9月も今日で終わり、雨を多く感じた9月だった。9月は俳句では「仲秋」にあたり、夏の名残と秋の深まりが交錯する季節で、自然の変化と人の心の揺れを繊細に映し出す点に特徴があるように思える。この寂寥感、静けさ、低くなる気温等は私の好みである。一方生活感のある季語の秋刀魚も今や数が少なく値が張り、縁遠い状況になっている。しかしこのような9月の世相の空気感とは異なり、「浪速祭」以降学校は落ち着き、安定して推移している。月度が変った10月2日から2学期の中間試験が始まるが、2学期の中間と期末試験の成績は極めて重要であり、生徒は「やる気モード」に切り替えて頑張ってくれている。このオンとオフの切り替えが出来る人は頼もしいし幅が広い人間と言える。
中間試験は7日に終わり、10日には「浪速中学校第1回プレテスト」が実施される。これは受験生へのサービスであり、学校側が一切の費用を取らず、本番入学試験の為の「模擬試験」みたいなものでこの参加者の数を持って来年度中学校の新1年生の規模が分かるだけに極めてセンシティブな数値である。入試広報部から毎日、毎日、数の報告を受けており、「良い傾向」を感じている。従って私の心の平穏は保たれている。前にも書いたが10月以降は「がらっ」と空気感は変わり、徐々に学校は本番に向けて緊張感が高まってくることになる。
この学校の中間試験と期末試験について、北は北海道から南は九州沖縄まで公立私立問わず、実施されており、「日本の国力の源」と私は考えている。少しの平均点の差は有っても南は沖縄の児童生徒と北は北海道の児童生徒を含めて全国規模で言えば、学力差は驚くほど大きくはない。その理由は都道府県単位で「教科書・教材」「指導する教師」「教育活動の法的縛り」が基本的に同じだからだと思う。それが「学習指導要領」と言う言葉で纏められており、全国どこの学校でも一定の水準が保てるよう、文部科学省が定めている教育課程(カリキュラム)の基準が存在するからである。法律だから我々はこれを尊重しなければなるまい。
1951年、初版の試行を経て教育内容が整理され、日本国憲法に基づく教育理念が具体化され、1958年になって法的拘束力を持つ正式な学習指導要領となった。1968には理数教育が強化され、学習内容の拡充が進められたが、次の改定では1977年教育内容が精選され、過密な教育課程の見直しが進み、これが悪評高い「ゆとり教育」であった。次の要領で「揺り戻し」があり、今がある。次の指導要領は2030年度から始まるが、果たしてどのような中身になるのか、極めて興味深い。様々な意見が出ており、状況は「AIがらみで情報教育の充実」と「カリキュラムの柔軟性への移行」になると報道されている。