2026年10月6日火曜日

「スポーツ特待生制度」をここで立ち止まって考える!

 学校には「スポーツ特待生制度」と「スポーツ推薦制度(本校では一芸入試)」が一般的にはある。多くの場合は高校や大学入試の際の基準であり、義務教育段階の中学入試に適用するのはまだ公的に一般的ではない。公立中学校ではあり得ないが私立中学の中では本校も含めてこの制度を有して学校はいくら位存在するのか当方にその知識も関心も無い。中でもスポーツ特待と言うのは特定のスポーツに打ち込み、客観的に見て高い成績・実力を持っている生徒を優遇して入学させる制度であり、スポーツ特待生に選ばれることで、一般入試、入学と大きくかかるコストを抑えつつ、高校や大学への進学が可能となる極めて魅力的な制度である。

 この制度は学校、大学単位に詳細は異なり、当然公的機関のお墨付きを得たり、定められたルールや基準などは無い。そのため基本的にスポーツ特待生制度の内容は、学校ごとに独自に決められている。スポーツ特待生は主に入学金や授業料の免除など、経済的な支援が基本である。又学校によっては試験が免除されたり、面接や論文だけで合否を決められたりと、より充実した優遇措置が取られているケースもある。本校の場合は「教育相談」という関門をクリアして頂く必要がある。 

これらの制度は各教育機関の目指す方向に合致すれば、学校、大学として大きなネームバリューを上げ得る効果を期待でき、それが好循環して翌年度も優秀な戦績を残した生徒が集まる学校になる可能性がある。しかしそのようにして所謂良い生徒ばかりを釣り上げ、公式戦で良い戦績を上げることが大学(プロ志向が基本)はさておいて、高校段階で適切かどうかの議論は昔からあった。この議論が「全国私立高校授業料完全無償化施策」の中で又大きく今後で表に出て来ないとも限らない。授業料が税負担で100%無償化になった今、私立高校が公立で出来ないやり方で税金を使ってスポーツ特待制度で優秀な生徒を金銭的魅力で集めることの是非が出てくる可能性は高いと考えておいた方が良い。 


私は昨日の朝、大きなクラブやスポーツ特待制度の適用を受けているクラブの主顧問を呼び、詳しく①スポーツ特待が経営に与えている経費的影響、②クラブ単位の特待生の数の現状と有り得る限界、③折角適用した生徒の生活指導上の問題の事例、④学校全体としてのこの特待制度のガバナンスの在り方など総合的に見直し、⑤原点に立ち戻り、27年度入試から再度「再スタート」する気概で頑張るように指示を出した。これらは学校経営に直結するテーマであり、今までの理事長・学院長直結のテーマとはせず、まず校長管轄のテーマとし、第二決済は資金管理の責任者である理事長とする旨も述べた。今までは入試広報部の管理職が数を取りまとめるだけの形から一歩大きく改善する。午後の校務運営会議でもこの話を持ち出しオーソライズした。

クラブ顧問は本当にここ数年よく頑張ってくれた。だから「今日の浪速が有る」と言っても過言ではない。しかし経営とは先行きを考え、リスクを低減し、あるべき姿を常に立ち止まって振り返ることも必要である。これは理事長・学院長の大きな責任である。理事でもある両校長が経営的視点、校務運営的視点の両方で過去を分析し、27年度入試から適用して再出発するのだ。クラブはあくまで①クラブ顧問の先生方の指導力と人間性に尽きる。まずこれが有って②次に「完璧な練習環境の整備」である。次いでクラブ員への戦績に拠る③「祝勝激励金や打ち上げ会食」など見た目に分かる「勝どきの場」を持たせる。本校は完璧に行って来ている。その上に加えて「スポーツ特待制度まで必要なのかという私からの突き付け」である。確かにクラブ成績は勿論大阪代表は言うに及ばず、全国大会でも優勝の常連校となっているクラブは3クラブもある。今、足跡を振り返る意味と今後の方向性を確認する意義は大きい。

