2021年5月27日木曜日

”ものいわぬは腹ふくるるわざ”・・・「オカリナ」作り

「鬱屈(うっくつ)」という言葉がある。難しくて書けない漢字だ。このような難しい漢字をさらさらと書く人を偶に見かけるが、私は尊敬する。ご承知のように、意味は気が晴れないでふさぎこむこと、気分が晴れ晴れしないこと、心がふさぐことである。「鬱屈した心情」は心の中にたまった不満や不安のことで、心配ごと、 悩み事、 困りごと、 おもしろくない気分、 満たされない気分、 ストレス、 ジレンマ、フラストレーション、不安、 欲求不満、 不満、 不平、原因は色々とある。丁度今の私の心情である。人間とは実に悲しい生き物だ。似たような言葉に「鬱積(うっせき)」というのもある。こちらは少し激しい時に使う。不平・不満が晴らされずに次々と、心に一杯たまることで、「鬱積した怒りが爆発する」のように使われる。不平不満や怒りなどの感情が、はけ口のないままに心の中に積もっていることである。 

しかし人間は鬱屈や鬱積などの時にはそれなりの「はけ口」を自ら考えだす生き物でもある。今から遠い昔、670年も前の時代、鎌倉から南北朝の時代に生きた吉田兼好こと兼好法師は著作「徒然草」の中に名文句残している。それが「おぼしきこと言はぬは腹ふくるるわざ」である。意味は、思ったことも言わずにいると、腹が張ってくるような気持ちになる。「言いたいことは我慢するな!腹に溜めずに口に出して言え!」ということだ。しかし人間社会は難しい。まともに受けて口に出して言えば時に思慮が無い、我慢が足りない、勝手気ままと軽蔑され、時に袋叩きにあうだろう。だから私は今オカリナを吹いて心の鬱積を吐き出している積りになっている。




3度目の非常事態宣言の中でコロナワクチンにとらわれ、出掛けることもままならず、まさに今日本は鬱屈、鬱積の真っ只中にある。後2か月後にはオリンピックが来ると言うのにアメリカは日本への渡航禁止を打ち出した。それでも総理や都知事、組織委員会の橋本会長は「安心、安全の大会を目指して」などと同じ言葉を繰り返すだけだ。「やらねばならない理由を国民に明確に口に出して」言って欲しい。さすれば「しゃーないな」と思う比率は高まる。五輪を目指して頑張って来た選手の気持ちは分かる。又コロナで国民が苦しんでいる中で「のんきに五輪を楽しむ場合か!」の意見も分かる。今のままで開催したところで気分よく選手を応援する気分にはなれるか?仮に無観客で無事に終わったとしても、その後が心配である。専門家の中には8月頃には第4波が来ると言う人もいる。私自身今や鬱屈し、もやもやが鬱積している。「バーッ」と腹の中を吐き出したいが、それをしても解決にはならない。第一,生徒や教職員は「黙々」と目の前の事に集中し頑張ってくれている中で自分一人が浮くわけには行かない。

 




だから私は今趣味の陶芸で、時間を見つけては、ただひたすら「オカリナ」作りに励んでいる。手作りのオカリナを沢山制作して中学校に「オカリナクラブ」を作ろうと思っているのである。ここ40年、粘土をこねくり回して茶わんや壺など様々な作品を作って来た私がどういう訳かコロナ禍の中でオカリナにはまった。要は「土の塊を音の出る楽器」に変えるのである。ところが簡単ではなかった。工程が極めて多く、一つ一つの作業が実に繊細で微妙なのである。専門書は4冊、何回も何回も読み、オカリナ作りのプロの方にもお話を伺った。自分でオカリナが吹けなければ駄目だろうと考えオカリナ演奏の先生にもついた。3月から始め、既に10個以上造ったが未だに上手く音が出ない。こんな経験は初めてである。難しい。高をくくっていた。コロナの鬱屈を吐き出すために始めたオカリナ作りが逆に余計に鬱積させているのだ。途中で逃げる訳には行かず、今まで多くの失敗もあったが立てた目的、目標は達成して来た自分が、ことオカリナで失敗する訳には行かない。困った、困った。仕切り直しだ!