2026年6月27日土曜日

仲夏にダブル台風とは?

 去年の今日、即ち6月27日に梅雨が明けたと私の記録にはある。昨年の話しだ。雨の感覚がなかった短い梅雨だったとの記憶が有る。ところが今年の今日は昨日の8号に続いて、二つ目の台風7号が大阪に最も接近する。どちらも雨台風である。昨日は臨時休校としたが、今日は今のところは警報や注意報も出ておらず、通常の土曜日となり、学校は「Saturday  Something  Special (S)」を実行中。来週から「期末試験」が始まるからこの3Sに参加する生徒の数が異常に多いが、それで良い。私はこの状況に満足している。生徒の為にエアコンフル回転で湿度を下げている。「三夏」と言う言葉がある。まだ爽やかな「初夏」、次に蒸し暑い梅雨時の「仲夏」が終わり、これからは炎暑の「晩夏」に移るが炎暑、酷暑も困るが台風の夏も困る。 

SOWN-Selection)と呼ばれる講座と2SSelf Studyと呼ばれる講座を視察したが生徒は真剣に学んでいた。試験前だから担当教諭の講座を受ける生徒が増えているのだが、やはり人気のある先生の講座が満杯になる。考えてみるとこれは当たり前で「分かる授業」をする先生の求心力が高い。2Sで、英語科の常勤講師の先生の講座を覗いてみたが先生は静かな声でゆっくりと生徒の頭の回転を待ち、考えさせるようにして教えてくれていた。通常の45分授業の「せわしさ」の感じは無く、3Sは一コマが長尺であるから、ここが講座の良い点である。この「ゆったり」感が私には気持ちよかった。 

11時からはさる大手塾の本校訪問があった。M塾さんは、株式会社Mネットワークジャパンが展開する、「個別指導学習塾」で、全国に極めて多くの「教室」を有しておられる。直営教室とフランチャイズ教室の2種に分かれているらしいが、このへんのセンスが良い。本部は東京都新宿にあり、小学生から高校生まで、全学年全教科対応で、講師1名が3人程度の生徒を担当する個別指導を採用している。このM塾さんとは十数年前からのお付き合いであり、「塾単独の個別学校訪問のはしり」だと思う。多くの塾生を送り込んで下さっており本当に有難い限りである。中高分かれてそれぞれの校長が学校の概要と方針をご説明するのだが、「トップ自ら一生懸命に対応するのが本校の形であり誠意」である。


 

2026年6月26日金曜日

臨時休校

 6時の時点で高校校長からの重要連絡で携帯が鳴った。大阪府の警戒警報レベル4の発表を受けて「学校を臨時休校」としたい旨の具申である。即座に中高合わせて臨時休校の最終判断を下した。警戒レベルは1から5までの5段階で表され、それが4だから相当なレベルであり、生徒を自宅から出させる訳には行かない。台風8号の影響は大雨による河川の氾濫や土砂崩れ等の危険があり、教職員の中にも通勤交通機関に影響が出ており、登校できない事態もあった。私は休校にしたのだから、午後からは教職員も有休取得による早退を勧めることにし管理職に伝えた。 

元々朝の8時に予定していた、昨日終了した専任採用1年目の研修発表会を終えた3名と先月行った2名の計5名の先生に加え、研修指導に当たった指導教官4人のベテランの先生、加えて校長以下の管理職を入れて「研修修了式」を行った。肝心の研修会を仕切る総務部長先生は通勤電車が動かず、仕方なく司会抜きで進めた。私はこれらの20代の若い先生方に期待を込めて指導の言葉と激励を送った。年の差が50歳近くもありこの若い世代の教員がこれからの浪速を作って行くのであり、極めて重要な人材であるだけに、「思い入れ」を含めて、今後とも今回の1年間の研修成果を生かし、「初心を忘れず」、教師たるもの、「生涯学習」であると強調した。自分を纏う自信の衣を常に磨き続けることが肝要と申し上げた。「謙虚さと矜持」こそ教職に有る人間の必須の特質だと思う。人に教えると言う行為は安易なものでは無い。 




今日の学校は元来、通常通りに授業が有って生徒には天空レストランにて昼食もとるが、急な臨時休業となりブルベーカリーの焼き立てパンの事前準備が既に為されており、340個もの、後は焼くだけになっていた種をどうするか、一瞬思案したが予定通りに焼くことにした。買う生徒は一人もいないけれど、法人がNEPから買い上げて、荒天の中出勤してきた教職員に分けてプレゼントするのも悪くはないと考え、実行した。偶にはこのような事もある。私も今日はピザパンを一個頂いた。

