2026年6月9日火曜日

定時評議員会にて7年度決算が確定

 昨日は「定時評議員会」を持ち、令和7年度決算を最終確認をし、評議員諸氏の満場一致の了承を受けて確定した。5月29日の「決算理事会」において理事会側から評議員の方々に詳細な資料をお渡しし「決算書類」をご説明したが「念は念を入れ」時期をずらせて本日評議員の方々に再度の質疑の時間を設けて確認作業をした上で確定させたのである。令和7年度の1年間の事業と学校会計がめでたく確定され、「ご同慶の至り」とも言うべきかどうかは分からないが改正私学法はちょっと手間暇掛けすぎの感じがする。この意思決定にスピードが求められる時代に逆行するような屋上屋のやり方に近いと思うが、この背景には私学側にも責めが有り、法には従わないといけない。細かい手順があり慎重に進め、記録に残しておかねばならない。私は今までも法順守で実行してきたが、これからも実行する。 


今次の私立学校法改正は、相次ぐ大学法人(私立大学・短大を設置する学校法人)の不正事件があり、学校法人のガバナンスを公益法人と同等のガバナンスに改善することが目的で、その骨格が大きく変わった。私立学校法の目的はその第一条 において「この法律は、私立学校の特性に鑑み、その自主性を重んじ、公共性を高めることによって、私立学校の健全な発達を図ることを目的とする」とあり、法律改正によって名実ともに理事も評議員も国民の税金を取り扱う「公人」となったと私は居並ぶ評議員各氏に今日も丁寧に申し上げ、改正私学法に関し、特に評議員諸氏に期待されていることは学校を知り、高い見識で経営執行側の理事や学校管理職に「物言う」役員である為にはそれなりの学習が必要であるとも力説した。私は5名の評議員に意見を求め、最後に満場一致で決を取り確定した。 





伊勢に赴くと私は何か元気になる。先週金曜日の5日には財団法人伊勢神宮崇敬会の役員会があり、出張してきたが、大きな話題は令和15年の第63回式年遷宮の御事であった。昭和2812月、「財団法人伊勢神宮奉賛会」の名称で設立され今日に至るが、最初の総裁に神宮祭主の北白川房子様を戴き、会長には佐藤尚武氏を選んで、各都道府県に地方本部を置き、事務局は神宮崇敬者参宿所(現在の神宮会館)に置かれた。ちなみに北白川房子さまからは本校40周年時に「お歌」を色紙に書いて頂いており、中央館2階のギャラリーにそれを掲げている。この歌が今の「尚学の舞」の元歌である。とにかく本校と神宮様とは深いご縁を頂いており、我々の誇りでもある。前述した本校役員会の理事にはこの崇敬会U事務局長にご就任頂いている。 


このような関係から神宮様からは多くの記念品や神宝を頂戴しており、有難い限りである。学院神社の鳥居、2階ギャラリーの150号の宇治橋を描いた絵画、62回式年遷宮のコンテ画、開校100周年記念の拝領織物額等々ある。最近では有名な(社)新美術協会理事長である水谷桑丘(そうきゅう)先生の「屏風」である。先生は三重県桑名にお住まいで号もこの地名から来たものだと推察した。高さ180,横幅332の大作である。背景は外宮であり次回の式年遷宮を待つ「古殿地」が幻想的に描かれている。拝観していると心が落ち着き、得も言われぬ雰囲気が漂ってくる絵画である。これは新中学校棟の竣功記念にお祝いとして頂戴したものである。





2026年6月6日土曜日

水野彌一先生と北川海渡さん

 今日の「Saturday  Something  Special (3S)」は年齢が大きく異なる二人の人物が登場した。お一人は水野 彌一先生、(86歳 )、日本のアメリカンフットボール指導者、京都大学アメリカンフットボール部元監督で元京都市教育委員長など歴任。2016年には日本アメリカンフットボールへの殿堂入り。斯界は言うに及ばず私のようなアメフトには最も遠い存在の身でもお名前は存じ上げていた大変有名なスポーツ指導者、いや教育者である。本校のアメフト部の関係で先生との知己を得て、このご縁で先生から著作「道は人にあり」をご恵送、戴き、この本に感銘を受けた私は球技を愛する本校生徒の為に講演をお願いしたのが3月末で本日漸く実現した。200人強の生徒が集まった。

