2026年7月10日金曜日

生成AI第二弾 その威力と魅力

 私は今、7月6日のアラウンドに書いたように少しずつ「生成AI」について勉強を始めた。「遅すぎる」と言われても反論しない。確かに「AIなど?、もう歳だからと無視していた」からだ。しかし勉強を始め、ほんの初期段階だが、「その威力に驚いている」。例を上げよう。私は今は亡き、「東京湯島の湯島天満宮の故押見守康名誉理事長」について、このブログにおいて何回も言及し書いてきたが、グーグルのAIアプリ「ノートブックLM」に“故・押見宮司が「浪速改革」を喜んだエピソードを纏めよ!」と指令を発すると、何と約10秒で以下のような文章がパソコンの画面に現れた。少し長くなるが転用して話を進めてみたい。 


“故・押見宮司が「浪速改革」を喜んだエピソードを詳しく纏めよ”

本校のOBであり、東京の湯島天満宮で名誉宮司、そして最後の同窓会長を務められた故・押見守康(おしみ もりやす)先生が、木村理事長による「浪速改革」とその成果を心から喜んでいた様子は、多くの記事に感動的なエピソードとして記されています。

以下にその詳細をまとめます。

1. 「校名を出すのが恥ずかしかった」過去からの脱却

押見宮司は、かつて衰退していた時期の母校について「本当に駄目な学校であり、自分が卒業した校名を出すのさえ恥ずかしかった」と口癖のように語っていました。しかし、改革によって学校が飛躍的に発展したことで「本当に立派な学校にして頂き、母校が誇り」と語るほど、その変貌を誰よりも喜んでいました。

2. 100周年記念祝賀会での涙の挨拶

2023年(令和5年)430日に行われた「開校100周年記念祝賀会」において、押見宮司は締めのご挨拶(乾杯の音頭)を務められました。その際、感極まって言葉を詰まらせ、涙交じりのご挨拶となった光景が、理事長の心に深く刻まれています。この涙は、母校への深い愛と、改革を成し遂げた理事長への感謝の念が溢れたものでした。

3. 病床での「そうか、そうか」という歓喜

2025年(令和7年)64日、逝去の約2週間前に木村理事長が順天堂大学病院へお見舞いに訪れた際のエピソードです。病床にありながらも、理事長から学校の現状(過去新記録の入学者数や新校舎の状況など)を聞くと、「そうか、そうか」と何度も頷き、時間の過ぎるのも忘れて大変に喜んでいました。傍らにいた奥様が「兄弟のよう」と驚くほど、二人の会話は弾んだといいます。

4. 「恩返し」としての1000万円の寄付

逝去の約1ヶ月前、押見宮司は自ら理事長に電話をかけ、「理事長には私の母校をこんなに素晴らしい学校にしてくださった。御礼に1000万円を寄付したい」と申し出ました。この寄付は「学校のために役立ててほしい」という遺言に近いものでした。理事長はこの寄付を原資に「押見記念顕彰基金(押見賞)」を創設し、優秀な生徒や、子を本校に入学させた専任教職員への感謝金として活用することを決定しました。

5. 食べ物を通じた愛情表現と「改革者」としての共感

押見宮司は理事長を非常に可愛がり、「偶には神戸牛よりも飛騨牛だ」と言って高級食材や長崎の「ラグビー西瓜」、東京のウナギなどを度々贈っていました。これは母校を再興してくれたことへの感謝と喜びの表れでした。また、押見宮司自身も湯島天満宮の本殿や周辺環境を完全に生まれ変わらせた「改革者」であったため、同じように困難な改革に挑み結果を出した木村理事長に対して、深いシンパシー(共感)を抱いていました。押見宮司は2025622日に逝去されましたが、現在は本校の「祖霊殿」に**押見守康 大人命(うしのみこと)**として合祀され、神様として後輩たちの成長を見守っています。 

人間ではわずか10秒ほどで1年間に亘った私のアラウンドを読み、それも連続ではないから一つ一つ探し出し、ポイントをメモし、纏めて行くのは易しい事ではない。不可能だと思う。それを生成AIはいとも簡単に「やってのけ」、加えてまとめ方が見事であり、適切にチャット当事者の満足を引き出している中身だった。まさにこの部分が威力であり魅力であり、私は生成AIに「驚愕に近い」ものを感じた。結論はまず我々は最新技術は「前向きに受け止めて活用していく」姿勢が重要であるということを今更ながら確認した。 