2026年10月5日月曜日

北島三郎さん演歌「生かされて」

 「生きる」と「生かされている」という二つの概念は、私たちの生き方に大きな影響を与えている。「生きる」は、自分の意志や行動によって人生を切り拓いていくことを意味し、自己実現や成長を目指す行為であるが、一方で、「生かされている」は、他者や環境への依存と「感謝」を含む認識であり、他者の支えがあって初めて命を保っていることを示すものだ。しかし私はどちらか一方に偏ってはいけないと思う。まず肝心な事は「自ら生きてやる」位に「強い自意識」が必要だ。当たり前だが、言葉だけで言うと他人が自分を生かせてくれているのではない。他人はその次だろう。これらの二つの思いや視点を持つことで、命に対する感謝が深まり、より謙虚に自分の生き方を考えるきっかけになる。歳を重ね、最近つくづくとこの思いが強くなっている自分に気づく。

若い頃から「自分は一人で生きる、難関辛苦を超えてでも強く生きて行く」「ひたすらに、ひたむきに」と別に片意地張ってはいなかったと思うが今考えてみるとそのような思いが少しだけ勝っていたのかなと思う。しかし傘寿の歳ともなると今自分がこのようにして確かに健康面のことはあちこち問題はあるが、仕事や人間関係の中で充実した仕事を与えられ、責任が果たせているのも周りの関係者のお蔭で感謝の気持ちが募り、「今このようにして生かされている」のは周りに居て支えてくれている人々のお蔭だと強く思うようになっている自分に気づいている。歳を取るという事は良い事が多い。 



3日の土曜日に行われた「第60回浪速祭」の打ち上げパーティが市内の某ホテルで行われたが本当に楽しい快適な会であった。前回のアラウンドで定例のトリを飾る歌で、今年は何を歌うか、迷っていたが結局私は北島三郎さんの2021,2月にリリースされた演歌「生かされて」を選曲した。歌詞が前述した今の私の気持ちに寄り添うもので、大変気持ち良く歌え、皆さんに思いをお届け出来たと思う。 



「生かされて」

昭和 平成 令和へと

時節も移り 道のりは

情け知らずの 風が吹く

ひたすらに たくましく

人生一度さ

熱い絆に 生かされて

 

あの日 握った 手の温(ぬく)み

忘れられない 想い出は

汗と涙で 支え合う

厳しさに 励まされ

人生一度さ

めぐり逢わせに 生かされて

 

大地 踏みしめ 前を見て

昇る朝陽に 身を清め

未来(あす)の幸せ 追いかける

おごらずに ひたむきに

人生一度さ

夢と感謝に 生かされて

2026年10月3日土曜日

「神恩 浪速巻き」(太巻き寿司)

 昨日の10月2日から2学期の中間試験が高校から始まっている。「浪速祭」が終わり、生徒は「嵐の後の静けさ」を幾分ゆっくりと楽しんだと思うが、学校行事は待ってくれない、重要な校内考査である。特に高校3年生には実質最後の大きな試験でこの成績までが大学入試に反映されるから尚更頑張って貰いたい。高校3年生の心中は如何ばかりかと思うが戦後全ての高校3年生が通った道だから、もう今回の中間考査を境に次時代を見据えて気分を転換しなければなるまい。「大学選択」と言う大きな関門が待ち構えている。過日卒業アルバムの巻頭裏表紙を飾る集合写真を撮影したが、確かに笑顔であったが、辺りの雰囲気は幾分寂寥感に包まれていた。

3年生の関門の一つである年明けの1月16日と17日に行われる大学入学共通テストの受験者も定まって来た。卒業生が916人と言う大きな数だから共通テストを受ける高校3年生も大きな数字となった。受験会場はまだ決まっていないが多分、大阪公立大学になるのではないか。景色は回り舞台みたいに回転し、本校で学んだ3年生は歳が明けたら1月28日(木)には卒業式を迎える。このように思うと何だか私まで寂しくなってきた。

