2022年11月30日水曜日

「一灯を下げて暗夜を行く、暗夜を憂うなかれ、一灯を頼め」

 私が通勤時や学校車で出入りする「天の岩屋戸門」には夜間照明を付けていなかったので、最近付けることにした。この門を出入りするのは基本的に私一人くらいで高齢ドライバーとして十分に気を付けなければならないと言い聞かせている。又この門の前は夕方真っ暗になった時でも阪和線を使う生徒が多く通る道だ。明るい時には自動的に消灯され、暗くなると自動的に点灯するLEDだから、安心した。このわずかな灯りが周囲を明るくさせ、何か心まで温かくなる感じである。一般の通行人にも歓迎されるだろう。「光」「ともしび」「灯」「燈火」などの響きを聞けば、直ぐに私は次の名言を思い出す。 


「一灯をさげて暗夜を行く。暗夜を憂うなかれ、一灯を頼め。」大好きな言葉で私の生きる“よすが”としている。江戸時代の儒学者佐藤一斎(17721859)の言葉である。この格言は「一張の提灯を下げていれば暗い夜道も暗い闇も怖がることはない。ただ自分の足元を照らすその一つの灯りを頼りにして歩き進めばよい。」ということを言っており、翻ってどんなに先が見えないような窮地に陥ったような場合でも嘆き、悲しんだり、惑うことなく自分自信の生き方、志を信じて進めばよいのだとの意味が込められている。誰もが立ちすくんでしまうような暗闇の中で、不安に包まれて歩む時に足元を照らしてくれる灯りがあることはどんな力強い支えになるか分からない。その灯りとなる意志や目標をしっかりと持ち、その光が照らす道を力強く歩み進んで行けよと教えているのである。 

今日は今年最後となる「公開授業」があった。登場人物は前回に次いで女性で国語の先生だ。常勤講師2年目で可能性を買って明年4月、専任教諭として採用することを考えている。平成18年に出来た新しい学校、奈良県樫原市の中高一貫6年制の私立「中等学校」から大阪教育大に進んでいる。この中等学校からと言うのは本校では初めてであり、興味があった。関係深い千早赤阪村から水越峠を抜ければ御所に至るがそこがご実家であり、何かご縁を感じた。授業は先生の自信が垣間見え、これに反応して生徒も生き生きと取り組んでおり、Jamboard とClassroomというソフトを駆使したICT教育は立派であった。時に「奈良弁」が出る力強い好感の持てる授業であった。 


公開授業に参観した今年の10人の専任候補者はいずれも私を満足させた。学校は教師と生徒の為のものであり、専任教諭の資質は学校の運命を左右させる。それだけに私は慎重であり採用には臆病である。これで今年の公開授業は終わった。次は「小論文の提出」を求める段取りである。2000字の論文に先生方が何を書いてくるか非常に楽しみである。これら10人の先生方も今は決して暗夜ではないが、常勤講師を身分とする毎日である。生涯教師として教壇に立ち、自己実現を図るために本校の専任教諭を目指して欲しいと思う。自分の輝く将来を見詰めて燈火、すなわち「自分の志をただ一灯として頼り」、前に進んで欲しい。教師と言う職業ほど素晴らしいものは無い。

 

 

2022年11月29日火曜日

映像と動画で振り返る100年に!

 昨夜は現役の神職にして歌手でもある「涼恵、20周年記念コンサート」が中之島の中央公会堂であり、聞きに行った。彼女のお名前は新渡戸涼恵、旧5千円紙幣の新渡戸稲造の縁戚に当たり実家は神戸の神社である。本校とはもう10年来のお付き合いであり、90周年時には学校で「豊葦原の瑞穂の国」を歌って貰った。素晴らしいお声の持ち主で作詞作曲も自分でなされる。神社界が応援している神道系の歌手だと言っても良い。管理職を主体にPTA会長以下役員、合計で30人のチケットは学校が手配し、参加して貰った。芸術の秋でもある。たまにはこのような企画があっても良い。新曲を含めて10曲以上を歌われ、会場の人々を魅了した。特に歌っておられる時の「背景の映像動画」も素晴らしかった。 

