2026年7月31日金曜日

浪速高校1学期の終業式

 今日は「浪速高校1学期の終業式」の日であった。中学は既に17日に終わっている。一つの大きな「節目」を迎えたことになる。“ふしめ”とは実に良い日本語だ。木材や竹の、節のある所、また比喩的に、物事の区切りとなる大事な所であると日本人は良く使う言葉で、「人生の節目」とかに使う。同じような使い方で一区切り、一段落とかあるが節目の方が断然響きが良い。日本語って素晴らしいと思う。本校では重要な儀式のある時はまず学院神社の大神様に1学期の終了を「奉告」し(報告ではなくて)、全高校生と共に「一斉参拝」を行った。これが節目であり、1学期終了の「神前奉告の儀」と言う。 



報告と感謝の意を伝えて、部屋に戻って「学院長講話」になる。その後私は退室して高校校長の手による終業式だ。形は完成しており、全ては流れるように進んで行く。これがまた大切な事である。モタモタしていては神様に申し訳が立たない。来年度からは1学期の終業式を月末から早め、中学との合同で中旬に持ってくる。節目は間延びしてはいけない。節目は間髪入れずにやってこそ節目となる。

 

学院長講話では1学期が無事に終えたことをまず寿ぎ、まず冒頭は1年生の「伊勢修養学舎」の無事な成功を喜び頑張った生徒を賞賛した。そして1昨日の熊本地震について言及した。その後一転して楽しみのある話に転換した。2学期始業式後天空レストランの大改装のプレオープンに話しを展開した。その後2学期のハイライトである9月の「秋季例祭・浪速祭」について生徒の作成したポスターを取り上げ、気分を盛り上げて行った。今年は「前夜祭」として東京は文京区本郷の「湯島天満宮の白梅太鼓保存会」の方をお呼びして鑑賞する催しもある。これらを楽しみに「良い夏休み」となるように心がけるように諭した。良い夏休みとはトラブルになるような事はせず、巻き込まれず、「時間的余裕が又新しい自分発見に繋がる」ようにと言う事だと強調した。 

講話の最後は1学期期間中の生徒指導について今日は力を入れて話した。「後悔、先に立たず」という言葉があるがこれは、してしまったことを悔やんでも仕方がないという意味で、終わったことは取り返しがつかないので、「後悔のないよう、しっかり準備をしておくこと」「短慮で浅はかな事はしない」という教訓である。「後悔、”後”に立たず」とは言わないが、「後悔、後を絶たず」という表現はある。人間は時に愚かで「分かっていても、のりやその場の勢い」でやってしますが、そのような生き方は大きな損失であり、まず後悔、後を絶たずで行った方が良い。 


十分歳を取った私でも時に後悔先に立たずは、生きていると未だにあるだけに難しいが、ここは学校故に生徒に言わねばならない時ははっきりと言う。これが教育に携わっている者の責任である。生徒には分かり易い言葉で言い切るほうがパンチがある。それは「駄目なことは駄目」という表現である。何が駄目でそれは何故か考えさせないと駄目だから何回もしつこく繰り返して言う。恐らく今後ともずっとだ。無くなるなどあり得ないと思う。学校は毎年毎年、新しい生徒が入学してくるし、モノ凄いスピードで成長し、高2、高3と進級していく生徒には常に「自我」が変化していく。