2023年6月30日金曜日

「うまし国」伊勢

 昨日は「伊勢」に赴いた。神宮の参与、評議員会があって大阪代表の一人として参列した。会議そのものは「粛々」と進み、令和5年度の活動計画など「満場一致」で議決された。「拍手による賛否」を問う方式だ。十数年この会議には出ているが、全て満場一致で、このやり方である。神宮とはこういうもので神職の世界とは元来このようなものだと思う。本校も神社神道の学校であり、かくありたいと思う。顔を伏せての挙手などあり得ない所業である。特に今年は明治天皇が神宮のご神威発揚の為の「神宮大麻」の全国頒布が始められて150年の節目に当たる。又昭和28年に神宮崇敬会が設立認可を受けて70周年を迎えられる。又本校の「学院神社の大鳥居」は神宮別宮の「倭姫宮の第一鳥居」を神宮から頂いたもので、この倭姫宮も本年11月にはご鎮座100周年となられる。従って本年は神宮にとっても大きな節目となる行事が多い。 



私はこの年間2回の評議員会を楽しみにしている。それは記念品として頂ける陶製の人形で舞姫や舞楽の演者などである。もう何十個にもなった。今年は「倭舞」であった。神宮とは人的交流も深く、神宮会館の館長で、崇敬会のW事務局長は本校理事であり、先の神宮少宮司のK理事長も長いお付き合いを頂いているお方である。勤務員とも仲良く、今年はコロナの扱いが変わったことに伴い、通常の「伊勢修養学舎」が復活する。私は多くの勤務員の方々から「楽しみに生徒さんを待っています」のお声を頂いた。1学期の終業式の後から900人の高校生1年生を4班に分けて連れて行く。その後中学も1泊だが「伊勢学舎」としてお伊勢さんへのお詣りがある。とにかく伊勢に行くと食べ物が旨い。出される「昼食弁当の味は最高」だ。さすが「うまし国 伊勢」と言われるだけの事はあり、これは古代から言われてきていることで歴史は2000年を超える。




かつて、永遠の鎮座の地を求めた天照大御神は、長い旅の末に伊勢の地を流れる五十鈴川のほとりにたどり着き、「新鮮な海・山の幸に恵まれた美しい理想郷をついに見つけた、私はここにいたい」と願われて以来、この地は神の住まう永遠の鎮座地であり、「日本人の魂のふるさと」として愛され続けてきた。天照大御神が鎮座されて約500年後に「御饌都神(みけつかみ)」として伊勢の地に呼ばれたのが、穀物の神である「豊受大御神(外宮)」である。御饌都神とは、天照大御神にお供えする食事を司る神様で、爾来1500年の間、天照大御神に食事をお供えする「日別朝夕大御饌祭(ひごとあさゆうおおみけさい)」が毎日朝夕の二回、欠かさず執り行われてきている。食事の内容は、ご飯、カツオ節、タイ、昆布などの海藻、季節の野菜、果物、塩、水、清酒などをはじめ、「和食の原点」ともいえる品々がそろっています。まさに「うまし国」なのである。 

文献での初見は「日本書紀」にも出ており「可怜国(うまし国)」という言葉が出ている。伊勢は大和の傍(かたわ)らにある国で、「美しいよい国である。私はこの国におりたいと思う」と天照大御神はおっしゃった。本来、「うまし」という言葉は、うまい、味がよいという意味であるが、もう一つは物に対する賛美の気持ちをあらわし、立派な、素晴らしい、良い、美しいという意味にもよく用いられている。故に、この頃の「うまし」の表記には「味」のほか「可美」あるいは「可怜」・「怜可」などという字を当てられている。私も味わい深い「うまし男、うまし理事長」でなければならないと何時も伊勢に来ると自戒するのである。