2026年6月25日木曜日

今日は様々の事があった日

 「1年間と言う時間」は人間に大きな仕事をさせるものだと思う。丁度一年前の今日の職員会議で私は天空レストラン焼き立てパンコーナーについて全教職員に方針を明らかにした。近隣のパンショップとの連携契約解消を円満に協議し、NEPという自前の組織で経営する方向に舵を切り、その準備に入ると宣言したのである。中央館6階レストラン内の「ブルベーカリーショップ」のリフレッシュと規模の拡大を図り、最後は「パンの品質とそれにあたる職人さんの確保」も成功し、生徒保護者に美味しい焼き立てパンを供給できる体制作りに動いた。昨年の9月の2学期から改装オープンとし、9月20日の浪速祭の日に大々的にグランドオープンとした。今思い出しても懐かしい。 

そして満を持して11月からは「食パンの外販」に拡大した。勿論まず校内の管理体制作りがキーポイントであった。格好の人材を私は抜擢してこの4月には事務室のYさんをNEPの取締役事業部長に発令した他、数人の若手職員に兼務辞令を出した。全てが順調に運びその外販も今日が14回目となった。14回目となる食パンの外販も今日は29分で完売したそうだ。素晴らしい。ここには後世誇れる「サクセス物語」がある。次のターゲットは6Rのレストランの改革だ。着々と進んでおり、これも9月1日の2学期始業式からになるだろう。最大の課題は「何処と組むか」である。パンと違ってこれはパートナーたる外部業者さんと組む方向である。

 

今日は最近ではほぼ1カ月に一回の職員会議の日であったが、その前の時間帯に「専任教諭1年間研修結果の発表会」があった。先月に続く2回目である。前回が2人、今日が3人の発表であった。いずれも素晴らしい中身のある研修成果だったと思う。私の立場としてはもっと「専任比率」を上げたいから会議に参加している常勤講師の先生方には「本校の専任教師として生涯頑張りたい」との強い決意を持って努力して欲しいと思う。その為にこのような企画は大きな刺激になると思う。自分を輝かせる何かを身に纏い、「自信が持てる良い先生」を期待したい。常勤講師1年目の先生方には1学期の終了時に「小論文」の提出をお願いしている。「これは!」と思えるような「本校と自分自身を俯瞰した覚悟有る論文」を読ませて欲しいと思う。 




その後「職員会議」に移り、冒頭私は6月8日に行われた「定時評議員会」の資料を使って内容を伝えた。そして7月3日に「令和8年度の夏季賞与・一時金」を支給する旨、居並ぶ全教職員に伝えた。財務内容も現時点では盤石であり、「出せる時には出す」という方針で、少しだけ比率を上げて「理事長特別加算」を行った旨も皆さんにオープンにした。諸物価高騰対策として月例給与の見直し分を4月からに遡及して加え、加えて評価システムでワンランクアップのAA評価となった教職員は今回から評価アップ分に加えて半期加算も自動的に反映されるようにした。これらを得た教職員はさぞ驚かれるのではないか。「大盤振る舞い」ではないが、出す時は「ドン」と出すのが良い。 


2026年6月22日月曜日

あれから1年、私は祖霊殿にお詣りした

 今日は本校評議員であり、最後の同窓会長であられた東京の湯島天満宮の押見名誉宮司様がご逝去された日であった。私は「学院神社の祖霊殿」に一人参拝した。6月4日、順天堂大学病院に入院加療中の宮司様をお見舞いに訪れ、親しく歓談して以来、わずか2週間と4日で旅立たれた。その後ご親族だけの密葬、湯島天満宮葬、そして本校学院神社祖霊殿への合祀祭とこの1年景色が色々と変わったが、私の悲しみは募るばかりである。最近の母校を誇り、こよなく愛された故人の令和5年、開校100周年記念の祝賀会での最後の纏めのご挨拶時の「感極まって」言葉に詰まられたお顔と光景が未だに私からは消えない。病室での二人の会話は時間の過ぎるのも忘れ、傍にいた奥様が驚くばかりであった。「そうか、そうか」と学校の現状を大変喜ばれ、普通はあり得ない事で、「個人で1000万円のご寄付」をしてくださった。 