本日は1限目に公開授業があった。女性の国語の先生で常勤講師2年目であるが、私は総合的に考え、明年4月に専任教諭にと考えており、1年早めて公開授業を指示し、本日観察したのである。今日の教材は紀貫之の仮名文字で書かれた「土佐日記」と藤原道長の漢文「御堂関白記」の二つの教材を読み下し、類似点と相違点について生徒に考えさせ、その後仮名文字の土佐日記がその後の日本文学に大きな影響を与えたとする展開を分かり易く、淡々と時に泉州弁の混じる授業であった。もう少し抑揚のある話し方があっても良いかなと思ったが、淡々とした抑揚を抑えた話し振りは先生のお人柄そのもので、静かな教室は知性的な雰囲気がにじみ出た良い授業であったと思う。府内で進学校と知られる有名な私立高校から国立の奈良教育大学を出た高いポテンシャルを有した教員であり、将来を期待したいと思う。 


「今更ながら、今頃になって」と言われるかも知れないが、先生方の教室の授業も大きく、大きく人柄、性格が出て来ることが今日の公開授業で確信した。抑揚高い、幾分パーフォーマンス的言語の使い方をする先生、ただ大声を出さず、抑揚も抑え気味に話す先生など日頃の立ち振る舞い時に出る言動がやはり生徒の前での授業に出て来る。私などは絶対に前者であり、パーフォーマンスが多分に過ぎると思う。それはそれで「個性」でもありとやかくは言わない。ただ大切な事は自分の50分の授業で生徒が理解し、「知らない事を知った喜びを感じているかどうか」であり、この点は先生の個性など関係ない。ICTを駆使し、とにかく生徒に分からせる、ポイントを抑えさせると言う事が「先生の熱意と技量と準備」だという事だ。 


ところで26日の土曜日に有った「四天王寺学園創立100周年記念式典・祝賀会」に参列した私は先の「浪商学園」と合わせて二つの学校法人の100周年記念事業を学習することが出来た。本当に幸運だった。この2法人は大学を有する総合学園であり、規模も大きい。会場は全てホテルニューオオタニ」であり500人前後の来客、それに芸能人やタレントなど豪華な顔ぶれの式典であった。共通していたのは「映像による100年」であり、長々と式典で挨拶がある場面は少なかった。これらを受けて来年4月30日の本校の式典と祝賀会の在り方についてほぼ腹案が固まった。これを12月1日に実行委員会を持ち、12月から本格的に準備していく。決定していることは全て学校内でやり、当方から積極的にご来賓や卒業生の有名人や関係の方々の時間も取らない。「全ての主役は今いる生徒」とし、「100年の回顧と折々の風景は全て大きなビデオ映像」で流す。「ビデオ映像と動画の時代」だ。大学を持たない本校の如き私立中高の100周年式典の在り方を世に問うと言えば少し大げさか?


2022年11月28日月曜日

さぶちゃん熱唱「風雪ながれ旅」

 今朝の大阪日日は良い記事を載せてくれていた。見出しは「さぶちゃん、健在」である。演歌歌手の北島三郎さんが昨日東京で行われた日本クラウン創立60周年記念のコンサートに出演した記事で、御年86歳の熱唱で観客を沸かせ、国民的存在であることを知らしめたとあった。脚が弱り車椅子での出演となったが、こぶしの効いた演歌は観衆を感動させるものだったと記事にはある。演歌大好き、さぶちゃんファンの私はこの記事を読んで元気を貰った。「引退はしない。私はこの道を一筋に歩いて終わっていくと思います」と語ったのが素晴らしい。師匠船村徹との代表作である「風雪ながれ旅」を車椅子で体をよじりながらの渾身の歌唱は感動を呼んだともあった。この歌は私の好きな歌の一つでもあり、今度機会があれば久し振りに風雪ながれ旅を熱唱しよう。さぶちゃんの年齢までにはまだまだ距離がある。私も引退はせず、さぶちゃんを見習って生涯現役で頑張らねばならない。 

