2025年7月15日火曜日

「帯に短し、襷に長し」「無用の長物」とならない為に

 帯に短し、襷に長し」は、「中途半端で役に立たないものやその状態のこと」を指すことわざ。例えば、ある布の長さについて、「着物の帯に使うには短くて長さが足りない。かといって襷として使うには長すぎて邪魔になる」という状態を想像してみると分かり易い。最近では、物に限らず状況や人についても用いられるようになっており、中途半端であるため役にも立たないことや使い道がないことを指すようになった。これを言われたりすると「無能」みたいに言われたと感じ、落ち込むだろう。これに対して役立たないものの表現に「無用の長物」と言う言葉もある。これは分かり易く、より直截的で「あっても役立たないもの」を意味する。経営者として以上の二つの諺みたいな物を作ったら、それは間違いなく「失敗作」で無駄な投資になる。 

最近、以下のような事があった。中学校棟も竣功し、この辺で懸案であった生徒教職員の為にテニスコート周りの通路の雨対策として本格的な「屋根の設置」を考えていたが、担当から出て来た案は右側方向の西館や遊学の道へのアクセス通路のみに屋根を付ける案であった。これを見た私は「左側方向にも屋根を付けるべし」と指示した。これで中央館後ろ側の通路には屋根が付き、特に生徒の動線として多聞行のバス乗り場に行く時や、部活動でコート周りを走る時に雨天を心配することは無くなる。間違いなく「帯に短し、襷に長し」とはならず、まして「無用の長物」にもならないと確信したからである。 


このような局面はこの19年間、多くあったと思うが後で失敗したと思う事は皆無であった。又振り返って考えてみると、出来上がりには「少し贅沢な方が良い」と思う。少しの投資資金をケチったばかりに「役に立たない」「完全にはカバー出来ない」ものを作っては後々評価はされないし、「二重手間」になる。物を建設するときは幾分豪華に、幾分贅沢に、幾分長めに、幾分高くと考えた方が良いと言うのが私の結論である。最も重要なことはその次の段階をイメージして設計しなければならない。このケースでも、この工事は直ぐに終わらせ、次のテーマは東館とコート間のバスの待機場所まで屋根を付ける。そして入試広報部や保健室に至るショートカットの入口を設置すると中央館や東館の「奥の院」を通って、生徒やお客様が入ってくることにはならない。テニスの観戦者も雨の心配は無くなる。極めて便利な屋根付きアクセスとなる。 


以上のように物を作る、建設するという行為は「将来構想」を常に頭に入れてコンセプトデザインをすべきであり、さすれば「取り壊し」や「仮設工事」など無駄な出費は抑えられる。「詰将棋」みたいな感覚で進めると良い。無駄な一手にならないようにその一手に渾身の力を籠めるのだ。本校は今まで仮設と言う工事をしたことがない。実はこれが密かな私の自慢である。

2025年7月14日月曜日

1学期終了に向けて順調に推移中

 朝一番に入試広報部から先週12日の土曜日に行われた中学の第三回入試説明会の纏めの報告があった。「もう3回目になるのか?」と言うのが正直な感想であり、時は飛ぶように過ぎていく。今回は「クラブ体験」と組み合わせた企画で次回は来月30日である。中学入試の状況は「総じて順調」という感じで安心して見ておられる。今後数年は中学入試の生徒像は「量は追わず、質で勝負」という考え方を今日も教頭と部長に徹底した。「きめ細かく、一人一人の受験生に対応」する方向に舵を切る。数はその後で付いてくる。中学新校舎の塀の前に着けている「表示看板」は9月浪速祭が過ぎたあたりで取り外そうと思う。それまでに中学校の「新校舎のサイネージの中身」をより充実させるように指示した。 

本校には「PTAクラブ活動」という活動がある。会長のアイデアであり学校は施設を貸し出し全面的に協力している。中々面白い企画であり、今回は「保護者が今、知っておくべき薬物乱用の現状と対策」とあった。100名近い保護者が集まり、住吉区の公的機関の指導員や協議会の会長様が保護司会の協力でご来校され、素晴らしい内容だったとPTA担当が報告に来てくれた。素晴らしい事だ。今や「薬物問題」は小学校にまで拡散しているという話もある。全ての課題を学校だけで解決できるなど思い上がった気は我々には全くない。言うまでもないが「家庭教育」と「学校教育」とのコラボが極めて重要である。我が子の生態を最も知り分かるのは家庭の親御さんである。 

