2023年3月31日金曜日

吹奏楽部第14回定期演奏会大成功を受けて

 吹奏楽部の定期演奏会も14回目となると「ここまで成長するか」という感慨に浸った。専門家ではないから良くは分からないが一段のレベルアップを感じた。素晴らしい演奏会だったと思う。会場は堺市のフェニーチェ堺というプロの会場としてもおかしくない豪華絢爛の会場に全く負けていない演奏会だった。それに広い会場がほぼ満杯になるほど多くの観客が来て下さり、これも嬉しい事であった。第1回目は寂しい位の観客であったが14回目と数が増えるに従って多くの方々がお越しくださるようになったのが成長の証明だ。 


今朝ほど顧問が4人部屋に来て完了報告してくれたが、顧問の顔も良い顔をしていた。私は責任上コメントをする立場にある。良かった点は最初に学院曲「海道東征浪速」があったことと最後に「ふるさと」が来たことを称賛した。神社神道の学校の「アイデンティティ」であり今後とも宜しく頼むと申し上げた。後は君たちの好きなように選曲して良いとも申し上げた。今回の演奏で特に印象に残ったのは交響詩「モンタニャールの詩」と最後の映画「タイタニック」だったと言ったのだが主顧問は「我が意を得たり」と言う顔をしていた。 


演奏会は様々に工夫がなされており、一言で言えば壇上のスクリーンを駆使した「映像」が音響と共に観客に届くものであった。それに本校の教員だが司会が上手い。従って部隊の転換時に、司会の語りと映像があり極めて良く理解が進むのである。吹奏楽部の歴史に触れていたが2009年私が入学式で新入生に語りかけた言葉を紹介してくれたのは嬉しかった。まさしくあの言葉から吹奏楽部の歴史は始まったのである。部員もおらず、楽器もない「無いない尽くし」であったが私は共学化して特に女生徒を集める為に特別支援クラブとして吹奏楽部に詐欺まがいの「甘い言葉」を投げかけて、その後その言葉が仇となり、楽器をドンドン買う羽目になったが、嬉しい悲鳴であり、楽器購入費用などどうでも良い。買えるうちは買ってやりたいと思う。 


およそ学校と言う学校に吹奏楽部が無い学校を私は知らない。学校行事、入試広報活動への応援等々吹奏楽部が学校に貢献する場面は極めて多い。又吹奏楽部への中学生徒のあこがれは大きいものがあって今回の演奏会も多くの中学生が来てくれていた。その結果、今や吹奏楽部員は100人を超す大人数となっており、今後とも良い学校の証明として私は吹奏楽部を支援して参りたいと思う。何時もの事だが定期演奏会が終われば楽器をプレゼントするのだが、顧問に要望を聞くと即座にマリンバ、ファッゴット、ソプラノサクソフォンと来た。既に考えていたのだろう。全てと言う訳には行かないが精査して購入してあげようと思う。

2023年3月30日木曜日

令和4年度大詰めを迎えて

 昨日の「茶会」を無事に済ませ、場面はくるくると回る。それにしても好評で朝からお礼の電話が続いた。このような機会を使って茶道部をPRしないと本校の懐の大きさを分かって貰えない。この企画は大成功だったと思う。

明けて今日は30日、いよいよ、令和4年度も「大詰め」になった。「大詰め」とは「何かしらの物事の最後の場面や段階」を表す。ドラマ、小説、演劇などの終盤で、その物語の最終的な意外な、あるいはドラマチックな結末が待っている場面である。要は物語がクライマックスに近づいていくため、物語が一番盛り上がる場面でもある。「大詰め」の由来は、歌舞伎からだと言う。今話題沸騰の将棋の世界からではなく、江戸時代の歌舞伎の最初の狂言の最後の幕を「大詰め」と言ったことかららしい。学校はまさしく令和4年度の大詰めになってきている。しかし大きなものではなくて、小さな盛り上がりの連続で、明日で令和4年度は終わり、4月1日からは令和5年度の幕が開く。朝8時、退任される中学校の校長に辞令を交付し、合わせて退職金の明細書をお渡しした。 