水野先生は京都市生まれ、京都市立西京高等学校卒後、パイロットを目指し、防衛大学校に入学するも、アメリカンフットボールで腰を痛め1年で中退し、1961年京都大学工学部に入学。ラグビー部に入るつもりだったが部員が足りないからとアメリカンフットボール部に入部されたとある。1965年同部コーチに就任、1968年同大院工学研究科修了後、コロラド鉱山大学留学を経てトヨタ自動車に勤務の傍ら1974年より監督に就任。アメフトの経験のない初心者を猛練習で鍛える手技で超難関国立大の京大アメフト部を強豪チームに育て上げ、1980年から監督専従となるや、1983年に甲子園ボウル初優勝。以後2度連覇するなどして優勝6回(国公立大学では唯一)。社会人代表と争うライスボウルも優勝4回を記録。2011年勇退されたが、人生の大半をアメフトと格闘し、残された偉業は今や前人未到である。 




本日のもう一人の講演者は本校OBで若干28歳の北川海渡さんだ。海を渡る、海という名前が良い。「DomHacker株式会社」を創業し今やIT業界の寵児として大活躍されている爽やかな若者だ。「ChatStep」というチャット形式で学べる学習アプリを開発展開し、これが令和7年度第2回東京都創業助成事業に採択され、近畿大学、関西国際空港他3空港で導入され、又関東の信用金庫からも導入が決まった。とにかく教育現場と言う視点からITパスポート対策アプリや企業研修アプリなど今や引く手数多の新進気鋭のITエンジニアである。今日は当時の担任であったT先生のアレンジで母校に戻って後輩たちに「はじめてのIT講座~20代で起業した浪速OBが教える情報化社会の未来~」として講演して貰った。



北川さんは本校文理科コースの第一回生である。四天王寺大学を卒業後、ニュージーランドのオークランド大学へ編入し、あの有名なGMOインターネット(株)に就職したが、ライン(株)に転職し、更にフリーランスになり、その時に「プログラミング」を自ら学び「ひらめいたもの」があり、2023年、今から3年前に今の会社を創業したと言う。部下はわずか一人で会社は自分のアパートから始めたと言う。40人の後輩たちに心に響く話をしてくれると私は確信した。水野さんと言い、北川さんと言い、大きな仕事を成し遂げんとする人は全て20代である。若さは未熟ではあるが可能性は極めて大きく、志と努力のエネルギーが爆発しヒットすれば大きな業績に繋がり社会を変える力が有る。今日も素晴らしい3Sの土曜日となった。





 

2026年6月4日木曜日

「出生率最低1.14,10年連続低下、出生数は67万人」

 今朝の朝刊各紙は「出生率最低1.14」という数値を前面に出し、記事にしていた。中でも毎日新聞さんはトップ記事扱だった。既に多くの方々は知っている事だが、このように数値を出されるとやはり驚く。「10年連続の低下で昨年度生まれた子供の数は67万人強」である。国立社会保障・人口問題研究所が23年に発表した推定値からおよそ15年早いペースで少子化が進んでいるという。戦後のベビーブーム時代の49年、269万人から何と75%減もの低い出生数だ。私学に勤務しているから、これは大変と言うレベルを超えて「日本は一体どうなるのだろう?」という懸念が強い。「人口は国力の基」であるだけに本当に心配である。 

