2022年7月31日日曜日

貧すれば鈍する?

 待ちに待った「看板」が出来てきてそれぞれの場所に南海辰村建設さんが設置してくれた。看板と書いたが表示板であり、一種の「広報宣伝画像」である。場所は関係者と見て回り、私が「ここにしよう!」と決めた。当初から数枚増えたが、それでもまだ少ない感じだが、ここは学校であり、スーパーマーケットやパチンコ屋の看板ではないから、余り多くするのも幾分気が引けるところはある。しかし私立学校にとって新校舎はこれ以上ない出来事であり出費を要する事業であり、これを広く社会に広報宣伝することは許される話だ。誰からも1円も頂いて建設する訳ではない。自分たちのお金で今いる生徒とまだ見ぬ生徒の為に「浪速は又新校舎を造ります!」と物言わぬ看板に託すのである。 


これから少なくとも3年間は有効に使う看板、表示板だ。中々良い感じで嬉しい。100周年の記念バッジもモチーフにして入っており、真っ白な工事区域の囲いもこれで彩を添えた。正門の守衛室の道路側の看板も前を通る車から、道路を歩く人々にも直ぐに目に飛び込んでくる「優れもの」の看板になった。何より新校舎のイメージが素敵である。無借金経営であるがこれらの建設資金はこれから「貯める」のである。木村のやり方はお金を貯めてから着手するのではなくてまず同時並行で建設しながら資金を貯めるのである。従って来年度の入学者数は最大の関心事である。 


今日も朝から暑い日照りであった。6時50分には学校に入ったのだが既に入試広報部の職員は仕事をしていた。今日は日曜日だと言うのに昨日に続いて「オープンキャンパス」で「授業体験」の日である。二日連続、日曜日も初めての試みで本当に入試広報部や関係の教員が頑張ってくれており頭が下がる。昨日も書いたがこのような「本校の至誠、姿勢」は必ず受験生に届くだろう。世の中には日曜日しか都合のつかないご家庭だってある。それを土曜日のみとしたら折角の本校の中味をより深く知る機会を我々が奪うことになり、それは「学校という重要な社会的公器」から考えれば「思い上がり」だと私は考える。8時過ぎから生徒と保護者が正門を潜って来られた。 結果として土曜日よりも日曜日の方が少しだけども多くの参加者だった。日曜日開催は入試広報部の大ヒットとなったのである。私はすこぶる機嫌が良い❗


「私立学校は一種のサービス産業」だと考えればより理解は深まるだろう。日曜出勤の教職員には当然法的見返りは必須であるし、余分なお米の収穫、すなわち来年度の入学者数が増えれば、それを教職員に分配する優しさも学校法人の責務である。「私立学校は勤務する教職員全てが経営者」であり、自分たちの職場を護る気概こそが重要であり、それで初めて我々の生活基盤が成り立つ。私立学校は法で定められた以外に補助金は無い。然らば自力で生徒を増やす努力は最優先の事項でないか!私はこの15年、このことだけはぶれずにやってきた。だから又新しい校舎を建設することが出来る。お金が無ければ何も出来ない。この当たり前の経済原則を我々はしっかりと踏み外さずやってきた。「貧すれば鈍する」と言って資金が無い学校では教育環境の改善も教職員への待遇改善も、生徒への激励金や褒賞金も出せない。ご来客の皆様にお土産のパンも渡せないし、天孫降臨焼酎もプレゼント出来ない。昔の本校みたいに「無いない尽くし」の学校にはもう戻りたくない! 



