2026年3月16日月曜日

高校の進級判定会議と中学のテレビ放映

 今日は10時から高校校長主宰の「進級判定会議」があるから事前に上程する内容について学院長たる私に高校の副校長、教頭それに高1と高2の学年主任が資料を持って報告に来てくれた。理事長のみの職権であれば理事長報告は厳密に言えば必要ないのかも知れないが「学院長」という立場は「教学全般にも責任」があるから当然報告は必須と本校では考えている。高1、1131人、高2、922人の合計2053人について上級学年に進級させるかどうかの判定会議だから極めて重要な責任を伴う会議である。 



従って関与する全教員が参加し、それぞれが「諾か否か」について意思を表示し、多数決で決定する形をこの分野では残している。学校の先生にとって「自分が教え、成績を評価し、見事に上級学年に進級させるかどうか」は学校にとっても極めて重大な事である。結果は学年主任がまとめた「学年団の意志」を入れた原案が「通るか否か」であり、後で校長先生から学院長に対して最終報告を受けたが「無事に原案通り」で可決されたと言う。これにて「一件落着」であった。プロセスが大切である。管理職や重要分掌の教員だけで進級させる意思決定ではないところがミソだ。 

昨日の午後15時から読売テレビの「ホンワカテレビ」という人気番組で漫才師の「ノンスタイル」さんのMCで「浪速中学校」が約1時間と言う長尺番組で放映された。この番組で何故に本校が選ばれたのかについてはここでは書けないが、最初にお話があった時に私自身が兼ねてよりノンスタイルさんに好感を有していたことと、番組そのものがおちゃらけ的、おふざけ的な中身ではないと知って承認した経緯がある。確かに編集は「笑いあり、涙あり」で纏められており、私も大笑いし涙する場面は多かった。 




極めて良い編集で私は生徒一人一人、そしてご家庭にまでTVカメラを持ち込んだ熱意とストーリー編集に感動した。テレビ局に感謝申し上げたいと思う。本当は映像の中味はテレビ側にあって私がその画面の一部でも私のブログにアップするのは法的に如何なものか?という気は勿論、有しているが校舎などの肖像権は私にある筈だからこの点だけを頼りに私に近い場面のみをアップさせて頂く。登場した生徒間で大きな差があってはまずいと思ったこともある。しかし大きな広報宣伝になった。最も輝いていたのは生徒であり、このような生徒を育てている「浪速中学校の教育に私は誇りと自信」を持った。中学校の教員も同じようにこの番組を見て感じているのではないか?






2026年3月14日土曜日

久方振りの多聞尚学館

 年度末と言う事もあり、又プライベートでも多くの時間を割く必要が集中し、気忙しい毎日であったが、何故か今日の土曜日は少し気分も和らいだ気持ちである。多くの職員が共に、あるいは代理として応援してくれているから、業務に支障は全くない。イタリア修学旅行のキャンセルに関した「保護者集会」も全く問題なく約30分で終わった。「中学校のニュージーランド語学研修」も現地からの報告では順調に進んでいるし、今日は高校生の一団がカナダに向けて関空を飛び立った。これは校長先生が関西空港まで見送りに出かけ、全員笑顔満載で飛び立ったと報告を受けた。来週の「18日が修了式」翌19日には併願戻り数が判明する。全てに亘って極めて今の状況は粛々と、それでいて平穏で安穏とした雰囲気で年度末を迎えようとしている。 

今日は千早赤阪村にある校外学習施設である「多聞尚学館」を久しぶりに訪問するため、朝830分に学校車を運転して出かけた。今の高校1年生の文理Sコースの2クラス、88人が「英数国ハイレベル講座」に挑戦するのでその開講式に時間を少し貰って「激励」する為が目的であった。この施設には学院神社の大神様の分霊をお祀りしており、生徒たちが今後の「学業成就」を祈願する為、まず最初に全員で神棚に向かって遥拝した。その後学院長講話だが、調子も良くて生徒に伝えたいことは全て明確に話したと思う。後2年で大学受験が有る。「もう2年と受け取るか?まだ2年もある!」と感じるかに始まって、太平記の世界,楠木正成公と建武の中興、鎌倉幕府、等々のここ多聞尚学館の謂れなどを交えながら、「志、日々の努力の大切さ」を強調した。生徒も付き添い教員も今日の講話の中味を喜んで呉れたと思う。




2026年3月13日金曜日

私が思う「個性の群像」とは!

