人々も何か変わった感じがしてならない。特に生徒が良い。教職員も良い。この学校で学ぶこと、働く事が嬉しくてならない感じなのである。だから人様に対して表す礼節が感じられる。ご挨拶は出来るし、人懐っこい感じを放ち、笑顔が素晴らしい。入試説明会など外部から入門されて来られる方々から「良い生徒さんですね」と良く言われる。本当に誇らしい。 






「秋季例祭」はお祭りである。本校は4月の春季例祭と秋9月の秋季例祭を最上位に位置する学校行事とし、神社界と同じく、神社神道の学校としての「祭事」として捉えている特別な日である。学院神社の大神様に4月からの半年間の学校教育活動の成果への感謝と、今日から折り返しとなる来年3月末までの教職員と生徒の安全無事と健康、そして学業の向上を神様に祈願する極めて大切な日であり、神社前には「幟」を立て、剣道部員が打ち鳴らす3尺大太鼓の報鼓で「祭」は始まる。この祭りの「祭主」は学校設置者の理事長である私であり、お祭りを執行して下さる「斎主」様は市内「坐摩神社」から来て頂いている本格的な神職である。

 ご来賓も多く、大阪府神社庁、校友会、それにPTA会長、加えて理事・評議員の方々である。特に昨年から神社庁の代表として福島天満宮の寳來宮司様をお迎えした。神社庁理事、全国神職教育協議会の会長をされたお方であるが、この方のご祖父が何を隠そう、戦後初代の本校理事長で今日本校がこの地に永らえている基を作って頂いたお方である。大変立派なお方で戦後神道指令で艱難辛苦の時代を乗り切って下さった。開校103年が過ぎ、お孫さんが神社庁代表で秋季例祭に代表として参列頂いた事に寳來正信先生は高天原で大変喜んでおられると思う。これらの繋がりに何か因縁めいたものを感じている。

玉串奉奠は理事長、前述のご来賓、加えて高等学校の自治会長、中学校の生徒会長だ。決して形だけの祭事ではなくて本格的なものにしている。これが重要で生徒に「本物を見せる」ことこそ教育だと考えている私は決して「祭事には手抜きはしない」。従って神様に奉納する雅楽と神楽も他のお宮からの借用ではなくて自前である。雅楽部と神楽部を育てるのに17年かかったが今では府内の神社から称賛と垂涎のお声を頂く。




例祭の後、鳥居の前で自治会、生徒会会長を代表として全校生徒に「直会」の品として「ノート」を神様からの贈り物として授与し、その後学院長講話に移った。神職の「祝詞」の意味をかみ砕いて話し、後半戦も頑張るように激励した。教職員には今日の直会としてお祝いの「にぎり寿司弁当」が神様から下された。無事に終わった神事であるが、これからは趣を変えて午後そして明日と「浪速祭」が始まる。最後に自治会、生徒会の会長が「浪速祭のスタート」を高らかに宣言して舞台は「明日の浪速祭」へと回った。 






何時までもと言う訳にも行かず、今回から「浪速中学校の合唱コンクール」へのフルアテンドを取りやめた。「歌声のする学校は良い学校」とスローガンを飛ばし回を重ねてきたが「ぼつぼつ良いだろう」と考え、前から頭にあったことだ。基本的に中学単独の行事であり、中学校長の仕切りで十分実施できるし、そうでなければならない。確かに生徒からすれば理事長・学院長が見ている光景は頑張りの元になると思うが、時間の融通が利かなくなった。940分に例祭が終わり、御来賓や執行して頂いた坐摩神社の神職の方々へのご挨拶など10時始まりのコンクールへの参加はしんどくなって来たのである。中学生、頑張って!とエールを送った。



2026年9月17日木曜日

第60回浪速祭記念 押見守康先生追善公演 湯島天神白梅太鼓保存会による公演会

 遂に待ちに待った演奏会当日になった。私がこの学校に来て20年、全校生徒を対象に、私の主導で明日の「浪速祭」の前夜祭?行事とすべく、このような大掛かりの演奏会を挙行するのは勿論初めてである。それくらい亡くなられた東京は湯島天満宮前宮司であらせられた押見守康大人命を、このような形で追善したかったのである。それが実現した。本校役員を9年、最後の同窓会長(今は校友会と改編)であり、最後に多額の個人の浄財をご寄付頂き、後輩の為に役立てて欲しいと言われ、黄泉の国に旅立たれた尊敬する第一級の人物であった。 





