2026年6月15日月曜日

学校管理のギヤを一段上げよ!

 先週金曜日の読売新聞は「通信制高 管理体制強化」「法改正へ」「出席未確認課題に」の見出しで結構大きな扱いで記事にしていた。文面はかなりきつい表現であった。そのような感じがした。俗っぽい表現をすれば「頭にきている」という感じだ。与野党で一致し今国会で高校定時制・通信制教育振興法を改正すると言う。早っや!元々「不登校生徒の受け皿」でスタートしたが、学校数が急増する中で出席を確認せず、単位を認定するなど不適切な運営が問題化したのが背景である。 

同法の抜本改正は1953年制定以来初めてである。2015年には学校数237校で生徒数は約18万人だったが、25年度には333校で30.5万人に急増している。何と高校生の10人に一人は通信制に入学している計算だ。他校さんの事ゆえ、私が何か言うことは出来ないが、出席率と単位認定などは教育機関の必須業務だという矜持は失わないで欲しいと思う。名前の登録だけなら学校としての教育活動は出来ないし、それでは肝心の生徒の為にならないではないか。教育はある面「強制力を伴う」もので、学校に行かなくても単位が取れるから昼間の自由時間がただ増えるというだけでは少し生徒の将来を考えると間違っていると私は思う。

 13日の土曜日の「第1回浪速中学校の入試説明会とオープンスクールの正式報告」を今朝ほど聞いたが「心に感じる」ものがあった。事前の申込者数から実際に学校に脚を運んでくれた生徒が過去にないほど多かった。この意味するところは「受験生と保護者の本気度」が伝わってくる。参加率は昨年度より8ポイントも高かった。入試広報部も企画内容も考えてくれ、校舎見学会などは「自由に散策」するような形態にしたが、評判が良かったとあった。またこの説明会を何で知ったかと言うアンケートに「インスタグラム」からが10%程度あり、学校HP、塾から、本校の関係者からの順位についで4位に上がってきた。とにかく「学校5日制+3SSaturday  Something  Special )」が非常に大きな関心を呼んでいる。正直言って「我が意を得たり」と思う。 


学校医ご出席の元、「安全衛生保健委員会と引き続いて校務運営会議」があった。特段大きな課題は無いが、「大きな学校になったが故」に、今後の視点は生徒を護るための新たなる方策を考えないと駄目だと思う。特に外部からの「不審者の侵入」対策のレベルをギヤ一段上げることが必要であると強く感じた。肝心なことは事前予定・予約をしている人物以外は「基本的に校内に入れない事ではないか!」まず守衛室で明確に入門の記録をし、人物を明確に確認しておかねばならない。学校休日のクラブ活動などの入門も然りだ。今でも当然やってはいるが、この辺が「だらだらといい加減」では管理の甘さが衝かれる事態に成りかねない。「保護者による生徒の忘れ物の届け」も同様である。我々は生徒の保護者だと言うことをその場では確認できない。「あくまで門が関門である」としないと管理とは言えないのではないか。副理事長、高校校長、高校生徒生活指導部長で検討するように席上において指示を出した。




2026年6月13日土曜日

学校は今日から戦闘モードに?

 ハイ、読者の皆様に謹んで申し上げます。学校は実質的に今日から「戦闘モード」になった感じがします。学校全体がそのような雰囲気に変わり、教職員の顔も何か笑顔の中にも厳しい面が出て来たような気がします。まず朝一番に高校3年生41人が多聞尚学館に出発しました。これは本校で言えば来年度大学受験で難関大学を目指している生徒だが、今一つ伸び悩んでいる生徒を選んで「大学合格の為に最後の基礎固め」と称している特別講座です。面白いのは其のワードの後に「―YDK多聞」とある。YDKとは「やYれば、出Dきる、子K」の頭文字をアルファベッドにしたもので、良く分からないが、一時期本校の先生方の中で流行った言葉です。英国数の3教科で受験合宿を行うもので、私はバスに乗る前の生徒に対し、最後まで「ネバー・ギブアップ」と叫んで鼓舞しました。本校は予備校や塾に行かなくても目標とする「行きたい大学」へ行かせる努力を惜しまず、卓越した先生方が生徒の為に応援指導する進学校なのです。 