先に海外語学研修場所として調印を済ませたフィリピンの「パーペチュアルヘルプ大学」の理事で日本プロジェクトのトップであるお方が10時に来校された。日本法人の代表と社員の3名がお忙しい旅程の中での訪問であり、短い時間を有効に使うべく考え歓待した。国際コースの生徒達にお話頂く機会を設け、ご本人の要望もあり空手道場の練武館で丁度授業中の空手を観て戴いた。その後我々の自慢である天空R(レストラン)にて昼食を摂って頂いた。私の方針はお昼時のお客さんには必ず昼食を共にするということであり、ご相伴にあずかるのは校長と担当の教諭としている。この同じものを食べると言う行為は人との距離を短くさせる。これも他に誇れるレストランを作った成果の一つである。私は来年4月30日の創立100周年の記念式典にご招待したいと申し出たら、「自分が来ます!」と即座に宣言された。これで海外のお客様が初めて決まった。 



昼休みに武道館空手道場「錬武館」において生徒表彰を行った。今年の空手道部は素晴らしい成績を残してくれた。春の全国選抜大会で優勝し、その後トルコで行われた世界カデット、ジュニア空手道選手権大会での優勝、そして夏のインターハイで全国優勝、又全国中学生選手権大会でも優勝した。加えて女子選手も団体形で優勝するなど完全な全国制覇を成し遂げたのである。私はお祝いに「道着」をプレゼントし、激励金を手渡し、加えて道場の床のマットを新調した。頑張って良い成績を残すと私から具体的なお祝いを贈るというのが本校流であり、今後ともその線で参る。口だけで「おめでとう、ありがとう」だけで済ませてはいけないとするのは私の哲学である。 



それにしても女子団体形で優勝を成し遂げた3人の演武(演舞)は言葉にならないくらい美しく迫力に満ちたものであった。即座に私は来年の創立100周年の式典の中でご来客の皆様方へ是非この演武をお見せしたいと考え、近くにいた幹部に検討するように伝えた。汗臭い男子校が共学校になり全国にその名をとどろかせる本校の空手道部が今や女子部員を持ち、全国優勝した演武がどのようなものであるかをお見せすることだけで、「男女共生社会」を言葉なく語れるではないか。本校100年の歴史と変遷、そして未来、誇張して言えば、日本の未来像を力強く表現できる筈だ。是非実現したい思った。 



26日の土曜日に行われた2023年度中学入試の「受験対策勉強会と第6回入試説明会」は順調に終わったがその詳細な報告が入試広報部の担当管理職と兼務ながら浪速中学校の教頭補佐からあった。前はその当日に報告を受けていたがそれでは勤務時間が長くなるし、スタイルを変える為に翌週の月曜日にして貰うようにした。難しい世の中にあったもので当日の事はその日に決着を付けると言う日本の働き方が勤務時間の管理の為に変わらざるを得なくなった。時々働くなる日本という国の未来を考えると少し暗澹たる気持ちにもなるが、「ご時世」だから仕方がない。それにしても多くの参加者で新記録なったが来年度の入学者数はまだまだ油断は出来ない。「目指せ、新記録となる入学者!」

2022年11月25日金曜日

声なき声に耳を傾ける?

 人事に関して重要な案件があって中高の校長と中学の教頭を呼んで彼らの意見を求めた。まだ具体的な事は書けないが教職員の人事は極めて重要であり、採用権者の私が一人で決めて実行することは可能ではないが、やはりここは両校長の意見を求めると言うのが正しい。150人を超える教職員の数だから私が一人一人の「日常ビヘイビアー」を詳しく知っている訳でないから、自分が有している該当人物評が適切か、不足かあるいは過剰かなどは日常よく接している管理職の意見が参考になる。しかしこれはあくまで参考意見であって最後は一人孤独の中で決め、その人事の責任は人事権者たる私にある。手前味噌かも知れないが殆ど私の評価と懸念は管理職の観察結果と合致している。それはあらゆる手段を講じて人生経験の長い私がこの学校に流れている「声なき声」「空気」を間違いなく捉えている事と、各管理職の能力が高いからだと自信を持って言える。それが出来ないようでは理事長や管理職は務まらない。 