先週行った浪速中学の来年度入試に向けた「クラブ校外施設体験会」の参加者は昨年対比で3人の増であったが少子化の進展の中で昨年度を超えているのは悪くはない状況だが、前述した令和7年度に生まれた子供が中学進学を迎える頃に、浪速中学のクラブ体験会に何名参加してくれるのかと思うと些か暗い気持ちになる。近未来、恐らく募集停止する私立中学は多く出ると思う。それだけに12年後までに「出来うる限りの努力をし、生き延びた浪速中学」となって欲しいと思う。覚悟と知恵と工夫で教育の中味を更に前進する必要がある。過日入試広報部の幹部に私はこの点と今後の広報戦略の重要性について述べ、更に一段高めるように指示した。


 
報告に有った保護者アンケートの中で次のような一文があった。「福島ではクラブ移動中のバス事故が有りましたが、今日は理事長以下が見送りまでして頂き、ああ、この学校に我が子をお任せしても大丈夫だと思いました。・・・」というのがあった。保護者はちゃんと見ておられるのだと強く思った。理事長や校長など責任者が見送るのは本学院の伝統であり、今後とも続くけて行くが、何か「松明(たいまつ)」を灯して貰った感じだ。 

入試広報部の近藤教頭先生が部屋に来て今年の「天神祭り」に関してテレビ大阪から賛助の「団扇」制作の依頼が来たと言う。言下に「進めて下さい」と申し伝えた。本校名誉理事長の寺井種伯先生がご逝去され初めてのお祭りであり、私は1000個の団扇の協賛を決めた。本件に関して権利を有しているテレビ大阪は裏側に本校の名前を書いてくれている。決して宣伝の為ではなくて本校筆頭理事でもある大阪天満宮の寺井種治宮司への応援歌である。立派な御父上を亡くされ、大阪を代表するお宮のご奉仕、さぞ大変だと思い、連帯のエールとして団扇を天神祭りのお客様に差し上げるのである。


2026年6月3日水曜日

本校の人材育成評価システム

台風6号による本校への被害は全く無かった。生徒は朝6時時点での学校からの休校知らせを期待していたかも知れないが通常通り授業は始まった。学校は順調である。今日は恐らく初めてだと思うが、重要かつ微妙な課題である本校の人材育成評価システムについて記してみたい。 

今日は朝8時から複数の教職員に対して「人材育成評価システム」の本人告示の日であった。この評価システムは人材育成という文言が重要で教職員に対して単なる評価だけの目的ではないという事だ。あくまで「人を育てる」という視点が重要であり、既に初めて18年くらいは経っており私が着任して直ぐに始めた。この仕組みは極めて需要な学校経営の要であり、今後とも慎重に状況を見ながら「生きたシステム」としなければならない。今や大阪府でも企業でも人材の育成や評価などのシステムの無い組織は無いのではないか?それくらい重要である。 

人間とは本質的に進化する生き物であり、1年365日、十年間、全く変わらないと言う事はない。しかし仮に今100人の従業員が居れば、100人が100人、同じような状況にはない。又100mを20秒で走れる人間と40秒かかる人間はいるなど生まれながらの身体的特徴は差があるものだ。大切な事は20秒の人間が手を抜いて22秒となった場合と、40秒かかっている人間が努力して38秒にまで縮めた結果をどのように評価するかである。本校は今や殆どの教職員が毎日毎日頑張ってくれている学校だからこそ今日の学校となった。「粒が揃ってきている」ことは間違いない。それでも微妙に100人には差が有り、努力し、特筆した成果を上げた教職員は多く存在する。

 本校は大阪府に倣って本校独自に5段階評価基準を「AA、A、B、C、D」とし、年齢層で5グループに分けて専任教諭のみを対象とし、相対評価としている。まだ個人、個人の絶対評価とはしていない。評価に管理者のエコひいきが有ってはならないし、仮に3年目の若い教職員と40代、50代のベテラン教職員が全く同じアウトプッというならこれはおかしいことになる。又通常の平均値はAランク評価としている。真面目に自分の仕事に従事し、勤務態度や就業規則を守っていれば普通はAランク評価となり、「雇用側が満足する基準評価」という事だ。しかし中にはA評価では不足ではないかという特筆した成果を出してくれた教職員には「ワンランクアップのAA評価」を付け、この教職員を理事長室に呼び込み、両校長同席で告知する。これが今日の呼び出しであった。 