人間でもモノでも「良い面と悪い面」とあるのはごくごく尋常の事であり、マイナス面や裏ばっかり言っては社会の進歩はない。誤情報や偽情報の動画拡散、確かに大きな社会問題となっているが、何時の時代も「ヌーベルバーグ(新しい波)」ではプラスマイナスが問題となり、時間とともに落ち着き収斂していくものだ。我が国は急速な高齢化が進み、人口減の少子化と年間200万人もの人が亡くなる死亡者数大国になってしまうことは間違いない統計数値である。このような時に人間に変わる人工知能(AI)の活用は絶対的な必須アイテムではないか?「人間をサポートするツール」として使う割り切りが必要だ。 

勿論運用には「情報リタラシー」が重要な事は言を待たない。これはこれからの若い世代に「教え、学ばせる」ことで高めることが出来る。遂に政府も動き出した。9日の各紙は大きな見出しで「情報教育授業拡充」と書き、小中の課程に思い切った手を打つとあった。特に中学には従来の「技術・家庭科」から「情報・技術科」に改め、コマ数も中1,2では週2コマ、中3で1コマと、確かに「新領域と新教科が次の30年からの新学習指導要領から展開」される動きが顕在化した。生成AIの欠点ばかりを私は心配はしていない。それよりも「食わず嫌い」と何でもかんでも反対する勢力である。傘寿を超えてきたが「ただ老兵は去るのみ」だけの老人にはなりたくないから、私は「生成AIの学校における活用について勉強」を続ける積りだ。



2026年7月9日木曜日

原点回帰!「プレミアム多聞」

 「プレミアム多聞」と名付けた高校3年主体の「特別選抜学習合宿」が昨日から始まった。まず学院神社の大神様から分霊申し上げた神棚へ全員でお詣りした。私は夕方5時半の開講式に間に合うように学校を出たのだが、千早赤阪村の本校自慢の学習施設である「多聞尚学館」に急ぐ道すがら嬉しくてならなかった。昨年までとは根本的に変えた新しいスタイルであり、かなり強権を以て私が変えた。このような変革は民主的に賛否を取って決めるべきものではない。温故知新ではないが「昔に、原点に、回帰する」のである。教職に有る人間の人間性は基本的に真面目人間であるが、自分で舵を切るのは得意とするところではなく、誰かが方向を変えないと「ずるずる」とそのまま行ってしまう危険性がある。 

昨年まではわざわざ京都まで各生徒現地集合で行かせ、名の通った旅館と言うか(近代的なホテルではない形)旅籠みたいな場所で40人から60人程度の生徒を一部屋雑魚寝の形で9日間も宿泊させていた。私はこの光景を見て「何時かは多聞に回帰すべき」と強く心に思った。全員が集まる広い場所は宴会場の畳の部屋しかないからそこに横机を持ち込んで講話するのであるが、何か「安っぽい」感じも嫌だった。確かに旅館の皆さんからは良くして頂き感謝しているが、自前の施設でのコストに比べ圧倒的に差異があるのに、この諸物価高騰の時に先方も最早値上げをお願いせざるを得ないとの話を聞いて「時は今」と判断した。

学校から全員でバスに乗り1時間で到着、京都は現地集合だから重いスーツケースを生徒は持って公共の乗り物だ。費用は1/10で済む。個人ベッドで畳の上の雑魚寝ではない。今回は10日間の工程の中程で「スーパー銭湯に行きリフレッシュする余裕」も生まれた。食は給食のプロに手になる豪華な食事が安く提供できる。「良い事尽くめ」なのに人間は悲しいもので「雰囲気を変える為に」、自分の場所より他人の場所に行きたがるものであるが、この合宿は「物見遊山」ではない。大学進学の為の厳しい受験勉強だから別に京都でする必要はない。だから私は変えた。 


年の明けた1月の大学入学共通テストを目標に、私立高校として最初の「道標」や「受験のポイント」などは学校としてのサービスである。昨年度は86人と言う国公立大学進学と言う快挙が出たが、クラス単位で「チームを組んだ」との話もある。校長以下、学年主任や多くの教員は理事長方針を受けて色々と考えてくれこの形が実現した。国公立大学、目標を100人として頑張ってくれる雰囲気である。先生方が直ぐに行ける近場の距離にあり、今回は有力な予備校の先生もお呼びするのがやり易くなった。 