2023年6月28日水曜日

遠来の客たち

 私の好きな小説家の一人である曽野綾子さんは22歳で三浦朱門氏と結婚し、その翌年に「遠来の客たち」を発表し第31回芥川賞候補となった。「遠来の客たち」という題名が良いね。私もアラウンドのタイトルには留意しているのだが、これが案外と難しい。今日のアラウンドのタイトルは曽野さんの小説をパクッて「遠来の客たち」とした。小説の中味とは全然異なるが昨日、午後2時から「3人の遠来の客たち」があった。元本校職員、神道科の教員であったM先生、このお方は兵庫県佐用町の神社の宮司様である。またもう一人のお方は貝塚にお住まいで元本校英語科の教員のS先生。このM先生がまとめ役でメインゲストは東京在住のY氏で本校の卒業生、現在は日航の国際線パイロットである。

 


ご来訪の目的はその昔、理事長執務室にある一幅の絵画を見た御年82歳のM先生が教え子のYさんに「あの絵が理事長室にあったよ」と話したところ、あれは私の両親が学校に寄贈したもので懐かしいから是非見たいし、理事長にもお会いしたいと言われたことから今回の訪問が決まった。その内に同僚だった御年88歳のS先生にも声をかけてみようとなったらしい。複雑である。従ってガイド役のM先生以外は私にとって初めてのお方ばかりであった。「遠来の客たち」をおもてなしするのは大切であり、徹底してやることが私の流儀でもある。まずサイネージで歓迎の意を形にして、管理職も揃え、まず先の100周年記念動画の「夢の歴史、浪速ヒューマンヒストリー」を見て頂くことから接遇を始めた。その後校内見学をして頂き、暫しの懇談をしたのである。 


今回の主目的であったYさんはご両親が寄贈してくれた絵画をじっくりと懐かしく見て感動の面持ちであった。ご両親がこの絵を見て一発で気に入られ、学校に寄付しようとされたらしい。偶然だがこの絵の作家は号数の大きい同じような絵画を神宮にも寄贈しており、最初見た時に私は驚いた記憶がある。確か神戸にお住いの太陽を題材とする画家さんであると聞いている。太陽こそが宇宙世界の中心であり「天照大御神」は太陽の化身でもあると言われている。私も大好きな絵画で旧校舎の理事長室から新校舎に移った以降も大切に保存して掲げて来たのだが、ご遺族から感謝の意を示された経験は初めてであった。この日航国際線のパイロットのYさんについては色々とお話が聞けて良かった。初めて聞く話で又別の機会にアラウンドにでも書きたいと思う。 




元、本校職員の先生が離れた場所にいる社会的に大きな仕事をされている教え子を連れて学校に来てくれた。最初ご高齢のS先生はYさんを見た時に、誰だが判別出来ない感じで怪訝そうに「Yか・・・?」と言って絶句してしまった。恐らく高校生時代のYさんのイメージが強く、30年経ち、今や貫禄たっぷりの機長然としYさんの変貌に驚かれたに違いない。学校というのはこのように一般社会では出来ない風景が時に出現する。学校と言うところは実に良い物だと今更ながら思った。遠来の客たちは喜んで帰りの途につかれた。このように今、私は人と会うのが仕事になっている。


2023年6月27日火曜日

教員こそ学校の宝物!

 やはり、何と言っても「教員は学校の宝」である。これだけは間違いない。良い教員ばかりなら理事長などどうでも良い存在だ。ただ宝物の条件がある。誰でも彼でも宝ではない。どのような教員が宝であるか、ここで定義するのは難しいが、結局は「人間性」だと思う。「社会人としての常識」を持ち、組織の中で周囲と上手く調整しながら「目標に向かって努力する人」の事だ。その為には「礼節を重んじ謙虚」でなければならない。「時間軸と主に成長」していかねばならない。「時の止まった人」は宝物ではあり得ない。このように書くとこれは一般の社会人なら誰でも、公務員でも民間企業人でも全く同じことであり教員とて特段変ったことではない。ただ「学校の先生」は生徒や保護者から「先生、先生と呼ばれ」、どこかに行っても「えー、貴方は学校の先生ですか?どこの学校ですか?」などと尊敬のまなざしで何回も何回も言われ続けて来ると「おかしくなってくる」のが教員の持つ「業」みたいなものだ。貴方が偉いのではなくて学校の先生という職業が偉いのである。 

