2025年7月19日土曜日

私立は全教職員が広報を担い、経営を担っている感覚で!

昨日で表向きは1学期の生徒への公的業務は終了を告げたことになるが、教職員は正式な勤務が続く。「学校の先生って、良いですね。夏休みが長くて!」などは全く学校の事をご存じない人の言葉だ。終業式後も校内の実態は大きく動いている。校庭のグランドは敷設して初めて全面更新にかかった。当時の人工芝の限界で芝が静電気を帯び靴やズボンの裾に纏まりついて困ったが今回の新製品はそのような事はないとの事だった。中学校棟建設時に仮の駐輪場を差し出してくれた保健体育科への私のプレゼントだ。又、天空レストランの本格的な改装が始まった。焼き立てパンショップ、ブルの再生である。

 

今日は高校の「オープンキャンパス(授業体験)」の日であった。中学はオープンスクールと呼び高校はキャンパスと区分して使っている。この日が来ると私は昨年を思い出す。それまでは2回に分けて実施していた重要な企画を何故か、それまでの7月と10月の2回を昨年は8月の1回のみに合理化していた。参加者は420人の数であった。その数を聴いて憤慨した私は急遽10月に2回目を入れさせて、結果として648人の受験生に来てもらった。合計1068人である。これは大きなマグマとして残り、今年に繋がっていると思う。昨年の戦術に懲りた入試広報部は元に戻して今年は今日の7月19日と9月13日に2回目を入れて新たな作戦を立てた。受験生に「百聞は一見に如かず」で機会ロスは駄目だ。

 


それが今日の参加者は何と、718人であり過去新記録の数値であった。「浪速は未だ燃え盛っている」のである。今日は3回に分けての体験授業となった。終日かけての対応となったが嬉しい悲鳴であり全力で対応し、頑張ってくれた教員には心からの慰労と感謝である。私立高校では「門前市を為す」現象を誇って良い。私はほぼ全ての教室を回ったが、ICTを駆使し、緊張感ある素晴らしい模擬授業だったと思う。続きの教室には保護者に入って貰い、私は顔を覗かせて今日の参加のお礼を申し述べた。 






8月16.17日には「大阪私立学校展」が天満橋のOMMビルにて開催される。この私学展を皮切りに各私学に「よーい、ドン」の号砲が鳴り響き、どの私立も速度を上げて走り出す。この感覚はこの場所に身を置いている人間には良く分かる。これから12月末までのあらゆる活動で来年度入学者が決まるから「余程の覚悟と努力をして事に臨む必要」がある。常にここ数年とのデータ対比、昨年度との対比など「目に見える数値を凝視」しながら適切な対応をして結果を待つ必要があり、私立学校にとって「チャレンジングではあるが一方緊張する季節の到来」と言える。この緊張する興奮が耐えられないなら私立への勤務はしんどいかも知れない。私立は全員の一人一人が広報を担い、経営者である。特に本校はこれを徹底してきた。だから強いのである。


2025年7月18日金曜日

浪速中学校1学期終業式

 浪速中学校の1学期の終業式が今日であった。まず終業式に先立つ「神前奉告」を行い、その後、回廊に全生徒を座らせて「学院長講話」を行った。終業式は校長の手で場所を体育館に移して行われた。私の講話については頻度も少ないから生徒は静かに良く聞いてくれた。高校の終業式は月末の31日であり中高、それぞれに校長先生が指揮しているから、このように学校行事やタイミングの違いは当然有り得る。私は最後の中高の校長を7年間もやったが、それは大変であった。中学、高校の生徒数が増えるに従って判断し処理する事案の多さに走り回っていた。これに対応する為に次の校長から単独に中学校長をトップにした別組織体とし、それまで法人役員は高校の校長のみが理事であったが私は状況を見ながら中学の校長先生も理事職となるように寄附行為を変更した。言われた訳ではないが、中学の先生方の頑張りを思えば自分のところの校長が役員でないのは?という気持ちもがあるかも知れないからだ。



 学校法人浪速学院が保有する学校は「浪速高等学校・浪速中学校」が正式名称である。高等学校が先に来る。その昔の届け出の名称は浪速中学校・高等学校であった。今でも中学と高校を有している法人はこのように中学が先に来るのが多いと思う。私は旧制浪速中学が今の新制浪速高校になったのだし、生徒数でも断然高校が多いのだから先に高校を持ってきた。浪速中学校は併設校の位置付けで本校は完全な形での中高一貫校ではない。これが完全な中高一貫だったら浪速中学校・高等学校となるだろう。 

