2023年4月7日金曜日

令和5年4月7日、100年目の春季例祭

 今日は雨天の中の「春季例祭」となった。神道にとって雨は悪くは無い。どちらかと言うと歓迎かも知れない。雨で植物は育つ。「校内の桜」はまだ花びらを付けており、「桜流しの雨」は、「散り桜」となり「花筏」となるだろう。日本語は美しい。市内の坐摩神社神職に拠るご斎行は何時もながらきりりとし、静かにそれでいて朗々と「祝詞」が奏上された。新一年生高校900人、中学148人、全校生徒総勢2903名が間違いなく祝詞の中で奏上され、学院神社の大神様に新年度のスタートを寿ぎ平穏無事、学業成就が祈願された。雅楽部と神楽部による「尚学の舞」は荘厳に奏でられ舞が奉納された。雨天につき「回廊」に舞台を用意した。お供えの段の先にはガラス絵の「天孫降臨図」が目に良く入って来る。よくぞ一般教室7部屋分を犠牲にしてまで回廊にしたものだと今更ながら「あの時の決断」を思い出す。決して無駄な空間ではなくて本校の余裕を示しているのが回廊である。それにしても全て自前の生徒による雅楽部と神楽部の奉納は本当に誇り高い。例祭の後は生徒に「直会」の品としてノートブックが神様から手渡された。 




まず、最初に1日に着任した新人の教職員をテレビカメラの前で紹介し、早く新しい先生となじみ、教えを乞う様に生徒達に伝えた。そして私は「学院長講話」に入ったのである。春季例祭の意義、直会の意味、そして尚学の舞の由来などから話を始め「勉強することの大切さ」を強調した。祝詞にあった「ともがらと睦みなごみて,身健やかに、自己の研鑽に」の意味をかみ砕いいて諭し、みんな仲良く頑張るように激励をした。時に手振りで又立ち上がって、入れ替わり立ち替わり、視点を変えて「熱く語る」のが私の特長である。歳を取ってくるとついつい話が長くなるものと自分ながら警戒しているが、言いたいこと、伝えたいことをパンチを持って話すのが大切だ。何を言っているのか分からないようでは人の前で話す資格は無い。生徒や教職員の前で話せなくなったら私も終わりだ。私の責任は意味ある、意義あることを生徒や教職員に熱く語ることである。

 


ご来賓の神社界代表の南坊城先生、PTA会長、同窓会副会長の3人は何時もならすぐに学校を後にされるのだが今日は学院長講話を常務理事室のモニターで全て聞かれ、終わった直後、「素晴らしいお話でした」とお褒め頂いた。入学式での学院長式辞も「少し長かったかな?」と思っていたし、今日も少し長かったかなと思っていただけに、3人の皆さんから感銘を受けたように褒められて安心した。特にPTA会長からは入学式での学院長式辞はPTA役員の中でも話題になっていますと言われたのには面はゆい感じであった。確かに時間の長さより如何に聞く側の心に響く話をするかが大切であり、私は今日の学院長講話でも話し終えて「確かに生徒や教職員に伝えた」確信を持てた。3月末から昨日の合祀祭を経て今日の例祭まで予定に埋まった毎日であったが今日で一段落となった。大きな責任を果たせてほっと安堵している。この後は両校長にバトンを渡して1学期の始業式となった。今日は全教職員に直会の昼食弁当が配られた。皆でお祝いするのだ。



2023年4月6日木曜日

入学式余情と合祀祭

 「余情」という言葉がある。後まで残っている、印象深いしみじみとした味わいなどを表現する時に使う。良い言葉だ。私は今、昨日の入学式の余情に浸っている。「余剰」ではない。これは余り物で邪魔な存在で嫌な響きがする。「余韻」という良い感じの言葉もある。これは音の鳴り終わったのちに、微かに残る響きや、音が消えたのちも、なお耳に残る響きから出て、「事が終わったあと」も残る風情や味わいなどを言う。私はまだ昨日の入学式の余韻に浸っている。学校において余情に浸る瞬間は間違いなく入学式と卒業式だが、卒業式はどちらかというと寂しさが残るが入学式は「晴れやかで、先行きに希望」が拡がる。私は入学式の雰囲気を好む。昨日の入学式は良い雰囲気の入学式だった。一昨年が1011人で今年が1048人だったが開校100年目の入学式が昨年よりいささかでも増えているのが余計に気分を高揚させている。 