2022年7月30日土曜日

学校ー京都―大阪-学校

 朝8時過ぎに事務室のKさんの運転する学校車で京都に赴いた。行く先は河原町にある「お宿 いしちょう」と言う旅館だ。知らなかったがここは幕末の英傑木戸孝允こと桂小五郎の旧居跡にある格式高い旅館であった。女将の出迎えとご案内を得て宿の部屋、食堂、お風呂など見て回った。コロナ対策も万全であった。このように夏の間は修学旅行で京都に来る学校も無いから良い宿泊場所が取れる。広い館内本校生徒のみだから安心であり、高校3年生の中で偏差値の高い大学を目指している生徒が毎日「受験講座」と闘っている。教員も入れ替わり京都入りして指導をしてくれており、校長は既に初日の開講式に来て生徒を激励してくれた。理事長・学院長としてはもうスキップしても良いかなと思うのだが、元々私が創始した企画であり、又コロナ禍の中でもあり、焼き立てパンを山ほど持って差し入れに出掛けることにし、生徒に「努力」の檄を飛ばした。


 


生徒は笑顔で頑張ってくれており、旅館側も大変良く対応してくれていた。女将からは「生徒の態度が素晴らしい」の連発でお褒めを頂き気を良くした。今のところ、コロナの疑いのある生徒もおらず、私は安心し特に食事には8月2日までの長丁場だから工夫してやって欲しいとお願いしてトンボ帰りで大阪に戻り、直接住之江球場で行われている第67回全国軟式野球選手権大阪大会に勝ち進んでいるチームの応援に向かった。1回戦、2回戦と勝ち進み、今日は強豪大商大高校と3回戦であった。着いたのは6回裏の後攻である本校の攻撃場面であった。残念ながら1対2で敗れはしたが良い試合をしてくれた。明日朝監督が正式報告に来てくれると言う。硬式と軟式の試合が終わり、今後は指導層の人事の検討に入らねばならない。それはチームオーナーである私の責任である。 



その後学校へ急いで戻った。来年度入試のオープンキャンパスが今日と明日の二日間行われており、初めての企画だ。猛暑の中であるが入試広報部以下関係教員は頑張ってくれており高校の授業を垣間見て貰うのである。いわば「授業体験」であり、英語、国語、数学、理科、社会、音楽、情報、体育、に分けて行う。一日の流れは1部とⅡ部に分かれなるべく多くの受験生に体験して欲しいと午前中に2回、今日と明日だから参加生徒数も膨れ上がった。本校の幅の広さを感じて貰う取り組みであり、このようにスペース制限一杯の受験生が来てくれ嬉しい限りである。



このような本校の努力と誠意は必ず受験生に通じる。昼食は本校自慢の天空レストランで「鶏マヨ丼」と「カレーライス」の選択だったが、コロナの事も考えて浪速ベーカリーブルのパンをお一人3個のお土産にすることにしたそうだ。私はケチらず、お一人5個にすべきと変更させた。「こんなに頂いて良いのでしょうか」との声もあったという。現在パンの入れ物は10個入りであるが入試応報部専用の5個入りの箱を製作したらどうかともアドバイスした。本校の焼き立てパンは本当に評判が良くて昨日も赤井英和さんや串カツだるまの上山会長さんからお土産にねだられたくらいである。




2022年7月29日金曜日

自己の免疫力を高めるしかない!

 日々、その数は少しずつ変動するが生徒の感染が高まってきていることは直ぐに分かる。全く社会と連動している。20日の終業式後も学校全体の状況を数値として毎日確認しているが、今や一喜一憂してもしょうがない気分である。ただ家庭での感染なら保護者がいるから一応安心だが、学校管理下にある宿泊を伴う合宿とかクラブ活動などに神経を尖らせている。昨日、私は「千早赤阪村の多聞尚学館」で学習合宿をしている高校2年生の様子を見に行った。案の定、朝方、一人の生徒が発熱し,のどが痛いと申告があり、付き添っていた教員はマニュアル通りに保護者に連絡を入れ、迎えに来て貰い、合宿場所から退避させ帰宅させた。確かに講義中の教室を覗くと間違いなく「密」であった。私は学校の常務理事に電話を入れ、多聞尚学館の部屋の広さの改造検討を指示した。


