2024年7月10日水曜日

大塚善章先生ご来校

 




今日は本校の校歌を作曲して下さった「大塚善章」先生が理事長を尋ねて来られました。昨年の開校100周年以来の訪問となります。ご夫人とご一緒で、理事長先生は温かくお迎えになり歓談されました。先生は趣味の陶芸の話を持ち出され大いに盛り上がりました。ご来訪の目的はこの11月24日に大塚先生が「傘寿記念のコンサート」をされるとかでその協賛のお願いでしたが、理事長先生はこのような校歌の作曲と言う特別にお世話になった方への協力は何時も前向きにご検討されます。それにしても大塚先生は90歳に成られますがお元気そのもので立って屈伸をされ手が床に付くお姿に理事長先生は驚かれていました。「素晴らしいね!人生百年時代の見本のようなお方が作曲してくださった校歌」を今後とも大切にしたいと申されていました。(K

2024年7月9日火曜日

「空手道部の事」

 私は全日本空手道連盟から「空手道4段を認許」されている。免状の中に間違いなく書かれている。名誉の言葉は付いていないが名誉4段である。認許の言葉があることを初めてこの時に知った。受賞の数日前に全空連の笹川会長からお電話を頂き、事前に知らされた。時期は「平成から令和に御代替わした令和元年12月6日」の事だった。空手道などやった事もない私がこのような名誉を掌中に出来たのは、K.I監督率いる空手道部の躍進が凄かったからである。これは断言しなければならない。新道場を得た空手道部は全国制覇への道を突き進んでくれ、「浪速高校空手道部の勇名」は日本全国に鳴り響き、その勢いは今も続いている。又私の4段の認許の背景は空手道部練習場「練武館」の創設が空手道の発展に大いに寄与貢献したというところであると聞いた。笹川会長は当時噂になった本校の新道場を視察に来られ、激賞して頂いたことが今でも懐かしい。確かあれは2年連続春夏連覇の祝賀会の時だったと思う。爾来私は笹川会長とは懇意にして頂いている。

 


このK.I監督が成し遂げた言わば偉業は浪速改革スタート以来、「春の全国選抜大会で優勝回数は10回で最多」を数え、今年も成し遂げた。夏のビッグイベントである「インターハイでは団体組手において全国優勝回数は6回、準優勝が1回、3位が3回」だから今や常勝軍団に育ったとも言える。この夏も大阪代表として佐世保に向かい頂点を狙っている。これら全ての戦績はK.I先生という本校の保健体育科教諭の指導と部員生徒の努力と根性のお陰である。しかし謙虚な監督は「この素晴らしい道場、練武館を作って下さった理事長先生のお陰です。」と何時も何方にも言ってくれているらしい。噂が噂を呼び、本校には日本全国の有力な多くの強豪校から練習試合を求められている。とにかくK.I監督の指導を噂の道場で行いたいとのお気持ちではないかと言える。 

確かに今や4面を有する浪速武道館空手道場「練武館」は恐らくアマチュア、大学も含めて学校単位では日本一の道場かも知れない。そのような意志を強く持ち、精魂込めて作っただけに私は素直に嬉しく思う。立派な道場と卓越した指導者が生徒達の心に火を付け、信じられないような力を出すのである。 

この練武館こそ、昨日のアラウンドに書いたように今丁度、新浪速中学校棟の新築を請け負ってくれている南海辰村建設さんの力で竣功して頂いたのである。余談だが浪速中学もこの新校舎によって今後ますます発展して行くことは間違いない。 

空手の発祥の地は古来、琉球と呼ばれていた沖縄と言う。その源流は、彼の地で古くから伝承されてきた独自の格闘技「テー」が、14世紀後半に伝来した中国拳法の影響を受け、現在の形に発展したと考えられていると物の本には書いている。「空手」という名称の由来には諸説あり、中国(唐)に学んだ拳法ゆえに、当初、「唐手(トーテー)」と呼ばれていたものが「カラ・テ」と読み替えられ、その後、手に何の武器も持たないことを意味する「徒手空拳」の「空」が「唐」の字から置き換わり、「空手」になったとする説が一般的らしい。武器を一切持たず、ただ手と足だけで勝負するスポーツである。ここが極めて「かっこよい」。 

