2022年8月29日月曜日

浪中空手道部、「全中」優勝、又高校クラブ体験、極めて雰囲気良し!

 昨日夕方18時頃、鹿児島で行われていた全国中学生空手道大会において浪速中学校が「優勝」したと監督からの電話があった。試合直後の事であり、電話口の監督の声は幾分上ずっていた。「全国優勝と言えば浪速中学」であり7連覇という快挙を成し遂げている。しかし昨年は惜しくも決勝で敗れ2位になってその落胆ぶりは尋常ではなかった。それを1年で取り戻したのだから空手道部の顧問の先生や生徒は言うに及ばず、保護者も感極まったと思う。ある保護者から修学旅行に行かせないのか、どうか、「すったもんだ」があっただけに全ての学校行事を見事にやり切っての優勝だから「お見事」である。私も「茶話会」などを以って応援してきただけにこの全中の優勝は殊の外嬉しい。今井監督ほど何時も理事長のお蔭と武道館建設初め、部の運営に関する法人の応援に感謝している人間は居ない。ここが可愛いと思う。 

昨28日は本年度、第二回目の高校クラブ体験があった。日曜日だが入試広報部はじめ関係の教員は頑張ってくれている。こういう時に理事長が「のほほんと」休んでいる訳には行かない。事前予約制で午前と午後の2部制で行われた。参加クラブは硬式野球部、陸上部、ダンス部、剣道部、硬式テニス部、アメフト部、ボクシング部、津軽三味線部、合唱部、放送部が午前中、午後は軟式野球部、男子バレー部、卓球部、ゴルフ部だった。コロナ対策もあって人数制限を設けたが昨年を上回る参加者を得て盛況に終わった。特に感じたのは最初から本校の施設を見学したいという方が多かったと言う事だった。 


これは良い傾向で徐々に本校のクラブの環境が他校に比べ「抜きんでている」ということがあまねく知れわっって来たのだと思う。従って今までと違い受験者が少ない地域からの参加者や明確に本番では本校を受験すると言う保護者が多くおられたことだ。アンケート結果で明確にそのことを口に出される保護者がおられた。又何と言うか、保護者の方々の服装などがどこか上品というか今までと異なる感覚を本校の教員に与えていることもあって私は単に参加者が多かったというよりもそのことの方が嬉しかった。又全てのクラブで上級生と教員が親切に対応したことが参加者に感動を与えている。「訪問者に対して親切な対応は本校の特長」なのだが、ここまでアンケートに書かれると何か「面はゆく」なってしまう。しかし私は嬉しい。今後ともこの点は本校の宝物として大切にしていきたいと思う。 


私は午前中、硬式野球部のふくろうスタジアム、陸上とラグビー、それにゴルフ部の「高天原スポーツキャンパス」に行き、様子を伺った。いずれも多くの参加者で盛り上がっていた。遠山監督以下硬式野球部は「人心一新、気分一新」で爽やかだったし、ラグビーも品高く良い雰囲気だった。この「気分、雰囲気」というものは大切である。ゴルフ部は部員の練習中であったがここも落ち着いた雰囲気で指導の青山プロの若さの中で何か高校のクラブとはまた一味違った空気で私は安堵した。ただ楽しみにしていた「グリーン」は期待の状態ではなくこの暑さで芝が弱っている状況は分かっているが、今後の日常の管理やランニングコストなどを考えれば、今の方式は先行き厳しいかも知れない。このようなグリーンでは生徒も練習にはならないし、私の作ったグリーンとしては人様にお見せ出来ない。今後とも有り得る話であり、思い切って方法を変えること考えることも頭に膨らんで来た。 




今日は学校医のドクターの参加を得て安全衛生保健委員会がありその後引き続いて校務運営委員会があった。2学期になって初めての会議であり、私は各方面を統括する管理職や分掌の部長先生らに対して思うところを述べ、共に頑張って行こうと話した。2学期は特に神経を使う学期でもあるし、来年度の入学者を確保する学校説明会が目白押しであり、生徒にも学力の伸長という最重要なテーマがある。



