2026年11月5日木曜日

秋晴れの橿原神宮にて「海道東征 浪速」の音曲が鳴り響く

 建国の聖地、橿原の地に立った。ここから日本という国が始まった。日本最古の正史ともされる「日本書紀」において、「日本建国の地」と記された橿原。天照大神の子孫である神日本磐余彦火火出見天皇(かむやまといわれひこほほでみのすめらみことー後の神武天皇)が、豊かで平和な国づくりをめざして、九州高千穂の宮から東に向かい、想像を絶する苦難を乗り越え、畝傍山東南の麓に橿原宮を創建されたのである。第一代天皇として即位されたのが紀元元年、今からおよそ2,680余年前のことで、日本の歴史と文化の発祥の地でもある橿原は、日本の原点とも言える聖地だ。

明治に入り、神武天皇の御聖業を仰ぎ、橿原宮址に神宮創建の請願が民間有志から起こり、これに深く感銘を受けられた「明治天皇」は、京都御所内の天照大御神がお祀りされていた内侍所(賢所)を御本殿として、また、新嘗祭が執り行われていた神嘉殿を拝殿として下賜された。まさに異例の事であった。そして明治23年4月2日、官幣大社・橿原神宮が御鎮座し、創建となったのである。天照大御神の五代目にあたる神武天皇は、互いに争うことのない、永遠に困窮しない国を実現するため、九州の日向国(今の宮崎県)高千穂、美々津の港から国の中心地、大和を目指し東へ向かった。「東遷(とうせん)」の道中、豪族との争いや、相次ぐ兄弟達の不幸等、想像を絶する困難に遭いながらも、国内を平定され、ついに畝傍山の東南に位置する橿原宮で初代天皇として即位されたのである。 

「海道東征」は、昭和15年、皇紀2600年奉祝のために作られた壮大な作品で、詩人の北原白秋が古代日本の歴史や神話を題材に書き下ろした詩に、作曲家の信時潔が曲をつけた交声曲(カンタータ)である。白秋晩年の大作であり、信時潔の代表作としても知られている。制作背景として1940年は日本にとって特別な年で、多くの作曲家が奉祝曲を作曲したが、芸大教授の信時潔も日本文化中央聯盟から委嘱を受け、白秋と共に本作を制作した。白秋は当初、三部作として構想していたが、第二部・第三部は完成せず、1942年に病没した。信時も白秋の死後、神話を題材にした曲を構想したが未完に終わっているように偉大な二人の人物はこのカンタータに全精力を注ぎ切ったのだと私は思っている。 

この交声曲は前述したように日本神話を題材にしており、神武天皇の東征や国造りの物語を「音楽で表現」しており、当時は8枚組のSPレコードとして発売され、白秋自身も九州各地で講演会と試聴会を開くほど愛着を持っていた。戦後は一時期世相の波を被り、封印されていたが、ここ数年再評価され、完全な形での演奏も行われているようになった。後述するように本校「浪速学院もその役割の一端を結果的に担った」と勝手に心の中では胸を張って誇っている。 

文化的・歴史的意義としては、日本の神話や歴史を音楽で表現した文化的遺産であり、戦前の皇紀2600年奉祝の象徴的作品としての意味も持ち、戦後封印されていたことから、「復活」後は精神史的意義や「古典」としての価値が再認識されている。北原白秋と信時潔という二人の天才による歴史的・文化的価値の高い作品として、現代に蘇ったのである。「良いものはこのようにして蘇り永久に続く」と思う。「復活、再生、蘇り」は良い言葉だ。 

私はこの名曲を平成の26年の頃に知り、何としても詳細を知りたいと音源を探し求め、遂の天王寺の楽器店を通じ、通販でCDを入手した。何回も聞き、聴き、感動した私はこの曲を是非本校浪速学院の「学院曲」として「吹奏楽への編曲」を決め、まず東京の信時家のご遺族のご了解を賜るべく努力した。この時の依頼文は今手許に残っている。日付けは平成26年3月吉日とある。編曲の依頼は本校の音楽監督である万波先生にお願いし、当初は1.2.6.7.8の計5楽章であった。それから都合足掛け4年をかけて8楽章全ての編曲が完了した。「平成から令和への御代替わりの令和元年5月27日」に樫原神宮にて奉納演奏をさせて頂いたのが今回の契機になった。当時も今も橿原神宮の久保田宮司様から「再演を」とのお誘いを受け、今日に繋がった。前回は未完であったが今回は全8楽章50分のフル演奏である。 

昨日來、今日の雨を少しだけ心配していたが何と畝傍山の麓に位置する橿原神宮の空は晴れ亘る秋晴れで、又爽やかな風が拝殿前の広場を吹き抜け、心地よい日照りと風のクールさを感じる中で「実に見事な演奏」を指揮者と部員は見せてくれた。どのようにこの素晴らしさを表現すべきか、今思い付かないが神宮の神職の方々が感動の面持ちで私に声をかけて頂いた。「このような曲が有ったのですね」「感動で身体が震えました」等々、これだけで十分である。私は多くの事を学校に残してきたが「一つだけ挙げよ」と言われたら間違いなく「学院曲ー海道東征 浪速」を上げる。名付けtたのは私だ。ただ浪速を付けただけであるが。これくらい思い入れの大きい事跡だと自分では誇っている。