特に本校は私立であり神社神道の学校ゆえにあらゆる所、様々な場面で「目を引く企画」がある。これが極めて大切である。言葉ではなくて「目に入る映像」で人々を引き込むのだ。最初に神楽部と雅楽部が装束に身を包み、学院神社の大神様への奉納の舞と音曲は生徒、保護者をさぞ驚かせたことだろう。「鈴祓い」という行為に目を見張ったに違いない。更に鳥居前には高校、中学の「神輿」があり在校生がお祭りみたいに「わっしょい、わっしょい」練り上げた光景には「ここはお祭りか?」と腰を抜かさんばかりではなかったか?体育館に入ると吹奏楽部が生演奏で学院曲である「海道東征浪速」を演奏しており、会場はテレビカメラのクルーがレンズを覗き込んで自分たちを写している。自分のお母さんは会場に一人もおらず教室で自分たちを見ていると生徒達は思ってくれただろうか。昨日だけで1048人の母親とユーチューブによる「ライブ中継」の映像は祖父母や親戚などに「本校の有り姿」を見て貰ったことになる。これは間違いなく来年に繋がる話である。今は既に来年に繋がっているのである。 





本日午後7時から学校法人の「合祀祭」を実施した。「祭主」は私で「斎行」は例年、市内の坐摩神社の神職にお願いしている。明日は「春の例祭」の日で、例年その前日の夜に行われるのだが雲行きが怪しいので場所は神社横の「回廊」とした。神道の合祀は「浄暗の闇の中」で行われる。浄暗、あるいは浄闇と書き「じょうあん」と読むのだが、神事をとり行う際は「けがれのない暗闇」で行う。今まで合祀されている神様へのお礼と新たに今年は一柱(ひとはしら)の合祀であった。これで「祖霊殿」に合祀されている御魂は合計1274柱となった。「祖霊殿」に祀られた先輩諸兄や恩師が神様となって今生きている生徒達の健康と学業の成就を見守ってくれているのだが、僅か3年、本校で学んだだけで希望があれば母校に祀られるのである。私はこの点こそ、本校の誠意であり優しさだと思う。このような学校は無いと思う。 


全てが終わった後は記念の写真撮影である。神様の数え方は人間ではないから、何人とは言いず、一柱、二柱というように、柱(はしら)と数える。「古事記」の記載から来ている。何故柱と言うのか専門的には良く分からないが、古来より日本人は、自然の中に神々の存在を感じ、特にそもそも神社のご本殿やご神体は、大自然そのものであった。山国である日本にとって、森は神々が存在する場所であり、現在でも神社には「緑深い鎮守の森」がある。本校の学院神社も立派な楠木がこんもりと茂っており、一応鎮守の杜を形作っている。神木と言われている「楠の木」は最も太いもので幹回りが3m83㎝あり、学校創立以来の樹だと私はみている。このように神道には木を大切にする宗教文化があり、木から作る柱は御承知のように「家」において極めて重要なもので、そういう関係から「神様は柱におりてくる」、逆に言えば柱こそ神であると私なりに理解しているのである。

 

 

2023年4月5日水曜日

開校100年目、1048人の入学式

 





大正12年(1923)、430日に沢ノ町の仮校舎で204人の生徒で入学式を行った旧制浪速中学校の開校から100年の今年45日、本日は令和5年度の入学式がありました。入学者の数は浪速高校で900人、浪速中学校で148人と何れも新記録の数となり、広い体育館は生徒で一杯となりました。保護者の方々各ご家庭お一人様とさせていただき、各教室でオンラインの中継となりました。ご出席いただけなかった各ご家庭やご親戚の為に「ユーチューブ」での中継も取り入れた入学式となりました。







まず飯田高校校長先生と西田中学校長先生が壇上から入学を許可する旨の宣言がなされ、その後中高の生徒代表が「宣誓」をしました。そして理事長・学院長先生が会場一杯良く通るお声で「式辞」を述べられました。校内にはまだ桜の花が樹々に残る中、温かいお気持ちの籠った式辞であり、同時に緊張感あふれる生徒にも保護者にも「語りかける」ような抑揚ある声調の式辞でした。先生方もお顔一杯に喜びと責任感が満ち溢れていました。(K