大阪の人間が東京の大学を出た後、東京の伝統ある神社に入り、神社改革に着手され今や昔の物は草一本、石ころ一個ないまで環境を整備され東京の湯島天満宮と言えば誰もが知る大変立派なお宮に変革された。今日は押見先生が守り育てられた「湯島天神 白梅太鼓保存会」の演奏が第三部に分けられて先ほど終了した。豪壮で華麗、それで江戸の名残のするすっきりとした迫力ある演武に近い太鼓演奏に教職員や生徒は感動の面持ちであった。この企画が成功裡に終了でき、私は幸せ者である。準備に当たってくれた幹部や教職員に感謝だ。



60回浪速祭記念 押見守康先生追善公演 湯島天神白梅太鼓保存会

917日(木)のタイムスケジュール

1限目授業

9:30 グループ体育館に移動開始

10:00 湯島天神白梅太鼓演奏 高1+21218

10:30 終了 グループ退場 演奏者休憩

11:00 グループ体育館に移動開始

11:30 湯島天神白梅太鼓演奏  高2+31237

12:00 終了 グループ退場 演奏者休憩

12:50 グループ体育館に移動開始

13:20 湯島天神白梅太鼓演奏  高3+11109名 +PTA25

13:50 終了

6限目 HR 

明日18日は「秋季例祭」、翌19日は「第60回浪速祭」となる。昭和41年卒業の押見先生は今や神様となられ、60年振りに母校に「白梅太鼓」を鳴り響かせながらお戻りになり、今日は高天原で後輩たちと保存会の皆様に激励のエールを送って下さったと思う。私は今静かに感動と感慨に浸っている。



2026年9月16日水曜日

湯島天神「白梅太鼓保存会」太鼓が東京から到着

 「朋あり遠方より来る また楽しからずや」は、志を同じくする友人が遠くから訪ねてくる喜びを表す孔子の言葉であるが、調子の良い時に私は使う。孔子の「論語 学而篇」にある言葉だが、「同じ志を持つ友人が遠くから訪ねて来てくれるのは、なんとうれしく楽しいことだろう」が読み下し意味だが、今や日常会話や挨拶、随筆、スピーチで、友人や同志の来訪を喜ぶ表現として拡大して用いられている。朋も同年代に関わらず、関係性が深いもの同志で使っても良いのではないか。今日は学校法人浪速学院に東京は文京区湯島にある湯島天満宮(湯島天神)様から宮司様他9人の「白梅太鼓保存会」の方々が来訪された。まさに久し振りにこのフレーズを使える時になった。

故押見守康宮司は昭和41年卒の本校OBであり、9年の長きに亘って評議員を務められ、浪速学院同窓会の最後の同窓会長であられた。私は特に目をかけられ、此処では書けない苦労話も良く聞かされた。大阪の人間が東京の伝統ある神社の宮司に就任されただけに並大抵な気苦労の話しは今でも鮮明に覚えている。押見様は神社改革、私は学校改革と共通する改革者であったと思う。最後の時に私を順天堂大学病院の病室に呼ばれ、後輩たちの為に使って欲しいと1000万円と言う大きなご寄付をして下さった。この時期の二人の電話でのやり取りや病室での会話は生涯私には忘れる事が出来ない。 



現宮司のご子息押見友仁さんが、後を継いでこの有名な神社の宮司に就任された。7月3日、東京の後楽園ホテルで宮司就任のお祝いのパーティが挙行され、私もご招待を受け出席した時にこの「白梅太鼓保存会」による演奏を観て感動したことが今日の催しに繋がった。湯島天神白梅太鼓は、湯島天神梅園に平安時代から打ち鳴らされている「時太鼓」の響きを受け継いでいるとの事で、若い女性中心のチームで躍動美溢れるパフォーマンスが特色である。江戸時代から湯島天神と梅は大変有名で東京の名所の一つになっている。