「学校の為に使って欲しい」のお言葉が「ご遺言」であったような気がしてならない。私は役員会に諮り正式に「押見守康奨学金記念財団」として整備した。とにかく可愛いがられた私には「偶には神戸牛よりも飛騨牛だ」とか長崎の「ラグビー西瓜」とか「東京のウナギ」を「食べろ、食べろ」と時に贈って頂いたのは、それほど「学校改革による変貌」が嬉しかったのである。湯島天神さんも本殿はじめ、多くの建物や神社の周辺環境が故押見名誉宮司様の手で完全に生まれ変わっており、「改革者」同士であったからこそ、私みたいな者へのシンパシーを持って頂いたのだと思う。有難い限りである。1周忌が過ぎ、7月3日には東京で華々しくご子息の宮司就任お祝いのパーティへのご案内が届いた。勿論私は出席させて頂く。

 20日の土曜日に行われた第1回目のクラブ体験会の報告を受けた。このような作業は決して無駄ではない。単なる報告にならず、せず、必ず生きた証言として後世に繋がるもので、次回や来年度への参考になる。入試広報部の「所感」が特に重要である。又特に保護者アンケート他に対して眼光紙背に徹するとその心を読み解く力量を今後とも研磨して行かねばならない。そしてトップマネージメントの私は全体を俯瞰し、今回は開催準備するクラブも前日までに最少申し込み人数を決め、それに至らないクラブは当日の開催を閉じるようにアドバイスした。次回の開催に回せば良い。そうでもしないと出勤してきた教員には空振りとなり、「土曜日の教職員の働き方改革」には繋がらないと述べた。 


「本校女子体操部の快進撃」が続く。主顧問であるS先生の力量だと思う。この土日に京都の向日市民体育館であった体操競技の令和8年度近畿高校選手権大会で女子団体総合でわずかの差で準優勝となったが、その4人の中の高校1年生の生徒が何と個人総合で「優勝」し、インタイーハイ出場が決まった。オリンピック候補と言われている他校の生徒を凌駕しての優勝で会場が一瞬ざわめいたと言う。創部してまだ7年、特に女子の活躍が目立つ。元々私は女子体操部と思っていたが、色々あって体操部にした経緯がある。しかし男子体操部は府内には超強豪校がおり、本校の路線は今後とも女子選手の育成強化に主眼を置く。具体的には育成資金を重点的に、継続的に拡充していく積りだ。下記、写真のユニフォームも私が贈呈したものである。少し派手かな?



2026年6月20日土曜日

浪速高校 第1回クラブ体験日 他ニュース

 浪速高校の生徒募集活動が今日から具体的に動き始めた。昨夜から今日の天気を心配していたが今朝の雨や蒸し暑さは午前10時頃までには少し遠のき、風も感じるようになって安堵した。今日は「浪速高校の第1回目のクラブ体験日」であり、校内、校外全ての施設を活用して行った。多かった昨年よりも多い参加者となり「幸先が良い」。天気は今一つだったが人気は相変わらず良く、欠席率が低かった。天気と人気、これは駄洒落です。吹奏楽部、弓道部、ソフトテニス部、軽音楽部、男子バレーボール部、ダンス部と参加者が多い。本校は勉強をしっかりと教え、学び、それで部活動をするという文武両立の長い伝統・風土があり、これは生徒や保護者に大きく受け入れられている。次は8月22日に2回目を行う予定で、施設が良いから例年参加者が増えている。 



しかし今週も忙しい週だった。外部からご来訪の方がいらっしゃると特にそのように感じる。やはり「おもてなし」という姿勢が本校の看板だからなのか、毎日見慣れている生徒相手とは違って気を遣うからなのかと思う。ご来客の場合は大概私が冒頭の挨拶をすると言うか、させられると言うか?私の大きな仕事の一部である。16日の木曜日には「大阪調理製菓専門学校」の村川学園の調理師の青木先生が家庭科調理室で今回は西洋料理体験教室として「カルボナーラ」の指導をして下さった。先の「和食・・巻き寿司」に続く第二弾であり私は会場に行って先生にご挨拶し生徒に「進路選択」について話しをした。立派な調理師になって世界の一流ホテルで働くのも悪くはない。 