10時からは遂に「第1回中学校入試説明会とオープンスクール、授業体験会の日」になった。小学校6年生の申込者は偶然昨年度の数値と同じなり、欠席者も少なく、良いスタートと言える。丁度この日に合わせて浪速中学校案内冊子「Good School Naniwa 2027」も出来上がり、これが今日から世に出回ることになる。カラーの彩色もデザインも素晴らしいが、冊子の冒頭にある私の写真は余り良くなくて、気に入らないから、入試広報部にクレームを付けたら、「理事長が自ら選ばれました写真です」と返って来た。今更仕方がないので諦めた。オンラインで説明会は行い、体験授業はほぼ全ての教科で行った。人気科目は数学、理科実験、音楽、技術、美術であった。私は説明会の様子を伺いに会場にて校長や入試広報部のプレゼンテーションを聴いたが、昨年よりも出来が良かったと思う。 




11時からは「令和8年度第1回PTA全体会議」があり、そこに足を運んだ。ここでは中学、高校のPTA新役員が総出で来られているから学院長の立場で私が種々お話した。私は本校103年の歴史で初めての女性会長の誕生を祝し、話を広く展開して学校の現状と今後の方針を述べた。早め早めに学校のニュースを出すのが良い。折角ご多忙な中、お足をお運びくださったのだから「来て良かった」と思ってもられるような中身が良い。今日も私は種々お話しした。特に「焼き立てパンショップ・ブル」の事業はPTAとの協業の形が望ましいので何とかご協力願いたいとNEPの社長や事業部長が具体的な形をご説明申し上げた。後半はPTAだけで「9月の浪速祭」の中身と体制について話されたみたいだ。本校のPTAは本当に有難く、今の学校があるのも全面的なPTAの協力があったからであり、我々は本当に感謝している。 



このように重要な行事を、極力土曜日の午前中に入れ込めることが出来るのも「学校週5日制」のお蔭である。この間生徒は「Saturday  Something  Special (S)」で自主的な学習をしている。このような光景を見るのは心豊かになる。教職員の「働き方改革」も推進しなければならない、生徒の自主性も尊重しなければならない。学校は私立故に改革進展を忘れず、多様性に富む方が望ましい。何と京都府の某私立学校から本校の「3S」を学びたいと申し出があったそうだ。私は「歓待」申し上げるように管理職に受け入れを許可した。

2026年6月11日木曜日

生徒を護る最後の関門は校長先生

 遂に来年度入試(令和9年度入試)に向けての学校説明会が始まる。今週の13日、土曜日が皮切りとなる。浪速中学校の「オープンスクール、第1回入試説明会」であるが、今朝現在で参加希望者は昨年の数値と並んだ。今年の入学者は新記録の191人であったから、「浪中の勢い」は依然として衰えていない感じだ。このアラウンドでも何回も触れてきたが、中長期的に中学入学者数を増やす方向に戦略を練りつつあるが、今、最も大切なことは社会からの「浪中への期待の声」に対応することであり、気をつけるべきことは、折角入学した生徒をおろそかに扱ってはならないことである。おろそかとは結果として浪速高校に進学させないことだ。これでは浪速中学校の存在意義は無い。

 校長と教員は立場が違う。特に「生徒を護る最後の関門は校長」であり、アンテナを張り巡らせ、自分の中学で何が起きているか常に把握しておかねばならない。自分が入学を許可した生徒をゆめゆめ、簡単に見放すような振る舞いは有ってはならない。具体的に本校であったと言う訳ではないが、今が最も大切な時ゆえに留意しなければならない。学校の教員から見れば一人の生徒も、多くいる生徒の中の一人となるが、保護者からすれば我が子は一人であり、そこに双方のギャップが生まれる。 