5月25日に男性教諭3人、そして昨日6月26日に今度は女性教諭3人の専任採用後の1年間の研修発表会があった。最近ではこの種の研修会はもう理事長としては参加を免じて貰っているがこの研修発表会だけは絶対に出席して講評しなければならない。わずか3年程度の常勤講師の経験だが、一応多くの目で観察し、管理職が推薦して来た候補者の中から「この先生は本校発展の為に必要か否か」を最後は私が判断して専任教諭に採用したのだから、私には「重い、重い採用責任」がある。採用して後で「失敗したー!」と嘆いても後の祭りだから、採用には慎重を期しているが、それでも中には「よし、これで終わった。死ぬまで飯が食える」と思ったか、どうかは知らないが徐々に変質し、腐臭を放つ馬鹿な教員が出て来ないとも知れないから、この種の研修会で私は「口が酸っぱくなる」くらい訴えるのだ。 

2回目の研修発表の後でも私は時間を取って教職員に語りかけた。「自らを知り、謙虚であるべき」と。そして理事長が発信しているアラウンドから何かを学んで欲しいと話した。忙しい学校の先生は自らテーマを探し、勉強する時間もそう簡単な話ではないだけに、貴方方を採用した理事長が発する言葉から、時に周辺を知り、先生として自覚するには格好の料理が目の前にあるのだから、それを食し、この「理事長は何を自分たちに伝えたいのかを考えよ」とまで話した。そして更に今朝は6名の教員、「宝物の卵」を部屋に呼んで畳みかけるように更に「この学校の設置者としての存念」を話し、身体に気をつけて頑張って欲しいと激励し、開校100周年記念焼酎をお一人づつプレゼントしたのである。「盃の契り」に代わるものである。 





特に今回は一旦専任の切符を手に入れ、そこそこ仕事が出来るようになると「隣の芝生」が良く見え、他の学校に代わってみたいと思うのも居るが、結局「浪速に戻りたい」と後で後悔しても復帰の可能性は無いと話した。今を一生懸命に生きることこそ、教師として成功の道だと諭したのである。本校で講師から教員になり、教諭になり、そして最後は立派な教師に育って「人生の自己実現」を本校で果たして欲しいと話したのである。


2023年6月26日月曜日

理事長ブログは木村智彦のレガシー

 この「アラウンド」も長く続いている。「歴史の証人」というか、「浪速学院の歴史の語りべ」として学校を巡る状態、状況を包み隠さず、事実ありのままに「理事長の生の声」で書いてきたが、元々は校内で働いている教職員向けを意図したものである。しかしこのアラウンドはOBや関係者も読んで頂いており、そのアクセス数は結構多い。少し長くて、ご迷惑でもあろうが、お読みいただいた後の影響は少なからずある。最近も和泉市在住の御年70歳前後のOBの方から寄付金の送金があった。その振り込み用紙の備考欄に「理事長のアラウンドを拝見し、教育、経営姿勢に深く感銘した」と書かれてあった。気恥しいが嬉しい限りで小職の拙文を読んで下さっていることに加え、このように開校100周年記念事業募金にご協力頂いたことに頭が下がる。間違いなく、新中学校棟建設の資金の一部として使わせて頂く。 




このような寄付金を頂いた時は必ず私からの「受領」のお手紙と「記念品」を同封して送らせて頂いている。その文章は以下のようなものだ。これは大切な事で「人様から頂いたお金」は間違いなく受領と用途を明確にしておかねばならない。 

御 礼

謹啓 時下ますますご清栄のこととお慶び申し上げます。日頃より、本学院の教育研究活動につきましては、格別のご理解とご支援を賜り心から感謝申し上げます。

さて、この度の本学院の創立100周年記念事業 新校舎「新中学校棟」建設のためにご寄付を賜り誠にありがとうございました。心から厚く御礼申し上げます。賜りましたご芳志は、ご寄付の趣旨に沿い本学院の新校舎建設による教育環境の整備・充実資金として大切に活用させていただきます。

本学院が、開校100年の長きに亘って私学教育の一翼を担えましたのも、皆様方のご支援と指導の賜物と、深く感謝申し上げる次第です。今後も皆様の本学院へのご期待にお応えすべく、建学の精神をもとに『敬神崇祖』を教育の根幹とした『浄明正直』の心をもって社会に貢献できる有為な人材育成のために、さらに努力してまいりますので、より一層のご支援とご鞭撻をお願いいたします。