しかし残る懸念は周辺の生徒がその後どうなるかということだ。大きく取らえればそれ以外の生徒数人は濃厚接触者である。学校と千早赤阪村はバスで50分程度の距離であるが、問題は学校に戻すバスの手配であり、今言って直ぐにバスが手配出来るとはならないが、高校の教頭から今日の1時過ぎであればバスの手配がついたというので学習合宿を切り上げ学校に戻るように指示した。一方京都の高校3年生の受験対策講座では今朝の段階で生徒全員調子が良く、コロナの懸念はないとの事で、万が一の時は公共交通機関があるから合宿は継続することにした。宿を借り切っての合宿で外部との接触が無いから3日目で発熱者が居ないと言うことはこのまま行けそうと踏んだのである。しかし気になるから急遽明日京都の宿に様子見に出掛けることにした。そして予定通り、14時40分、多聞尚学館から生徒は学校に帰着した。良い判断だったと思う。 

昨日の事だが、運動部が気になった私は千早赤阪村から河内長野にある「ふくろうスタジアム」に行き、硬式野球部の新チームの状況観察と激励を行った。夏の大阪大会では残念ながら敗退し、高校3年生は引退し、高校2年と1年の新チームが遠山監督と良い汗を流していた。全員元気でコロナウイルスなど全く気にかけていない感じで運動選手の免疫力の高さに驚いたのである。しかし感染力の高いB5ウイルスは油断が出来ない。とにかく、もうこうなったらワクチンを含めて「個人が自己の免疫力を高める努力しか方法はない」と思う。今朝の新聞にあったがコロナは世界の人々をあざ笑っているのか。人間がいとも簡単に見えないウイルスに振り回されている。 



教育庁から通達が出て来た。今回は「濃厚接触者の扱い」についてであった。基本的に従来の7日間を5日間に短縮するもので個人的には賛成である。社会では感染が爆発的に広がっているが、この制限緩和は別に不可思議なことではない。一方では大阪府では高齢者について不要不急の外出制限を昨日から要請されたが、これは少し無理筋な話だと思うが、今更行政府に文句を言っても始まらない。彼らも私たちを守ろうと必死なのである。だから自分の体は自分で守るしかなく、この事は予てから生徒にも教職員にも伝えてきている。そうこうしていたら、俳優の赤井さんとボクシング部後輩の串カツだるまの上山会長があいさつに学校に来た。話の詳細は又別途のアラウンドで。結構忙しい。


2022年7月27日水曜日

生徒は好きな事を選択し、頑張る夏休み

 21日から始まった高校1年生の伊勢修養学舎に替わる「伊勢参り」は昨日の夕刻5時過ぎに無事に第5班が帰着し、総勢880人を超える集団活動は終わった。私は一安心した。夕刻帰着するバスを「東征門」で迎え、通しで付き添い頑張ってくれた学年主任を笑顔で迎えた。果たして来年は何名を連れて行くことになるのか。私は15年間校長として一班当たり2泊三日の予定をこなしてきただけに通しの高校校長、学年主任、神道科の主任教諭、神道科の教諭の「無事に連れて行き、無事に連れて帰る」頑張りは良く理解できる。評価したいと思う。 



高校の伊勢が昨日で終わったが今日は中学の1年生が一泊の予定で伊勢に向かった。これは伊勢参りも兼ねているが学習合宿でもあり、「道徳教育や神道教育」などのカリキュラムが入っている。斯界では大変な岳斗であらせられる皇學館大學のW教授の講義なども入っている。総勢133人の生徒に中学校長以下教員が10名付き添っての初めての外部宿泊合宿だから生徒にとっては思い出深いものになるだろう。かなり密度の濃い林間学校と言える。 



20日の終業式を終えた翌日から始まった高校、中学の特別講習はまず高校は終了し中学2年と3年は30日まで継続である。高校は70分講習、午前中に3コマ、中学は60分4コマを行ってくれた。授業は50分だがこの時期は敢えて長い時間を設けて大学並みに「訓練する」のである。学校は今日27日から「局面」が変わる。まず高校のトップクラスは京都の河原町にある「お宿 いしちょう」において6泊7日の受験対策だ。現地集合で行い、英国数社理の基本5科目を駿台と河合塾の模試を並行しながら総勢15名の教員が入れ替わり立ち替わり指導を行う。私が今から13年前に始めた「真夏の特訓」である。飯田校長が開講式に間に合うように京都に向かった。 