しかし学校は生徒数の数で競うものではない。あくまで目の前に居る生徒への視線であるから集積体としてのボリュームは余り関係無いと考えるべきだと思う。教育的課題は当然年齢的に若い中学生の方が高校より断然多いのは当然であり、従って中学は「義務教育」となっている。学校が逃げ出すわけには行かないのだ。比重の比較で、個人の独断と偏見で言えば中学は高校の5倍程度重たいのではないかと思う。高校は「伝家の宝刀」とも言うべき「原級留置、他の措置」がシステムとしてあるが義務教育段階では適用は困難である。保護者の年齢層も若いだけに学校への舌鋒もそれなりにあるだろう。本校では中学は450人、高校が2900人余りだから中学の負担は高校の約5倍の2250人くらい?とほぼ拮抗していると考える事も出来る。 

今日は朝、「拡大管理職会議」を行い、1学期の総括と慰労の言葉を述べた。特に来年度入試問題に時間を費やした。その中で今後の学校の立ち位置について私は論理立てて話した。トップが同じような職位の幹部に同じ肉声で話すことが重要である。そして今ある現況への経緯も大切であり、「何でこうなっているのか?」を知ることは重要だ。どの話にも「起承転結」がある。

9時から中学の終業式、10時からはアメリカンフットボールの強化コーチのK先生に部活動功労賞の授与式を行った。徐々にアメフトは強くなってきており、先には関西大会に初めて出場できた。偏にK先生のご指導の賜物でそれを若い本校顧問に伝授して欲しいと思う。15時30分から1学期最後の職員会議となった。勿論私から1学期の頑張りに対して全教職員に感謝の気持ちを伝えるのが目的であった。


2025年7月17日木曜日

(学)浪速学院校友会よ、大きく羽ばたけ!

 本校には所謂「学校の同窓会」は無い。無くなったと言うべきか。今年3月の「浪速学院校友会」発足で実質的に消滅し、校友会に衣替えした。文字通りスクールフレンドだ。同窓会の言葉は「ノスタルジー」を感じさせる温かい響きがあるが、今後の先行きを考えたら「旧態依然の形」を変えて「新しい酒は新しい皮袋に入れる」と言った感じである。「浪速学院に関係した人々」をより広く、参集頂き、求心力を高めて先行き混沌とした「少子高齢化の社会」で、母校を応援し、会員同士が連帯を深めていく狙いから「法人化」した。保護者も会員資格があるし、お取引の会社さんも有力な同胞だと考え、門戸を広くした。法人となれば法務局に届け、会費制で事業も理事会組織で法的に適切に進めなければならない。 


私の立場は理事長として「名誉会長」を仰せつかり、会長は卒業生で現在は東大阪の「枚岡神社の宮司様」である中東弘氏が初代の校友会長にご就任された。先には最後の同総会会長であられた東京の湯島天満宮の押見名誉宮司が逝かれ、氏よりも年齢の高い中東宮司の会長就任は極めて力強い事である。本日、この校友会の副会長さんが見えられ今後の活動方針について報告を受けた。現在活性化している事業は「浪速学院二十歳の集い~浪速に戻る!」と称した成人式のお祝いを学校で行っており、これは必ずや将来大きな力になる筈だ。加齢齢者ばかりではなく、全ての世代に亘って「絆」を強めていかねばならない。特に若い世代に期待致したい。


昨日校友会の理事さんたちが今後の行動案について説明してくれた。大変に意を強くする内容で学校としては全面的に支援して参る。このことが学校の為になると信じて疑わない。ただ「言うは易く、行うは難し」となってはならない。素晴らしい企画書であるが、求められるのは着実な行動と前進である。資料の中に事業での収益を学校に寄付するとあったが私は「まず先に貯めてからおいで!」と揶揄した。浪速マスコット人形の製作販売とか、今度リニューアルする焼き立てパンの校外販売を担うとか色々と案はあるし、学校指定の用具や備品の一部を渡しても良いとさえ思っている。私は大いに発破をかけて激励したのである。


         