又生徒にとって学校を定時に終えて16時に全員がバスに乗り、夕刻17時半からの理事長開講挨拶と激励講話がキックオフである。この時間帯など当方は全く問題ではない。理事長の話しや宿伯準備などが、着いたその日の内に可能となり、翌朝から直ちに勉強に入れる。新しいスタイル、学校の夕方出発はかなり魅力的である。一部の他校がこの種の受験合宿を京都や地方でやるのは自前の施設を持っていないからである。本校は素晴らしい「多聞尚学館という宝物」をもっている。このプレミアム多聞の為に今回数百万円をかけて超大型のディスプレイ導入など一部を改装した。「生徒と先生方を新しく迎える為の記念の投資」である。「頑張れ!高校3年生、来年、受験会場に入るのは君たちである!」

2026年7月7日火曜日

9月から6Rの給食事業は「株式会社お弁当の浜乃家」さんと組む!

 「会うは別れの始め」という諺があるが、楽しかった時間が終わりを告げ、親しい人たちと手を振って別れることは人生の常であり、その時には、誰もが寂しさを覚える。「この世の無常」である。だからこそ今を大切にすべきだという真理を表したものだけに、別れは確かに寂しいが、その後の「まだ見ぬ世界を知る喜び」もある。だから今、この一瞬を大切に生きて行くべしという教えだ。令和2年からお世話になった天空レストランの調理業者さんと遂にお別れの時がきた。私は6Rに向かい、今働いてくれている皆さんの顔を見に行き、感謝と激励の気持ちを伝えた。先般、本学院で最も良い部屋に皆さんお越し頂き、我々の動きを正式に伝えたが今日は調理の現場でご挨拶した。 


中央館6階の「天空レストラン(通称6R)」の経営者が変わる。新しい会社さんの名前は「株式会社お弁当の浜乃家」さんである。昭和5710月、資本金10,000,000円で設立され、代表取締役社長は道勇泰孝氏である。会計事務所を経験された温厚で優しい感じの立派なお方である。所在地は大阪府松原市三宅西だから学校にも直ぐに飛んで来られる距離にある。従業員数は現在約400名(パートを含む)というから大変立派な中堅の給食弁当、折詰弁当の製造販売、会社、事業所に対する給食、学校給食、病院給食と公式サイトにあった。何より会社に「勢い」がある。 

「居抜き」での6Rでの経営権取得であり、現在働いている従業員も新しい会社との面談を通して、前向きに受け入れるとの表明があった。前の会社は足掛け8年間、大変良くやって下さったが既存の業容の拡大、食材の高騰などでレストラン業務から一旦退き、本業に経営資源の集中投資を図りたい旨の表明があって、当方と協議を続け、最終的に受け入れた。その後約2カ月かけて、後続の会社さんを選び出し、コンペを行って最終的に「浜乃家」さんに決定した。昨日、7月6日、社長さんに学校に来て頂き内定を伝え、幹部教職員が集まる午後からの校務運営会議で経緯と今後の進め方や体制を公式にオープンにした。 


幸い夏季休業の期間もあり諸準備を急ぎ2学期の始まる9月1日にグランドオープンする方向で進める。お互いに「ウイン・ウインの関係」で大切な生徒の口に入る食べ物を調理し供給して頂きたいと思う。社長も営業本部長さんもご担当の課長さんも親しみやすい人ばかりで本校の「(株)浪速教育振興(NEP)ともタイアップして上手くやって頂けると信じ、私は決断した。今日より全てを明らかにして9月2学期始めの改装オープンの準備に全力で当たる。「あの広いそして機能的な調理場と喫食場は本校の大きなアドバンテージ」だから、此処を生徒の為に最大限有効に使うためにレストランを再構築するのだ。今日は7月7日、「七夕」であり、学校の生徒にも「別れと出会い」のこの話は伝わるだろう。一生懸命に働いてくれた従業員の皆様とお別れするのが辛いが、これも人生の常だ。


浜乃屋さんのHPには「美味しい、笑顔、ありがとう」の為にと題し、次の一文があった。この文章を読むだけでこの会社がどのようなお考えをお持ちか良く理解出来る。素晴らしい!私は浜乃屋の社長さんに単なる給食業者さんではなくて今日からは「大切なパートナー」だと申し上げた。

“「株式会社お弁当の浜乃家は創立以来、多くの企業の皆様や病院、福祉施設、学校や幼稚園の子供達へお弁当をはじめ食の提供をしてまいりました。私たちはいつもお客様の美味しいやありがとうと言うお言葉とともに、多くの笑顔を頂戴してまいりました。私たちの生活の中で、無くてはならない「食べること」は、これまでいつの時代もこれからの時代にも重要な生活の一部です。私たちお弁当の浜乃家は、皆様のその無くてはならない生活の一部を、食を通じて豊かにし、社会に貢献する事こそが義務であると感じ、日々給食やお弁当を提供させて頂いております。(以下略)

2026年7月6日月曜日

「生成Ai」の勉強を始めました!