2022年8月27日土曜日

硬式野球部、軟式野球部 「人心の一新」

 「人を変える」「やり方を変える」などは口で言うほど簡単なものではない。人それぞれ、何十年も生きてきて、その人なりの人生経験があり、考え方も固まってきている人々に「変えよ!」と言っても簡単にはいかないものだ。それが人間である。その人が生きてきた過去によって今があり、それを全面否定しては「にっちもさっち」も行かなくなる。組織体はそのような年齢、経験、学歴、職歴、専門性の異なる人々が集まっている集合体であり、それを統一しベクトルを合わせて全軍を前に進めるのは容易なことではない。しかしそれをやり切ったところが戦いには勝つ。従って組織の長たる者の「柔軟性」と「人を観る」センスは組織管理者が持つべき最重要なものである。これは私の信条だ。だから何時も「人間に興味関心があり、人に会い、話を聞き、私の考えを述べる。」 


今朝ほど昨日行われた公立中学校の先生方への学校説明会の詳細な報告を教頭から受けた。私は「今のままでは駄目だ」と感じた。彼自身が公立中学の教員であったものを私が採用し今日まで育て上げて来た人物で、公立の先生方のお気持ちとスタイルは十分すぎる程分かっている筈である。私は「来年度から根本的にやり方を変えよ!中身を一新せよ!」と指導した。「本校は真面目ですね」だけでは私は満足しない。私が声を張り上げないと幾ら待っても今のスタイルから抜け出せないだろうと思う。校長の挨拶、ICT教育の説明、進路指導の説明など歌舞伎みたいに「型通り」にやっても公立の先生方を感動させるプレゼンにはならない。又その後入って来た入試広報部長の明日の3回目となるクラブ体験も「何時でもどうぞお越しください」のスタイルにしなければならない。「この日に集まって」と言いながら、希望人数を超えたら人数制限をかけるなどは「愚の骨頂」である。 

「人心一新」と言う言葉がある。人々の心を全く新しくすることであり、一新は古いことを全く改めて新たにする意味だ。この事によって人々の気分や態度を新たにさせ、又「頑張ろう」と人々が新しい気持ちになるような政策や改革を行うことだ。これに対して「刷新」は「よくない状態をあらためて、全く新しいものにすること」という意味で、根本的に異なる。余談だが「更新」は前の状態を新しくして改める意味で日本語はこのように使い分け出来で有難いものだ。とにかく人心の一新には「人事で一心」することが手っ取り早い。

私はこの9月から硬式野球部と軟式野球部の「責任教諭を一新して人心の一新」を図ることにした。これらは刷新でなく更新でもなく一新である。野球部だけに使われているのだが責任教諭とは部長である。監督やコーチは学校の教員でなくても良い。外部の人でも学校の用務員や事務員でもOKだが、部長は正式には「責任教師」といって、教諭でないといけない決まりがある。役割分担はそれぞれの学校で違うのだが、監督・コーチは野球の指導、部長は総務的な仕事を行なうことになっている。しかし野球と言うスポーツは圧倒的に監督の存在感と職務権限は大きい。要は部長は陰に回り、監督がやり易いように裏方に徹することが必要だ。今まで本校では「責任教諭は専任教諭でなければならない」としたが今回から硬式も軟式も責任教諭は契約1年更新の常勤講師の先生にお願いする初めてのケースとなった。これも画期的な事だ。この人心一新で外部招聘監督である硬式の遠山監督も軟式の吉岡監督も自由に自分の思い描く、良い仕事をして頂けるだろうと思う。人事は時に「気分が一新」され、とにかく、その部門の長がやり易いようにすることが重要である。それをするのが私の仕事で責任である。 


2022年8月25日木曜日

幹部自衛官 ご来校

 昨日の浪速高校の2学期始業式に続いて今日は浪速中学校の始業式であった。生徒数は全校で400人であり、高校の2250人に比べ、「密」にはならないから全員が神社前に打ち揃っての神前奉告となった。元来の「あるべき姿」であり、私は極めて心地良い。拝殿前に進み出るのは理事長と中学校校長、それに生徒代表の生徒会長、副会長の4人。参拝が終われば生徒達は体育館に移動し、校長の手による始業式で私は参列しない。ここでは校長講話やクラブ表彰、2学期の具体的な指導が生徒生活指導部長や教務進路指導部長から話される。これで浪速学院は2学期に歩を進めたことになる。理事長・学院長としては「ほっと安堵の瞬間」である。学校は生徒が居てこその学校で生徒の声は無く静まり返った校舎だけでは学校とは言えない。それにしても中学校の生徒は元気があって良い。「浪速生活の綱領奉唱」や、「柏手を打つ」声や音は揃い、境内に大きく響き、実に立派であった。 