「声なき声に耳を傾けよ」と言う言葉があるが、学校ではこれほど難しい話はない。「声なき声」とは、口に出さない押し殺した声のことで、心の中には確かに意見を持っているのだろうが、それを堂々と表立って口にはしない人は世の中に大勢居る。英語では「サイレントマジョリティー」という。政治的な意味合いもあり、物言わぬ大衆を意味する言葉であり、政治色を持たない中立的な人との、意味も含まれているらしい。しかし為政者にとって「声なき声」に耳を傾けるのは難しい。声あり声に耳を傾けるのは当たり前だが声なき声に耳を傾けるのはとてもしんどいし、私に関して言えば声なき声は幾分卑怯者だとの思いもある。為政者が「説明責任」として明確に大声を出して方針を打ち出しているのだから聞く方も「声を出して」自分の意見を出して欲しいと思う。声なき声は多くの場合「反対」の意見が多く、これを口に出せば「損をする」と思っているから声なき声になっているのではないか。 

学校の教職員にはこの声なき声が本質的に多いと思う。これらの道を歩んできた教師上がりの管理職が「黙って自分の背中を観よ!」だけでは務まらない。管理職は「声あり」でなければならない。何故だろうかと分析しているのだが、教師と言う仕事が余りにも専門職過ぎて「一般社会の常識」の濃度が人によって違うところにある。要は物事の味方が浅く、「自分にとって損か得か」が基準になっているのではないか。分からなければ分からないと言えば良いのだがそれが言えないから黙る。イエスなのかノーなのか声なき声の中には両方混じっている。分からなかったら管理者の提案に対して「イエス」と言えば良いのだがそれが出来ない。反対意見を表明してもその中身がトンチンカンだったら恥をかくと思って声を出さない。管理者の提案は自分を苦しめるものだとの先入概念があるから簡単にイエスとは言わない。管理者も自分たちの仲間で組織を良くする為に提案しているのだがそれが分からない。 



今日は午後、遅れていた高天原スポーツキャンパスにある「産土ゴルフ練習場」の芝の状態を視察に赴いた。かねてから予定していたものである。この夏の猛暑で一部の芝が元気失い回復の為に「養生」をしていたものであるが、今日の観察で「ほぼほぼ」使用開始しても問題ないところまでになったので、これで生徒に使用許可とした。しかし高校のゴルフ部の練習場で未来永劫このような本物の芝のグリーンを保有するのは早かれ遅かれ「少し豪華過ぎ、贅沢過ぎる」かも知れないとの声が上がるかも知れないと私は現地で言明した。




2022年11月22日火曜日

授業ではICTを自在に駆使し、生徒に理解させよ!

 昨日の10時、重要な来客があった。中央館6階の焼き立てパンコーナーの「浪速ベーカリー・ブル」とコラボしてくれている「伊三郎パン」のT社長さんが来られ、京都に本社を置く有力な全国レベルのパンメーカーに経営権を譲渡した経緯の説明に来てくれたものだった。お話を良く聞いて我々は納得し、今後新しい会社との関係スタートを切る。要は今の形態を尊重して貰い、学校内に焼き立てパンコーナーを持ち、今後とも学校生徒とご関係の皆様に「ブルのパン」が手渡せるように体制を維持して頂くことが望みだと申し上げた。お世話になった社長さんだっただけに寂しい気もしたが、これは個人の感情であり、重要な事は新しい経営者と早急に話し合う機会を持ち我々の考えを伝える事である。ウクライナとロシアの戦争は世界的な小麦粉の価格と供給不安を起こし、本校みたいなところにも影響が出て来た。

 