校長の存在意義とは、「入学許可を出したのは校長」という法的根拠であり、教員が入学を許可したのではない。教員は校長先生から一人の生徒を預っている感覚を持たねばならない。又入試広報部も時間と熱量をかけて1年間、頑張って浪中に入学して貰った事を考えれば入学後は学校側の責任と傍観していてはならない。「ウォッチし、物言う入試広報部」であって欲しいと思う。私は中学校長と入試広報部教頭、入試広報部長に改めて「考え方」を話し、今後の対応について「誤解を受ける事の無いように」して欲しいとお願いした。 

今日は「焼き立てパン・ブルショップの外販日」であり、昨年後半から始め、何と既に13回目となった。神恩食パンとお蔭食パンを主体に160本程度、それに「新製品のお惣菜パン」を100個程度加えて11時から13時までの限定時間で近隣の皆様に販売するのだが、13回目となると顧客の顔ぶれも大方決まってきている。いわゆる「おなじみさん」になってきている。この試みは学校隣近所の住民の方々へのサービスと言っても良い活動であり、利益などを第一眼目にはしていない。しかし5月の会計を見てみると素晴らしい数値であり、超優良企業だと言える。しかしここは生徒の為の学校であり、平時にこれ以上の販売日の拡大は考えていない。後は春休み、夏休み、冬休み等の学校休業日にどうするかが課題となる。卓越した技量を持つパン職人さんの安定した収入も考えて上げねばならない。 



13日土曜日には「令和8年度第1回PTA全体会議」があり、そこに中学、高校のPTA新役員が総出で来られており、その数は150人を超えると聞いた。冒頭、理事長・学院長の立場で私が種々お話する機会があるが、今回、私は前述した焼き立てパンブル・ベーカリーショップの「PTAサイドの関与」についてお話しする積りだ。外販日などショップが忙しい時に応援をして頂きたいのである。勿論有償である事は当然である。学校とPTAが協力して生徒の為に何かをしていると言う構図が微笑ましく、私は言葉を尽くして話す積りだ。

2026年6月10日水曜日

茶道部 お道具授与式

 茶道といっても、基本の単位は「流派」になるが、本校茶道部は「表千家」の指導を受けており、中心人物は「木村雅基宗匠」である。ただお忙しい御身で全国を飛び回っておられるから「木村ご社中の高弟」として3人の先生から日常はご指導を受けている。お茶を学んでいる人はそれぞれの流派に属しているのが普通で、そこには厳然とした指導者が居られ「階層」がある。私の感じでは茶道の世界ほど、この階層を重要視して運営している組織は無い感じだ。良く聞く言葉に「宗匠」と呼ばれる高位の指導者が居られるが、元来は宗匠は「家元」などと言われたりして、「総理大臣」「社長」「理事長」など一般の組織とは全く異なる選挙や互選で選ばれるものとは違い「一子相伝の血統の家」に生まれた嫡男がお家元である。 

表千家の場合の正式な呼称は「お家元」及び、「家元後嗣に当る若宗匠」、家元の父などの前家元には、いかなる場所にても「宗匠」と呼ばれている。現在のお家元は猶有斎宗匠又は家元宗匠と呼び、前家元には而妙斎宗匠又は宗旦宗匠とお呼びしている。私は宗旦宗匠を囲む而妙会のメンバーに名前が入っており時に現家元や前家元、多くの宗匠と席を同じくする機会があるが呼び方には気を遣う。その他、宗匠とお呼びするのは、家元の弟君の三木町宗匠、ご親戚久田宗匠(現代はご不在)、堀内宗匠のみで、千家の家元内では、家元、若宗匠、前家元以外は、たとい三木町宗匠や久田宗匠であっても宗匠とは呼ばれず、「三木町さん」「久田さん」と呼ばれているらしい。 