私の着任当初の中学校クラス数は1学年1クラスであった。それが2クラスになり、ようやく3クラス体制、それが長く続き、ようやく令和4年から全学年4クラス体制になった。この15年間を思えば感無量だ。元来私立中等学校は中学・高校の6年間の一貫教育が望ましいのは当然である。今後とも浪速中学校の生徒を増やす努力を継続し続けなければならない。そうすれば高校専願と合わせて浪速学院は専願生で埋まり、経営的にも安定し、6年間の一貫教育であれば、中味も一味変わったものになってくるだろう。併願生の増加や減少で入学者数が左右されるのも少子化の中では教員手配など局面が変わってくる。一挙には行かないが「専願生で埋まる学校」は私立としてやはり永遠の希望であり、テーマである。現在の法人職員や教職員はこの事を努々(ゆめゆめ)忘れてはならない。 


今日は重要なご来客があり、失礼な事が無いようにお迎えする準備をここ数日していた。お客様は「防衛省自衛隊大阪地方協力本部長の要職にある栁裕樹陸将補」である。目的は本学院に対して「感謝状贈呈」の為にわざわざ本部長自ら理事長たるに私に対して正式に伝達する為の趣旨であるが、この形が「組織に筋を通す」自衛隊の方式である。部下に使者を立てる形ではなく、贈呈側の本部長自らのご来校であり、私はこの伝達を「有難く大変な栄誉であり、謹んでお受けします」と申し上げた。折角のご来校であり、現役の自衛官幹部が学校を訪問する機会も多くは無いと思い、短時間ではあったが学校の朝夕を撮影したビデオをご覧頂き本校を深くご理解頂いたと思う。 



国を巡る安全保障の問題が山積している国際情勢の中でやはりこのような幹部が一私立高校を訪問する意味は「国を守る自衛官の確保」こそ防衛の最大な業務であるからだと思う。「平和を仕事にする自衛官確保」こそ少子化の中では最重要課題ではなかろうか。柳陸将補は未だ52歳のバリバリの将軍であり、ざっくばらんであり、かつ「静かなもののふ」然とした立ち振る舞いは見事であった。私たち国民は生命をかけて国民の生命財産を守り、国土の防衛を担っている自衛官に対して「大きな感謝とエールを投げかける」敬意こそが最も大切であると思う。私の両親は何時もそれを私に教えてくれた。学校食であるが今日は私が誇る中央館6階の天空レストランで昼食を共にして頂いたのである。明日生命を落とすかも知れない自衛官と束の間の時間を共有すると何故か「背筋がピンと伸びる」。





2022年8月24日水曜日

国際化の道をひたひたと

 今日は「2学期の始業式」があった。12月末までの約4か月間である。高校は本日、中学校は明日と別の日としている。別に高校と中学が同日開催でなくとも良い。まず「神前奉告」を行い大神様にこの2学期も無事に過ごせますよう、お守り頂くようお願いした。夏休み中も生徒には事故や事件などに巻き込まれず、無事だったことが嬉しい。ただやはりコロナ感染者は社会と連動して幾分増加しているが、クラスターなどは発生しておらず、学校としてはやれる措置を正しくやる事しか方法はない。今朝の学院長講話で私は神道界、各神社の宮司様が何時も奉唱されている「敬神生活の綱領」と「浪速生活の綱領」との関連について触れた。特に敬神の綱領には世界の平和共存を強く唱っている。ロシアによるウクライナ侵攻は世界に大きな暗い影を落としており、「世界平和の大切さ」について言及したのである。 