その後、1年間の専任教諭としての試用期間を終えた4人の先生方に晴れて研修期間が終わり、「名実ともに本学院の専任教諭として採用」された旨の辞令を手渡し、激励した。皆さん、優秀な方々ばかりで本校の為に必ずや大きく成長してくれると信じている。その後修復中の「大鳥居」の工事が終わったので現物を見ながら「OK」を出した。小さな組織故に外部への支払い責任者は私しかいない為に全ての金銭がらみは自分の目で確認するようにしているから時間が取られる。その後神楽部の外部指導者のお方と面談した。この女性神職のお方は47年間、大阪天満宮にて奉職され、明日で満期になる事からご挨拶に来て頂いたのである。本当にお世話になった。今後は自社の宮司さんとしてやっていかれる。本校神楽部の指導や伊勢修養学舎でもご指導を頂いており御餞別をお渡しし、今後とも宜しくと私はお願いした。 




その後教員は教科会議、学年会議などがあって10時30分からは「年度最後の職員会議」があった。まず前述した明日で退任されるN校長に対して全教職員を代表し、感謝の言葉を申し述べた。校長からはご懇篤な返礼の言葉を頂き、教職員へ温かいお言葉があった。最後に私からは本年度の頑張りに対して教職員に慰労と感謝の言葉を述べて短時間で終えた。

 

午後は河内長野市の石材店、「石駒」さんの工場に車を走らせ、加工中の「祈願の碑」の状況を視察した。明治30年創業の極めて歴史ある石材加工の会社で、今の学院神社の玉垣や石段などをやって頂いた会社である。特に今回の碑は湾曲の土台、そこに100周年記念のバッジ、私が書いた「祈願の文字」を彫り込んで貰うという複雑な加工であり、気になっていたのである。結果は黒々とした土台が、どうも気に入らないので、少し手を入れ黒を抑えて貰う様に変更した。何か新興宗教の教祖の碑みたいな感じがしてこれは学校に似つかわしくない色だと判断したのである。来て良かったと思った。現物を見るに限る。

夕方からは吹奏楽部の「第14回定期演奏会」が堺のフェニーチェ堺であり、この演奏会だけは今まで一回も参列鑑賞を欠かしたことはなく「吹奏楽部の育ての親」として喜んで会場に行った。今日も帰宅は遅くなる。



2023年3月29日水曜日

開校100周年記念茶会 大成功

 今日は素晴らしい天気に恵まれ、開校100周年を寿ぐ「茶会」があった。本番の4月30日の先触れとも言うべき企画で、本校茶道部の部員が総出で表千家木村雄基宗匠の指導で初めて本格的な部員主導のお茶会となった。何しろ7席で90人ものお客様である。府内の有数の私立学校の理事長や校長が見えられるから生徒達は緊張の連続であったが、良い「お手前」だったとお褒めを頂いた。広い待合があるし、レストランから美味しい点心というかお昼時故にお弁当を用意し、お持ち帰りの人もいれば中央館の天空Rで弁当を済ませ、時間に合わせて席入りとしたから都合よく進んだと思う。時間差が大変に良かった。 主顧問のT指導教諭の力だ。





多くの方が初めて浪速武道館内のお茶室「洗心亭」に入られたと言われ、確かにこのような茶会でも催さないと人は本校自慢の茶室をご高覧頂く機会はない。この洗心亭は先の表千家お家元から頂いたネーミングでありお家元自ら筆を取って揮毫されそれを私は額装にして飾っている。又使ったお茶碗はお家元の字を写した茶碗で今や宝物となっている。茶道部支援の目的で茶道部は備前焼きの大家、人間国宝の伊勢崎淳先生の茶碗やこれまた萩焼の大家13代三輪休雪先生の花入れなどの宝物を多く有しており、それらが玄関の床の間に飾られていた。今後とも徐々に増やしてやりたいと思う。 



それにしても生徒達は良く頑張ったと思う。顔を見れば良く分かる。私は全てが終わった後、生徒達に心から感謝の言葉を述べ慰労した。木村宗匠並びに西田先生以下ご一門の先生方のお陰であり、今日の茶会で4月30日の開校100周年奉祝祭は「調子が上がって来た」と思う。9時から15時までつきっきりで少々疲れたが「心地良い疲労感」でこの感覚は何とも言えない良い物だ。



小松、白山、南砺、金沢を走った。

 8時10分大阪発のサンダーバード7号に乗って石川県小松に向かった。明日は学校の茶室「洗心亭」にて開校100周年記念大茶会が催されるから、隙間としては今日しかタイミングは無かった。目的は「3尺大太鼓」を発注している「浅野太鼓」さんに赴き、発注者としての検品である。約2時間の車中で昨日の理事会・評議員会を無事に終えたことで自分でも分かる位リラックスしている。10時42分定刻に小松駅に到着。出迎えの車に乗り、昼時と言う事で浅野社長の小学校時代の同級生がやっているという高級な料亭で昼食をご馳走になった。日本海の珍味がとても美味であった。その後会社に赴き「大太鼓と台」に初めてお目見えした。