 来週の18日の「修了式」を受けて令和7年度は終わる。本校は3学期の終業式とは言わないで修了式と表現している。結構私はこの言い方を気に入っているが、何時頃からこの言い方になったのか存じていない。2回目の専願点呼は既に11日に終わっているが、「併願点呼」は19日である。この日、公立高校の合否が分かり、惜しくも希望が叶わなかった受験生が本校に登校し、入学手続きを取る。従って「19日から名実と共に令和8年度の助走」が始まる。ところで最近は「学校の先生はお休みが多いですね」と言われなくなった。生徒は春休みと言っても教職員に春休み期間などは無い。逆に来年度の準備で忙しいくらいとなる。 

私は19日を楽しみに待っている。この日、来年度の陣容が分かる。4月6日の中高合同の入学式まで陣容が分からないという現象は日本だけかも知れない。高校の新1年生が専願、内部生そして併願生の合計数値が本校の入学者数になる。専願と内部生は既に固まっており、後は併願だけである。クラス数は23クラスか、24クラスか?想定としては980人から1020人程度と見ている。これなら23クラスで行ける。しかし念のため担任の当て嵌めは24人の先生を内定しており、先の職員会議で担任名は発表されている。最後の24番目の先生にしてみれば「どうなるの?早くしてよ!」というお気持ちなら、分からないこともないが、多かれ少なかれ私立高校の宿命みたいなものだから。 

「個性の群像」と言う言葉は私の造語である。ネットでこの言葉を検索するとトップにヒットする。浪速学院は一人一人の生徒の個性が輝く学校にしたいと時々この言葉を使うし、象徴的な物品のネーミングも個性の群像だ。基本的に私は何かを陳列するのが好きで、何処かの片隅に「学校のアイデンティ」を発信する「これだ!」という陳列物を「ここだ!」という場所に設置するのである。まず「個性の群像」焼き物を新中学校棟の奥まったところに置いた。これは奈良の陶芸家辻村塊さんが作った傑作で長年保持してきたものを昨年の新中学校棟竣工を祝って中学校にプレゼントした。設置場所も変わったが個性の群像と命名した文には「それぞれが個性を放ち、天に向かって伸び伸びと育つ 平成28年7月」とあった。今からちょうど10年前のことだ。 


そしてこの20年間、今は無くなったが休みには骨董市に出かけ、気にった陶芸作品を安く購入し、部屋や廊下のあちこちに陳列し、眺めていると心が落ち着く。焼き締めの備前焼の作品が多い。このような私の行動パターンが「個性の群像」の言葉を導き出したのかも知れない。 



誤解を時にもたらすが個性とは「ありのまま」ではないし、内部から「じわじわ」と沸き起こりながら変化・変貌していくものだと考えている。確かにありのまま、素の状態で入学してくるが、3年後6年後には大きく変わる。素の土が練られ、粗い形になり、余計なものが削り落され、見た目、形が完成する。しかしこの形は「素焼き」という工程で強く締まり、二度と原土には戻らない。だから我々は土器から年代が分かるのである。素焼きを経た形に「薬」がかけられ、今度は「本焼き」という工程で更に強く、美しく最終的作品となる。出来た物はどれ一つ同じものはない。「形も色も使い方も何もかも違う」。これが元来の個性である。極めて多くのプロセスを経て個性が出来上がる。更に個性は努力によって「使われ、磨かれ、輝き、本物になっていく」。教育と言う営為はこの工程に大きく似ており作用している。教育という営為こそ最も人間にとって大切な影響ある存在なのである。教育のプロセスは焼き物のプロセスだと考えているから、私はこの世界に飛び込み、今も生徒や教職員を練って、練って、そして削り、形を揃え、火に通して焼しめて強く美しい個性となるように身命を賭して育てている積りである。