空手は長い間、秘技として伝承され、沖縄で一般に広まったのは1900年代初頭のことで、その後本土に上陸し、1922年、東京で開催された第1回体育博覧会で、「形(かた)」の演武が公開されたのを契機に、大学を中心として日本各地に普及した。海外にまで広まるのは戦後のことで、昭和30年代以後、多くの勇気ある日本人指導者が海を渡り、空手を全世界に広めた。現在、国内の空手人口は約300万人を超え、世界では 165カ国が世界連盟に加盟しており、4,000万人の愛好者、競技者がいるという。町でも今や多くのちびっ子選手を目にする。現在本校の空手道部員は中高合わせて108人もいる。 

この本校の「チャンピオンクラブである空手道部」に対して最近、外部からの侵入で少しだけ騒がしい状況になっている。この部に関しては保護者、OBを含めて陰に陽に、叱咤激励のお言葉やお手紙が私や高校校長に届く。殆どが称賛と激励であるが、当方が困惑するのは「匿名のお手紙」である。当方は指摘事項に対し、調査して返信しようにも連絡することが出来ない。府の行政指導は匿名の手紙は「放置しても良い」であるが、中には事実誤認の情報で本校空手道部の名誉棄損に相当するなども垣間見え、看過できない時もある。 

今回の匿名の手紙はまさにそうだった。私の指示を受け、高校校長は全てを監督官庁である私学課に匿名の手紙の現物を添えて報告し、住吉警察署に相談を持ち掛け情報を提供した。本校の校訓は「浄く、明るく、正しく、直く」の浄明正直であるから不祥事の隠蔽などは元来あり得ない運営を行ってきており、これは今後とも徹底して参る。

今や府内の私立高校96校でトップの入学者を受け入れている本校は今後とも学校の名誉を守り、教職員、そして本校で学ぶ生徒の人権を守る為に出来ることは全て行う積りだ。今回の匿名の手紙は間違いなく空手道部への名誉棄損だけではない。「学校法人への侮辱」であると私は捉えた。それくらい中身が酷い。

匿名の手紙を差し出したお方に申し上げたい。「顔を隠して」、名誉棄損、侮辱、人権侵害、恐喝まがいの中味等々書いた手紙を次々と学校に送ってくるのはいい加減にして欲しい。 徹底的に貴方が一体誰なのかを突き止め、お話をしたいと思っている。貴方は何が目的なのですか?

私はインターハイ前のこの大切な時に空手道部の生徒と顧問の先生方が可哀想でならない。昨日久し振りに練武館を訪ね、丁度練習の終わった部員を集めてまず神棚に揃って参拝し、私は空手道の部員を激励した。インターハイを控えて一層練習に身の入っている選手諸君は目を輝かし、練習を終えた満足感に浸っていた。私は結構長く時間を取って詳しく練武館の誕生の経緯などを話して聞かせた。武道をやっている生徒は礼儀正しく良い生徒ばかりである。今更ながら空手道部は良いな、だから強くなると感じた。





2024年7月8日月曜日

現実は時々刻々変化するが常に理想に近づける努力を!

 早朝、1カ月ぶりに建設中の新中学校棟の現場に赴き、その様子を伺った。心の中ではもっと足繁く、現場視察をしたいのはやまやまだが、学校と言うところは色々とあって、優先順位を考えて行っている。又「今日は行って見るか」くらいの軽い気分では現場の人に悪いし、又気分が乗らずに建設現場に顔を出すのは良くないと言うのが私の主義であるから、大体1か月ピッチとしている。元来現場では長袖の服装が正しいが、短い時間なので工事を中断して貰って半袖を許して貰った。視察後の印象は一言で言えば「竣工したら素晴らしい校舎になること、間違いなし!!」と改めて感じた。今の西館の中学教室よりかは広く取っているので余裕がある感じが極めて良い。躯体は5階まで出来ており、後は最上階の6階と天井の床だ。工事資材の搬入に使う揚重機が前回の視察時後に設置されており、それに乗って5階まで一挙に到着した。 



