「京都大学の北川進先生がノーベル化学賞を受賞」される。先の坂口志文先生の生理学・医学賞に続いての栄誉を日本人が、それも関西人が受賞される。昨日テレビで町ゆく若い女性がインタビューで「めっちゃ関西の時代やぁん」と喜んでコメントしていたが、関西大阪万博の大成功、お二人の先生のノーベル賞受賞、それに奈良の女、高市早苗さんの自民党総裁就任など確かに「関西時代の到来」だ。今朝入試広報部教頭のK先生が入ってきて暫しこのノーベル賞の話しになったがK先生は「阪大、そして京大」と来ましたねと言っていた。彼は大阪教育大卒のエリート教育専門家である。先生は間違ってもノーベル賞には恐らく縁は無いと思うが将来ノーベル賞を受賞するかも知れない本校生徒を集めまくっている。これも偉大な仕事だ。それにしても私は2019年の修学旅行でスエーデンに生徒を引率し、ノーベル賞の会場となった場所に立った事を思い出し、感慨にふけった。
各紙を前回と同じように舐めるように読んだが、何処の新聞も北川先生の「良いお顔」をトップ記事に載せていた。素晴らしい業績を艱難辛苦で得た人のお顔はまさにこのような柔和で品格のあるお顔になるのだと確信した。私は読売が報じている「京大化学の系譜」との言葉に目が留まった。「そうか!確かに発明者発見者の頭脳と鍛えられた精神力が最初に来るがその背景にはその職場、研究所などの土壌、風土、師から弟子へ、教え子たち、仲間」等々「系譜」という言葉に代表されるDNAが有るのだと思った。日常生活ではあまり耳にしない言葉であるが、このような立派な業績は単に家系や血縁関係だけでなく、芸術や学問の流派、思想のつながり、様々な「つながり」が成果を生む事を表現する言葉の一つが系譜なんだと私は大いに頷いた。
北川先生は1981年ノーベル化学賞を受賞された福井謙一先生の系譜に繋がり、2019年同じく化学賞を受賞された吉野彰先生の同門である。これを系譜と読売は喝破して記事の大きな見出しにした。そういえば2002年、田中耕一先生が化学賞を受賞されたが、先生は京大ではなくて東北大だったと思うが、勤務先は京都の島津製作所であった。「京都と言う土地柄」は他と少し違うのかとも思ってしまう。東大から一向にノーベル賞が出ないし、日本では京都が圧倒的に多い。坂口先生、今の在籍は阪大だが、元は京大で長く研究されている。「京都って何か面白い」、何故だろうか?
話しを元に戻そう。この土曜日11日に浪速中学校の来年度入試のプレテスト参加希望者が昨年を大幅に超えた。この参加者数は極めて重要な数値で来年度の入学者数の予想が出来るくらいである。昨年度の入学者数は168人と新記録であり、来年度はこれを超えそうな勢いであるが、我々は5クラスで最大175人で抑えたい気持ちが高い。ようやく浪速中学も本格的な「選別の時代」に入った気がする。受験総数から実際の入学者数の比率が現在の高止まりから、徐々に下がって来るだろう。要は容易に入学は出来ない私立中学への変貌変換点になるかも知れない。浪速中学、浪速高校、6年間の一貫教育で大学は「京都で学ばせる」のだ?。この中から将来ノーベル賞受賞者が出るかも知れない。さすれば冒頭のK教頭先生も喜ばれるのでないか?我々の仕事の醍醐味はこう言う事である。