今私は「(株)浪速教育振興(NEP)」に対して早く「巻き寿司」が自作出来るように指示を出している。11月5日には奈良の「橿原神宮」で初代天皇神武天皇の建国を祝う本校、自慢のとっておきの宝物である「海道東征浪速」の奉納演奏があり、総勢300人を超える一大集団が橿原神宮の拝殿前に揃う。K宮司様のたってのご要望にお応えして吹奏楽部が終結するのだ。昼食は神宮の方でご用意頂くが私の立場では奮闘してくれた生徒と保護者に対して何か記念のお土産をと考えた上での出した結論だった。

 天空レストランで自前で用意して頂く。その品物が「太巻き寿司」である。ネーミングは既に決め関係者に伝えている。「神恩 浪速巻き」である。この為に最新鋭の巻き寿司製造機を既に発注し来週には入ってくる。お帰りのバスの中で初めて本校手作りの神恩太巻き寿司が演奏会に参加して下さった生徒や保護者、役員の方々にお土産としてお渡しする。とにかく清潔で新鮮で旨い太巻き寿司を作って欲しと思う。 

先般、試作品を見たが見た目は良くとも味は知らない。焼き立てパンショップ・ブルが作った「神恩食パン」は今や本校の名物食パンになった。パンコーナーで神恩食パン、レストランコーナーで神恩浪速巻きの二本立てで外販を主体に又お客様方へのお土産としてそして生徒向けにアレンジした様々な「巻き寿司」は必ず手頃な栄養豊富な商品として「肉巻き」「マグロ巻き」「カッパ巻き」「フライ巻き」等々生徒に受け入れられる新製品になるのではないか。

今日は先の大成功を収めた「第60回浪速祭」のPTA主催の打ち上げパーティが市内のホテルで計画されており、私も主賓として出席しなければならない。約束事は一曲、トリで歌うことが私の義務であり、今回は何にするか思案している。昨年は美空ひばりさんの「人生将棋」であった。1970年リリースと言うから今から56年前の名曲だ。今年は男性演歌歌手から「場に相応しい曲」を選ぼうと思っているがそう簡単ではないが実は密かな楽しみの一つでもある。


2026年10月1日木曜日

一斉参拝「カスタマーハラスメント」

 今日は10月1日、「一斉参拝」の日であった。もう20年近くやってきているから、形は出来ているが、馴れではなくて何時も「緊張感」を持ってやっている。気温は間違いなく下がってきており朝夕は爽やかさを感じるが、私は暑がりなので時にまだ蒸し暑さを感じている。神道世界ではこの毎月の1日を「朔日」とも書き、重要視しているから、前にも書いたがこの一斉参拝が1日に当たると何か嬉しい。「10月はスポーツの秋」で17日が「中学校の体育大会」、22日はヤンマースタジアムで「高校の体育祭」が予定されている。「行事消化型社会の典型」と言われている学校であるがこの運動会、体育大会、体育祭的なものが無い学校も無いだけに理事長が自ら廃止と一方的に宣言するには社会や、世間の声は未だ大きくはない。生徒も保護者も未だに秋の時候を楽しむ学校行事になっている。 

参拝の後の「理事長・学院長講話」では冒頭まず私は浪速祭に言及し「大変良いお祭りになった」と生徒のパーフォーマンスを誉めそやした。又遡って9月1日の6Rレストランの改装立ち上げに協力して貰ったことのお礼を述べた。特に「焼き立てパンコーナーと天空レストランは君たちの施設」であり、今後とも利用の拡大を考えて欲しい旨、お願いした。お母さん方が朝の君たちのお弁当作りを作ることは相当な業務であり、お母さんを週に1回は弁当を止めて、時間的な楽をさせてあげるとか、又お弁当持参の生徒も食べる場所を6Rにするなら、何か一品でも購入してレストラン経営に協力して欲しいともお願いした。中学生用のスペースを確保したいのである。 