最後に久保田宮司のご挨拶があったが、「神武天皇様もさぞ喜びだと確信しています」とまで言われた。学校法人役員、クラブ員、生徒代表、保護者、教職員代表、合わせて総勢350人、一丸となって予定通りに始まり予定通りに終了した奈良の橿原の地で鳴り響いた海道東征終わりの地は穏やかな空気感に包まれ、海道東征の物語を優しく時に激しく語り、傍にいる人々の心に自然に入り込み、演奏が終わった後も皆さんの心に残響として深く残っているなと感じた。橿原神宮の宮司様初め皆さんにこのような機会を与えて頂き感謝に堪えない。又何時の日かこの場所に立てる日が来るように神様にお願いして車は大阪住吉の学校に向かって南阪奈道を目指した。



 以下は本日ご参観頂いた方々へお配りした「海道東征 浪速」の概要を記したものである。これは今回のプロジェクトの主担当として今日まで企画推進してくれた、前本校神道科の主任教諭、現在は浪速高校副校長である森川和信先生(皇學館大學卒)、実家は府内泉佐野市内の神社の神職)がまとめた資料である。 

令和8年11月5日

       橿原神宮における 学院曲「海道東征 浪速」御奉納演奏

               学校法人 浪速学院 浪速高等学校・浪速中学校 

このたび、浪速学院の発展への感謝を捧げるとともに、我が国の歴史と文化を未来へとつなぎ、次代を担う若者たちの健やかな成長を願い、初代神武天皇をお祀りする建国の聖地・橿原神宮において、八年ぶりに本校吹奏楽部が学院曲「海道東征  浪速」を奉納演奏させていただく運びとなりました。

神社神道の根本を建学の精神とする本学院にとりまして、本日の奉納演奏は、日々お守りくださる神々への感謝と、長年にわたり本学院を支えてくださった皆様への感謝を新たにするとともに、建学の精神を次なる百年へと受け継いでいく決意を深める、誠に意義深い機会でございます。

本日は、部員一人ひとりが心を一つにし、第一章「高千穂」から第八章「天業恢弘」まで、全八章を演奏いたします。神武天皇の東征の物語に思いを馳せながら、若き演奏者たちの奏でる音楽を通じて、本学院の建学の精神と未来への新たな決意を感じ取っていただければ幸いです。 

◎学院曲「海道東征 浪速」

  交声曲(カンタータ)「海道東征」は、昭和15年に皇紀2600年、即ち初代天皇の神武天皇が即位され2600年に当たることを奉祝して、信時潔作曲、北原白秋作詞によって作られた管弦楽、独唱、合唱からなる日本の名曲です。古事記や日本書紀の神話を元に、神武天皇がまだカムヤマトイワレヒコノミコトと呼ばれていた頃、筑紫の日向(美々津)を出発し、宇佐、岡田、吉備、浪速、白肩と、大和を目指して東征する物語が壮大に描かれた演奏時間50分に及ぶ大曲です。

  戦前はしばしば演奏されていましたが、戦後はタブー視されてきたためほとんど演奏されなくなり、人々の記憶から失われていた曲です。

 平成26年2月、戦後3回目となる海道東征の上演を報じた新聞記事が、本校、木村智彦理事長の目にとまり、すぐにCDにて演奏を聴かれた理事長は、この海道東征こそ学校法人浪速学院の学院曲として相応しい曲であると確信されました。

 理事長のご指示により、作曲者のご遺族より吹奏楽編曲の許可を戴き、本校吹奏楽部の演奏により、学院曲「海道東征 浪速」として学校行事にて演奏させていただいております。なお、本日の指揮は、本校吹奏楽部顧問 山本耕一朗が務めさせていただきます。 

◎本日の演奏曲

 第一章 高千穂(たかちほ)

     荘厳な調べで幕を開け、国産みの物語と高千穂の素晴らしさ、大和への東征の決意が歌われる。

 第二章 大和思慕(やまとしぼ)

     東征の目的地である大和への憧れが美しいメロディで描かれる。

 第三章 御船出(みふなで)

     日向の美々津から船団が出航する喜びと、輝かしい前途が表現される。

 第四章 御船謡(みふなうた)

     海の神の鎮めの詩、その後船を漕ぐときの歌謡風の船謡が続く。

 第五章 速吸と菟狭(はやすいとうさ)

   航海の難所として知られる速吸を通り、菟狭津彦の歓待を受ける場面

   を日本情緒の漂うメロディで描写される。

 第六章 海道回顧(かいどうかいこ)

     吉備から(難波)浪速に向けて出発する前にそれまでの長い旅が回顧される。

 第七章 白肩野津上陸(しらかたのつじょうりく)

     白肩野津へ上陸し大和に入る前、豪族・長髄彦の抵抗に遭う様子が描かれる。

 第八章 天業恢弘(てんぎょうかいこう)

三種の神器を讃え、神武天皇がついに橿原の地で初代天皇として即位する。

国を治める偉業と山河の美しさが感動的に表現される。