しかし、実際は家元のお傍近くで修業し、「皆伝」とか「乱飾」とかの免状を有しておられる男性を宗匠と呼称している。長年千家にて寄宿し修行を積まれた家元教授の方々を「お玄関さん」と呼び、この方々は宗匠と呼称されるのを許されている。このように「表千家の玄関という呼称」は大きな呼称なのである。前述した本校茶道部の指導者、木村雅基宗匠はこの玄関でご修行し、祖父、父君と3代に亘るお茶人の家に育った生粋のお茶人であり、NHKの教育テレビにもよく出演されている有名な宗匠であらせられる。温厚で生徒にも優しく素晴らしい人間力のある指導者である。茶道の世界では歌舞音曲の世界と違い、「師匠」とか「お師匠さま」、「お師匠はん」とかは使わず、宗匠か先生である。又前述したように木村宗匠のご社中の高弟で代稽古をして下さる3人のお弟子さんは生徒から見れば「先生」であり、呼称も先生で同じように素晴らしいお人柄だ。

昨日は木村宗匠、西田、以下3名の先生がお越し下さった。全部員に宗匠自ら「お点前」をして下さり、これを拝見した生徒は感激の面持ちだったと言う。これに先立ち私はお茶室「洗心亭」で、指導者の木村宗匠、ご社中の方々お揃いのところで新入部員20人に対して「茶道具一式」の授与式を行った。これで総部員数は何と71名になった。創立当初は男子校で勿論茶道部など無かったが共学に転じた時に私は茶道部を作り今や部員総数も格段に増えてきた。一人一人にお道具を手渡しながら激励の言葉を付け加えた。そして新入部員に対して茶道の精神は「和敬清寂」であり、和を尊び、相手を敬い、清々しく、自己と周囲を見詰める寂の心を生徒には感じ取って欲しいと述べた。お茶の心があれば相手を許せるし、それで自分の心も豊かになれる。決して茶道部の中で友人同士のいさかいなど有ってはならないとも付け加えた。生徒達は静かに聞いてくれた。


 


2026年6月9日火曜日

定時評議員会にて7年度決算が確定

 昨日は「定時評議員会」を持ち、令和7年度決算を最終確認をし、評議員諸氏の満場一致の了承を受けて確定した。5月29日の「決算理事会」において理事会側から評議員の方々に詳細な資料をお渡しし「決算書類」をご説明したが「念は念を入れ」時期をずらせて本日評議員の方々に再度の質疑の時間を設けて確認作業をした上で確定させたのである。令和7年度の1年間の事業と学校会計がめでたく確定され、「ご同慶の至り」とも言うべきかどうかは分からないが改正私学法はちょっと手間暇掛けすぎの感じがする。この意思決定にスピードが求められる時代に逆行するような屋上屋のやり方に近いと思うが、この背景には私学側にも責めが有り、法には従わないといけない。細かい手順があり慎重に進め、記録に残しておかねばならない。私は今までも法順守で実行してきたが、これからも実行する。 


今次の私立学校法改正は、相次ぐ大学法人(私立大学・短大を設置する学校法人)の不正事件があり、学校法人のガバナンスを公益法人と同等のガバナンスに改善することが目的で、その骨格が大きく変わった。私立学校法の目的はその第一条 において「この法律は、私立学校の特性に鑑み、その自主性を重んじ、公共性を高めることによって、私立学校の健全な発達を図ることを目的とする」とあり、法律改正によって名実ともに理事も評議員も国民の税金を取り扱う「公人」となったと私は居並ぶ評議員各氏に今日も丁寧に申し上げ、改正私学法に関し、特に評議員諸氏に期待されていることは学校を知り、高い見識で経営執行側の理事や学校管理職に「物言う」役員である為にはそれなりの学習が必要であるとも力説した。私は5名の評議員に意見を求め、最後に満場一致で決を取り確定した。 