エレベーターの位置は学院神社の中心になるように持って来ており、今日は揚重機からの眺めであったが、シースルーのエレベーターから見る正門玄関、学院神社、神社前広場、中央館回廊等はまさに「一見に値する」光景になると容易に想像出来た。又特に2階部分の校長室、職員室、来客応接室からは神社が遠く「丸見え」な感じである。2階でエレベーターを出ると、ホールからは一挙に職員室が眼前に広がり、生徒や保護者、ご来客など驚嘆されるのではないか。これから内外装工事が始まるが私は「気力を充実させ」ウヲッチする積りだ。最後は色彩などの「意匠性」がものを言う。垢ぬけておしゃれで、機能的な近代的建物で無ければならない。しかし今日の視察で益々その実現を確信した。 





午後からは「1学期最後の校務運営会議」があった。その前には産業医ご出席の元で「安全衛生保健委員会」があった。私は居並ぶ幹部教職員に少し早いが慰労の言葉を述べた。期末試験も終わり、中学は20日の終業式、高校は31日の終業式まで特別な学校行事が続く。ハイライトは21日から31日までの高校の「伊勢修養学舎」と中学の「伊勢HR合宿」であり、この他にも特別授業、特別補講、受験対策講座等が「目白押し」である。世間の人は「学校は夏休みが長くて良いですね」と昔は良く言われたが、最近は余り聞かない。それも学校と言う塀の中を社会の人々は知って来たということだろう。今日的学校はとにかく時間に追われて忙しいのである。 


2学期からは学校は「様変わり」して「学校5日制」がスタートする。5日制と言っても土曜日は休みではなくて「形を変えた取り組み」を検討済みでありこれを20日にまず理事長・学院長から全校生徒と教職員に「9月1日からやるぞ!」との開始宣言を公式に行う予定だ。試行錯誤しながら中身を高めて行きたいと思う。生徒にも教職員にも「ゆとり」を持たせ、自ら考え自ら行動する人材を育てる方向に少し重きを置くのだ。何でもかんでも一方向の教えると言う行為から教師も脱却し、育てると言う感覚を持たせていきたい。理想と現実は違うと言うが「現実を理想形に近づける行為」は決して間違っていない。

2024年7月6日土曜日

多聞尚学館での「思考力養成セミナー」

 昨日、中高共に1学期の期末試験が無事に終わり、今日は生徒の「家庭学習日」にしているので学校は極めて静かである。先生方は集中して採点作業に当たる。しかし、一部の高校生は学年を横断して約100人の生徒が「思考力養成多聞セミナー」と称して指導に当たる8人の先生方と多聞尚学館に向けて8時過ぎに学校を出発した。中心になってこのセミナーを3年前から育て上げてきたのは指導教諭で国語科の教諭であるT先生である。まさにこの先生は「スーパーティーチャー」である。このセミナーは千早赤阪村についてSDGsも視野に入れた地方創生の課題を現地で考えることで、問題解決能力やプレゼンテーション能力を養う事を目的としている。 

その為にT指導教諭は事前に段取りして調整を行った結果、千早地区の住民の方々10人を多聞尚学館にお招きし、村の歴史や地区の抱える課題などをお話しいただいた。その中にはこの施設を売って頂いた前の村長さんも入っておられた。生徒は住民の方々のお話を聞いて、課題を共有し、それを纏め、グループで討議してプレゼンをすると言うプロセスであるから、まさに「生きたセミナー」となっている。私は出発のバスを見送った後、急遽、「僕も多聞に行くわ」と、予定を変えて学校車を自ら運転してバスを追いかけた。その途中で「そうだ!」と考え、先の千早赤阪村村長選挙で当選された、菊井さんをセミナーにお招きしようと思い、車の中で電話により段取りをした。