今日は11時から文化庁の主催事業である「子どもの為の文化芸術鑑賞会」があった。音楽科主任のW先生の尽力で昨年に続いて本校が選ばれ「能楽協会の役者」さん方が大勢来校され体育館で中学1年生を対象に2部制で公演を行って頂いた。まず狂言「附子(ぶす)」が演じられた、有名な狂言で教育的にも良い演目である。能と狂言の説明から始まり、実際に演じられ、2部は本格的な能で「敦盛」の一部が上演された。初めて見る能や狂言に生徒達は食い入るように見やっていたと思う。このような「粋な国の計らい」に感謝致したいと思う。それにしてもこのような舞台には準備が必要で結構時間と手間暇がかかるが、本校の教職員は見事にそれをやってのける。そこが素晴らしいと思う。この点は称賛したいと思う。 


今日は2限目と5限目に公開授業があった。いずれも中学校勤務の常勤講師の男性の先生でまず社会科、そして午後は数学の授業であった。二人ともまだ20代後半から30代前半の若々しさがあって本校採用後3年目の勝負の年である。現場からの前評判は良かったが、彼らがどのような授業をするのか参観して評価を下すのが私の仕事である。今日だけ見繕った授業などしても「眼光紙背に達する」ではないが私にはお見通しである。19年間も先生方の授業を観て来たからだ。参観後部屋に呼んで所管を述べるが、授業そのものよりも大切な事は生き方、考え方である。それにしても今日も参観した公開授業の二人はICTを駆使するなど素晴らしいものを有していた。生徒に何としても分からせようと自分で教材を作って配信している。一人はサウンドも流し、リズミカルな50分の映画を見るような授業であった。だからこのクラスの生徒は教師と一体となって充実した空気が充満していた。現在到達できる最高のICT教育を観た感じで、私は素直に感心した。静岡のご出身だが是非とも専任教諭でお迎えしたいと思った。

今日も南海辰村建設さんの設計陣と中学校棟の基本レイアウトの打ち合わせが急遽入った。今回は中学を代表して新校舎建設の主担当であるT教務・進路部長先生が打ち合わせに入った。前回の打ち合わせで私から「ボロクソ」に言われ突き返された案を確かに見直してはいたが、それでもまだ「全体が見えていない」。教員は習性として「自分の世界を囲みたがる」し、先行きを考えて戦略的に動くことは不得手かも知れない。要は今が一生懸命過ぎるのである。ポイントは新校舎の一等地に「大ホール」を持って来ているからこれが設計の自由度を失わせている。現在の西館は新校舎が竣功してもそのまま残り、将来の浪速アリーナの2階部分は大ホールと教室が来るし、ここは殆どが中学校が使うことになることを頭に入れよと諭して会議は短時間で終わった。これで突き返しは3回目となった。駄目なものは駄目で、何回でも突き返す。




2022年11月21日月曜日

100周年記念事業「祈願の碑」

 創立100周年を迎えた、或いは今後近い内に迎える学校は大阪府のように私立高校と公立高校合計で300校を超える大都市圏では結構多いのは自然な事である。100年を迎える学校とは明治時代、大正時代に創立された学校であり、国造りの根幹として設置された学校であり、「伝統校」と言われる。例えばこの週末の26日は「四天王寺学園」さんが創立100年を迎えられ記念式典と祝賀会がホテルニューオオタニで行われる。ご案内を頂いているので私も参列させて頂く。大正11年だから本校の1年前である。 

これらの長い歴史を有する私立高校が「廃校になった」などの話は聞いたことは無い。府内の私立学校はその大半が伝統校と言われるもので、規模の縮小は有っても潰れたと言う話も聞かない。従って私立高校は100周年を積極的に祝い、次の100年を目指す気概を内外に示す。これが創立100周年記念式典と祝賀会である。公立では「統廃合」という言葉で徐々に学校数を減じているが、その対象は大体創立後50年後と比較的新しい学校が「募集停止に入る」という感じではないか。府内には公立高校で100年を超えた学校は多く存在するが私立程式典や祝賀会は持たない。せいぜい同窓会が主体となる規模である。ここに私立と公立の根本的な違いがある。建学の精神を有する私立学校は存外「しぶとく」簡単には潰れない。