高校2年生は本校の施設である「千早赤阪村の多聞尚学館」で4泊5日の学習合宿である。コロナで長い間ご無沙汰していたが何時までも待っておれず今年から再開した。私は出発するバスに乗り込み生徒に檄を飛ばした。「努力し、目指す大学に挑戦せよ!」と。高校2年生はまだ時間があると思って顔に緊張感がない。高校3年と2年生では顔つきが全く異なるのである。「鉄は熱い内に打て!」は金言である。




 
まだまだ特別な企画は続く。「浪速グローバルアカデミー2022」と銘打った英語特訓は8月1日から5日までアメリカの大学院生などを招いて行う、日本語厳禁、英語のみと言う特別企画は生徒の意識変革を期待するものである。総勢70名の参加と言うから勢いはある。一方ではインターハイや全中を控え、多くのスポーツ生徒は顔を真っ黒に焼きながら汗にまみれて青春の血潮をぶつけている。「それぞれの生徒がやりたい事を選択し自主的に取り組む姿が観察できる夏休み」は素晴らしいと思う。

2022年7月25日月曜日

遂にNS館の新築工事が始まった!

 「NS館の建設工事」が順調に始まった。とにかく20日の終業式を待って順調に工事がスタートでき、ゼネコンの南海辰村建設さんのN工事課長さんも安堵の様子であった。まず既存設備の「解体工事」である。私は時間を見て現場の視察に赴いた。その場には「思い出深い浪速真田丸デッキ」は跡形もなく消え去っていた。懐旧の思いはあるが形あるものは何時かはその役目を終えて消え去るものだ。それで良い。浪速真田丸デッキ(NSデッキ)は無くなってもその名前は「新校舎別館・・・NS館」となって来年3月にはその威容を見せつけるだろう。現在南海辰村建設さんの女性デザイナーが色彩を検討してくれている。私はこの場所は中央館、新中学校棟、そして将来の「浪速アリーナ」を結ぶ要所となる校舎であり、「ショッキングな存在感溢れる色彩として欲しい」と要望しているのだが果たしてどのような色になるか?・・・。 




工事は夏休み期間が稼ぎ時であるが、厳密には高校では2年生、3年生が特別講習を受けており、中学も5教科の講習中だが、工事区域を峻別し安全対策は万全であるから私は安心している。これから明年の3月末まで安全と騒音問題を知恵と工夫で工事を順調に進めて貰う為に学校としては万全の配慮が必要だ。良い工事は発注者たる学校と請負業者さんが一糸乱れぬチームワークでNS館、新中学校棟とこれから3年間は呼吸を合わせてやっていかねばならない。とにかくお互いに「隠蔽など」があってはならない。尚このNS館には「常務理事室」を設ける。その後のアリーナ建設もあり、常務理事と設備担当には細心の注意で目配り、気配りで今後の工事業務全般の司令塔として頑張って欲しいと思う。 


今日の視察は中央館4階の「浪速国際コースの2教室の改造工事現場」にも行った。この3月末に第一期工事は完了していたのだがこの夏休み期間を利用して第二期工事に入り最終完成を図る。工事のポイントは廊下側を前面窓ガラスにして「透け透け教室」にすることである。従来の教室のイメージから完全に脱却し、まさに先端を走る自由度の高い教室と言うか、「ルーム」にする。机や調度品も既にそのようにしており完成後は廊下側から見る人々に少なからずインパクトを与えるのではないか。要は「国際標準の部屋」にするのである。費用は掛かるが「浪速の意思」を見せる為にも良いことだと思って踏み切った。 



ただ60教室以上の大規模な学校でわずか国際コースの2教室だけが「飛んでいる教室」になることのデメリットも考慮しなければならない。授業料は全く同じであり特定のコースだけに特別配慮とする限界もあるだろう。しかし私は常に言っているように「変える!」ことが重要であり、この「幾分、現在の間尺ではとんがった教室」の成果を見て他にも広げれば良い。国際コースの教師と生徒はこれらの事を深く理解しなければならない。まず至近距離にある浪速中学校棟の教室設計は今よりも先駆的な教室にする積りである。「最初に井戸を掘る人々の労苦」が後に続く人たちへの灯りとなることを祈っている。新中学校棟では「廊下など不用ではないか」との思いもある。廊下を有効に活用するのだ。