始業式の後私は特別に中央館3階の浪速国際コースの新しく改造なった「教室」を視察した。一般教室を改造したものであるが、全く新しいコンセプトで作られた教室である。高校3年と2年の段階でこの部屋に入る。入学して1年間は他のコースで学び、2年次に進級する時に「適性、英語力、進路希望」等々を総合的に勘案して国際コース(Iコース)の生徒が決まる。従って他の一般のクラスとは異なり、「専科みたいな」もので人数は40人とかではなくて20人以下である。彼らは基本的に「海外の大学への進学を視野」に入れている。勿論国際コースだからと言って海外の大学に行かねばならないことはないし、他のコースから海外に進学するケースもあって良い。ただ国際コースの生徒はほぼ日常の言語を英語とし、修学旅行なども語学研修にしており英語力アップに特化したクラスと言って良い。

 

このコースの趣旨から考え、教室の仕様は今までの教室と大きく変えた。担当教員が強く希望したのでその思いに応えて改造したのである。国際とは国の境界を超えると言うことであり、目玉は壁を無くし透明度を高め、従来の概念を変えたものになった。白板や黒板などは無くし、部屋の壁一面に何でも描ける、書けるようにし、机も椅子も海外バージョンのものを採用した。勿論廊下との境界は全て「透け透け」のガラス窓にしたのである。今日は始業式、私は国際コースの生徒達が入っている教室を訪れ、激励した。私のスピーチの後、生徒代表が英語で答礼してくれたが素晴らしい発音の英語だった。私は教育の強さを実感したのである。



摩訶不思議なもので国際コースが動き始めると、他の事も連動して動く。現在二人の生徒が海外の高校から本校に留学しており、何と、何とこの9月からは高校1年の男子生徒がカナダアルバータ州のD高校に1年間留学することが決まり、私は部屋に呼んでふくろう奨学金から激励の餞別を渡した。海外の高校で頑張り又浪速高校の2年生で戻ってくることになる。他国の高校生が本校で学び、本校の高校生が海外の高校で学ぶのである。私はこれらの光景がごくごく普通のことであるようにしていきたいと思う。国際化と言うことはこういう事だ。


 
今後留学生の派遣、受け入れ、海外の大学との連携など積極的に進めて行く所存である。早速、国際コースの語学研修場所は既に調印を済ませたフィリピンの有名な大学に派遣するがこれは10月の終わりに生徒達は出発する予定だ。これらは決して「外国かぶれ」ではなくて、今や世界は一つであり、内向きの若者では駄目だ。視野を大きく海外にも持つことは国家としての戦略でもある。私立高校は何でもありでなければ今後生き抜いてはいけない。神社神道の学校として日本の伝統と文化を大切にし、その上で国際理解となる教育も必要である。

 

 

2022年8月22日月曜日

蟻の一穴

 「蟻の一穴」という言葉がある。読み方は「ありのいっけつ」である。意味はどんなに堅固に築いた堤でも、蟻が掘って開けた小さな穴が原因となって崩落することがあるということを表す語で、一般的に、どんなに巨大な万全の組織でも、些細な不祥事が原因となって、組織全体を揺るがすような深刻・致命的な事態に至る場合がある、といった意味の格言として用いられる。これは「韓非子」の「天下の難事は必ず易きよりなり、…千丈の堤も螻蟻(ろうぎ)の穴を以て潰(つい)ゆ」からきており、私にとって極めて大切な「戒め」であり、何時も頭の何処かにおいている。今朝は2学期の始業式を24日に控え、拡大管理職会議を持ち、2学期のベクトル合わせを行った。浪速学院は今、何処にも瑕疵が無いように見えるが、これが油断の元凶であり、組織の要となる管理職が理事長の方針に沿って「一枚岩」となることが重要である。やるべきことは多いが、今の陣容で2学期も頑張り、年が明ければ創立100年の節目になる。 


朝会の後、今井監督以下空手道部の顧問の先生が「凱旋報告」に来てくれた。全国優勝旗と優勝カップを持って来てくれ暫しの間、私の部屋に置く。春の選抜で全国優勝をし、この夏のインターハイでも優勝、実に「男子団体組手の春夏連覇は6年振りの4回目」となった。全て木村理事長時代の足跡である。並み居る全国の強豪校が「打倒浪速」を合言葉に向かって来たが、空手道部の選手や保護者が一体となって伊予三島公園内の体育館に浪速の雄たけびが木魂し、6回戦も勝ち進み、深紅の優勝旗を私に持ち帰ってくれた。この6年、今井監督の東京オリンピック派遣や、空手道部にも様々な事があったが、これで「結果良し」と落ちつき、日本の高等学校空手道の世界にその存在を高らかに改めて知らしめたことになった。さぞ今井監督、顧問の先生方は嬉しかったことだろうと思う。出すべき時に結果を出すことが重要であり、「よくやった!」と称賛したい。 