そして今日は特別に「カスタマーハラスメント」の課題に触れた。今日から法的に規定の整備が求められ適用される。間違いなく時代は変わったと思う。学校が保護者や外部の方からの厳しい攻めの防御が法的に定められるなど一昔には考えられないことだった。執拗に人格攻撃までして怒りを学校の教職員に向ける事への対応は今や学校だけで対応することが難しくなったことが背景にある。私は企業への、スーパーへの、市役所窓口での、そして学校への社会通念を超える「激しいクレーム」については刑事事件になり得ると生徒と教職員には伝えた。そして明日からの中間試験を頑張るように激励し、冬服の「衣替え」については試験期間中、柔軟に対応するように述べ、学院長講話を終えた。

今日は嬉しいニュースが有り、学院長講話でも触れ、後刻正式な高校校長からの褒賞後に私の部屋に来て貰った。どのような生徒か拝見したかったからである。「善行表彰」であるが、過日4人の生徒が部活を終えて帰宅途中我孫子町駅で頭から血を流して倒れている年配者を救護し近くの阪和病院に連れて行くなど対応してくれ、後刻、JR長居駅の担当者やご本人からお礼の電話があり我々はその事実を知った。男子生徒1名と女子生徒3名のダンス部の生徒で、このような良いニュースは私を極めて喜ばせる。皆さん、笑顔の良い、感じの良い生徒であり、私からも賞賛し激励した。



2026年9月30日水曜日

次期学習指導要領の方向性は?

 9月も今日で終わり、雨を多く感じた9月だった。9月は俳句では「仲秋」にあたり、夏の名残と秋の深まりが交錯する季節で、自然の変化と人の心の揺れを繊細に映し出す点に特徴があるように思える。この寂寥感、静けさ、低くなる気温等は私の好みである。一方生活感のある季語の秋刀魚も今や数が少なく値が張り、縁遠い状況になっている。しかしこのような9月の世相の空気感とは異なり、「浪速祭」以降学校は落ち着き、安定して推移している。月度が変った10月2日から2学期の中間試験が始まるが、2学期の中間と期末試験の成績は極めて重要であり、生徒は「やる気モード」に切り替えて頑張ってくれている。このオンとオフの切り替えが出来る人は頼もしいし幅が広い人間と言える。 


中間試験は7日に終わり、10日には「浪速中学校第1回プレテスト」が実施される。これは受験生へのサービスであり、学校側が一切の費用を取らず、本番入学試験の為の「模擬試験」みたいなものでこの参加者の数を持って来年度中学校の新1年生の規模が分かるだけに極めてセンシティブな数値である。入試広報部から毎日、毎日、数の報告を受けており、「良い傾向」を感じている。従って私の心の平穏は保たれている。前にも書いたが10月以降は「がらっ」と空気感は変わり、徐々に学校は本番に向けて緊張感が高まってくることになる。 

この学校の中間試験と期末試験について、北は北海道から南は九州沖縄まで公立私立問わず、実施されており、「日本の国力の源」と私は考えている。少しの平均点の差は有っても南は沖縄の児童生徒と北は北海道の児童生徒を含めて全国規模で言えば、学力差は驚くほど大きくはない。その理由は都道府県単位で「教科書・教材」「指導する教師」「教育活動の法的縛り」が基本的に同じだからだと思う。それが「学習指導要領」と言う言葉で纏められており、全国どこの学校でも一定の水準が保てるよう、文部科学省が定めている教育課程(カリキュラム)の基準が存在するからである。法律だから我々はこれを尊重しなければなるまい。