住民の方々のお話は10時30分までで、その後生徒全員がラウンジに集まり、私はT先生の進行で「理事長講話」をし、思考力セミナーの意義、この多聞尚学館の誕生の経緯、そして住民の方々へのお礼などを述べた。その後自ら紹介する形で村長選挙に当選された菊井さんから、まだ村長ではないが住民のお一人としてそして後7月16日には晴れて村長にご就任される菊井さんに「何か生徒に一言、激励のお言葉を」とマイクを渡したのである。菊井さんは素晴らしい挨拶をされ、夢多い生徒の将来に言及され激励して下さった。 


セミナーの最中に入試広報部が主管の小学校6年生対象の校外施設見学ツアーの一向が多聞に到着し、高校生と地元住民とのセミナーの様子や館内見学と時間的にあたったが、児童生徒は目を輝かせていた。保護者同伴であるが保護者の方々も素晴らしい美麗な多聞尚学館で高校生が現に使って勉強している姿を見て本校の良さを得心して頂ければ有難い話だ。

 大阪唯一の村、最も標高の高い金剛山を有し、本校はこの多聞尚学館、多聞茶寮、多聞果樹園、農園、お隣の河内長野市には「ふくろうベースボールスタジアム」、堺の美原区には「高天原スポーツキャンパス」を有してこのトライアングルを有効に生かし、日本の明日を担う生徒達を教育していくことに今後とも邁進したいと思う。施設は何時までも大切に美麗に保ち、学校と行政当局、そして地元住民の方々と今後とも厚誼を深めて行くべきと隣にいた常務理事や中学校長、高校の副校長に強くその場で申し渡したのである。

2024年7月5日金曜日

今日は令和6年、夏季賞与・一時金の支給日

 今日は令和6年の「夏季賞与・一時金」の支給日であった。小さな私立の高等学校・中学校と言えども「学校の経営」を担っている身にとって今日ほど特別な感情が湧き出る日は無い。表現すれば「まぁ、今回も良かったー!」と吐露しているところか?これが支払えなかったり、対前年度削減された支給額だったりすれば、私の性格からすれば「相当、落ち込んでいた」に相違ない。何時も同じように、この日早朝、ただ一人、ひと気のない学院神社にお参りしてこの夏も頑張ってくれてた教職員全員に「今夏も出すことが出来ました!」との報告と感謝の気持ちを大神様に表した。 


特に今回の賞与・一時金の水準は平成19年以来「学校改革を押し進めて」きたが、この間年間4カ月分として押し通してきた。その代わり「一回も削減などはせず」、資源はまず東館、中央館新校舎の建て替えやあらゆる教育環境の整備を優先してそこに経営資源を集中してきた。17年前にはお金は無かったが、銀行より借りて、まず稼ぐために「施設設備の全面更新」から始めたのである。お金を貯めてからやるのが学校の常套手段だがその逆を私は選択した。チンタラしていては間に合わないと思ったからである。しかし徐々に生徒は増え、開校100周年も見事にやり切り、この辺で頑張ってついてきてくれた教職員への還元策として年収水準を上げる時が来たと判断した。 



それでこの夏の賞与・一時金は従来の「年間4カ月から1か月分プラスして、年間5か月分の支給」とした。これで「年収水準は6%強上がる」。定期昇給分を入れると約10%の年収水準が上がる筈だ。これを押しなべて12か月で割ると月額の支給額は今次春闘では連合のデータでは33年ぶりの5.1%の賃上げ率とあるからそれよりも高い数値に私は一安心している。又過日支給されている公立の先生方と比較しても一段と高い位置に上昇した。本当は更に上を出すと言う選択肢もあったが、現在建設中の新中学校棟の資金需要を考えれば「丁度、良い辺の数値かも?」と考えている。このように経営に与るものは出しても出さなくても心の中に「若干、複雑なもの」が残る。支給方式は7月と12月の賞与一時金に2分割して「夏に2.5カ月、冬に2.5カ月+年末手当として一律に10万円支給」とした。勿論この4月には「定期昇給」をしているからこの月額基本給が基本となる。 