2025年7月15日火曜日

「帯に短し、襷に長し」「無用の長物」とならない為に

 「帯に短し、襷に長し」は、「中途半端で役に立たないものやその状態のこと」を指すことわざ。例えば、ある布の長さについて、「着物の帯に使うには短くて長さが足りない。かといって襷として使うには長すぎて邪魔になる」という状態を想像してみると分かり易い。最近では、物に限らず状況や人についても用いられるようになっており、中途半端であるため役にも立たないことや使い道がないことを指すようになった。これを言われたりすると「無能」みたいに言われたと感じ、落ち込むだろう。これに対して役立たないものの表現に「無用の長物」と言う言葉もある。これは分かり易く、より直截的で「あっても役立たないもの」を意味する。経営者として以上の二つの諺みたいな物を作ったら、それは間違いなく「失敗作」で無駄な投資になる。 

最近、以下のような事があった。中学校棟も竣功し、この辺で懸案であった生徒教職員の為にテニスコート周りの通路の雨対策として本格的な「屋根の設置」を考えていたが、担当から出て来た案は右側方向の西館や遊学の道へのアクセス通路のみに屋根を付ける案であった。これを見た私は「左側方向にも屋根を付けるべし」と指示した。これで中央館後ろ側の通路には屋根が付き、特に生徒の動線として多聞行のバス乗り場に行く時や、部活動でコート周りを走る時に雨天を心配することは無くなる。間違いなく「帯に短し、襷に長し」とはならず、まして「無用の長物」にもならないと確信したからである。 


このような局面はこの19年間、多くあったと思うが後で失敗したと思う事は皆無であった。又振り返って考えてみると、出来上がりには「少し贅沢な方が良い」と思う。少しの投資資金をケチったばかりに「役に立たない」「完全にはカバー出来ない」ものを作っては後々評価はされないし、「二重手間」になる。物を建設するときは幾分豪華に、幾分贅沢に、幾分長めに、幾分高くと考えた方が良いと言うのが私の結論である。最も重要なことはその次の段階をイメージして設計しなければならない。このケースでも、この工事は直ぐに終わらせ、次のテーマは東館とコート間のバスの待機場所まで屋根を付ける。そして入試広報部や保健室に至るショートカットの入口を設置すると中央館や東館の「奥の院」を通って、生徒やお客様が入ってくることにはならない。テニスの観戦者も雨の心配は無くなる。極めて便利な屋根付きアクセスとなる。 


以上のように物を作る、建設するという行為は「将来構想」を常に頭に入れてコンセプトデザインをすべきであり、さすれば「取り壊し」や「仮設工事」など無駄な出費は抑えられる。「詰将棋」みたいな感覚で進めると良い。無駄な一手にならないようにその一手に渾身の力を籠めるのだ。本校は今まで仮設と言う工事をしたことがない。実はこれが密かな私の自慢である。

2025年7月14日月曜日

1学期終了に向けて順調に推移中

 朝一番に入試広報部から先週12日の土曜日に行われた中学の第三回入試説明会の纏めの報告があった。「もう3回目になるのか?」と言うのが正直な感想であり、時は飛ぶように過ぎていく。今回は「クラブ体験」と組み合わせた企画で次回は来月30日である。中学入試の状況は「総じて順調」という感じで安心して見ておられる。今後数年は中学入試の生徒像は「量は追わず、質で勝負」という考え方を今日も教頭と部長に徹底した。「きめ細かく、一人一人の受験生に対応」する方向に舵を切る。数はその後で付いてくる。中学新校舎の塀の前に着けている「表示看板」は9月浪速祭が過ぎたあたりで取り外そうと思う。それまでに中学校の「新校舎のサイネージの中身」をより充実させるように指示した。 

本校には「PTAクラブ活動」という活動がある。会長のアイデアであり学校は施設を貸し出し全面的に協力している。中々面白い企画であり、今回は「保護者が今、知っておくべき薬物乱用の現状と対策」とあった。100名近い保護者が集まり、住吉区の公的機関の指導員や協議会の会長様が保護司会の協力でご来校され、素晴らしい内容だったとPTA担当が報告に来てくれた。素晴らしい事だ。今や「薬物問題」は小学校にまで拡散しているという話もある。全ての課題を学校だけで解決できるなど思い上がった気は我々には全くない。言うまでもないが「家庭教育」と「学校教育」とのコラボが極めて重要である。我が子の生態を最も知り分かるのは家庭の親御さんである。 