具体的には4月定期昇給の「本俸がワンランクアップ」するから本年度は月俸、賞与一時金への反映や、行く行くは退職金への反映など生涯ついて回るだけに、成果は大きいものがある。それよりもAA評価を受けたという名誉ではないか。今や本校では「赤信号、皆で通れば怖くない」と言った教職員は皆無となった。又ワンランクダウンのB評価の教職員も我々は慎重に見定めて結論を出している。しかしBランクを受けた教職員は落ち込むのではなくて逆に我が身を振り返り、一念発起して自ら努力する方向に向かって歩いて欲しいと強く思う。管理者はその姿を見ている。それが出来ないなら学校の先生と言う職業から転職した方が良いかも知れない。影響を受けるのは生徒であり、生徒は教員を選ぶことは出来ないからだ。


 

2026年6月1日月曜日

6月1日、白妙の一斉参拝

 今年の6月1日は月曜日、昨年は日曜日だったから、日めくりが良く、今日朔日が「一斉参拝」の日となった。例年この6月の参拝は楽しみにしている。台風6号が近づいており、陽は暑く感じた晴天の中で参拝は行われた。生徒が今日から衣替えした「白シャツ」が目に眩しく、辺りは清浄感に包まれた爽やかな参拝に感じた。白は良い!何かすがすがしく清涼感に包まれる。6月の一斉参拝の時の学院長講話は何時も41代持統天皇御製の「新古今集」にある「春すぎて 夏来(き)にけらし 白妙(しろたへ)の衣(ころも)ほすてふ 天(あま)の香具山(かぐやま)」を生徒に伝える。私は万葉集の方がどちらかというと好きだ。「春過ぎて 夏きたるらし 白妙の衣ほしたり 天の香具山」、断定的で力強い。まさに万葉風である。


「大化の改新」の時代に生きられた持統天皇は大化元年(645年)のご生誕、40代天武天皇の皇后で、後継天皇となるべき草壁皇子が、若くして亡くなられ、自ら41代持統天皇となり皇室史上3人目の女性天皇となった。私は「壬申の乱」から藤原京まで歴史に燦然とその名を遺す持統天皇の話を詳しく語った。こういう語りに生徒は目を輝かせて聞く。31文字の和歌、17文字の俳句など日本という国の表現力の多様さを話し、「白妙の衣ほすてふ」と歌うだけで季節感を感じ、日本人が持つ精神性と豊かな詩情の素晴らしさを生徒に伝えた。その後、当然、学校生活のマナーやルールなどの話に展開するのは当然の流れである。


特に今日は今社会問題となっている「闇バイト」「大麻、覚せい剤等の危険薬物」「SNSと人権問題」に集中して話した。特にスマホなど極めて便利なものだがその裏腹に「危険が潜んでいる」ことを生徒に何回も何回も繰り返して伝えねばならない。生徒も悪いことだと知ってはいるのだが「ノリ」で行ってしまう。このノリや勢いが怖いのである。これらは学校の内規による処罰でだけで済むものではなくて捜査権を有する警察が前面に出てくるだけに重大な法違反に問われ、最悪本校に在籍出来ない可能性が出てくる。私はこの辺の処を前述した「白妙」にかけて、静かにそして時に熱く語った。中央館ホールの代表生徒も教室の生徒もじっくりと聞いてくれたと思う。