2026年3月11日水曜日

2回目となる専願生登校日

 昨日は公立高校の入学試験の日であった。本校ではこの日第二回目となる「専願生登校日」として、4月6日の入学式において正式に校長から入学許可を得る専願合格の切符を手にしている生徒が910人が登校してきた。9時からのキックオフのミーティングに参加した。1回目の登校日は2月21日であったが、この日は製作に時間がかかる「制服採寸」が主目的であったが、今日はより踏み込んで浪高生になるべく学校の仕組み、芸術科目の選択、人権関係、各教科からスタディサポート、通学証明書、ICT教育ツールのクロムブックの説明等盛り沢山の「宿題」を渡されて帰って行った。予定通り11時30分には終えたという。24教室を使ったオンライン説明会の威力である。 

新高校1年の学年団のリーダーであるH学年主任は「かっちりした仕事をする人間」だから私は信頼を置いている。中学経験が長いが元来が優秀であり、纏まった良い学年団になるべく頑張って頂き、生徒の面倒を見て欲しいと思う。居並ぶ学年団の先生方のお顔ぶれを拝見し、良いチームになると確信した。 

前後して皇學館大學の常務理事の訪問を受けてご挨拶をお受けした。前にこのアラウンドでも記したが本校の教諭のM先生が皇學館大の教員として迎え入れられることになり、正式なご挨拶と言う事だ。私は心から歓待申し上げ、M先生も入れて昼食を共にした。食後のティータイムには同大学卒業の神道科の教諭も呼んで暫時、懇談の場を持った。


今年も本校からは2名の生徒が進学するし、長い伝統があるだけに皇學館大學には頑張って頂きたいと申し上げた。新しい校舎群の建設計画があるそうで、是非近代的なそれでいて伝統ある大学に相応しい校舎を建設して頂きたく、本校の実践例で良ければ何でもお手伝いさせて頂くと申し上げた。先般中学の新校舎を見学され、痛く感度され、それは「理事長のこだわり」が随所に見えてとまで言われたのには恐縮した。


2026年3月10日火曜日

勤則不匱「勤(つと)むれば則(すなは)ち匱(とぼ)しからず」

 昨日はNHKでも民法でも大阪の教育界の話題として公立高校の出願倍率が昨年を超えて1.05倍になったと報じていた。昨年より募集定員に充足しない学校は10校ほど減少したということと、シンボルみたいに口の端に上ったのは伝統校である寝屋川、八尾、鳳の3校が募集定員を割ったという話である。昨年のSNS上では「まじか」「名門やのに」「えぐいな」などのコメントが溢れていた。しかし今年は八尾、寝屋川は埋まった。これを受けて府の教育長は「公立の復権が少し戻ったのではないか」とコメントされていた。私は正直な話、「本当かな?」と思う。その公立は今日が入学試験で合格発表は19日である。この日本校の併願戻りが決定する。 

本校の試験で併願合格を取った生徒の専願への切り替えがまだ進んでおり昨日で19人となり昨年の18人を超えた。専願入学者は何と908人となった。明日、公立の試験日に何時も本校は「専願点呼日」として生徒を招集している。友は公立の試験を選択し、自分は私学専願とした事から、恐らくあるかも知れない複雑な気持ちの時に間髪を入れず、学校に呼び寄せ近未来を想像させてチアアップする目的も入っている。

 今日は久しぶりに新中学校棟の職員室を巡視した。その場所にある「来客応接室」に掲げる「扁額」久しぶりに見に行ったのである。私には「強いこだわり」があって特別な部屋や特定の壁には「絵画」「墨蹟」「写真」「焼き物」等々「歴史的意義や意味あるもの」を掲げる。その作品は「伝統、歴史、精神」等々を放つものとし、多くの人々に発信するようなものである。公式の場所に掲げ未来永劫引き継いでいくという意思である。この応接室には「澁沢栄一翁」の言葉から「勤則不匱」(きんそくふき)の書を模して本校初代校友会会長、枚岡神社宮司の中東弘先生に書いて頂き、学校で外部に依頼し表装して貰った。今でも2025年3月に開催した校友会の発足パーティを思い出す。この時にこの扁額はお披露目をした。 