中央館6階の天空レストランの「焼き立てパンコーナー」を全面的に改装する工事がこれまた先週の土曜日に始まった。従来の「NANIWA Bakery Shop BULL」は美味で大変評判が良かったが、連携先と契約の見直しを行い、自立して行くことに決めた。入試広報部の要望に応えるには今の生産能力では不足するので機器も増強しなければならないし、仕事の出来る人材も必要である。ご飯ものや麺類などと炊き立てパンコーナーを完全に区分し、生徒の動線も考え、配置を根本的に変える。完成したら名物コーナーになるだろう。お目見えは9月20日の浪速祭で「改装記念一大セール」として大々的に売り出す方向だ。理事長自ら売り出しの先頭に立つかな? 


午後からは学校医参加で安全衛生保健委員会を持ち、引き続いて校務運営会議を持ち、6Rの大改装について幹部教員に伝達した。変更、変更ばかりで些か恥ずかしいが、それくらい「パン焼き事業」は難しいという事だろう。でも焼き立てパンのかぐわしい香りがするレストランは本校の目玉でもあり、完成を目指して頑張る。全面を全てガラス窓にして外からパン作りが目に入るようにし、インで食べられるコーナーは「浪速カラーの赤のパラソル」を3台も設置し、まるでパリのシャンゼリゼ通りのパン屋さんを髣髴とするようにもする。



2025年7月11日金曜日

戦力の逐次投入ではなくて一気呵成に集中した

 毎日、出勤時にお詣りする学院神社の前に立つと今から13年前の事を思い出す。新しく神社を創建することを決めた経緯である。新神社の建設案を理事会にかけた時に、大勢の雰囲気は「まぁ、神社は新校舎の数年後でも良いのではないか?無理するな!」と言う程度のご意見で、理事の中にははっきりと口に出して言われた人もいた。しかし私は「新しい場所に新しい社殿、学校が創立された時の神社に戻してこそ学校改革は終了する」。戦後、神道指令でGHQにより撤去を余儀なくされ、昭和28年に創建した全く日陰の場所にある仮初の2代目神社から新校舎竣功と合わせて新しい場所に3代目の本格的神社を創建することこそが100年前の先人の思いに応えることになるのです!」と強く論陣を張って押し通した。 


            「昭和28年ご鎮座された2代目の神社」

その後、神社界から私の耳に入ってくる話は必ずしも私には心地良いものでは無かった。恐らく「木村は少しやりすぎ?資金は大丈夫か?」程度の話しだったろう。私は徹底的に創建時の神社を研究し、西日本の名立たる神社を見学に行ったりし勉強した。勿論それまでに鎮座していた神社は丁寧に解体し、東日本大震災に見舞われた東北地方の某神社に東京の神社本庁経由、ご寄贈申し上げた。古い神社が古い校舎をまたいで撤去される光景は今でも目に焼き付いている。浪速新時代の到来を予感するような感じを持った。新社殿の場所は校舎裏側の日蔭ではなくて表通りに面し、正門を潜った誰にも直ぐに目に入ってくる、太陽の降り注ぐ一等地を一段高く嵩上げしてご本殿を設置した。これが今の学院神社である。 





「戦力の逐次投入」という言葉がある。少しずつの投入が小さな敗北を重ね、結局は大きな敗北につながる可能性があることを言うのだが、戦力の逐次投入は、リソースを小出しにして段階的に投入する戦略であるが、最も下策だと私は考えている。元々は戦争の戦略論からきている言葉だが、「戦力を一気に集中」させる方が、戦況を大きく変える可能性が高い。組織の危機管理が注目される中、対応が遅れて「後手、後手」と回った結果、ずるずると損害を拡大させてしまう。当時の浪速学院はまさに瀕死の重傷で息も絶え絶えであった。最も手も打っていなかったと思う。ただ漠然と見ていただけだったと思う。 

私は「起死回生の一手」とし「全ての校舎を一新」し、教育の中身も変えた。そして満を期して「神社の更新」も決意した。あらゆるエネルギーこの1点に絞り逐次投入ではなくて集中投入にした。当に背水の陣であった。資金余裕は全く無かったが私個人の連帯保証で政府機関に融資を申し込み、結果として「新校舎と神社の更新、学校改革は入学者を増やす」ことに繋がったと思う。そして日本文化の基であり神社神道の学校として世に存在を問い続けて来た。「ありとあらゆる事」を同時並行で進めた。私には優先順位など無かった。全てを進めなければ無かった。現状打開には最早これしかないと腹を括り、「改革の速度」を回転数フルに上げ、突き進んだのである。今日危機管理においてスピード感のない事業などは意味をなさない。スピードこそ命だ。

