2020年10月12日月曜日

本日その② 教育実習開講式

 





本日、理事長室にて745分より拡大管理職会議が行われ、引き続いて、810分からの東館5階特別会議室においての教育実習開講式に臨まれました。先生は本校卒業生である10名の教育実習生に対して、訓示を述べられ、「日々、感性を高め、自分の技量を磨くように!!」そして、「教育の重要性に深く思いを致し、今日からの実習で感じ取ってほしい」と激励されました。(K

本日その① 拡大朝会による専任教諭採用候補者の議論

校長職を退任するまでは朝一の定例業務は8時30分からの「法人朝会」であり、出席者は事務統括の理事と事務長である。ここでは学校法人に関する業務の状況報告や指示、そして最も重要な業務は「実印」を私が「押印」し現金出納や振り込み等の「キャッシュフロー」の管理がある。その数は極めて多く、一枚一枚、確認して押印する。トイレットペーパーの購入許可から工事業者への支払いなど億単位の現金出納がある。これらは私以外には出来ない仕事である。政府は「はんこ社会からの脱却」を掲げているが、本校でも何とか印鑑無し学校を目指したいが果たして? 

次いで「学校朝会」となる。しかしこれは私が4月以降校長職を退任してからは学院長として高校、中学の校長(当時の副校長)と事務統括の理事、事務長の5名で行っていたが1か月で止めた。特に朝は忙しい新任校長先生の時間を取るのがはばかられるように感じたからだが、毎日毎日顔を突き合わせて話すような案件もない。又あれば個別に校長が理事長室に報告に来るので十分間に合っている。しかし時々重要な案件の場合は「拡大朝会」と言って高校、中学の教頭、入試広報部の教頭を入れた管理職全員で私は顔を見ながら、短時間だが私の肉声で指示を出したりする。頻度は大体月度2回くらいか?この拡大朝会を私は重宝している。最も教頭は校長と私の間の挟まれ、頻度高く私の部屋に出入りしている。

 今日の拡大では大きな二つのテーマについて議論した。一つは神社本庁から大阪府神社庁を通じて推薦依頼のあった「神社界特別功労賞」について経緯と中身を説明し、本校からはN中学校校長とすることにした。私は5年前に既に頂いている。推薦根拠は「海道東征浪速の編曲と演奏活動」に拠る。素晴らしい仕事であった。このような案件の場合はオープンにして全員で協議し確認するプロセスが全員を納得させることになる。もう一つのテーマは来年4月採用の専任教諭の候補者について私の方から推薦名簿に上がっている人物について色々な視点から推薦根拠を確認する為であった。本校では常勤講師3年で見極めるルールとしているが、これはあくまで基準で柔軟に対処すればよいだけの話だが本学院の専任教職員になるということは生涯に亘って面倒を見ることだし、それなりの貢献をして貰わねばならない。そのようなポテンシャルがあるかどうかだ。専任採用は極めて本校にとって重要な判断を要するのである。

 あくまで人格が重要であるし、特にポイントとなる「やる気、根気、健康、努力、謙虚、礼節」等は3年の間で分かるものだ。勿論本校の文化風土に合致しないと幾ら素晴らしい可能性を秘めていても花が開くとは限らない。本校以外でどんどん伸びていく人材は多くいる。そういうお方は3年度雇止めとなり、他でのご活躍を期待することになる。前のアラウンドで触れた「総合的・俯瞰的検討」だ。まず資格取得、自分の労働時間管理が出来ないようではだらだらとした「締まりのない人間」だと思われても仕方がない。幾ら性格だと言っても「一見暗い感じ」に見える教員では生徒も滅入るだろう。教師は明るい人間が良い。それに男女間のバランスだ。しかしこれが案外と難しい。今回の原案では女性教員の推薦が無かったがこれに対して私は再度検討を継続するように指示した。本校では女性の教職員が少ない。素晴らしい女性を採用しても結婚、出産で辞めていかれる。そういう意味で現在、二人の妊娠中の女性専任がいるので私はこの二人の先生の現場復帰を期待している。出産後の教壇復帰の土台を整備するのが私の仕事である。



2020年10月10日土曜日

総合的・俯瞰的な観点から

私の始動は早い。朝7時前には執務室に入り、一人でゆっくりと新聞各紙にじっくりと目を通す。「至福の時間」である。何と言ってもネットメディアの検索画面の文字よりは新聞の日本語に直接触れて字句を追っていると頭が冴えてくる。今日の若者は新聞を読まなくなったといわれているが、そのうち新聞の良さに気付くだろう。新聞は決して無くならない。ここ数日「総合的・俯瞰的」と言う言葉が新聞記事やテレビニュースで踊っている。実に面白い。どうも今年の「流行語大賞」を受賞するかも知れない。