賃金体系には定期昇給とベースアップ(ベア)があるが、学校と言う組織体にベアの考えは基本的に無い。少なくとも本校ではあり得ないと考えている。学校会計で収入の増はあくまで生徒増しかなく、企業みたいに新製品の大ヒットや為替差損などは無い。地道に生徒が来てくれる学校を目指し、今それが実現した。しかし「明日の事は誰にも分からない」。府民や保護者、受験生の信頼を失えば一朝にして転落するのは多くの学校で観て来た。今年の府内私立高校でも約半数が定員割れにあると言う。「学校の教員への還元はまず賞与・一時金で行うべき」と言うのが私の強い信念である。今日は何か心の中に「晴れ晴れ」したものがある。この感情は初めて味わう「経営者冥利からくる」ものだろうと思った。

 

 

2024年7月3日水曜日

学校のクラブ活動とPTAのクラブ活動

 日本の学校には「クラブ活動(club activity)」、もしくは、「部活動(extracurricular activity)」と称されている特別な活動がある。これが無いと学校と言えない雰囲気もある位、学校現場はクラブに多大のエネルギーを費やしている。この学校のクラブ活動とは教員ら顧問などの指導の下で学生・生徒が始業前や放課後に行う運動部・文化部などの活動であるが、摩訶不思議な事だが「学校教育の一つ」であることは間違い無いが「教育課程には含まれていない」のである。クラブ活動も学習指導要領上の用語であるが、中学校では2002年、高等学校では2003年の学習指導要領改訂で消滅している。ただ文化庁やスポーツ庁は学校のクラブ活動の重要性に鑑み、令和4年に12月に「学校部活動及び新たな地域クラブ活動の在り方等に関する総合的なガイドライン」を出している。今後時代の変化と少子化の進展で学校のクラブ活動の姿や位置付けも変わっていくのは間違いないと私は思う。 

活動の類型は各学校で異なっているが、活動内容により、大まかに「運動系(体育系)」と「文化系」に区分されることが多く、運動系の部を運動部、文化系の部を文化部という。本校でもそのように呼称している。私は高校生時代には「水泳部」に入り、当時を思い出しても「時々熱心、時々サボり」の部員で勿論物には成らなかったが、それでも今では楽しい思い出である。水泳部の先輩は今でも電話をかけてくることがある。勿論こちらの名前は呼び捨てで、こちらも「先輩、先輩」と崇める。部活動は良い。極めて良い。成長、発達過程にある中学生や高校生には何らかのクラブに属して欲しいと思う。ホームルームというクラス単位ではなく、学年縦割り、顧問や外部指導者と接する機会の多さ、対外試合における勝負の厳しさや楽しさなどは教室だけの狭い空間からでは得られない何かがクラブ活動にあるからだ。 

だから私は着任以来、クラブを多く作り、「練習環境を徹底的に整えてきた自負は高い」。浪速武道館(剣道部、弓道部、空手道部、茶道部、雅楽部)中央館和室(神楽部)、ふくろうスタジアム(硬式野球、軟式野球)、高天原スポーツキャンパス(サッカー、ラグビー、アメフト、陸上競技部、硬式テニス、軟式テニス、ゴルフ部)それに校庭を含む校内全体のクラブ化かも知れない。そのお陰で今や「高校では運動部が21、文化部が25、中学は運動部が18、文化部が20と合計84ものクラブ」があり、それぞれの部が大活躍している。高校生も中学生も自校のクラブの場所に誇りを持っている。これが何よりである。