 しかし今後の少子化の進展の中で生徒が集まらなくなる私立は募集停止にならざるを得ない。それを避ける為に今の私立学校に勤務している我々は頑張っている。私立にとって最も重要なことは「公立とは異なる教育への視点」と「教育環境の充実さ」だと私は思ってやってきた。「手厚く、誠実に、柔軟に」である。あくまで教育の中味が大切であるが「学校としての発信」も極めて今後は重要になる。「対公立、対他の私立」との競合の中で一定の生徒が集まればその学校は生き残っていける。学校の塀の中で据わっていても受験生や保護者は目を向けてくれない。「超進学校としての地位を確立した私立高校」になったら発信などをしなくて生徒は集まってくるが、大半の私立は「本校はこういう学校です!」とPRにお金と時間をかけているのが実情である。 

今日の校務運営委員会で私は先週土曜日に行われた中学校の第二回プレテスト参加者の分析結果の一部を説明し、今後の「発信のポイント」について言及した。特に私立中学受験では保護者の意向が大きく左右される。今の浪速流はここ15年の年月で確立されてきた手法であり心である。学校のガチな宣伝ではなくて「空気伝染みたいなPR」が「誠実な浪速」を評価して頂いている。今後ともこの路線だけは失ってはいけないと強調した。「保護者は我が子可愛さの一念」であり、そのお気持ちは尊重しながら「合否判定」につなげていかねばならない。本校はガチな超進学校は目指していない。「ウイングの広いグッド・スクール」である。 



創立100周年事業として神社前の御垣外に設置する「祈願の碑」の場所や碑の高さなどイメージについて模型を使いながら現地で調整した。実際にやってみると頭で考えていたこことが違うことに気づく。あれこれ現地で議論し、再度模型を作ってやり直すことにした。




2022年11月19日土曜日

私立中学の岩盤は厚し、されど面白し❗

 今日は「第二回目の中学校入試のプレテストの日」であった。8時に西館ホールでの朝会で中学校長、入試広報教頭、中学の教務部長から注意点などの指導があって今日一日が動き始まる。キックオフである。既に昨日の段階で全ての準備が終わっており、後は受験生を迎える最終段階で、もう一度ここで「気を引き締める」のが狙いだ。10月の第一回目から1か月の間隔を置いての2回目である。このプレテストはいわば「本番さながらの模擬試験的」なものでそれぞれの学校でやり方が異なっているが、本校では2回に分けて行っている。当然1回目は「浪速が本命」的な受験生が参加する。2回目は浪速は2番手のポジションだと言っても過言ではない。言い換えれば、1回目は高校受験で言うところの専願的、2回目は併願的と言えるかも知れない。受験生と保護者の深層心理は我々には分からないから、とにかく静かに、落ち着いて、誠意を持って実行していくのが求められる。 


最終的な入学者の大半はこの1回目と2回目の参加者の中から出て来る。1回目と2回目の両方のプレを受けると言うのは当然あり、これらの受験生はどうしても浪速に入りたいと考えてくれている生徒である。来年度入試の特長はいずれも参加者の数が前年を大きく超えており、特に際立った傾向は2回目だけの希望者が多いことである。この意味は「浪速人気がふつふつと」沸いてきていると我々は捉えている。中学校は義務教育であり高校に比べ私立人気の高まりは高校に比べて幾分遅れてくる。元々教育界は保守的であるから私立中学を選択するご家庭は塊としては少なく、その小さなパイを府内60校程度の私立中学で奪い合うのだからその厳しさは私立高校の比ではない。私はここ3年の動きを凝視しながらようやく浪速中学が認知され始めたと感じている。従って来年度入試による結果は21世紀の浪速中学の在り様を占う「分水嶺」と言って良いかも知れない。即ちまだまだ伸びるか、そこそこの数値で落ち着くか?しかし高校に比べ私立中学の岩盤は厚い。容易ではないが逆に面白いとも言える。 


