前々回に書いたアラウンドでの想像、想定が現実になりつつある。専願合格者が遂に900人となった。入学試験では881人に合格通知を出したが、それが今900人に膨れ上がった。恐ろしいくらい私の想定が現実の数値になっている。自分で言うのも「おかしい」が、このような局面は本当に多くあり、時に我ながら怖さを感じるくらいだ。これから併願戻りを計算すると入学者予想数は1000人を軽く超えて仕舞いそうである。目標は1001人だった。仕方がないが併願戻りだけはコントロール出来ないから関係先には目をつぶって貰うしかない。本校の令和8年度入試は中高ともに終了した。
学校は明日から学年末試験が始まるから本日は午前中だけの授業で、午後からは通算5回目の「焼き立てパン・ブルの外販日」であった。極めて順調であり安定してきた。メインの「神恩食パン」の数を増やしてその分「おかげ食パン」の方を減らした。値段が800円と700円だが、どうしても神恩の人気が高い。おかげ食パンはゆくゆくは校内販売に限定し、生徒がご家庭からの要望で購入できるようにする計画だ。神恩食パンはあくまで外部販売に限定する。学校人気にあやかっての商売ではなく、「本当に味が良い」と評価が口コミに広がっており、新しいお客様も増えつつある。私は大体、この日は現場に赴いて販売促進に協力する。知人がいらっしゃれば「買って、買って」と個数まで決めてお願いする。
今日は重要なご来客があった。私からの招聘でお越し頂いた。長年にわたってお付き合はしているがビジネスとしてはまさに浪速改革の始まりの時だけでその後契約に至った事案は無かった。案件のボリュームが合致しなかったからだと思う。しかし今から20年前、「正門らしい正門」の無かった本校は大手ゼネコンK組さんとの契約で正門と表通りに面した塀をカモフラージュというか厚化粧して取り繕った経緯がある。しかしこの戦略は大成功し徐々に生徒は増えて行った。人はあの正門のお蔭で「浪速は蘇った」と話しをする人もいたらしい。
そして15年後現在の立派過ぎる「正門の鉄製の扉」はこの時の物を「流用」した。この創立当初の大正12年、「大正ロマンあふれる感じの扉」に拘って形を決めたが、全く新しい校舎の正門に中古品の扉を使うことに正直ためらいが無かったとは言わないが、新校舎建設のゼネコン、O組の工事所長さんの強いアドバイスに従って私は残存流用した経緯がある。彼は当時も今も日本ではこのような「大きな鋳物製の鉄扉」は製作できないと言っておられた。これが実は「大当たり」で生徒数は益々加速されて拡大して行った。