 例の日本学術会議を巡る騒動で出て来た総合的・俯瞰的という言葉であるが、俯瞰と言う字は書くのは結構難しいが案外と良く使われている字句である。「俯瞰する」「俯瞰的に見る」といった風に使われ、物事を一段高い観点から俯瞰するように、大局的・客観的に捉えるという意味である。私も良く使う。この意味を巡って有識者と言われる方々やタレント辺りから「意味がわかない、不当だ」などの声が上がっているがそれが僕には良く分からない。中には「学問の自由を侵す」などと野党や一部マスコミも政府を追及しているが総理も言っているように、学問の自由などとは全く関係ない。このようなことで学問が揺らぐようでは元々話にはならない。日本には200人程度の学術会議の委員以外に素晴らしい学者先生は大勢いらっしゃる。

 102日の会見で、加藤官房長官は「総合的、俯瞰的」という表現は「総合科学技術会議の意見具申」に由来していると説明している。中央省庁改革の流れで、20032月に総合科学技術会議が出した「日本学術会議の在り方について」という具申書にこの表現はあり、「日本学術会議は、新しい学術研究の動向に柔軟に対応し、また、科学の観点から今日の社会的課題の解決に向けて提言したり、社会とのコミュニケーション活動を行うことが期待されていることに応えるため、総合的、俯瞰的な観点から活動することが求められている」の部分である。これは法律である。今回の事は法律問題なのである。分かり易く言えば「公務員として自分の意見に固執したり、偏った見方をする人」では駄目ですよということだ。

 年間10億の予算で事務局だけで50人も居て、この人件費だけで昨年は4億円と言う。一方で法律で定められた政府への正式な科学政策などの提言は平成10年8月以来行われていないという。大体あの悲劇的な東日本大震災の際にも的確な見解の表明さえ出来なかった組織だ。民間の学術研究組織ではあり得ない格好だけの集まりではないかという意見には説得力がある。個人的には間違いなく行財政改革の対象だと思うよ。今朝の新聞では河野大臣が乗り出したとある。総理も歓迎だとあった。日本には最高権威の素晴らしい「日本学士院」という組織もある。

 

ある人は今回、任命を拒否された6人の学者に共通点があるとすれば、唯一、見られる共通点とは、過去に安倍政権の政策を批判したことがあるということが書いてあった。身分上は特別公務員なのだからあからさまに人事権者に対しての批判では成り立つこともならないだろう。そう思うなら、そのような人はこのような組織に属したり、行こうとするのは筋が違うのではないか。「在野の学者」で良いではないか。「結構だ、そのような政府お抱えの学術会議の委員にはならない!」と大見えを切った方が随分と「様」になる。任命されなかったからと言って「ごちゃごちゃ」言っては格好が悪いと思うよ。公務員なのだから。今回の事で政府は一歩も引かないだろう。勝負は見えている。それにしても菅総理は骨があるね。ぶれない。

2020年10月9日金曜日

体育大会、ユーチューブを使ったオンライン生中継

残念ながら明日10日の中学校体育大会はこの台風の為に14日に順延したいと先ほど中学校サイドから最終決裁を求めて来た。今年はコロナの影響で保護者をご案内しない無観客大会とした。しかし保護者の方々は我が子の走り回る姿をさぞ見たかったと想像し、本校では初めて「ユーチューブを使ったライブ中継」を執り行うこととした。ここには浪速中学校長、教頭、教員の保護者・生徒への愛情が見て取れる。中学校校長が保護者に出状した文章を見れば分かる。素晴らしいことである。私は両管理職と体育大会の主担当を部屋に呼び、もし14日が駄目になった時の対応などを話し、14日、あるいは再度の順延も視野に入れ、体育大会の成功を期するよう準備を抜かりなく進めるように指示をした。現時点では14日の気温は明日の10日に比べ4度も高いと教頭は述べていた。