2023年4月4日火曜日

学校のホームページ一新

 学校の「公式ホームページ」が一新された。前から進めていたのだが年度替りで4月1日からとしていたが、1.2日と休日だったので昨日の3日から全面的に更新だ。「情報ごっそりの移動」で作業は大変だったと思うがWEBサーバーの移動も上手く行き、「綺麗、さっぱりした感じの画(絵)」になったと思う。今のHPはもう10年以上使ってきてページの数が極めて多くなり検索する手間が大変になってきた。又生徒や保護者は「グーグルの端末」で簡単に学校とは連絡情報交換が取れるので今までのようにHPを見なくても良くなったことも背景にある。新しいページは一挙に1/10程度になり見易くなったと思う。「情報企画部」の評価できる仕事である。費用は数百万円とかかったがそれでも世間相場よりは格安だと聞いた。とにかく「変えることに意味がある」とは私の信条である。関係者はこの新しいHPを有効に活用して欲しいと思う。これから色々と枝を伸ばし、特に「開校100周年」ページなどは一世一代の事であり200年後のことなど考えなくて結構だ。PRせよ!「今伸びつつある枝を伸ばせ、そして隠すことなく学校を丸裸にせよ!」が理事長の指示である。 

4月1日に任用式が終わった「新採用の教職員」は徐々に活性化してきていると言う。大変に良いことで新しい職場が自分を歓迎してくれているという意識を持って貰うことが大切である。今日は本校の保有する校外の教育施設の見学に出掛けた。引率教員を含めて総勢30人の新任教職員は大型バスに分乗して「浪速ふくろうベースボールスタジアム」「多聞尚学館」「高天原スポーツキャンパス」に行って午後には学校に戻ってくる。目的は素晴らしい教育環境を有している「自分の職場に誇り」を持って貰うためと仲間意識の醸成である。要は同期の絆を深めて欲しいからである。又この企画は緊張する校内から時に解放してあげることも効果があると思って行っている。本校は本当に「優しい学校」だと思う。学校はやはり教員で持っており教員は大切にしていきたいと思う。 



明日の入学式の準備もほぼ終えた。生徒の準備登校は終えて事前指導も終えた。何しろ高校で900人、21クラス、中学で148人、4クラス、総勢1048人,25クラスの生徒が体育館に収まるのか、少しだけ心配したが大丈夫だ。保護者は各教室に分散して貰う事で形はついた。「オンライン合同入学式」となる。15時過ぎに準備が整ったので私は会場を視察し、マイクの音量などもチェックした。準備は万全である。


明日の入学式の前のホームルームで生徒には「100周年バッジ」を担任から手渡し体育館には胸にバッジを付けての参列となる。生徒には早く浪速の一員になったという求心力を高めるためだ。「粋な計らい」である。コロナは5類に整理され、学校は徐々に「元の形に戻りつつ」あるが、油断することなく新しい学校の形を形成していきたいと思う。5日の入学式を終えて「7日の春季例祭及び始業式」は全員が神社前に揃う形とした。実に3年ぶりであり、その数は2903人と言う膨大な数で主幹の神道科の主任が持ってきた整列案では神社前はすべて生徒で一杯になっていた。その光景を見るのが今から楽しみである。




2023年4月3日月曜日

高野山遺跡本山「観心寺」、神も仏も有難きかな

 「観心寺」は、大阪府河内長野市寺元にある高野山真言宗の遺跡本山の寺院である。山号は檜尾山、ご本尊は如意輪観音様で国宝であり、金堂も又大阪府下で本堂として最古の国宝建造物であり、とにかく国宝がオンパレードの極めて由緒ある国内トップクラスの重要なお寺さんである。新西国三十三箇所客番札所であり、大阪みどりの百選にも選定されているくらい美しいお寺だ。観心寺は、文武天皇の大宝元年(701)、役小角によって開かれ、初め雲心寺とよばれていた。その後、平安時代の初め大同三年(808)に弘法大師空海が当寺を訪ねられた時、境内に北斗七星を勧請され、弘仁六年(815) 衆生の除厄のために本尊如意輪観音菩薩を刻まれて寺号を観心寺と改称されたと言う。 


特に観心寺を語る時は「大楠公(楠木正成公)」を抜きには語れない。幼名「多聞丸」と称した正成公はここ観心寺中院で8歳から15歳まで仏教や学問を学んだと言われる。後醍醐天皇 の鎌倉幕府の討伐に加わり、赤坂城、千早城で奮戦して後醍醐天皇の勝利に貢献した。後醍醐天皇の建武中興の立役者である。建武政権の崩壊後は足利尊氏と争い、摂津の湊川の戦いで破れ戦死し、首級は京でさらされた後、菩提寺のここ観心寺に埋葬され、首塚がある。楠木正成とその一族の、私利私欲よりも民や国を優先した生き方は、江戸時代に流行した太平記や日本外史に描かれて、江戸時代後期には日本で最も尊敬される人物となり、吉田松陰、坂本龍馬、西郷隆盛などに影響を与え、明治維新の原動力となったことは良く知られている。 