「勤則不匱」という言葉は孔子が編纂したと言われる歴史書「春秋左氏伝」が出典のようで、「勤(つと)むれば則(すなは)ち匱(とぼ)しからず」と読み、努力さえすれば乏しくなることはないという意味である。読みも意味も極めて難しい字句である。この勤則不匱の言葉は渋沢栄一の遺墨集にも掲載されておらず、中央館8階の閉架書庫で司書のHさんが本の整理をしていたところ、「講和實例書翰文自由自在」(森本謙/編著 文江堂)で大正4年(1915)6月に発行された書簡(手紙)の文例集の中からこの字句を見つけ出してくれた。極めて珍重すべき書物であり、今やこの本でしかこの勤則不匱の言葉を見ることは出来ない。

実はこの年の108日に大阪市公会堂(現・大阪市中央公会堂)で定礎式が行われ、そのお祭りの斎主は本校の起点となる大阪府皇典講究分所の教授で、難波神社・枚岡神社宮司の「武津(ふかつ)八千穂(やちほ)」氏、その人で武津は、国学を本居豊穎(とよかい)に和歌を陸奥宗光(むつむねみつ)の父親の陸奥千広に学び、渋沢が明治41年東京の皇典講究所の理事を務めていた時には文学博士をしていたというスゴイ人物で、今でいう最高のインテリジェンス人物である。旧制浪速中学校は創基をこの大阪皇典講究所としており、今回揮毫をお願いした枚岡神社の当時の武津宮司とその後人となる今の中東宮司様の関係から私はこの字句を頂いて中学校棟2階応接室に掲げることにしたのである。爾来次の百年に向かってこの「勤即不匱は浪速中学校の特別なワード」としている。私は職員室におられた先生方に如何にこの言葉は大切なものかと語り、伝統ある浪速中学校の為に今後とも頑張って欲しいと激励したのである。




 

2026年3月9日月曜日

勉強もスポーツも、何でも努力する学校へと

昨日、「Language Training Program in New Zealand」と称した中学生の一団が伊丹空港から羽田経由で「語学研修の旅」に経った。空港まで見送った中学校長先生から「皆、笑顔で無事に出発した」との電話があった。本校では海外に出向く生徒には校長が見送るのが余程の事情がない限り定例化している。私も行ってきた。空港まで見送っている保護者にはいかにも「校長先生の姿」を見ることは心強いのではないか。これが「本校の生徒を想う気持ち」の証しだ。生徒は頑張ってくれるだろう。

国外に出て行く者もいれば海外から入ってくる生徒もいる。空手道部の今井先生を頼って一人のドイツの少年が4月から10カ月間の留学希望が出た。北部のニーダーザクセンとう街からで、歴史的な街並みやメルヘン街道の一部でもあり、美しい中世の街並みや城が残っている。父君は会社経営をされており、かなり裕福なご家庭と聞いた。所属するクラスは2年生の国際コースと決め、担当のT先生と最終確認を行った。本人は礼儀正しく、日本語学習にも熱心で、親子共に日本ファンと聞いた。大学も日本の地を選択する可能性が高い。間にたっているエージェントはEIL(日本国際生活体験協会)という由緒ある、この組織の創始者が「ホームステイ」という言葉を作ったと言われている。最近では何か空手道部関りの生徒が多く、それだけ今井監督の名が知れ渡っているという事だ。こういう先生は本校の誇りである。今日の校務運営会議で私は留学生の受入の注意事項について話した。

卒業式も全て終わり、授業も特別授業に移る時期の関心は「大学進路状況」である。ここを重要視しないと私立として胸は張れないというのが私の偽らざる気分だ。わざわざ私立高校に来るのは進路指導がしっかりとして充実した教科指導体制があるからである。「予備校に行かなくとも行きたい大学へ行ける」というのが本校の基本方針であり、充実したカリキュラムと卓越した教師、ICTの完備などはその為にある。又学校の教室以外に「学びを深める」為に千早赤阪村に自慢の施設として「多聞尚学館」という宿泊教育施設を本校は有しており、生徒は此処で学ぶことを楽しみにしている。友達と「切磋琢磨」して頑張ることは大きな学習効果を生み出す。果たして今年の進路状況は如何か?