昨日、ライブ中継の予行演習を行ったが「便利な世の中」になったものだ。4台のカメラを使い、2台は定点設置で2台が移動し生徒を追う。即座に編集し同時配信でユーチューブに流れる。まさに映画の撮影である。保護者の皆様は学校の誠意を評価し喜んでくださるだろう。しかし誰彼、ご覧いただけるわけではない。保護者の皆様は下記文章のURL/QRコードで簡単にご覧いただける筈であるが問題はそれ以外の人々に対してである。しかしだ。まさに受験シーズンが始まる季節となったのだから、これらの「斬新的なアイデア」を浪速中学校は誇れば良い。単に運動会の動画だし、別に内内に限るものでもなかろう。個人を特定できる筈はないと学院長の立場で私は判断している。そういう観点から私は中学校に言って動画を幅広く受験生などに公開しても良いのではないかと話したのであるが、時間もあるから生徒個人の特定問題などもう少し考えてみたい。


 リモートでスマートホンから子供の活躍する動画が簡単に見られる時代になった。最もそのような学校はまだ多くはないが間違いなく本校は先頭を走っていると思う。良い意味で言って「今回のコロナのもたらした新しい光景」である。リモート、オンラインで学校は変わる。間違いなく変わる!不登校の生徒も病気や怪我で学校に今来られない生徒やお仕事で学校に来られない保護者はリモート、オンラインで繋がる。ここが良い。確かに費用はかかるが、影響や効果を考えれば安いものである。最終的には動画を編集し「ブルーレイ」に焼いて何枚でも思い出のアルバムが出来る。静止画だけのあの重い学校アルバムも何十年後を想定すればすぐ見られるし、決して悪い代物ではないが、軽い一枚のディスクに全てが入っているのも悪くはない。学校も新しい時代に間違いなく移行しつつある。

 

令和2年10月6日

保護者

校長  中村 泰雄

 

体育大会について

 

 仲秋の候、保護者の皆様におかれましては、ますますご清祥のこととお慶び申し上げます。平素は、本校の教育にご理解、ご支援を賜り、厚く御礼申し上げます。

 さて、先日ご連絡させていただきましたが、中学校体育大会を10月10日(土)(雨天の場合は10月14日)に無観客で開催させていただきます。

楽しみにされていた保護者の皆様のために、体育大会の様子をリアルタイムで配信させていただきます。

視聴は以下のURLQRコードにてご覧ください。


順延の場合、ライブ中継は14日に配信させていただきます。

体育大会が、お子様の成長を見守る大切な行事であるにもかかわらず、感染防止を第一に考え、無観客とさせていただきましたこと、親御様の残念なお気持ちを考えますと本当に申し訳なく思っております。新型コロナ感染予防対策のためいろいろとご不便をおかけしますが、よろしくご協力をお願いいたします。

 

 

 

 

2020年10月7日水曜日

「祓へ給へ、清め給へ、守り給へ、幸へ給へ」

昨日は高校の中間試験が終わった日であった。自分が試験を受けた訳でもないが、何となく生徒と同じで私自身も「ホッ」とする。教育界に転じて18年になるが未だに試験終了日の安堵感は格別な味である。午後、予てから機会を伺っていた私は盟友である本校理事で大阪護国神社の南坊城宮司様をお誘いし、東大阪にある「枚岡神社」を訪問した。確か4年ぶりになる。神社新報にも詳しく記事にされた「平成令和の大造営」竣功のお祝いに参上したのである。枚岡神社は「河内の国一之宮」で官幣大社の社格を誇る由緒ある神社である。


 一宮はその昔、国で一番有力な神社の事を言い、「国司」が任国に赴任したときに「神拝」といって任国内の神社を巡拝しなければならなかった時に、その中でもっとも有力な神社を一宮と呼ぶようになり、一番初めに参拝しなければならなかったと聞く。平安時代から鎌倉時代初期にかけて逐次整った一種の社格である。国によっては二宮、三宮も存在したらしいが、何と言っても「一の宮、一宮」は別格で現代の今はそのような呼称は正式にはないが今でも昔の一之宮はこの事を誇り、印刷物等には一の宮と書かれている。 

ちなみに大阪府には「摂津の国一之宮 住吉大社」「河内の国一之宮 枚岡神社」「和泉の国一之宮 大鳥大社」が有名である。これらの神社は「官幣(かんぺい)大社」とも呼ばれる。官幣大社は日本において官(朝廷、国)から幣帛ないし幣帛料を支弁される神社の事であるが、元来神社とは天皇陛下、ご皇室と極めて関連が深く、元々は国家の保護を受けてきた経緯からすれば神社は、全て「官社」と呼ぶことができる。枚岡神社もこの度の平成令和の大造営にあたり、天皇陛下から勅使を通じて幣帛の御下賜があった。拝殿にはそれが恭しく掲げられていた。