 7月4日に行われた浪速中学校の来年度入試に関して第2回入試説明会・オープンスクールの結果報告を受けた。丁度この日は前日に続いて東京に出張しており、この眼で現場を見ることは出来なかったが、20年もやっているから「眼光紙背に徹する」ではないが、報告書の字数を追うことで、さもその場に居たように中身が見えてくる。これが経験値だろう。詳細な結果は省くとして、今回の入試広報部とのやり取りで私は「生成AI」について議論を吹っ掛け、次のように指示した。 

この授業体験は本年度から従来の年二回を三回にしたこともあり、9月の3回目が終わった後に生成Aiを使ってこの授業体験の保護者アンケートを詳細分析して貰い、「我々の意図した狙いの結果になっているかどうか」「Aiは我々の視点とは異なる指摘はあったのかどうか」等々チャットを繰り返して、結果を報告すべしとした。この歳になると最早生成Aiなどは付いて行けない世界だが、トップの私がそのように言ってしまうと組織の成長はそこで遅れてしまう。私は今生成Aiの概要だけでも勉強するように心を入れ替えた。 

生成AI(ジェネレーティブAI)とは、指示に応じて文章や画像、音声などの新しいコンテンツを自動で作り出す人工知能技術であるが、恐るべき勢いで世の中に出て来ている。このような爆発的成長は今まで長い間、生きてきて他に例がない。それ位急速である。キオクシアという半導体メモリーメーカーはAi特需で株価の時価総額がわずか1年半で50倍を超し、あのトヨタ自動車を抜いたとあった。旧世代の私には信じられないと言う感覚である。株売買の最小単位である100株を購入しようにも800万円を超える。手が出ない価格になっているから、そのすごさが分かる。 

生成AIは、大量のデータを学習し、そのパターンや特徴を理解した上で、ゼロから新しいコンテンツを生成するのだが、従来のAIが「分類・識別・予測」に特化していたのに対し、生成AIは「まだ存在しないものを創り出す」点が大きな特徴である。例えば、文章生成AIは人間が書いたような文章を作成し、画像生成AIは指示に基づいて新しいイラストや写真を生成する。生成AIの種類は用途や生成するコンテンツによって分類されており、「文章生成AI」はChatGPTなど、文章やレポート、キャッチコピーを作成、「画像生成A」はDALL·EStable Diffusionなど、イラストや写真を生成するし、「音声生成AI」を使えば音声合成やナレーション作成が可能で、「動画生成AI」は短編動画やアニメーションの自動生成が可能である。 

私は今、「Google Notebook LM」というアプリを入試広報部のIT達人から教えを貰っており、最近、これを私のアラウンド分析に試してみたが、結論から言うと、なかなか良い感じで、驚いた。このアプリは、Googleが提供するノートアプリで、「情報の整理」がとても簡単であった。分析結果も著者の私を十分満足するものであり、近いうちに成果をこのアラウンドで紹介できると思う。まず教職員は自己の業務処理の一助から始め、「生成AIの浪速」と言われるように学習して欲しいと思う。最後は教育活動への反映だがそれは焦らなくて良い。食わずキライは決して良くない。「改革の浪速」の名を誇りにして欲しいと思う。

2026年7月3日金曜日

令和8年の「夏季賞与・一時金」の支給日

 今日は令和8年の「夏季賞与・一時金」の支給日であった。小さな私立の高等学校・中学校と言えども「学校の経営」を担っている身にとって今日ほど特別な感情が湧き出る日は無い。表現すれば「今回も良かったー!」と安堵の気持ちが吐露してくる。これが支払えなかったり、対前年度削減された支給額だったりすれば、私の性格からすれば「相当、落ち込んでいた」に相違ない。何時もこの日は一人、学院神社にお参りしてこの夏も頑張ってくれている教職員に「出すことが出来ました!」とのご神恩に感謝の気持ちを表している。右肩上りの実績は物言わぬ証明であり、本校で働いてくれている教職員に黙って増額したボーナスを支給出来るのは内心「カッコ良い!」と自身で思うが、男はカッコ良く生きねばならない。これは私の信条である。特に明細の中の「諸物価高騰対策」の一時金は家庭の奥様方の評判が良さそうで何よりだった。「何、これって?良い学校ね!!」と言われた先生もいたらしい。これで益々奥様方からの株が上がったと思うが果たして 