皆様のご芳志に対する感謝の気持ちとしまして、芳名録へ掲載し末永く顕彰させていただきます。また、新校舎建設着工の記念としまして、ささやかではありますが、記念品を送付させていただきましたので、ご笑納くだされば幸いに存じます。

なお、本学院は大阪府から「特定公益増進法人」として承認を受けており、また個人からの寄付金について税額控除制度が適用される学校法人としても承認を受けておりますので、ご芳志賜りました寄付金には、所得税等の優遇措置があります。

つきましては、所得税・法人税の確定申告に必要とする「特定公益増進法人の証明書」()および「税額控除に係る証明書」(写)を同封いたしましたので、ご査収をお願いいたします。(所得税等の確定申告の時には、郵便振替払込金受領証に同封の証明書(写)を添えて、所轄の税務署へご提出下さい。)

末筆ながら、貴台の一層のご健勝とご発展を祈念し、まずは書中略儀ではございますが、早速のご芳志に対しましてかさねて御礼申し上げる次第でございます。    謹白

 令和五年六月吉日     学校法人浪速学院 理事長・学院長  木 村 智 彦 

それにしても私のブログは長い年月、書き続けている。書くことに苦痛を全く伴わないから書けてきたのかも知れない。本校の理事長・校長に就任したのが平成18年12月で年の明けた平成19年6月1日、不肖私の誕生日である6月1日に「理事長ブログ」として書き始めた。その後表題を変え「校長ウヲッチ」「校長の視点論点」「木村智彦の留め書き」「新校舎作事・普請覚書」「新時代の幕開け」そして今の「理事長アラウンド」に繋がっている。時々、昔のブログを取り出して読むと懐かしさと学校の変貌に驚くばかりだ。「浪速改革」と共にこれらのブログは存在している。私が理事長でいる限りこのブログは頻度を落としても書こうかなと思っている。今や私の分身ともなったブログは「理事長たる木村智彦の後輩達に伝えるレガシー」であることは間違いない。




2023年6月24日土曜日

「呪いの言葉、高校授業料無償化」問題

 4月30日の開校100周年から2か月が過ぎようとしている。私だけは未だ「余韻」に浸っているが、それも徐々に落ち着いてきている。学校は「日常の毎日」があるから私よりは早いペースで全体的に静かに安定しており、毎日を過ごしている。この「安定した毎日」が極めて嬉しいことだ。私は月の替わった「7月5日に夏季賞与・一時金を支給する」ことを決めて過日「職員代表のS先生」に通達した。基準額は例年通りとしたが記念行事の準備に走り回ってくれた管理職を含めた教職員には「理事長加算」を決めて慎重に人選を行った。これらの教職員は新校舎建設資金として多くの寄付もしてくれており、私は彼、彼女たちへの気持を「ご苦労様でした、有難う!」との思いを「賞与加算」という形で報いる。それにしても100周年記念行事の奉祝祭や、式典、祝賀会のソフトウエアは形としては何も残っていないが、ハードウエアとしては学校に「3つの記念品」が残った。形あるものははやり強いなと感じる。 

まず伊勢神宮から頂いた織額「花鳥御鏡錦」であるが、これは正確な金額はここでは書けないが極めて高価なものであることを後で知った。よくぞ「神宮崇敬会」様にはこのような立派な高価な記念品を下さったと心から感謝申し上げたい。未来永劫の「本校の第一の宝物」となった。そして次は「祈願の碑」である。ますます「存在感」が際立って来ており、毎日登校し頭を学院神社に下げている生徒の心を受け止めている。最後は「3尺大太鼓」であり、これも今後200年に向かって鼓報をならし続けるのだろう。100周年記念品がこのように形として残ったことが誇らしいと思う。総計としては多くの費用が掛かったが、それだけの価値あるものが学校に残ったのである。 