昨日の19日は韓国の光州市からの「体育人材グローバルチャレンジ人材訪日団」を受け入れた。光州市の教育庁始め、行政サイド、教員が9人で男子女子生徒ほぼ半数の20人のエリートアスリートであった。親善友好の為であり、お断りする訳にはいかず、校長以下総力を挙げて夕方18時まで歓待し交流した。クラブはバスケ、サッカー、弓道、空手としたが、お客様は本校の施設の豪華さと美麗さに驚いておられた。韓国とのお付き合いで言えば、既に名門高校と契約を交わし、交流を行っており、今度その高校の先生方が30名も本校を訪問される。このように今や本校は大阪では最も韓国の学校と密接な関係になりつつあるのではないか?そのように感じた。今政治の世界でも日韓両国は良い状態にあり、今後とも余り背伸びせず、じっくりと友好親善を高めていきたいと思う。 



最近では初めての試みだと思うが「多聞尚学館学習合宿」が通常の土曜日からではなくて金曜日出発でなされた。昨日の16時に学校を出た。高1の生徒を対象に「目指せ!国公立大学」の合言葉で数学と英語だけの特訓である。又これも初めての試みだが高校2年生の国際コースの生徒が「IELTS」の英語資格受験対策講座と銘打って出発した。この資格は最近の主流になりつつあり海外の大学に進学する場合の英語の認定資格みたいなもので結構難関資格だが海外の大学への進学を考えている国際コースの生徒には従来の英検やTOFELのみならず、主流になりつつあるこの資格を真正面に捉えるという行動は極めて良い狙いであり私は大いに頷いた。


2026年6月19日金曜日

建国の聖地 橿原神宮と海道東征浪速

 今日は神社界において大変に有名な宮司様が初めて本校を訪問して下さった。橿原神宮の久保田 昌孝宮司である。東京都のお生まれで、國學院大學卒業後、1974 年より橿原神宮に奉職され、2014年より橿原神宮宮司の宮司を務められている。私とは令和元年、5月27日に「平成から令和への御代替わり」を記念して本校の学院曲である「海道東征浪速」を奉納演奏して以来ご厚誼を頂いており、今回の訪問となった。訪問の目的は海道東征の奉納演奏を再演して欲しい旨の公式な依頼に宮司様自ら御足を運んで来られたのである。 



8年前の初めての本校吹奏楽部の海道東征奉納演奏時に痛く感動せられた宮司様は「もう一度聞きたい」と前々から人を介して要請を受けていたが、学校の見学を兼ねて初めて校内に入られ面対で依頼を受けたからには答えは一つ、こちらから「是非やらせてください」とお受けした。最初から最後まで本校の隅々まで視察された宮司は「このような学校は今まで見た事がない」とまで言われ激賞に近い賞賛を頂いた。 



奈良県橿原の地は「建国の聖地」とも言うべきところで、ここから「日本という国が始まった」と言える。日本最古の正史ともされる「日本書紀」に日本建国の地と記されている場所である。「天照大御神」のご子孫である神日本磐余彦(かむやまといわれひこ)/初代神武天皇〉が、豊かで平和な国づくりをめざして、九州高千穂の宮から東に向かい、想像を絶する苦難を乗り越え、畝傍山〈うねびやま〉東南の麓に橿原宮を創建されたのが紀元元年とし、天皇として即位されたのが今からおよそ2,687余年前のことだ。だから橿原は日本の歴史と文化の発祥の地でもあり、日本と言う国の根本・原点ともいえると私は考えている。


御祭神は当然、「神武天皇」とお后の「媛蹈韛五十鈴媛皇后」(ひめたたらいすずひめこうごう)であり、神武天皇は、天照大御神の御孫・瓊瓊杵尊〈ににぎのみこと〉の三代目にあたる。互いに争うことのない、永遠に困窮しない国を実現するため、九州の日向国(ひむかのくに)高千穂から、国の中心地を大和を目指して東へ向かったから「海道東征」である。この「東遷」を経て国内を平定され、ついに大和三山の一つ、畝傍山の東南に位置する「橿原宮」で第一代天皇として即位された。明治に入り、神武天皇の御聖業を仰ぎ、橿原宮址に神宮創建の請願が民間有志から起こり、これに深く感銘を受けられた明治天皇は、京都御所内の天照大御神がお祀りされていた内侍所(賢所)を御本殿として、また、新嘗祭が執り行われていた神嘉殿を拝殿として下賜され、そして明治2342日、「官幣大社・橿原神宮」が御鎮座し、創建となった経緯である。 