この鼓動はPTAにも拡がり、本校では「PTAクラブ活動」と言うのが発足し、今まで「料理実習」「書道授業」「生け花教室」などがあり、先週には「神道授業」があった。希望する保護者を教室に招き入れて「本物の教師や一流の外部指導者が保護者に授業を行う」のである。ところが本校は神社神道の学校であるが意外と保護者の中には神社への正式な参拝の仕方を覚えられていない。自分の実の息子や娘さんはちゃんと作法通りに「手水の使い方」「柏手の仕方」「お辞儀の作法」「玉串奉奠」などが簡単に出来るのに保護者はご存知ない方が意外と多い。そこでPTA会長からの依頼でまず、神道科の主任教諭のK先生から講義を受け、実技として学院神社にお参りして身に付けるのである。このK先生はご実家が神社で、まごうことない宮司さんである。素晴らしいことで先週に行われた授業では保護者の皆様はいたくご満足のご様子であった。これがPTAのクラブ活動である。私立学校の校舎は単に生徒だけう使うものだけでなくて「浪速ファミリー」や地域の人々に役に立ってこそ私立学校の存在意義はあるというのが私の強い思いである。今後ともPTA活動を奨励して支援して行きたいと思う。




2024年7月1日月曜日

7月1日 今日は 「朔日詣こと一斉参拝」

 早朝出勤の私であるが、今朝は珍しく大雨の中の出勤で車のフロントドアに叩きつける強い雨の為、運転手さんはワイパー設定を最も早いものにしていた。暫くは続いていたがこの雨も8時半過ぎには突如として止み、空は所々晴れ間が見えていた。当初生徒は屋根の有る「回廊」部分で参拝するように考えていたが、止んだ雨への感謝?の気持から何時も通りに神社前にクラス代表が居並んだ「7月1日の朔日詣」、本校で言うところの「一斉参拝」となった。雨で洗われ清浄となった神社前広場に「報鼓」が鳴り響いた。特別に今日の3尺大太鼓の音は心地良く胸に響いた。

場所は変わり、中央館ホールに移動し、「学院長講話」と場面は変った。今日から高校、明日から中学は「期末試験」なのでなるべく生徒の心中を騒がせないように心して話したが果たして?故にまず冒頭は2学期からの「学校教育課程5日制」について話を始めた。これで3回目になるか。特に今日は「土曜日の有効活動」を英語を交えて夢のあるような展開で進めていった。「Saturday Something Special」「Saturday  Something  More]Saturday  Something  Extra」などを検討中だと話した。又生徒の「自学自習教室」は「Self  Study」「Initiative Learning」、特別講座を「Special Lecture」「My Own Selection」「My course」などである。そして9月のハイライトは中旬の「浪速祭」に展開して話しを続けた。 


理事長・学院長の講話は何時も生徒にとって「耳障りの良いことばっかり」と思われるこのアラウンドの読者が居たらそれは大きな間違いでこの後に「生徒生活指導」の話が畳みかけるように続く。1学期中に発生した生指事案を出来るだけ具体的に、しかし個人が特定できないように話すのは当然である。実はこちらの方がより重要で結局生徒を守ることに繋がる。話し方には「トーク術」みたいなものも重要で判決を言い渡す執行官みたいな語感や表現ではいけない。生徒が良く聞き、それを他山の石、自分の事として受け入れる事が教育である。以上の展開で7月の一斉参拝は終わった。生徒が神社前で奉唱した「誠の道に違うことなく・・・」の意味を理解してくれたと思う。でもこれで終わりとはならない。教育とはそのような簡単な物ではない。しつこく、しつこく、何回も、何回も同じような事を言い方を変えたりして言い続けるのが教育に携わる者の責任である。 

一斉参拝が終わった後、一人の女生徒を担任と共に招き入れた。国際コースの生徒で2年次に「1年間カナダの高校に留学」してこの度無事に帰国し同コースの3年生に戻った生徒である。私は暫く英語で会話を続けたが流暢な英語で発音が素晴らしかった。本人曰く、会話には全く支障は無く留学して良い経験になったと。希望する大学は関東圏を志望しており今の処、早稲田大学と秋田にある国際教養大学、ICUなどを視野に入れていると言っていた。何れも偏差値の高い有名な難関大学である。親元を離れて遠くカナダに1年も留学した根性ある女生徒だからなのか、大学も遠い関東圏と決めているのだ。本人も素晴らしいがそれを許し激励している保護者も偉い。私は帰国記念に開校100周年事業で作成した「ご朱印帳」をプレゼントし大いに激励した。本当に良い生徒であった。将来が楽しみである。