 この指導要領は、およそ10年に1度、改訂されている。我が国の学習指導要領は、戦後の教育改革の中で初めて1947年に「試案」として発行され、その後約10年ごとに改訂が行われてきたが、各改訂の特徴は、社会の変化や時代の要請に応じて異なり、教育課程全体の質を維持しながら、子供たちに必要とされる資質・能力を育むことを目指して変更されてきている。1947年は「教育基本法」と同時に制定され、教育内容の基準を示すものとなり、これが延々と今日まで続いており教育制度を確立するための重要な一歩であったと言える。 だから私は前述したように国力の源だと書いた。 

1951年、初版の試行を経て教育内容が整理され、日本国憲法に基づく教育理念が具体化され、1958年になって法的拘束力を持つ正式な学習指導要領となった。1968には理数教育が強化され、学習内容の拡充が進められたが、次の改定では1977年教育内容が精選され、過密な教育課程の見直しが進み、これが悪評高い「ゆとり教育」であった。次の要領で「揺り戻し」があり、今がある。次の指導要領は2030年度から始まるが、果たしてどのような中身になるのか、極めて興味深い。様々な意見が出ており、状況は「AIがらみで情報教育の充実」と「カリキュラムの柔軟性への移行」になると報道されている。

 

2026年9月28日月曜日

「結果を纏める」と言う行為から学ぶ

 土曜日に実施された浪速中学の「オープンスクール」の詳細報告を受けた。入試広報部は私に報告したい中身とその資料の体裁がまだ完全に整っていないので私は少し厳しく指導した。後刻修正された資料で再開したが、オープンスクールを明確に「クラブ体験」と分けて議論を進めた。授業体験は合計3回、昨年までの2回を1回増やし、その代わり、クラブ体験を2回から1回にしてその合計は変わらず4回である。4回以上は日程的に難しい。4回の総計を各回毎の数とそれが新規参加者とダブリの数は分けてみる必要がある。一纏めのオープンスクールだけでは何も残らない。 

この組み換えは広報活動において結構重要な要素であり、授業とクラブの体験のどちらが現下における浪速中学の力量のバランスと微妙に関連している。結論的に言うと浪速中学校は「進学重視路線」へのレールが敷き始めていると私は考えている。最早「ノウハウに近い」から詳細な分析結果は省くが高校と違って私立中学の期待は「授業体験の方がクラブ体験よりも大きい」と読める。義務教育である中学校教育において公立中学をわざわざ蹴ってまで私立へ切り替える背景には明らかに大学進学へ直結する「学力伸長の担保」が我々サイドに求められている。 

特に高い影響力を持つまず保護者の期待と言っても良い。小学校6年生がこの段階で大学進学まで考えているとは思えない。親の影響であろう。昨年までの授業体験が2回であったことは前述したが3回目の数が大きく、又新規の申込者が多かったと事実を我々は受け止めた。確かに昔は「クラブの浪速」で生徒を呼び込んでいた時期もあったが、今や局面は転換し始め、やはり最後は「授業と学力」に行きつつあるのである。これはごくごく普通の流れであり、常識路線に乗り始めた浪中が現在の姿なのである。 


又小学校6年生だけではなく、何と小学校5年生を引き連れて入試説明会やオープンスクールに参加する保護者の数も増えている。今から2年後の事であるが、今の段階から親は我が子に合致する私立中学を探求し始めているのである。これには些か愕然とすると同時に、考えてみれば「是非に及ばず」と思う。それくらい日本の家庭にける親の教育熱は高いのであり、そのおかげで私立中学と私立高校は生きていけるのである。今回行った授業体験のアンケート結果にも教育環境の良さ、次に模擬授業をした教師への評価が高かったことからも伺えた。 