その後私はNS館の工事現場を視察した。工事は極めて順調で基礎の掘方が進められていた。工事現場は確保され、広く作った「西関門」から土砂を積んだダンプが整然と出入りしていた。行程は順調で地表面から約3メートルを掘っても「湧き水」など無くて綺麗な土砂であった。地下にコンクリートの基礎を打ち、その上に10本の柱で固め、地上部分はピロティとなって教室は2階、3階の合計6教室分が来春には目に入ってくる。これが「NS館」であり、戦略的に重要な部位となる建物である。中央館、そして「新中学校棟」と連結され、将来的には「浪速アリーナ」とも繋がる交通の要所である。このような工事現場を見ると私は今更ながら「幸運の男」を意識する。今まで建設して来た建物や付属施設など全てが有効にリンクされており、無駄が一切無いのである。これって「ご神慮」を頂いているとしか考えられないのだ。全ては「神様のおかげ」である。


2022年8月19日金曜日

女生徒のパンツ・ルック

 今や「学校の制服はジェンダーレスの時代」だとの声を良く聞くが、学校現場の景色で圧倒的に多く目にするのは「男子生徒はズボン、女生徒はスカート」である。本校でもそうだ。しかし「SDGsの時代」「LGBTを真剣に考える時代」の中で、学校として社会と連動して出来ることから進める必要があることは学校設置者として当然認識している。特に私立学校にとってこの考えは重要である。一般的には行政が造った公立学校と比べて「私立は建学の精神があり、それを盾に当面は様子見」で良いとの判断には本校は立たない。私立ゆえに「幅の広さ」が求められる。しかし進めるには順番がある。一挙にジェンダーレスの学校とはならない。ジェンダーレスの最終行先は「制服廃止論」に行きつき、「全員、私服」になるだろうが、今はその考えは無い。私はまず女生徒の為に「制服の品揃えの多さ」を図ることにした。要はスカートだけではなくて「パンツルックでも良いですよ!」という事だ。



 
SDGsLGBTに完全に対応出来る学校になるには、まずその「環境作り」が、重要であり、今回の政策は本当はスラックスを選びたいのに、選べない生徒を減らす為だ。入試広報部には時々受験生から、このような問い合わせがあるから踏み切ったのである。今までも女子のスラックスはあるにはあったが「センス」というか「美しさ」というか男子生徒のズボンの服地でラインも似たようなものだったが、今回は学校制服業界の有力会社である(株)トンボさんとタイアップして検討を進め「女生徒に受け入れられる可能性の幅を広げるデザイン」にした。社会ではパンツスーツを着て働く女性、パンツスタイルで日常を過ごす女性は極めて多く、就学中の女生徒も体調によってはスカートからズボンでと思う事は有って当然である。ある統計ではスラックスを選択している女子は10%に満たない比率であり、本校では今までゼロである。背景にはやはり「周りの目を意識」してしまうことがあるのかも知れない。 


スラックスを選ぶ理由が、スカートよりパンツが好きだからとか、動きやすいからとか、下半身を冷やしたくないからという理由であってもそうではない目で見られてしまう可能性があるように感じるし、選ばない理由のひとつが、「可愛くないから」ということがあるのかも知れない。しかし2600人の生徒の内40%の女生徒全てにぴったりするスラックスを用意するなど出来ない相談である。制服は、高額なブランド制服でない限り、子どもの貧困を考えたときには非常に有難いものであり、「服による“いじめ”」が発生しない。制服の利点の一つである。確か、昨年男子生徒がスカートを選べる学校もあるとの報道があったがまだ本校ではこれは考えない。この問題は現在の男子トイレ、女子トイレの在り様に直結する問題でもあり、まず学校としては男子・女子の共用トイレの検討が先である。 


本日私は入試広報部が用意した新しいパンツルックのマネキンを見て3種類の中から入試広報部の選定した意見を追認した。そして高校の自治会の役員に意見を求めるように助言した。身に纏うのは女生徒であり、選定の過程に生徒の意見があったというのは大切なことである。