枚岡神社の中東宮司様は本校理事でもあり、本校OBであられる。何時も母校を大切にして下さり、私の応援団長、お会いする度に浪速14年を評価して称賛してくださるので私は「面はゆい」のである。境内には学校のポスターが貼って下さっている。長い間奈良の春日大社の幹部神職から枚岡に転じられ、持ち前のお力でこの度の御造営をなされた。人格識見ともに素晴らしいお方で何しろ、書道の腕前は驚嘆する。私には何時も和紙に墨痕鮮やかな巻紙でお手紙を下さる。

 

私は神社や仏閣を訪問するのが大好きである。鳥居や山門を潜ると何か「身が清められる」気がして、清浄感に浸ることが出来る。神社神道の世界に近いところに身を置いて既に何年にもなったが、この間日本全国多くの神社や宮司様とお近づきできるようになった。身に余る光栄であり、この道に誘ってくれたご関係の皆様に感謝しかない。学校現場では正直色々な事が起きるが、こういう時にこそ神社訪問をしたくなる。正式参拝にて、ご本殿前に立ち大神様に頭を垂れ、学校と生徒、教職員の為に「祓へ給へ、清め給へ、守り給へ、幸へ給へ」と略拝詞で祈ると自分の心が言いようもなく落ち着くのである。



2020年10月5日月曜日

幸福を呼ぶ鳥 ふくろう

 







理事長・学院長先生は殊の外、中学校生徒を大切にしておられ、事あるごとに、中学校校長先生と共に、生徒の為に奔走されております。高校生に比べ、まだ幼い面が多く、その分可愛く感じられているのだと思います。そうした中学生も理事長・学院長先生のことは良く知っており、本日は、新生徒会役員選挙後の当選挨拶に、旧役員生徒と共に、理事長室を訪問しました。先生は退任していく旧役員生徒に温かく慰労の言葉を述べられ、学校のシンボルバード(校鳥)である、「ふくろう」のストラップをプレゼントされました。このストラップも10数年前に理事長・学院長先生が作られたもので、ふくろうは、福来朗・福老・福路・不苦労など実に様々な字が当てられ、『学問の神様』、『幸福を呼ぶ鳥』として縁起がよいとされてきました。(K

2020年10月1日木曜日

10月一斉参拝 拝詞と綱領

 







本日は、10月一斉参拝の日でした。テレビ放送により学院神社、伊勢神宮に向かっての遥拝参拝が行われ、その後、鼉太鼓前にて学院長講話が行われました。理事長・学院長先生は10月は季節の変わり目であり、深まりゆく秋を表現する言葉として、初秋、秋麗、秋清等々と呼ばれ、それらの言葉が季節の挨拶文に使われることを述べられました。日本人として日本語の美しさと季節の移ろいに目を配り感動する心を身に付けるようにとのお話があり、「読書の秋」、「スポーツの秋」、「食欲の秋」で秋ということもよく使われるとお話がありました。「天高く馬肥ゆる秋」という表現についても触れられました。

 

また、新型コロナウイルス、インフルエンザの両方に感染しないように、11人が充分に注意し、自分自身を守るようにとご指導がありました。学校行事については、中学校体育大会を無観客で実施し、保護者にも見ていただけるように、オンライン生中継を検討していること、中学校修学旅行については、11月から3月に延期し、今思い出に残るような場所を探していること、高校陸上競技大会はやむなく中止する方向にあること等々のお話があり、「行事等の中止は、全て君たちの健康を守る為です!!」と力強く述べられました。

 

さらに、10月は神道の世界では、「神無月(かんなづき)」と呼ばれ、逆に出雲地方では全国の神々様が集まり、「神在月(かみありづき)」と呼ばれていること等をお話になり、神社神道の学校で学ぶ生徒として、是非記憶に留めるようにしてほしいと述べられました。そして、理事長・学院長先生がご着任された1年後の平成19年に先生自らが定められた本校の教育目的を記した大変重要なものである、学院神社拝詞、浪速生活の綱領についてのご説明があり、「11文に深みがあり、日本語には言霊が宿っています。君たちの奉唱は間違いなく大御神様に届いています。」と述べられました。最後に、先生から「令和212月末までの残りの3ヶ月、君たち11人が大きな病気も無く、楽しく明るく元気いっぱいに過ごせることを祈念しています。」とお話を結ばれました。(K