2026年1月5日月曜日

令和8年1月5日初出の日

 本校は本日5日が「初出の日」となった。毎年毎年、初出の日には次の俳句を思う。「去年今年 貫く棒の如きもの」。この高浜虚子の句は鎌倉駅の構内にしばらく掲げられていたが、たまたまそれを見た川端康成は背骨に電流が流れたような衝撃を受けたと言い、感動した川端が書いた随筆によって、この句は一躍有名となった。去年と言い今年と言って人は時間に区切りをつける。しかしそれは棒で貫かれたように断とうと思っても断つことのできないものであると、時間の本質を棒というどこにでもある具体的なものを使って端的に喝破した凄味のある句である。貫く棒は人によってそれぞれ異なるだろうが、「私にとっての棒は全て学校に係るもの」だ。本当に、本当に大好きな俳句であり、責任感で身が引き締まる。こん棒でもっとしっかりせよと背中を叩かれている感じだ。

新春に思う句と言えば小林一茶の俳句も心にかかるが、加齢と共に句への思いが離れて行く感じだ。「めでたさも中くらいなり おらが春」。お正月と言えば、世間の人は餅をつき、門松を立てて新しい年の希望に心がはずむ時期と考えられるが、一茶にとっては「そんなにめでたいものなのだろうか?」と感じたのかも知れない。年若い妻と幼い我が子を前に「あと何回、こうして年を迎えられるのだろうか・・・」と老い先短いわが身の心境からくるものかも知れない。苦しい人生を送ってきた自分にとって、新年だからといってめでたいと手放しで喜ぶことはできないけれど、「中くらい」だと一茶なりに祝おうとする姿が見えるが、私には何か「せつない」句に感じ始めた。だから自然と気持ちが付いて行かないのかも知れない。

 朝8時から「拡大管理職会議」を持ち、「年頭所感」を述べた。そして9時半からの「職員会議」の前に今日から使用可能となった「女生徒更衣室」の最終完成の姿を見るべく現場に赴いた。ここは当然「防犯カメラ」を設置し女生徒の安全を図っている。職員会議ではまず12月24日に行われた学校法人の評議員会とその後の理事会の資料を使って教職員に全てを開示した。これにより本校では経営役員と従事する全教職員間で情報の共有とベクトル合わせが完全になされ、いわゆる「一枚岩」となって諸課題に持ち場、持ち場で取り組む組織が出来る。このことは重要な事であり、「私立は全教職員が経営者である」という証しになっていると思う。 




令和8年は以上のようなキックオフで始まった。明日からは高校の「教育相談」が始まる。又今朝現在で「浪速中学入試の出願者数」は昨年度の最終数値に並んだ。+32人だから何と一クラス分の増加である。1月17日の入試日までまだ時間が有るからこの数値はまだ伸びると思う。採らぬ狸かも知れないが中学の新1年生は昨年の168人を超える数値になるかも知れない。しかし中学は最大で5クラスと決定しているので入試成績で上位の受験生から合格を決めて行く我々の方策は「数よりも質」であり、この考えに揺るぎはない。中高6年間の一貫教育で浪速中学、浪速高校の「体質強化」を進めるのが目的であり、昨年度から潮目が変わり始めたと感じている。心地よい初出の日となった。