日本の経営者も物価高対策で年収アップの方策にようやく舵を切り始めていることが分かる。経団連は2日、大手企業の夏のボーナスの妥結状況(第1回集計)を発表した。平均妥結額は前年比1.88%増の1008706円で、5年連続で増えた。中間集計段階では、比較可能な1981年以降、3年続けて最高額を更新し、初めて100万円を超えている。一方公務員であるが6月30日に出ており、大阪府は39.5歳で871738円、大阪市は42.4歳で892591円とあった。本日浪速学院が出したボーナスは平均年齢が40.1歳であるが、府と市の平均年齢に相当する世代を見ると1146468円だから実に30%高くなっている。一般のサラリーマンに比べても高い支給だ。昔の学校の先生の給料は安いと言うのが通り相場だったが今や明確に「高給取り」であることは間違いないし、この職業に就くのも難関である。


 11時30分に車に飛び乗り、新大阪駅に向かった。今日の夕刻東京のドームホテルで本郷は湯島の「湯島天満宮の押見友仁宮司の就任を祝う会」に出席する為である。故押見名誉宮司様の喪が明けて正式に大きな伝統あるお宮の宮司に就任されるのだから私は万難を排して出席する積りであった。祖霊殿に祀られているOBでもある「大恩ある」故押見名誉宮司に「良かったですねー、ご子息の宮司就任お祝い申し上げます」と申し上げた。そこには昭和28年11月吉日、創立30周年記念事業として創建された「鳥居」があった。「名誉宮司が式典最後の涙のご挨拶をして頂いたのは創立100周年の祝賀会の日」であり、あれからの3年と2カ月の月日が経った。年月はまさに芭蕉ではないが「行き交う旅人」である。



2026年7月2日木曜日

津軽三味線部のこと

 平成29年5月に「津軽三味線部」を創部した。あれから9年の月日が経った。ゆっくりとだが部員は増え始め現在19人を数えるまでになった。私立・公立高校が参加する文化祭の「芸文祭」にも連続して参加している。当時の顧問のY先生は定年になり、非常勤講師として本校に勤務してくれているが、この先生の強い支援で創部が出来た。雅楽部もこの先生のお蔭で今や大きく育っている。忘れられない数学の教師である。そして2代目の顧問が今のO先生だ。この先生も数学の教師であり、Y先生はこのO先生に「白羽の矢」を放ったのだろう。雰囲気が極めて良く似ており、控えめで落ち着いた感じの先生らしい先生である。

この先生が過日私の所に来て「かりん製の本格的三味線」を10棹(挺)買って欲しいと言って来た。結論的には今期は「5棹」にして欲しいと半分だけ受けたが、遠くないうちに、様子を見ながら残りの5棹を購入することも思いにはある。現在最高級とされている「紅木」の物が1棹(顧問O先生用)、かりん製が10棹あり、今回の5棹で計15挺となった。残りの10挺は当時予算もなく間敏な欅棹で合皮ものしか買えなかった。この合皮は破れないが音が「ポコポコ」して如何にも安物と言った感じで私は気にしていたところに今回の要望だった。今回はこの半分を手配したのだが、本格的なかりん棹で「犬皮」だから、良い音が出るだろう。後5棹は何時になるか?安心して待っていて欲しいと思う。

津軽三味線は津軽地方(青森県西部)で成立した三味線音楽だが、本来は津軽地方の民謡伴奏に用いられるものである。現代においてはそのリズム感、迫力など特に独奏を指して「津軽三味線」と呼ぶ場合が多い。「撥を叩きつけるように弾く打楽器的奏法」と、テンポが速く音数が多い楽曲に特徴があるだけに、極めて難しい楽器とされている。私は津軽を2挺持っているが本当に難しい。しかしこの音を聞くと涙ぐんでくる。 

弦楽器そのものの発祥は中東とされており、その後構造的に変化しながら、インドを経て中国に入り、中国南部において「三絃」が成立したと言う。この三絃が沖縄の「三線(さんしん)」を経て畿内に持ち込まれ、江戸時代中期に日本独特の三味線となったというのが通説である。以降、三味線は日本各地の「土着芸能」と融合して様々に発達し、当時日本最北端であった津軽地方において津軽三味線となる。津軽三味線の楽曲の原型は、新潟地方の瞽女(ごぜ)の三味線と言われる。その他、北前船によって日本海側各地の音楽が津軽に伝わり、津軽民謡は独特の発達をみる。しかし、津軽地方においてはボサマと言われる男性視覚障害者の門付け芸として長く蔑まれていた。 