中央館6階の天空レストランの「焼き立てパンコーナー」を全面的に改装する工事がこれまた先週の土曜日に始まった。従来の「NANIWA Bakery Shop BULL」は美味で大変評判が良かったが、連携先と契約の見直しを行い、自立して行くことに決めた。入試広報部の要望に応えるには今の生産能力では不足するので機器も増強しなければならないし、仕事の出来る人材も必要である。ご飯ものや麺類などと炊き立てパンコーナーを完全に区分し、生徒の動線も考え、配置を根本的に変える。完成したら名物コーナーになるだろう。お目見えは9月20日の浪速祭で「改装記念一大セール」として大々的に売り出す方向だ。理事長自ら売り出しの先頭に立つかな? 


午後からは学校医参加で安全衛生保健委員会を持ち、引き続いて校務運営会議を持ち、6Rの大改装について幹部教員に伝達した。変更、変更ばかりで些か恥ずかしいが、それくらい「パン焼き事業」は難しいという事だろう。でも焼き立てパンのかぐわしい香りがするレストランは本校の目玉でもあり、完成を目指して頑張る。全面を全てガラス窓にして外からパン作りが目に入るようにし、インで食べられるコーナーは「浪速カラーの赤のパラソル」を3台も設置し、まるでパリのシャンゼリゼ通りのパン屋さんを髣髴とするようにもする。



2025年7月11日金曜日

戦力の逐次投入ではなくて一気呵成に集中した

 毎日、出勤時にお詣りする学院神社の前に立つと今から13年前の事を思い出す。新しく神社を創建することを決めた経緯である。新神社の建設案を理事会にかけた時に、大勢の雰囲気は「まぁ、神社は新校舎の数年後でも良いのではないか?無理するな!」と言う程度のご意見で、理事の中にははっきりと口に出して言われた人もいた。しかし私は「新しい場所に新しい社殿、学校が創立された時の神社に戻してこそ学校改革は終了する」。戦後、神道指令でGHQにより撤去を余儀なくされ、昭和28年に創建した全く日陰の場所にある仮初の2代目神社から新校舎竣功と合わせて新しい場所に3代目の本格的神社を創建することこそが100年前の先人の思いに応えることになるのです!」と強く論陣を張って押し通した。 


            「昭和28年ご鎮座された2代目の神社」

その後、神社界から私の耳に入ってくる話は必ずしも私には心地良いものでは無かった。恐らく「木村は少しやりすぎ?資金は大丈夫か?」程度の話しだったろう。私は徹底的に創建時の神社を研究し、西日本の名立たる神社を見学に行ったりし勉強した。勿論それまでに鎮座していた神社は丁寧に解体し、東日本大震災に見舞われた東北地方の某神社に東京の神社本庁経由、ご寄贈申し上げた。古い神社が古い校舎をまたいで撤去される光景は今でも目に焼き付いている。浪速新時代の到来を予感するような感じを持った。新社殿の場所は校舎裏側の日蔭ではなくて表通りに面し、正門を潜った誰にも直ぐに目に入ってくる、太陽の降り注ぐ一等地を一段高く嵩上げしてご本殿を設置した。これが今の学院神社である。 





「戦力の逐次投入」という言葉がある。少しずつの投入が小さな敗北を重ね、結局は大きな敗北につながる可能性があることを言うのだが、戦力の逐次投入は、リソースを小出しにして段階的に投入する戦略であるが、最も下策だと私は考えている。元々は戦争の戦略論からきている言葉だが、「戦力を一気に集中」させる方が、戦況を大きく変える可能性が高い。組織の危機管理が注目される中、対応が遅れて「後手、後手」と回った結果、ずるずると損害を拡大させてしまう。当時の浪速学院はまさに瀕死の重傷で息も絶え絶えであった。最も手も打っていなかったと思う。ただ漠然と見ていただけだったと思う。 

私は「起死回生の一手」とし「全ての校舎を一新」し、教育の中身も変えた。そして満を期して「神社の更新」も決意した。あらゆるエネルギーこの1点に絞り逐次投入ではなくて集中投入にした。当に背水の陣であった。資金余裕は全く無かったが私個人の連帯保証で政府機関に融資を申し込み、結果として「新校舎と神社の更新、学校改革は入学者を増やす」ことに繋がったと思う。そして日本文化の基であり神社神道の学校として世に存在を問い続けて来た。「ありとあらゆる事」を同時並行で進めた。私には優先順位など無かった。全てを進めなければ無かった。現状打開には最早これしかないと腹を括り、「改革の速度」を回転数フルに上げ、突き進んだのである。今日危機管理においてスピード感のない事業などは意味をなさない。スピードこそ命だ。