昨日夕刻、関西テレビはランナーと言う報道番組で又高校授業料無償化について報じていた。今回は先の中高連の立場ではなくて保護者連合会として明確な反対の意思を表明したことを主体に報じていた。この中に本校生徒と保護者が出ており、記者の取材に応じて適切な応答、コメントをしてくれていた。素晴らしいと思った。保護者からは事前に「学校の名前を出しても良いですか」とのお話があったが私は「勿論、出して堂々と存念を話して下さい」と返答したのだが、見事なインタビュウだったと思う。テレビではあるコメンテーターが「呪われた言葉、高校授業料無償化」と言っていたのが強烈だった。上手いことを言うなー!」という印象である。





吉村知事は丁寧に説明しますと何時ものお言葉だったが、「嫌なら、府の助成を受けるグループから出て行くのも自由・・」などの話が出てきているが益々混乱を招く。橋本さん、松井さん、そして吉村さんと3人の知事が始
、高めて来た、他府県に優るこの立派な制度を今回壊してしまっては意味は無い。ますます不公平になり府内の生徒達が一番の影響を受けることになる。これだけは避けなければならない。私見であるが「キャップ制を外し、授業料の値上げは各私立に任せ、その使途を明確に目的税化みたいに取り扱い、徹底して厳しく使用先とその成果を大阪府は監査することで担保出来るし授業料の値上げ期間も“時限立法”にする手もある」筈だ。こうすることで府も私学も保護者も生徒も受け入れ可能であり、公私の切磋琢磨で「教育の大阪、大阪の教育」が実現する。今回の府の施策は「私立の公立化」であり、手足を縛って私学を殺すことに繋がる。「多様性」としての特色ある大阪の教育の為には「それぞれが建学の精神を持つ私立高校は絶対的に必要」である。

2023年6月23日金曜日

遂に井戸茶碗の”かいらぎ”が出た!

 学校は一見、落ち着いて大きなトラブルも無く、流れている感じだ。今日は6月23日、新中学校棟の建設現場を視察したが順調に工事の前準備は進んでいた。とにかくプロの工事屋さんは「事前準備と段取り」を見事にやられる。これが安全かつ順調に工事を進める要諦らしいが、これは何事にも通じる話だ。南海辰村建設の二人の若いエンジニアに私は好感情を持っている。自分が歳を食っているだけにこのような若者には期待が大きい。現場に行って様子を見た後、部屋に戻るのだがその時に登校して来る生徒群に出会う。彼らも又若者だ。皆、大きな声で挨拶してくれるのが嬉しい。若者は良い!4月30日の開校100周年奉祝祭以降、何か私の周りは全てが上手く行っている感じで私は充実し、心豊かである。要は機嫌が良いのである。 


良い事は続くもので、個人の趣味の範囲であるが、遂に「井戸茶碗のかいらぎ(梅花皮)」が出た。悪戦苦闘した1年と2か月間であった。未だに信じられないが間違いなく茶碗の外部の高台周りに「釉薬が縮んで溶け残った状態のかいらぎ」が出た。井戸茶碗の第一の約束事であるこの“梅花皮(かいらぎ)”を出すのはプロの作家さんでも簡単な話ではない。それがようやく素人の私にも焼けたのである。遂に私の手になる「井戸茶碗らしき」ものが焼けた。井戸は日本の茶人に好まれた茶碗で「一井戸 二楽 三唐津」と言われた程の垂涎の茶碗で国宝の「喜左衛門井戸」は余りにも有名である。私は今から45年くらい前にこの国宝「喜左衛門」を東京の国立博物館で観覧し、見た瞬間から身体が緊張するくらい震えた。要は取り憑かれたのである。 


そして温めていた思いが募り、何とか自分も井戸茶碗らしきものを作り、本校茶道部やゆかりの人々に「私が生きていた証」としてにプレゼントしたいと考えるようになった。2022年4月に心に決め、以来、暇を見つけては千早赤阪村の「多聞茶寮」にて、挑戦してきた。100周年記念事業で気の使う超多忙な毎日であったが「忙しいとき故にこそ集中できる」のであって、まさに「忙中閑あり」を地でいくような毎日だった。しかし粘土を変え、釉薬を変え、窯は電気窯まで用意し、トライしてきたが、駄目だった。実際に釉薬をかけ、窯で火を入れた回数は50回を軽く超えているが、作品は酷い結果であった。しかし文献を読み、人の話を聞き、材料屋さんに教わって来た。勿論一個一個条件は変えてトライした。それでも駄目で「もう諦めるか」と思った最中に出たのである。神様も味な事をなさる。