時間を見つけて建設中のNS館の工事現場を視察した。3階建ての建物だが工事は2階部分の床のスラブが出来上がって来ており極めて順調な様子が見て取れた。年内一杯で建物の骨格が完成すると南辰さんから説明を受けた。丁寧に、丁寧に進められているのが良く分かった。3階床部分から外を眺めると展望が実に良い。素晴らしいNS館になることを確信した。鉄骨造りではなくて鉄筋コンクリート造りというオーソドックスな工法はコンクリートの厚みなどが遮音効果を発揮するし、学校の校舎建設には向いている。やはり重厚感を感じる。新中学校棟も鉄筋コンクリートで行く方向だ。今の諸物価の値上がりにも大きな影響を受けない方法の選択は正しい選択だったとゼネコンさんに感謝している。折角中学校専用の校舎を作るのだから浪速中学への入学者数は今よりも増えて欲しいと思う私の気持ちはごくごく普通の心理ではないか。しかし入試活動は精神的にきつい部分もある。15年間、毎年毎年この繰り返しだった。去年よりは例え1名でも増やしたいと!



2022年11月18日金曜日

専任教職員として意気に感じて頑張って欲しい!

 昨日は2名の教職員が1年間の専任研修期間を終えて、その研修発表会があった。これで今年は3回に分けて実施した総勢7人の教職員が晴れて専任としての身分を獲得したことになる。これからは「正真正銘」本校の正式メンバーとしての業務が今日から始まることになった。私はこの人たちと1年間に亘って指導してきた指導教員に加えて管理職を7階の特別会議室に集め、学校設置者としてこのタイミングで伝えたいことを伝えた。その中身は一言で言えば「意気に感じて」頑張って欲しい!と言う事である。様々な視点で短い時間ではあったが私の心の内を正直に私の言葉で吐露し7人に伝えた内容のエッセンスは以下のようなものだ。前述した意気に感じるだが、これは人のやる気や熱意に触発されて、こちらもその気持ちや気配に同調し率先して頑張ると言うことである。理事長の意気を感じ。浪速の未来の為に期待に応えて欲しいのだ。 



専任になったから今日からは学校が護ってくれるなどと勘違いして行けない。身分が安泰したと思ってはいけない、今日からは貴方方が学校を本気で守る立ち場になった。専任になったから少しは楽になると思うのは完全に勘違いであり、今まで以上に具体的成果を上げ、学校を護り発展させる義務を抱えたということだと強調した。元々本校で専任になりたいと希望したのは貴方方であってその希望を受けて私は様々な視点で貴方方を観察し、採用したという原点を忘れてはならない。こちらから頼んで専任になって貰った訳ではない。個人の意見などどうでも良い。要は本校の建学の精神を受けて本校で学びたいと言う生徒の為に学校設置者の方針を受けてそれを具現化するのが私立学校の専任教職員の仕事である。私立学校は組織であり、完全な縦系列と横串の通った健全な状況を維持発展させてこその私学であり、ここは貴方方が自分の能力を最大限発揮し、成果を出して報酬を得る場所である。等々、延々とまだまだ続くのだが紙面の関係でここらへんで止めておこう。 


9時30分、本校の建物の基本設計を担てくれた大建設計さんのS社長さんから創立100年の寄付金を頂いた。又11時からはこれも備品購入などでお世話になっている永田産業の永田社長さんから寄付金を頂いた。本当に有難い事で心から感謝申し上げた。特に永田産業さんとは年明けにPTA役員対象の「大福引大会」を実施することで話が付いた。これから具体的な企画に入ることになる。


 


午後は13時30分に泉大津市の南出賢一市長さんの訪問を受けた。本校の卒業生であり若くして政治の世界に飛びこみ将来を嘱望されている逸材である。かねてより私にご挨拶と言う事で本日実現した。浪速高校時代はボクシング部に所属し良い成績を上げられ関西学院大学に進学、そこでも活躍され、ご卒業後は家業の跡取りとして実家に戻ったが故郷泉大津の発展の為に市議会議員として立候補しトップ当選を果たした。そして2016年の選挙で市長選に立候補し初当選した。若干41歳のバリバリの政治家である。極めて礼節を心得た素晴らしい若手政治家で私は一目で気に入った。応援したいと思う。それにしてもボクシングがお好きで、ボクシング道場のサンドバッグを華麗に力強く叩いておられる姿にある面私は感動したのである。