私は極めて極めて楠木正成公を崇拝しており、その関係から生誕の地である千早赤阪村には校外学習施設である「多聞尚学館」「多聞農園・果樹園」「多聞茶寮」など保有しており生徒に解放して教育の一環として利用している。この度観心寺の先のご住職、現在高野山の金剛峰寺の長老で大僧正となられている永島長老からお誘いお受け「お献茶」への参列のお招きを頂いた。是非にと言われ、そのお言葉に甘えて茶道部の生徒と顧問の先生と共に昨日境内の桜が満開の中を表千家の堀之内宗匠の手前になるお献茶と拝復席、副席と回りながら一日を喫茶の日として過ごしたのである。生徒は初めて見るお献茶のたたずまいと情景を目にして興奮冷めやらぬ感じであった。私自身が長老と同輩の先の大阪護国神社宮司である南坊城宮司様には随分とご厚誼を頂いており、又大切なお孫さんも本校の卒業生でもある。神社神道の学校ではあるが本校は真言密教高野山の仏道、そして大楠公にも深淵な関係を持たせて頂いており、まさしく「神も仏も有難きかな」である。「ご縁」というのは本当に尊い。




2023年4月1日土曜日

年度の計は4月1日に有り

 「一年の計は元旦に有り、年度の計は四月一日にあり」だ。今日、令和5年度がスタートした。国家の予算も今日から勘定され、本校も令和5年度予算が執行される。日本全国、どの会社でもフレッシュな若者を迎え、社長さんが新入社員を迎えての「入社式」だろう。本校も同じように今日は忙しい日となった。「出足良ければ全て良し」という言葉があるかどうか知らないが私は4月1日を重要視している。私自身は3月27日の理事会で理事長続投が決まり7期目に入った。早いもので19年目に入った。今任期が終われば21年という長さになる。21年と言う数値は「おぎゃー」と生まれた赤ちゃんが成人になるという年齢である。長いようで短かった気がしてならない。「あっと言う間の出来事」みたいな感じだ。 


人間、歳を取ると「ゆっくりと」「丸くなる」「好々爺になる」とか言うが私はならない。「老いて益々気炎を上げる」。穏やかになるどころか、益々感情の起伏が激しく、好き嫌いがますますはっきりして来るかも知れない。ただ「老害」だけにはなりたくない。「老人の跋扈」にはなりたくないし、恐らく成らないだろう。それよりか若い世代の思考の幅と深さ、行動力にまだまだ不満が残る。確かに足腰は弱ったが歳を取って益々頭が冴えている自分に気づく。言いたいことを言い、やりたいことをやる。今期の3年間で後継者を育て、浪速丸を不沈空母にすることが私の仕事かも知れない。頑張って参りたい。 





740           管理職・管理補佐職       昇給辞令交付 理事長室 

800           専任試用期間満了通知      理事長室 指導教諭同席

810           新専任辞令交付             理事長室 指導教諭同席

830       神前奉告  新任常勤のみ

8:40        新任式 西館第 1 ホール    (新常勤および継続勤務常勤)

910       職員会議 西館第 1 ホール   (新任教職員紹介、新任常勤代表の挨拶)

 (1010       教科会議)

 (1110       学年会議・中学職員会議)

 (1240       各部会)

1330       新任研修 西館第1ホール)

               (ワークサポート、ICT教育、進路指導、生指、教務、人権教育)

1340        入試広報部理事長総括会議

1400    拡大校務運営会議 


13時40分からの入試広報の会議で私はメンバーに心から謝意を示した。高校で900人、中学で148人と言う数値はこのメンバーが出してくれたものだ。この数値があればこそ今日と言う日を充実した気持ちで迎えられたのだ。前後するが、その前には天満の大阪天満宮に走り、名誉理事長に過日の理事会のご報告や100周年奉祝祭のご報告を済ませトンボ帰りで学校に戻った。分,秒に追われた日となったが、何か忙しいと元気になる。仕事があれば身体中にエネルギーが満ち、血が騒ぐ。歳を取っても持って生まれた気質である常に何かをしている「多動性仕事人間」は変りそうもない。恐らく最後までこのスタイルなのだろう。これで良しだ。