伊勢に赴くと私は何か元気になる。先週金曜日の5日には財団法人伊勢神宮崇敬会の役員会があり、出張してきたが、大きな話題は令和15年の第63回式年遷宮の御事であった。昭和2812月、「財団法人伊勢神宮奉賛会」の名称で設立され今日に至るが、最初の総裁に神宮祭主の北白川房子様を戴き、会長には佐藤尚武氏を選んで、各都道府県に地方本部を置き、事務局は神宮崇敬者参宿所(現在の神宮会館)に置かれた。ちなみに北白川房子さまからは本校40周年時に「お歌」を色紙に書いて頂いており、中央館2階のギャラリーにそれを掲げている。この歌が今の「尚学の舞」の元歌である。とにかく本校と神宮様とは深いご縁を頂いており、我々の誇りでもある。前述した本校役員会の理事にはこの崇敬会U事務局長にご就任頂いている。 


このような関係から神宮様からは多くの記念品や神宝を頂戴しており、有難い限りである。学院神社の鳥居、2階ギャラリーの150号の宇治橋を描いた絵画、62回式年遷宮のコンテ画、開校100周年記念の拝領織物額等々ある。最近では有名な(社)新美術協会理事長である水谷桑丘(そうきゅう)先生の「屏風」である。先生は三重県桑名にお住まいで号もこの地名から来たものだと推察した。高さ180,横幅332の大作である。背景は外宮であり次回の式年遷宮を待つ「古殿地」が幻想的に描かれている。拝観していると心が落ち着き、得も言われぬ雰囲気が漂ってくる絵画である。これは新中学校棟の竣功記念にお祝いとして頂戴したものである。





2026年6月6日土曜日

水野彌一先生と北川海渡さん

 今日の「Saturday  Something  Special (3S)」は年齢が大きく異なる二人の人物が登場した。お一人は水野 彌一先生、(86歳 )、日本のアメリカンフットボール指導者、京都大学アメリカンフットボール部元監督で元京都市教育委員長など歴任。2016年には日本アメリカンフットボールへの殿堂入り。斯界は言うに及ばず私のようなアメフトには最も遠い存在の身でもお名前は存じ上げていた大変有名なスポーツ指導者、いや教育者である。本校のアメフト部の関係で先生との知己を得て、このご縁で先生から著作「道は人にあり」をご恵送、戴き、この本に感銘を受けた私は球技を愛する本校生徒の為に講演をお願いしたのが3月末で本日漸く実現した。200人強の生徒が集まった。

水野先生は京都市生まれ、京都市立西京高等学校卒後、パイロットを目指し、防衛大学校に入学するも、アメリカンフットボールで腰を痛め1年で中退し、1961年京都大学工学部に入学。ラグビー部に入るつもりだったが部員が足りないからとアメリカンフットボール部に入部されたとある。1965年同部コーチに就任、1968年同大院工学研究科修了後、コロラド鉱山大学留学を経てトヨタ自動車に勤務の傍ら1974年より監督に就任。アメフトの経験のない初心者を猛練習で鍛える手技で超難関国立大の京大アメフト部を強豪チームに育て上げ、1980年から監督専従となるや、1983年に甲子園ボウル初優勝。以後2度連覇するなどして優勝6回(国公立大学では唯一)。社会人代表と争うライスボウルも優勝4回を記録。2011年勇退されたが、人生の大半をアメフトと格闘し、残された偉業は今や前人未到である。 




本日のもう一人の講演者は本校OBで若干28歳の北川海渡さんだ。海を渡る、海という名前が良い。「DomHacker株式会社」を創業し今やIT業界の寵児として大活躍されている爽やかな若者だ。「ChatStep」というチャット形式で学べる学習アプリを開発展開し、これが令和7年度第2回東京都創業助成事業に採択され、近畿大学、関西国際空港他3空港で導入され、又関東の信用金庫からも導入が決まった。とにかく教育現場と言う視点からITパスポート対策アプリや企業研修アプリなど今や引く手数多の新進気鋭のITエンジニアである。今日は当時の担任であったT先生のアレンジで母校に戻って後輩たちに「はじめてのIT講座~20代で起業した浪速OBが教える情報化社会の未来~」として講演して貰った。