特に冬になると「文京区の五大まつり」のひとつである「湯島天神の梅まつり」が大変有名で、境内には、約300本の梅の木が植えられている。例年2月上旬から3月上旬頃に行われる華やかなお祭りである。御祭神は菅原道真公であり、学問の神様として知られ、梅まつりの時が同じく受験シーズンには合格祈願の参拝者で賑わっている。桜、つつじ、あじさい、菊と続く四季折々の花の祭りの中でも、「梅」は新春を告げる風物詩として特別な存在感を放っており、境内には白梅が全体の8割を占め、都心とは思えない幻想的な景色を作り出している。 

私はこのご縁ある「湯島天神白梅太鼓」の華麗で迫力ある江戸の名残の感じがする演奏を明日、全校生徒3600人を3班に分けて堪能して貰う事にして準備を進めて来た。丁度「本年度の浪速祭は第60回目の記念フェスティバル」になっているが押見名誉宮司は前述したように昭和41年卒業の第18期生であるから、故押見守康大人命となって「60年振りに白梅太鼓を引き連れて母校にお戻りになられた」のである。これは偶然ではなくて神様から我々への頂き物と私は捉えている。今夕は東京からの朋をお招きして大阪、即ち浪速の味である「お好み焼き」をミナミの有名なレストランでご招待する。明日の前夜祭の成功を祈っておもてなしをするのである。先ほど先駆けとして日産社のキャラバンが太鼓5台を乗せて4名の演奏者と共に学校に無事到着した。初めてお会いし、ご挨拶したが、保存会の皆さま、明るくて素晴らしいお人柄と感じ入った。わずかの会話で江戸っ子だということが分かる。本当に明日の演奏会が楽しみである。

 

2026年9月15日火曜日

「心ばかり」のお土産

 理事会・評議員会の翌日はやはり「ホッ」とする。理事長は理事会を総理して経営執行の全責任を負っているから、会が円滑に終了した翌日は安堵し心は平穏である。あくまで前提は「中身が良い」事であり、虚偽の説明やデータの改ざんなど、その場をやり過ごすだけの会議であれば、この平和な安堵感にはならない。中部地方の某電力会社でデータの扱い不正があり、社長と会長の2名が同時引責辞任する事件が今朝の朝刊で大きく報道されている。そのデータを申請資料として当局に提出するなど考えられない所業である。私は何故、あのような大きな会社で中高生でも分かるような「やってはならない事」をしたのかと不思議でならない。 


何時も遠方からお忙し中をお運び下さっている役員諸氏には簡単な「お土産」を用意している。本校の役員規定では「外部役員手当」は無い。創立時から役員手当の完全無償がここ100年継続している。一度私は支給したい旨の提議を図ったが当時の名誉理事長から宗教法人の宮司が、学校法人の役員として給与を受けると言うのは如何なものかと結論を出してくださった。爾来この話は無くなった。その代わり「費用弁償」として交通費等の実費を支給させて頂いており、社会通念上、許される形での「ささやかなお土産」と言う具合なのである。 

昨日のお土産は本校自慢の中央館6階の「焼き立てパン・ブルベーカリー」ショップ手作りの「アン・バター」とした。6個入りの詰め合わせで、バターとあんの量がダブル入りの特製で職人さんの真心が込められた、かなり、かなり評判の良い一品であるが、要は家庭で焼いたパンがお土産なのである。その他、定例品は神道の学校に相応しく「天孫降臨芋焼酎」である。これは常備品で私の部屋に用意されており、生徒に講演をして下さった外部講師やご来客の方々等に記念品として差し上げている代物だ。どちらもお値段はここでは書かないが高いものでは無い。あくまで「心ばかり」の品物である。 


理事会・評議員会の後は管理職会議を持って役員会で議論され議決された中身について再度具体的な作業の進め方について私から方針を出し、全員の意思結集を図るのだが、昨日は他件があって叶わず今朝ほど行った。先頭に立って前半戦頑張ってくれた管理職に感謝の言葉を述べ、浪速祭の無事な執行とその後の後半戦でやるべきことの検討を具体的に提示した。仕込みの期間が前半戦、果実を実らせる最後の手当てが後半戦である。並行して来春に向けての「人事の季節」が到来するのでその為の仕事は言わずもなが、最重要のテーマである。