2023年6月21日は私にとって忘れられない日となった。人間何でも「諦めたら駄目で何時かは花が咲く」ことを今回も思い知った。勿論今回の作品は形状や全体の色調などまだまだ本歌には程遠い代物であるが、自分で点数を付ければ60点そこそこかも知れない。色調が薄く、雅味が不足している。しかし最大のテーマであった「かいらぎの出方」について知見が得られたのは大きく、更に挑戦し「木村井戸」の制作に挑戦する。プライベートでも夢の軌跡となるような「目標がある人生」は面白いし心豊かである。



2023年6月21日水曜日

「浪速が選ばれるには理由があります。」

 今日のアラウンドでは企業界では有名な「M$Aキャピタルパートナーズ」のある冊子の表紙のデザインを借用した。タイトルは「選ばれる、理由があります」とあるのを、私は「浪速が選ばれるには理由があります」と勝手に変更したのが下の絵だ。浪速学院は今年の入学者数が中高共に過去新記録で高校は府内96校のトップになった。中高合わせて1048人の入学者数は確かに「開校100周年記念のご祝儀」と言えるかも知れないが、そこには「浪速が選ばれる理由」があるからだと思っている。6月7日、府内私立高校のトップを切って大阪府の教育庁私学課の幹部が「高校授業料無償化ヒヤリング」で来校された時に私に対して冒頭言われた言葉が「益々の人気校で・・云々」であった。行政サイドもこの事を認めてくれていることが嬉しかった。 



画像のライオンの別名はシシ(獅子)、世界的に「百獣の王」として有名であり、一般的に最も強い動物であると思われている。オスの外見は「たてがみ」が非常に特徴的であり、美しい。この容貌はあらゆる文化のなかで動物そのもののシンボルとして最も広まっているものの一つであり、実際に全ての動物の中で国獣として選ばれる数はライオンが最も多い。ネコ科であるが賢く、社会性もあり、「群れを形成し、群れを守る」為に命を投げ出し、常に「縄張り」を巡って他のオスと命をかけて争っている。組織の管理者は「ライオンでありたい」と思う。不肖、私も浪速学院を護るオスライオンでありたいと思う。群れの仲間から常に目を離さず、周辺に目を凝らし、組織の存続を第一に生きている。勿論、ジェンダーフリーと多様性こそが世界の共通な血流であるべきで今後は優秀な女性組織管理者がドンドン出現してくるだろう。又そのようにならねばならない。 

身近な存在で言えば、その中のお一人は間違いなく興国学園理事長・校長でもある草島葉子先生である。関西テレビが今朝ほど8時35分過ぎから異例とも言えるくらい長い時間に亘って現在教育界を騒がせている「高校授業料無償化」問題の特集を放映していた。大体論調は放映の通りで安心した。草島先生のテレビでのお姿は大変立派であられた。府知事の吉村さんが先の選挙で公約とした無償化施策について我々は一致して「原案では賛成できな立場」を訴えているのだが、組織の役員でもある草島先生は論理正しく、礼節を持って我々を代表して行動してくれていることに頭が下がる。間違いなく私立連合という群れを正しく守ってくれようとするその姿勢に私は常々、感銘を受けているのだが、それは間違いなく組織管理者としてのあるべき尊い姿だと思う。 