 


その後、今回は100周年記念品と言う事で特に大太鼓を載せておく「台」に彫刻をして貰ったのだが初めてお付き合いする富山県南砺市の彫刻家の工房を訪ねた。小松と南砺市は車で30分程度で案外と近い。そこで初めて彫刻家の畠山先生親子にご挨拶出来た。作品は素晴らしいもので「上り龍、下り龍」の彫刻が躍動していた。彫刻作品は彫刻士の人間性が出るもので流石に品格が高く力強い作品に私は圧倒された。私はその出来上がりに満足し古民家風の工房を後にした。浅野社長の運転する車で金沢駅に向かい、そこで浅野社長とはお別れして金沢発16時初のサンダーバードで大阪駅に向かう上りの電車に飛び乗ったのである。この大太鼓は100年記念でPTAからの1000万円の寄贈品であり、「永久もの」となるだろう。 




久し振りに学校を離れて新鮮な空気を吸った。たまには外に出るのも悪くは無い。帰りの電車で明日から始まる一連の奉祝事業の思いを巡らせ「自分に気合」を入れた。「一世一代の奉祝事業を教職員と一所懸命、一生懸命にやり切る覚悟である。浪速改革の16年成果を学院神社の拝殿前で高らかに鳴らす太鼓は4月20日過ぎには入荷してくる。早く生徒が打ち鳴らす太鼓の音を聞きたいと思った。電車のシートに据わり特別な感慨に浸る。まず今日は大茶会で記念行事のトップを切ってご招待客に一服のお茶を召し上がって頂く。 

「4月30日開校100周年記念企画事業一覧」

   329日(日) 開校100周年記念茶会   会場:浪速武道館2階 洗心亭

            表千家木村宗匠ご来校のもと実施

430日(日) 開校100周年記念奉祝祭・式典・祝賀会

第一部  奉祝祭   式場:学院神社

第二部  式  典  式場:体育館

第三部  祝賀会   会場:天空レストラン

59日(火)  開校100周年記念人文字撮影   場所:本校グラウンド

            全教職員・全校生徒によるドローンを使用しての撮影

510日(水) 理事長より教職員へ祝金授与、理事長より教職員1人ずつに授与

511日(木) 開校100周年記念大祝賀会    会場:スイスホテル南海大阪

            理事・評議員の皆様と共に教職員一同に会しての大祝賀会

615日(木) 開校100周年記念芸術芸能鑑賞会  会場:フェニーチェ堺

            「カーリーの青春~again~」  劇団自由人会                     

 

2023年3月27日月曜日

理事長続投 7期目に入る!

 今日は理事会・評議員会の日であった。3月理事会は国の仕組みと同じで来年度の予算が決まらないと「何も出来ない」から、とにかく経営の執行責任者である理事長が総理する理事会の名において「これだけのお金の使い方をします」と令和5年度予算を詳しく説明し、評議員から正式に承認して貰う極めて重要な会議である。従って3月理事会は「予算理事会」とも言われる。予算を議論して貰う為には現予算、すなわち「令和4年度の当初予算との違いを補正した「補正予算」と法的に決められている年度末から2か月以内、即ち5月末までに文書で纏めなければならない「決算の見通し」も明らかにする。事務職員の最大かつ最重要な業務で、編成作業は大変なのだが「中身が良いから」、即ち「お金が回っているから」全く問題は無い。要は私立学校でも「先立つものはお金」なのである。前年度決算と次年度予算が決まれば理事長の仕事は粗方終わりだとも言える。




特に令和4年度補正予算については「最大眼目が発表」が今日出来た。それは東京の私学共済事業団から新校舎建設資金として今から9年前に22億円の融資を受けたがこの残金12億円を3月15日に振り込みを済ませたことである。15年返済期間の9年目にして元利合計を最終期限よりも6年早く、「繰上償還」した。したと言うか出来たのである。これにより浪速学院は今や「無借金経営」となった。何処からもお金を借りていない状態に遂になった。これは「木村個人の連帯保証」で融資が実行されたもので、9年間私の背中に重たい錘が付いていたが、遂にこの錘が無くなったのである。市中銀行からの融資であれば個人の連帯保証は不要であったが私学財団の魅力的な低利との差は3億円もあり、私一人が背中に融資残高を背負って今まで来たのである。借金はとにかく早く返した方が気が楽になる。 