「漫談みたいな」面白い授業ではなくて「これが私立の授業だ」という気迫が生徒と保護者に間違いなく伝わっている。生徒に「媚びる授業」と捉えられて駄目だ。面白いのは場所を高校の教室を使った授業の反応が良かったという事実も大切に扱わないといけない。したがって中学は高校を視野に、高校は大学を視野に、オープンスクールの企画を考慮する手も有効である。このように結果分析が適切に出来るように狙いを定めて実行し、その狙いが正しかったのかどうかを吟味する報告会でなければ意味はない。「纏め」とはそういう行いの事である。

2026年9月26日土曜日

浪速中学校オープンスクール・・苦節20年

 今日は浪速中学校の「オープンスクールの日」であった。本日でもって高校、中学とも事前の学校開放は終わり、10月からは令和9年度入試の実践編が始まる。要は事前予備段階が今日終結する。ステージが大きく変わると言っても良い。事前予備段階といっても参加者の数は重要な判断数値であり、この数が少ないと言うことは余り受験生に関心、興味が持たれていない学校ということであるから、我々は常に過去の統計数値を眺めながら、今日のオープンスクールの参加数には敏感である。 


来月以降はもっと具体的に受験生との距離を縮め、間合いを狭めるプレテストや学校説明会になる。言い換えれば来年4月の入学式に来る生徒の顔がより明確に見えるようになるということだ。今春の中学入学者は191人、一昨年が168人だったが、今日のオープンスクールの参加者は昨年並みの数値になっている。これがそのまま入学者に繋がる訳ではない。我々は入試と言う行為で「選別」する作業に入る。受験生の希望をそのまま受け容れるわけではない。「入試」という関門が待っている。

 選別という表現を用いたが、これは些か過剰気味の不遜な言い方であり、正直、「勧誘」「呼び込む」の方が実態に近かったと思う。20年前、物凄い速さで迫りくる少子化の進展を徹底して理解し、一時期は「中学の募集停止」も当然視野に入れていた。しかし、もう一度「再挑戦」を決め、多くの困難を覚悟した。中学にはより多くの経営資源を投入し、組織的にも独立した中学校長を新しく設定し「新校舎まで建設」した。不退転の一大決心であった。現在大阪には私立高校は約96校、その内中学校を有している学校は60校だから1/3は高校だけの募集の学校なのである。中学校募集継続の意思決定背景の根本要因は中学があれば「中高一貫、6年スパンの教育展開」が可能であること、加えて「中学を併設している私立高校」という存在そのものが「あるべき姿」だと言う思いが消えなかったからである。高校一つよりは高校・中学と二つの方を持つ方が良いと思ったのである。 

そのような背景の中で敢えて「私立中学校を設置」しているのだから、とにかく「一定程度の入学者を確保」しなければ教育機関とは言えない。立派な大きな校舎は有るが中で学んでいる生徒は少ない、殆ど居ないという厳しい現実を私は経験してきた。一クラス30人程度の状態が7年間も続いた最後の頃に私はこの学校に奉職した。当然中学の募集停止は誰もが考える事である。しかし前述したように私は「逆張り」の手を打った。現在の我が国の小学校の数は令和7年度で1万8,822校であり、この数値は少子化の影響で年々減少しており、1957年の最多時には約2万6,988校であったという統計数値がある。それが現時点では1万8,822校と過去最少となっているのだから、本当に厳しい。今私立中学を開設する学校法人など有る訳がない。 


小学校の児童数は令和7年度で581万2千人、前年度より12万9千人減少し、過去最少となっている。この全国約600万人の小学生を公立中学と私立中学とで奪い合うのである。大阪府で言えば、公立中学は451校あり、そこに私立中学が60校だから、圧倒的に公立中学は強い。しかし教育の中味を糧として我々は今後とも公立中学相手にそして強い私立中学相手に頑張って参る。20年前60校のうち最低レベルにあった浪速中学が今春の入学者ではトップ15位に上がっている。悪くはないレベルだが我々は次の目標を定め、新たな手を繰り出して迫って行く積りだ。それは「浪速高校への接続と教育の中味に自信」があるからである。