高校教頭補佐で進路指導部長兼務のI先生からは「しょっちゅう」話を聞いているが今朝は先の国公立大学の前期の合否発表がひと段落したこともあり、具体的な数値が出て来たので報告を受けた。それを見て私は「大いなる安堵感」を持った。「部活動優勝とは又一味異なる喜び」である。過去新記録の昨年度の実績60人を既に上回っている数値がそこにはあった。まだ中期、後期とあるから更に上積みされるので、運良くば?昨年実績プラス15人位は行くのではないか?まさに画期的な事である。I先生、優秀な先生だが強運もある。運を持つ人は強い。生徒が頑張った証拠だが、進路指導部長の戦略の元、学年主任、担任、他「学校の総合力」が進路実績である。

「文武両立の進学校」を標榜する本校が国立、公立、関関同立等の私学を含めて胸を張って送り出すことが出来ることはそうたやすいことではない。空手道部やテニス部など日本のトップ校の名前だけでは物足りない気がするだけに今朝の報告は私を大いに喜ばせた。何事も「画竜点睛」を欠いては「私立高校の絵にならない」と思う。最後の筆は進学実績ではないか? 

2026年3月7日土曜日

第52回目の浪速中学校卒業式

 早朝は少し寒気を強く感じたが、凛として心地よい空気の中で、「第52回目の浪速中学校卒業式」を挙行した。浪速高校の卒業式は1月末に既に終わっているがその回数は79回目であるから、いかにも中学の回数は少ないが、理由はこの間「募集停止」をした期間があったからである。ゴルフの「れば、たら談義」みたいだが、もしこの募集停止がなかったら今や浪速中学はもっともっと有力、有名な府内の私立中であったと思う。私なら絶対に成し遂げていたと思うが、こういう事は今更言っても仕方がない・・・と言いながら書いているのだから私は諦めが悪い男だ。しかし昨年から反転攻勢が始まっている。「雌伏15年」であった。一度底辺に堕ちると浮かび上がる力は尋常ではなく、時間もかかる。 


今後100回を目指して私の後輩たちが頑張ってくれるだろう。とにかく「浪速中学の存在感」を高めて行って欲しい。その為にはまず「実績」を数多く出さねばならない。今日の卒業式で送り出した生徒は一昨年度は4クラス、122名で、今年は4クラス136人だから徐々に卒業生も増えている。来年も4クラスだが2年後から5クラスー160人台となり「ぐんッ」と増える。間違いなく「浪速中学の存在感、ここに在り」と高らかに号砲はなっている。昨年度から真新しい新校舎となり、今年の入試は5クラス191人と大幅な伸びとなった。「認知されつつある」ことが嬉しい。 


贅を尽くしたではなく、「粋を尽くした」と言う言葉を使いたいくらい、広く、明るく、豪華で美麗で又機能的で「生徒と教職員が誇りを持てる」校舎と自負しているが、教室の豪華さだけでは生徒は来ない。中学の先生方の献身的な面倒見の良さがあって初めて校舎内の生徒は大きく成長する。今の浪速中学は間違いなくその路線にあると思う。素晴らしい人間性を持ち「たくましく、それでいて優しい」人間になるよう「浪中教育の霧雨を間断なく振りかけ」、浪速高校に送りこんで欲しいと思う。浪中からの保護者は極めて頼りがいのある応援団だから、そのパイを大きくしていけば浪中は更に伸びる。浪速高校みたいに大きくだ! 


今朝も公立高校の最終出願数が大きく新聞記事になっていた。全体倍率は昨日の1.02倍から1.05倍と上がった。昨日のアラウンドで言及した、いわゆる「にぎり」が放たれ、各公立の出願数が上振れで変化したのだが、普通科への回帰現象は見えるが単位制とか専門学科が苦戦している感じだ。昨年大きな騒ぎになった八尾高とか寝屋川高は定員充足だった。何時も俯瞰して見ている私には「意味ある、特徴ある高校のみが生き延びる」ことを暗示していると思う。伝統校の文理学科とか、新しい文理探求学科を創設した春日丘高は1,66倍と人気を集めている。 


私立だが通信制の学校の伸びは極めて大きく、社会の底流には誰もが全日制の普通科高校に通う時代が少しずつ変わり始めていると感じているのではないか?2極化は益々進展するだろう。何としても浪速高校と浪速中学は生き残っていかねばならない。今日で高校も中学も学校の一大イベントである卒業式を終えた。次は4月からの新年度の準備が学校のメインの業務になる。柱時計の振り子みたいにとどまることなく今も時を進めている。これが学校である。素晴らしい卒業式であった。卒業式の日は何時も特別な感慨に浸る。