御神徳は「開運延寿」「開運・招福」である。又「健康延寿」も言われている。神武天皇は御年45歳で日向国〈ひむかのくに〉を御出発になり、6年という年月を経て大和国に入り、畝傍山の東南、橿原の地に都を定められたが、神武天皇は、橿原宮に即位されてより、御在位76年、実に127歳(古事記では137歳)の御長寿を全うされたという。この事は、神武天皇がいかに御長寿であられたかを物語っており、いつの時代も私達国民が心から願う健康並びに延寿の理想を初代神武天皇自らが具現されたと「日本神話」は私たちに教えてくれていると私は思う。御年127歳などあり得ないと言ってはならないと思う。今から2680年前の神話の世界の事である。少しくらいの変動は有っても決しておかしくはない。

2026年6月18日木曜日

7月3日に夏季賞与・一時金を支給致します。

 この3日間ほどは来月に支給する予定の「令和8年夏季賞与・一時金」の具体的検討を慎重に行って今朝ほど仮決定した。「ほっと、一安心」と言った感じだ。「今年も支払えると言う、言いようもない安堵感というのか?」、これは出す方になってみないと分からない感情だと思う。従業員にボーナスが出せないような経営者では失格であり舞台から退場しなければならないと覚悟しているからだ。仮決定と書いたが、この仮と言うのは支給日までに当該本人に何か支給条件に触れる不都合などがあれば至急取りやめるなど手直ししなければならないからだ。不都合とは、例えて言えば、ついついの飲酒運転で警察に検挙されたとかである。まさかこのような人に「貴方の過ぎし半年間の活躍と成果は立派だったから賞与に理事長特別加算をしました」となど口が裂けても言えない。 

原案は校内理事である副理事長、高・中の校長の3人の理事から理事長あてに出されたものを理事長たる私が名簿にある各個人のお顔を思い浮かべながら時間をかけて最終決定する。意見具申は尊重し、私から「この人物はノー」とは滅多には言わないが金額の増額や減額など変更はある。逆に名簿に名前が上がっていない教職員の中から「この先生、良くやっているのではないか」と理事長が指名することもある。昨日、日銀は政策金利を1%という30数年ぶりに高いレベルまで上げたがこれは諸物価高騰のインフレ対策であり、本校教職員も今や生活基盤になっている今回の「夏のボーナス」を期待して喜んでくれ、待っているに違いない

「金は天下の回りもの」という良く使われる言葉がある。お金は常に世の中を回っているものであり、今はお金がなくても真面目に働けば、いつかお金が入ってくるという意味である。良い意味でも、そうでもない意味でも利用されるフレーズだ。金銭は一箇所にとどまっているものではなく、持っている者もいつか失ったり、今ない者もいつか手に入れたりすることを示しており、英語表現では「 Money comes and goes.(お金は来て、又行ってしまう)」だから分かり易い。お金にまつわる話は時に「微妙・・・」であるが、お金が無ければ近代資本主義の世の中を生きて動いていくことは出来ない。お金を稼ぎ、納税し、そして生きて行くため、食べ物を買い、家族を養い、子を教育し、自立させていく。これらは「世界共通の人間生活の究極の循環サイクル」であり、教育界でも、どの職業でも全く同じことだ。 

3年前の開校100周年時の人数から生徒数は更に増大し、中高合わせて3586人の在籍生徒数で本年度はスタートした。過日令和7年度決算を確定したが純資産も何と145億円に上った。キャッシュフローも問題なく、又資産も十分にあるという超裕福な学校に変貌した。これらは優秀な教員の活躍で生徒の集まる人気校に変貌したからである。従来から生徒への還元は絶えず行って来たが教職員へは「毎月の給与と年間2回の賞与一時金」で報いなければならない。当たり前のことである。勿論だれかれ、全ての人に均等に報いるなどは出来ない。「成果を上げた教職員」「頑張っている教職員」「裏表なく真面目に努力している教職員」等々が対象だ。賞与は年に一度の人材育成評価システムの「能力評価」とは異なり、基本的に「過去半年の仕事ぶりを評価」するものである。

 私は職員代表のS先生に部屋に来て頂きこの夏のボーナスの支給と支給日について正式に通告した。本校の支給日は通常は75日だが、本年は5日が日曜日だから「7月3日に支給致します」と述べたのである。