3月理事会のもう一つの目玉は「役員人事の予選」である。本法人の「寄附行為」は役員任期は3年と定められており、丁度この3月31日で任期が切れる。私自身が慎重に検討して来た「人事案」を正式に提案し決定を見た。今回は理事数を2名増強し、評議員総数も名の増強となった。私自身は理事の互選で理事長として続投することが決まった。通算6期やって来たが、7期目に入る。即ち21年間も頑張ることになる。「おギャー」と生まれた赤子が成人する歳まで理事長職を背負うことになる。この間、改革に継ぐ改革で学校を「第二の創業」として形作ってきた。過去の18年間を思う時、「夢の軌跡」と感じる。奇跡であり軌跡なのである。今編集中の「100周年誌要約版」のタイトルはこの夢の軌跡を事務局は採用してくれた。

 

7期目の私の仕事はまず「開校100周年奉祝祭」を見事に実行し、先人の御魂とご関係の皆様に感謝するお祭りを盛大に行う。そして「新中学校棟の資金調達と建設」を見事にやり抜く事だ。そして何より重要な事はポスト木村体制の具体的な準備に入らねばならない。何れは後進に道を譲ることになるが、私の目の黒い内に「まず人物、能力、識見」を観て、新理事長を選出し、校内の教職員の体制、なかんずく管理職の指導育成がポイントとなろう。浪速丸をビクともしない強靭な筋肉質にし、二度と昔の「ダラシナイ姿」に戻してはならない。



2023年3月24日金曜日

フィリピンUPHトップが100周年記念祭にご参列!

 凄いことになって来た。昨年11月28日にフリッピンの総合大学「パーペチュアル・ヘルプ大学(UPH)」の海外統括理事のR.モランさんが親しく本校にお見えになった時に私は4月30日の開校100周年奉祝祭へのご臨席をお願いしたのだが、過日正式に大学トップのアンソニー総長が自ら来て下さることが決まり、詳細日程が明らかになった。4月28日に関空に降り立ち、翌29日学校を訪問され校内校外のご視察、30日は奉祝祭にご臨席されるという徹底した本校訪問だけの来日である。私は極めて重要な海外からの「賓客」と捉え、誠心誠意おもてなしすることを決めた。28日の歓迎夕食会は市内のステーキハウスレストランとし、29日の校外施設視察時の昼食は私邸である「多聞茶寮」を使うことを決めた。私邸に招くと言うことは最大のおもてなしである。 

遡る事1年前の7月12日に初めてこの大学と包括契約の「オンライン調印式」を行い、今回来日されるアンソニ総長とは歳の差はあるが、「息があった」。私は洒落を入れたユーモアに富んだ挨拶をしたのだがこれが結構良い雰囲気を醸し出したと思う。フリッピンの日本大学とも言われ幼稚園から大学院まで、又多くの病院を抱える13学部も擁する名門大学のトップが、わざわざ大阪の一私立高校に来て下さる。この大学とは今年から国際コースの生徒達の「語学研修」の場所として選択し、大きな成果を上げた。特に大阪にある本校は今後の国際化の進展を考えた時に米国や欧州よりもアジア圏に軸足を置くことも重要だと思っている。そして何より親日的でもあり諸物価も断然に有利である。国際コースからは今年も直接にアジア圏の大学に進学する生徒も出始めており、私はこの大学とは単に語学研修の場所だけではなく、もっと幅の広い連携を進めたいと考えており、今回のトップの訪日を契機に踏み込んだ話を期待している。 



昨日は又嬉しいことがあった。3年ぶりの「多聞宿泊合宿」である。この多聞合宿から浪速改革が始まったと言える「特別な校外学習施設」であり、コロナで長い間「宝の持ち腐れ」であったが、今朝教員4名と生徒40名が一台のバスで千早赤阪村にある「多聞尚学館」に向かった。


私は午前中、市内有力神社の名誉宮司様の葬場祭に参列した後、現地に向かい、生徒達を激励した。テーマは「本年度の大学進学実績」であり、国公立は57人と過去を塗りかえる大きな進歩であった。生徒達にこの辺の話をして「時間はたっぷりある、目指せ目的の大学へ!」と題してスピーチをして激励したのである。科目は英語、国語、数学の基本科目であり、学校の授業とは全く異なった方法で要は「浪速高校大学受験多聞予備校」だと思って貰えば良い。模試を入れ解析し夜の24時まで質問、復習を行うのだから「力が付く」のは間違いない。