 30日、土曜日に行われたPTA総会後の懇親会も盛り上がった。新しく本校で初めて女性PTA会長が誕生した。前述した3人目の女性天皇である「白妙の」持統天皇、諸説あるが持統天皇が「天皇」「日本」と言う国名や律令制度などを定められたと言う。そして我が国の憲政史上初めて女性の高市総理大臣が誕生し激しい国際情勢の中で頑張っておられる。PTA懇親会も圧倒的に女性が多く、遂に「ガラスの天井」が本校でも破られたと感じた。私はこれらの悠久の歴史と流れの中に神社神道の学校として道を誤らず、「前に、前に、又前に」にと学校を前進させて参りたいと思う。その為にPTAのご理解とご支援は欠かせない。





2026年5月30日土曜日

PTA総会・・・初の女性会長誕生

 昨日の理事会・評議員会にて利和7年度決算の会計資料を詳細に報告説明し、監事監査や公認会計士の印鑑を押した監査結果も全員に確認了承され、「一仕事終えた」私は、昨晩はゆっくり眠れて一夜明けた。今日も忙しい日となった。まず最初に、中学校入試に関して小学校6年生と5年生の受験希望者とその保護者の「クラブ体験ツアー」を見送った。今日は軟式野球、テニス、ゴルフ、サッカーで、何と小6でドライバーの飛距離が200ヤードで世界ジュニアで上位の子もいた。これには驚いた。このような生徒が浪速中学に興味関心を有してくれるような私立中学になったという事である。 


引き続いて高校1年生の学力レベルがある程度進んでいる層を指名して多聞尚学館で「自分の弱点や勉強の進め方」について、「鉄は熱い内に打て」ではないが、選りすぐりの教諭2名を用意し、数学と英語のスーパーティーチャーが生徒を一泊二日で特訓する。私は出発前の時間を貰って生徒に激励の言葉を発した。恐らくこの中から3年後に難関国公立大や私立大学に進学する生徒が多く出るから当然私の激励も声高く、執拗に、そして優しく「まだ3年あり、努力せよ」と叫んで送り出した。今年の国公立大への進学者は86人にもなって大記録を打ち立ててくれたが、後に続いてくれるだろう。

 

10時30分からは「PTA総会」となった。PTAの名称は、学校に通う子どもの保護者(Parent)と教職員(Teacher)からなる団体(Association)であることから、各語の頭文字を取ったものである(Parent Teacher Association)ことは良く知られている。しかしPTAは民である。官ではなく、学校でもない。教育を本旨とした団体であり、営利を目的とするものでもなく、してはいけない。法的な位置付けとしては根拠法などは無くて、PTAの結成・加入を義務付ける法律の規定は存在しないし、通常の単位PTAには、法人格はない。要は同好会的な友好クラブみたいな組織である。 

従って民主主義の原則にのっとり、自らのあり方を自らで決定していく必要があり、発案は会員ならだれでもよく、意思決定の際には、合議を尽くしていくのが原則である。活動にあたっては、活動計画、予算決算、新役員、規約改正、議案その他の承認を、年度初めの総会で行うのが通常で、今日はこの総会日であった。当然、運営にあたっては、コンプライアンスが求められる。要はPTAの法的問題は通常、PTA、学校、保護者及び児童の三当事者の間の問題となっており、学校が招集をかける保護者集会とは根本的に異なるものだ。だから学校が関与し、指導し、応援し、便宜を図り、「上手く回転する」ようにするのが大切である。 

総会のメインテーマは「7年度決算」、そして「役員人事」であるが、全て満場一致で承認された。「初の女性会長」が誕生した。全面的に私は支援を惜しまない積りだ。総会は全体会議の後は学年に分かれて、「高校の学年集会」になり、高校1年生は「2年進級時の進路選択説明会」、2年時は秋の「修学旅行説明会」、3年生は「進路説明会」に分かれている。時間の無駄がないように効率良く、密度を高めて、資料作りも応援しながら連携を高めてスクラムを強化し、事業活動を推進している。ここがポイントである。今日は土曜日、これで5月は終わった。具合よく、今晩はPTA懇親会だ。美酒をたっぷり飲むとするか?