今回の維新のやり方はまさしく今国家的課題となっている「マイナンバーカード」問題と似ている。「面子」とか超えて、冷静な議論と時間がまだ必要ではないか。我々は維新が掲げる大阪の子どもたちが高校での授業料無償化の恩恵に反対しているのではない。しかし、さすればと私立選択をしてくれた生徒の私立での学びが財政的問題でレベルダウンしていくのであればこれは「本末転倒」であり、逆に不公平が出てくる。テレビでは年間8000万円程度の学校法人負担と合ったが本校では1億円に迫るくらいの出費であり、これでは先行き持たない。生徒は増えているのは確かだが「浪速が選ばれる理由がある」のであって、今の浪速と将来の成長に期待して入学してくれる生徒に対して「私どもは誠実でありたい」と思う。「本当の意味での私立生徒と私学支援」をお願いしたいとただただ府知事にお願いするばかりだ。私は吉村さんを高く評価しているだけに、ここで知事部局と私学側がこの問題で厳しく対立する光景を見たくはない。 


2023年6月19日月曜日

今朝の産経新聞を読んで下さい!

 17日(土)に行った「第1回浪速中学入試説明会」で私が感じたことを中学校校長以下関係の教職員に指導することは私の大きな仕事の一つである。彼らは一生懸命に頑張ってくれているが「見ている光景」が私と違うし、彼らが発する言葉も私とは大きく異なる。「私と同じようにせよ!」とは決して言わない。言っても出来る筈はないからだ。それでも彼らは私の抑えるポイントを聞いて反応し、より効果ある入試説明会の中味にすることは出来る。能力高い人々だが経験や知識、使う言葉、人に訴える感情の伝え方など改善し、進化させる事は出来る。短い時間で効果を出す為にはまず用意するプレゼンの資料と校長がまず訴える言葉の選択の問題である。「言霊の国」と言われる我が国はまず最初に口から出て来る言葉が死命を制すると考えよ。 

入試説明会を傍聴して私が指導する時に手元にあるのは説明会を細かく分析した広報部の資料であり、これが極めて重要である。そこに書かれている中味から「本校の強み」を再確認し、それを次回は更に強調する。又文面だけではなくて資料の陰に隠れた本質を浮かび上がらせ、対応することも重要である。このようにして本校は頑張ってきた。「昨年から浪速中学校の存在が少し大きくなってきた」ことは今年の入試結果の数値、入学者が過去新記録の148人となったことでも明らかだが、この兆候はまだ続いていることが嬉しい。しかし決して油断してはならない。まだまだ先は遠い。投網を広げて学校に来て貰い、まず本校を「認知」して頂くことから全ては始まる。そうすることで裾野は広がり、学校も進化する。今朝も中学入試でアンケート結果の分析を行いながら次の展開を議論した。新中学校棟の建設が始まり、これから2年が「正念場」になる。中学校、入試広報部は頑張って欲しい。 


今朝の「産経新聞」は1面を使って本校の100周年を記事にしてくれていた。さすがに紙面1面というには迫力がある。形式は私と大阪府神社庁の藤江正謹庁長(杭全神社宮司)との対談形式で、記事は本当に上手く書いてくれており私は大変に喜んでいる。「浪速改革で教育環境を一新」が中見出しで大見出しは「神社神道の精神と教育」である。私のコメントとして「幅は広く、より先進的な学校へ加速」と書いてくれた。全くその通りである。少子化の進展の中で今後の教育はより心の在り方教育が問われる。単に大学進学だけの教育だけでは物足りない。その為にはICTとかAIを使った教育の展開が必須だ。私がそれを進めて来たが更に「加速する」と書いてくれた。本望である。 


昨日の日曜日に行った第1回高校クラブ体験会の報告を今朝受けたが事前予約制であったにも関わらず多くの参加者があった。昨年を大幅に超えている。単に勉強だけではなくて本校ではスポーツと文化的活動を重視しているが大切なことはその教育環境である。汗臭い旧型の部室などは20世紀の遺物である。最新鋭の機器を備えた何かリゾート地の練習施設みたいなものを用意しているのも「幅の広さ」を知って貰う為だ。私立学校は今後「高級ホテルみたいな学校」が私の理想とする学校だ。生徒がそこで学べば自ずと幅の広い生徒になると信じて疑わない。自分の育った環境に誇りを持てる教育環境こそ我々が出来る事であり後は本人が頑張るだけだ。今後とも「幅は拡げて、最新鋭を求めて加速」していく。それが「多様化」の世界で生きて行く秘訣である。本校ではこの事を今後とも進める。