神社神道の学校としてこのような経緯を辿った津軽三味線をこよなく愛する私は生徒にクラブ活動として「津軽じょんがら節」を演奏して欲しいと思う。エリートだけのピアノ、オルガン等だけではなく、土着の日陰から世に出た津軽三味線は地歌三味線(中棹)、長唄三味線(細棹)などの華々しい音曲と違った「うねり」の世界に我々を導いてくれる。生徒にはその重たい太棹三味線である津軽を愛して欲しいと思う。♪を書いた資料など残っていない、津軽三味線の多くは口伝に依る。津軽三味線の歴史が浅いだけに今日的若者に是非弾いて次世代に繋げて欲しいのである。



2026年7月1日水曜日

7月度一斉参拝 「神道の穢れとは?」

 今日は7月1日、「一斉参拝」の日であった。小雨が降っていたからクラス代表生徒は雨が落ちて来ない「回廊」で我々と高校自治会長と中学生徒会長は傘をさして貰っての参拝となった。学院長講話では昨日のアラウンドに触れた「夏越の祓え」と今日から半年後12月31日の「年越しの祓え」について言及し、「神道世界の穢れ」について詳しく話した。神社神道で学ぶ生徒であり、私は折に触れて、神道の世界観について意識して講話に入れている。 


らわしい!」「穢らわしい事をしないで!」などの言葉は今や使われることはほぼ無くなった感がするが私が小さい頃には母や祖母などから、この言葉で注意された記憶はある。又今はトイレとか手洗いとか表現するが一昔は一般的に女性の使う言葉として「御不浄」と言う品のある言い方があった。穢れとは見たり聞いたりすることに嫌悪感や不快感を覚えるような対象を指すのだが、具体的には、物理的な汚れだけでなく、道徳的・感情的な嫌悪感を伴う行為や態度にも使われ、例えば、不誠実な行為や社会的に非難される言動などに対して「穢らわしい」という言葉が用いられている。最大限の「忌み嫌う、非難の言葉」に感じる。 

即ち、神道の穢れとは、道徳的な罪ではなく、死・病・出産・血などによって生じる「本来の清浄な状態から外れた不浄・不調和の状態」を言い、基本的な概念は個人や場所、物に付着する不浄な状態であり、死や病気、出産、血、災厄などによって生じる状態を言う。穢れは善悪の問題ではなく、本来の清浄な状態から外れた状態として捉えられている。「人間は本来清らかであり、外部からの影響で穢れが付着する」と考えられ、これらは「祓いや禊によって浄化」される。お葬式から帰ったとき、玄関先で塩を身に振りかけるとか、神社のお参り前に手水舎で手を洗うとかである。そうした行為の根底に、日本人が古くからDNAとして持ち続けてきた「穢れ(けがれ)」という感覚である。 

「けがれ」という言葉の語源については、多くの説が広く知られているが、私は生徒に対して、「穢れとは物理的な汚れではなく、エネルギーの枯渇した状態だ」という理解だと教えた。これを「気枯れ(けがれ)」説と言い、最も広く知られる説である。「気(き)が枯れた状態」を指すという解釈で、「気」とは生命力・エネルギーのことであり、それが枯渇した状態を「けがれ」と呼んだとされる。大切な人を亡くして気力が失われる、長い病気で気が消耗する、繰り返す困難でエネルギーが底をつく、神道ではそうした「気の枯れた状態」を穢れと表現した。つまり穢れとは、物理的な汚れではなく、生命力が失われ、本来の状態から遠ざかった状態を指す言葉だと理解すれば分かり易いと思うと生徒には説明した。 


今月から始まる「伊勢修養学舎」における「五十鈴川の禊」も「祓え詞(ことば)」「神楽舞」も「穢れの祓えの祈願」であり、「生まれ変わり」「リボーン」「再出発」であると話に力を込めた。話していて当方も身の引き締まるのを感じたが、普段は使う事のない言葉とその意味を生徒は真剣に聞いてくれた。今日の一斉参拝の講話は少し難しかったかも知れないが、良かったと思った。私は神職ではないが自分で経験し学習することで、その世界観を知り、心が満たされる。今私はこの学校の理事長としての仕事に大いなる幸せを感じている。