28日の高校卒業式、幾日か明けて今なお、心地よい余韻の中に浸っている。浪速中学校は191人と言う大記録で本年度入試をあらたか終えた。昨年度が168人だったから何と23人の増とは今なお驚いている。又高校の願書出願も教育相談の数となり、この状況から推定すると入学者数は1000人前後で恐らく府内の私立高校の中で今年もトップクラスの数となる見込みである。やはり私立中高にとって毎年毎年の入学者の数は「死活の問題」となるから冒頭の字句、心地よい余韻に繋がっているのだが、「来年度という先が見通せる」ということは幸せな事だ。安定感と安寧感、それに「やった!」という達成感もプラスされている。
その高校卒業式の余韻だが、私は28日当日のブログで「なかんずく答辞を奏上した元D自治会長の言葉は出色の出来だった。明るく、情感に富み、学校を誇りにし、共に学び遊んだ同胞を大切に思う気持ちが満ち溢れていた。」と短く書いた。実は昨年も31日に総代の答辞をこのアラウンドで紹介している。前年に倣い、今日はその私が絶賛した答辞を紹介したいと思う。彼は「声がとても良かった」。大きく、明瞭で、抑揚があった。抑揚が有るという事は本音の発露だからである。彼は現在、国立大学合格を目指してまさに今土俵に上がっており、私はただ「祈る、合格!」と腹で叫んでいるところである。
「答辞」
凛とした冷たい空気に、風花が美しく輝く今日この時、私達八四十名のためにこのような温かな式典を挙行していただき、誠にありがとうございます。また、ご多忙の中にもかかわらず、ご臨席くださいましたご来賓の皆様、そして木村理事長・学院長先生、飯田校長先生を始めとする教職員の方々、ならびに関係者の皆様に、卒業生を代表して心から御礼申し上げます。
思い起こせば三年前の四月五日、この大きな体育館で、これから始まる高校生活に希望と不安を抱き、開校百周年という大きな節目の年の入学式に臨みました。あれから早くも三年が経ち、私達は心身ともにたくましく成長しました。
一年生の夏には浪速高等学校の伝統行事である、三日間の伊勢修養学舎を経験しました。男子は禊、女子は豊栄の舞を体験しました。「伊勢修養学舎を経験してから真の浪高生になる」といわれるように、これから共に過ごす仲間と乗り越えた後には清々しさがありました。そして、九月には初めての浪速祭を経験し、放課後の時間や休みの日も費やして、買い出しに行ったり、撮影をしに行ったり、仲間と共に動画作成に一生懸命に打ち込み、忘れられない思い出となりました。そして十月には初の体育祭も経験したり、私自身は自治会長に就任したり、浪速高校を知り、全力で楽しんだ一年でした。
二年生ではコロナ禍の影響でなくなっていた海外修学旅行が復活し、それぞれが行きたい国を選んで、楽しみました。私はニュージーランドに行きました。私にとっては、海外を訪れる初めての機会で、当日の朝早くに空港に集合し、友達と喋りながらワクワクが止まりませんでした。そして飛行機でも友達とワクワクを共有し、あっという間にニュージーランドに到着しました。ニュージーランドではホビット村などの様々な観光地を巡り、ハカを踊ったり、羊の毛刈りを体験したり、マヌカハニーの作り方を学んだり、そこでしかできない体験もたくさんすることができました。そして約一週間、一緒に過ごす中で、いつもの学校生活だけでは知れなかった友達の意外な部分をたくさん知ることができ、濃い時間を過ごすことができました。そして、最高の修学旅行になりました。
三年生になると、自分の進路をより具体的に見つめるようになりました。自分の思ったように成績が上がらず、つらい思いをした時期が何度もあり、クラスの雰囲気も二年生までとは少し違ったものになっていきました。しかし、つらい時期も仲間がいたからこそ「一人じゃない」と思えて、乗り切ることができました。迎えた、最後の浪速祭では受験勉強と両立して、模擬店に一切妥協せずクラス全員が真剣に向き合いました。そして、仲間とぶつかったり、準備がうまくいかなかったりしながらも、当日は、クラス全員でお揃いのTシャツを着て、最高の祭りにすることができました。
ここまで話してきたのは三年間のごく一部ですが、とにかく最高の三年間でした。そんな最高の三年間を過ごさせてくれたのは見守ってくれた家族、向き合ってくれた先生方、そして一緒にいてくれた友達です。
まずは家族のみんな。毎日、朝早くからお弁当を作ったり、洗濯をしたりしてくれました。それだけでなく、自分も大変な中、「何かあったらいつでも言っておいで」とか「頑張れ」とか優しい言葉で私達を見守ってくれました。普段は恥ずかしくて言えないけど、この一言でこの気持ちが全部伝わるわけはないけど、ありがとう。これからも困らせると思うけど、いつか絶対に恩返しするからもうちょっとだけ見守ってくれていると嬉しいです。
そして先生方。勉強や進路の話はもちろん、なんてことない話まで聞いてくださいました。真剣な場面でも、楽しい場面でも、学校での私達を全力で受け止めてくれて、一時も見捨てず、育ててくれました。お世話になった先生方を越えることは絶対できませんが、必ず今より何倍も強くなった姿を見せに来るので楽しみに待っていて下さい。本当にありがとうございました。
最後に友達のみんな。涙が出るほど嬉しい時も、全て投げ出したくなるような苦しいときも、いつもみんながいました。一緒に怒られた授業中、一緒に笑い合った休み時間、一緒に帰った放課後、みんながただそばにいた毎日がこれほど大切だったんだと今寂しい思いでいっぱいです。でも、私達は前を向いていかないといけません。これから先、大学、専門学校、職場、様々な場所で戦っていきます。辛いときもあると思うけど、どこかで頑張っているお互いを思い出して頑張っていこう。みんなと過ごせて、あっという間で、最高の三年間でした。敢えて普段使いの言葉で伝えさせて下さい。ほんまにありがとう。
今日、私達はこの浪速高等学校を巣立ち、それぞれの道へ進んでいきます。浪速高等学校で出会った仲間や先生方、ここでしかできなかった経験、たくさんの思い出はかけがえのない宝物であり、誇りです。これから私達は、これらを胸に、自分の夢に全力で突き進んでいきます。
最後になりましたが、木村理事長・学院長先生、飯田校長先生をはじめとする教職員の皆様のご健勝とご多幸を、そして浪速高等学校のさらなる発展を祈念いたしまして、答辞とさせていただきます。
令和八年 一月二十八日
卒業生代表 〇〇 〇〇