その結果、今や当時の在籍生徒数1000人程度が今や3300人を超える学校に変貌した。改革着手以来18年、この間投入した資金は約120億円である。学校に「内部留保はゼロ」「融資で教育環境を超一流に整備充実」「さすれば生徒増に繋がり少し貯まったお金で」「又新設備の建設」「又生徒が増えた」「次の環境整備・・・」との好循環がこの学校では目に見えて実現して来た。新学院神社のご神威であり、ご加護だ。我々は大神様に護られている。



2025年7月8日火曜日

浪速高校、3学年で25クラスX3=75クラスの最終最大のホームルーム教室を確保

 先週の土曜日、私は大変お世話になった東京のY天満宮のO名誉宮司様の死去に伴う「家族葬(密葬)」に参列させて頂いた。別途9月には「しのぶ会」が大きな会場で予定されており、著名なお方だったから大きな会場探しに奔走されているとご家族の方は言っておられた。母校を愛し、亡くなる1か月前に1000万円のご寄付をして頂いた。共に同じ時代を生きた戦友とも言える尊敬するお人だった。宮司のお見舞いに5月初旬、病院のベッド傍で二人の楽しそうな会話を聞いておられた奥様は、同じ価値観を有するということが本当に良く分かり、兄弟みたいと言われた。密葬だが、是非、東京に来て欲しいというお話があり、あろうとなかろうと私は出かける積りであった。大変立派なご葬祭で、私はお顔をしっかりと拝見し、お別れした。それにしても参列者は揃いの法被を着ておられ、さすが文京区湯島本郷沿い、江戸情緒溢れ、まだ明治の雰囲気が漂う密葬会場となっていた。 

学校は期末試験が終わり、現在は1学期の総仕舞の時であり、心豊かに生徒も教職員も走っているがその顔にはどこか「ゆとり」が感じられ、良い雰囲気である。今日は中学の3年生Ⅰ類の生徒が「多聞尚学館」に一泊で模試対策と銘打って出かけて行った。生徒も皆、良い顔をしていた。例によって私はバスに乗り込み、激励した。この一言が案外と効くのである。5日の土曜日に行われた第2回体験授業参加者も極めて多く、6月分と合わせると何と40人弱の対昨年対比であり、新校舎人気もあって浪速中学校が動き始めた感じだ。本年度は5クラス168人の入学者だったが、この水準で良いから来年度の8年度入試も良い生徒に入学して貰えるように頑張れと今度は入試広報部に檄を飛ばした。 




5日東京行の新幹線の車内で読んだ産経新聞朝刊は例の公立高校の定員割れ対策として「複数併願制」を9年度入試から実施すると政府筋の話としてトップ記事にしていた。最も文科省には公立の序列化が更に進み、偏差値偏重は強まると懸念の声があるらしいが内閣官房がデジタル庁と組んでやるからには実現する可能性が高いと私は踏んだ。デジタル庁もこの辺で手柄話を上げたいのではないか。そうすると大阪府の10年度からスタートする「公立第二志望校制度」なども含めて今後府がどのように出てくるかだ。これらを考えて私立高校は戦略を立てねばならない。 

私は副理事長と設備担当を呼んで今後の「教室手配」について議論をした。既に何回も行ってきていることであるから「熟議」と言って良い。最終的な「浪速高校のホームルーム教室数は25クラス、3学年分で75クラス」となる。これを最終最大のホームルーム教室数として現西館の改造に順次取りかかることにした。まず体育教官室を改造し横並びに女子更衣室を移転する。まずこれが最初だ。その後令和8年、9年と学年進行で必要な教室を確保する。ポイントは「選択教室の確保」であり、十分な予備教室も確保し、土曜日の有効な使い方である3Sの為の教室も確保しなければならない。まだコンセプト段階であるが全てが「絵に描いた」ように「ピッタリ」と無駄なく「駒を進める事が出来る」のである。これはまさに「神業」と言えるくらいだと我ながらほくそ笑んでいるのだが、もうこれ以上蟻の通る隙間もないくらい学校はパンパンとなるだろう。