2026年3月2日月曜日

暗澹たる、そして哀憫の情、限りなし

 「暗澹たる」と言う言葉を初めて遣う。組織のトップは余りこの種の言葉は使わない方が良い。薄暗く陰鬱な様子や、将来に希望が持てない絶望的な気持ちを表す言葉だが、二つの意味が有るらしい。物理的・雰囲気的な意味、即ち薄暗くはっきりしないさま、暗く陰気な様子を指し、「暗澹とした空模様」「暗澹たる夕暮れ」など、天候や景色の描写に使われる場合と、心理的・比喩的な意味で将来の見通しが立たず、全く希望が持てないさま、絶望的な気持ちを表す「暗澹たる人生」「暗澹たる思い」など、心情や人生の状況を表現する際に用いられる。今日の一斉参拝はこの両方の意味で肌寒く、どんよりした天気とこの参拝の30分前に出した「今日と明日,関空からイタリアに向けて離陸予定にあった高校2年生の200人の修学旅行を中止する最終結論」が私を痛く暗澹たる気持ちにさせた。 


朝の7時半からエージェントのHISさんの幹部を交え、学校関係者で情報を整理し協議した。そして上記結論を出したのである。学年主任は早速保護者宛の文章を作り、理事長と校長名連記でネットで保護者に配信した。明日生徒には登校させ、一連の経緯や代替旅行が国内で可能なのかも含めて説明責任を果たす積りである。中継地であるアラブ首長国連邦UAEのハブのドバイ空港は2回もイランから反撃を受けており空港閉鎖の状態であり、肝心のエミレーツ航空もキャンセルするのかどうか、姿勢が分からず、このような状況化にある中東のドバイ空港に絶対に生徒を飛ばせる訳には行かない。現時点では明確ではないがHISさんには我々からはキャンセル料は一切支払わないと私は通告した。当たり前だ。「泣きっ面に蜂」とはしない。

今日の一斉参拝は暗澹たる気持ちと胸躍らせて今日明日の出発日を待っていた、200人の生徒の気持ちを考えると可哀そうで「哀憫の情限りなし」であった。この生徒たちは昨年の11月の正式な修学旅行で機材の不調で旅行そのものがキャンセルされ、間を4カ月おいた2回目のトライであった。哀憫(あいびん)という字句、今の私にはこの言葉しか見つからない。私は今、生徒への「かなしみあわれむこと、あわれみ,情けをかけること」に囚われている中での一斉参拝であった。その反動として強国の論理を振りかざすトランプ大統領とネタニヤフ首相を強く非難したい怒りの気持ちである。トランプ大統領は今回の作戦を用語として「壮絶な怒りの攻撃」と名付けているというが「いい加減にせよ!」と言いたい。しかし日本の内閣は公式に非難などのメッセージは出していない。これが国際関係と言う現実なのである。

 

年度最後の「一斉参拝」の日であったが、何とも言えず、前述した背景もあって複雑な気持ちでの学院長講話となった。しかし私はそれでも元気を出して、1月から12月までの「年」と4月から3月までの「年度」との違いについてある程度詳しく話した。背景には「予算主義」があり、高市総理は先の衆議院選挙のため、未だ来年度予算が決まっていないなどまじえながら君たちが学ぶ学校も会社も年度予算主義だと話を進めた。この3月は年度末として「有終の美」を飾る月であり、4月以降の新年度の「良いスタートアップ」準備の為の時期でもあると強調し講話を終えた。