北川さんは本校文理科コースの第一回生である。四天王寺大学を卒業後、ニュージーランドのオークランド大学へ編入し、あの有名なGMOインターネット(株)に就職したが、ライン(株)に転職し、更にフリーランスになり、その時に「プログラミング」を自ら学び「ひらめいたもの」があり、2023年、今から3年前に今の会社を創業したと言う。部下はわずか一人で会社は自分のアパートから始めたと言う。40人の後輩たちに心に響く話をしてくれると私は確信した。水野さんと言い、北川さんと言い、大きな仕事を成し遂げんとする人は全て20代である。若さは未熟ではあるが可能性は極めて大きく、志と努力のエネルギーが爆発しヒットすれば大きな業績に繋がり社会を変える力が有る。今日も素晴らしい3Sの土曜日となった。





 

2026年6月4日木曜日

「出生率最低1.14,10年連続低下、出生数は67万人」

 今朝の朝刊各紙は「出生率最低1.14」という数値を前面に出し、記事にしていた。中でも毎日新聞さんはトップ記事扱だった。既に多くの方々は知っている事だが、このように数値を出されるとやはり驚く。「10年連続の低下で昨年度生まれた子供の数は67万人強」である。国立社会保障・人口問題研究所が23年に発表した推定値からおよそ15年早いペースで少子化が進んでいるという。戦後のベビーブーム時代の49年、269万人から何と75%減もの低い出生数だ。私学に勤務しているから、これは大変と言うレベルを超えて「日本は一体どうなるのだろう?」という懸念が強い。「人口は国力の基」であるだけに本当に心配である。 

先週行った浪速中学の来年度入試に向けた「クラブ校外施設体験会」の参加者は昨年対比で3人の増であったが少子化の進展の中で昨年度を超えているのは悪くはない状況だが、前述した令和7年度に生まれた子供が中学進学を迎える頃に、浪速中学のクラブ体験会に何名参加してくれるのかと思うと些か暗い気持ちになる。近未来、恐らく募集停止する私立中学は多く出ると思う。それだけに12年後までに「出来うる限りの努力をし、生き延びた浪速中学」となって欲しいと思う。覚悟と知恵と工夫で教育の中味を更に前進する必要がある。過日入試広報部の幹部に私はこの点と今後の広報戦略の重要性について述べ、更に一段高めるように指示した。


 
報告に有った保護者アンケートの中で次のような一文があった。「福島ではクラブ移動中のバス事故が有りましたが、今日は理事長以下が見送りまでして頂き、ああ、この学校に我が子をお任せしても大丈夫だと思いました。・・・」というのがあった。保護者はちゃんと見ておられるのだと強く思った。理事長や校長など責任者が見送るのは本学院の伝統であり、今後とも続くけて行くが、何か「松明(たいまつ)」を灯して貰った感じだ。 

入試広報部の近藤教頭先生が部屋に来て今年の「天神祭り」に関してテレビ大阪から賛助の「団扇」制作の依頼が来たと言う。言下に「進めて下さい」と申し伝えた。本校名誉理事長の寺井種伯先生がご逝去され初めてのお祭りであり、私は1000個の団扇の協賛を決めた。本件に関して権利を有しているテレビ大阪は裏側に本校の名前を書いてくれている。決して宣伝の為ではなくて本校筆頭理事でもある大阪天満宮の寺井種治宮司への応援歌である。立派な御父上を亡くされ、大阪を代表するお宮のご奉仕、さぞ大変だと思い、連帯のエールとして団扇を天神祭りのお客様に差し上げるのである。