2022年7月22日金曜日

「萩往還」をもじって「伊勢往還」

 終業式の翌日は「お伊勢参り」である。高校1年生と高校2年で昨年参加していない生徒を含め、5班トータルで879人だ。大部隊である。昨日の8時20分、第1班の生徒165人、付き添い教員12名が大型バス4台に分乗して伊勢に向かって出発した。今朝も順調に第2班が出発した。昨日の私は生徒よりも少し早く8時に学校を学校車で出た。愛車オデッセイを運転するのは私の相棒(?)である事務室のKさんの運転であった。Kさんの運転技術は上手いと言えるし、慎重な性格だから安心して後部座席でテレビを見たり、眠っていける。コロナ前は「2泊3日の伊勢修養学舎」なのだが、1昨年から実行できなくなり、窮余の策で「日帰りお伊勢参り」に切り替えた。今年も状況は変わらず、宿泊は不可能でやむなく今年も日帰り参りのお伊勢参りにしたのだがコロナ感染者は急激に増大し油断すると危ないから余計に神経を使う。 



常日頃の私は結構忙しくあちこち走り回っているが、それでもほぼ1学期の予定が順調に消化され、伊勢参りの時期になると「ほっと」一安心出来る。重要な学校行事だが、やはり学校内での校務とは異なり、幾分「開放感があってリラックス」し物事をじっくり考える余裕が生まれる。これが良い。理事長や学院長の仕事はまだまだあるのだが、この「伊勢往還」で私の1学期はほぼ終わったと言える。5月の中学の萩方面修学旅行付き添いで得た知識である「萩往還」をもじって私は「伊勢往還」と名付けた。今回も猿田彦神社のU宮司様や神宮会館のW事務局長さんらと親しくお話しできたことが嬉しい。お伊勢参りの責任者は高校1年生の学年団のN学年主任、神道科の教諭であり、責任を持って全面的に進行する極めて重要な学校行事である。高校校長は全班に付き添う。校長時代の私は14年間、一回も欠かさず行ってきた。




「本校であればこそ可能なお伊勢参りの伊勢往還」である。卒業したら普通は伊勢に行ける頻度などは多くは無いし、生徒の中にはこれが最後と言う者もいるだろう。それだけに「日本の原点、心のふるさと」である伊勢神宮だけは行かしてやりたいと思う。それが神社神道の学校としての責務であると考えている。過去も未来も最も記念すべき学校行事でありたい。その気配を感じた生徒は「凛として、素晴らしい立ち振る舞い」で見事なお伊勢参りを実行してくれた。本当に良い生徒ばかりで鼻が高い。私は今回も強く思った。全国の神社の頂点に列せられている神宮へお参りすることは本校が存続する限り絶やしてはならないと。この行事が無くなるということは本校が無くなるということだ。江戸時代、人々が「一生に一度は参拝したいと願った伊勢神宮」、江戸時代の日本の平均人口は3000万人だったと言われているが、「お伊勢参り」ブームの最盛期には年間500万人、実に6人に1人が伊勢に参拝したという記録が残っている。現代社会でもこの伊勢参りが、日本人の生き方の中に存在するという風になればと願う。 





期間は一日と言う短さであったが、時間軸よりも「神宮をどう感じ、受け止めたか」、その「深さ」が問題である。前述したように、本校生徒は凛として、粛々と外宮、猿田彦神社、内宮を立派に参拝した。4月に高校生になったばかりの生徒達は早くも「神社神道の学校に学ぶ誇りと自信を有しているような顔つき」で宇治橋をバックにした卒業アルバムの記念撮影に参列していた。私は歴史と自然の環境の中に身を置くという自然の教育とは本当にすごいものだと実感している。