その結果、今や当時の在籍生徒数1000人程度が今や3300人を超える学校に変貌した。改革着手以来18年、この間投入した資金は約120億円である。学校に「内部留保はゼロ」「融資で教育環境を超一流に整備充実」「さすれば生徒増に繋がり少し貯まったお金で」「又新設備の建設」「又生徒が増えた」「次の環境整備・・・」との好循環がこの学校では目に見えて実現して来た。新学院神社のご神威であり、ご加護だ。我々は大神様に護られている。



2025年7月8日火曜日

浪速高校、3学年で25クラスX3=75クラスの最終最大のホームルーム教室を確保

 先週の土曜日、私は大変お世話になった東京のY天満宮のO名誉宮司様の死去に伴う「家族葬(密葬)」に参列させて頂いた。別途9月には「しのぶ会」が大きな会場で予定されており、著名なお方だったから大きな会場探しに奔走されているとご家族の方は言っておられた。母校を愛し、亡くなる1か月前に1000万円のご寄付をして頂いた。共に同じ時代を生きた戦友とも言える尊敬するお人だった。宮司のお見舞いに5月初旬、病院のベッド傍で二人の楽しそうな会話を聞いておられた奥様は、同じ価値観を有するということが本当に良く分かり、兄弟みたいと言われた。密葬だが、是非、東京に来て欲しいというお話があり、あろうとなかろうと私は出かける積りであった。大変立派なご葬祭で、私はお顔をしっかりと拝見し、お別れした。それにしても参列者は揃いの法被を着ておられ、さすが文京区湯島本郷沿い、江戸情緒溢れ、まだ明治の雰囲気が漂う密葬会場となっていた。 

学校は期末試験が終わり、現在は1学期の総仕舞の時であり、心豊かに生徒も教職員も走っているがその顔にはどこか「ゆとり」が感じられ、良い雰囲気である。今日は中学の3年生Ⅰ類の生徒が「多聞尚学館」に一泊で模試対策と銘打って出かけて行った。生徒も皆、良い顔をしていた。例によって私はバスに乗り込み、激励した。この一言が案外と効くのである。5日の土曜日に行われた第2回体験授業参加者も極めて多く、6月分と合わせると何と40人弱の対昨年対比であり、新校舎人気もあって浪速中学校が動き始めた感じだ。本年度は5クラス168人の入学者だったが、この水準で良いから来年度の8年度入試も良い生徒に入学して貰えるように頑張れと今度は入試広報部に檄を飛ばした。 




5日東京行の新幹線の車内で読んだ産経新聞朝刊は例の公立高校の定員割れ対策として「複数併願制」を9年度入試から実施すると政府筋の話としてトップ記事にしていた。最も文科省には公立の序列化が更に進み、偏差値偏重は強まると懸念の声があるらしいが内閣官房がデジタル庁と組んでやるからには実現する可能性が高いと私は踏んだ。デジタル庁もこの辺で手柄話を上げたいのではないか。そうすると大阪府の10年度からスタートする「公立第二志望校制度」なども含めて今後府がどのように出てくるかだ。これらを考えて私立高校は戦略を立てねばならない。 

私は副理事長と設備担当を呼んで今後の「教室手配」について議論をした。既に何回も行ってきていることであるから「熟議」と言って良い。最終的な「浪速高校のホームルーム教室数は25クラス、3学年分で75クラス」となる。これを最終最大のホームルーム教室数として現西館の改造に順次取りかかることにした。まず体育教官室を改造し横並びに女子更衣室を移転する。まずこれが最初だ。その後令和8年、9年と学年進行で必要な教室を確保する。ポイントは「選択教室の確保」であり、十分な予備教室も確保し、土曜日の有効な使い方である3Sの為の教室も確保しなければならない。まだコンセプト段階であるが全てが「絵に描いた」ように「ピッタリ」と無駄なく「駒を進める事が出来る」のである。これはまさに「神業」と言えるくらいだと我ながらほくそ笑んでいるのだが、もうこれ以上蟻の通る隙間もないくらい学校はパンパンとなるだろう。


2025年7月4日金曜日

本日、教職員に「令和7年夏季賞与・一時金」を支給することが出来た!

 今日で1学期の期末試験が終わった。高校は従来通り5日間の日程であったが、中学は4日間の日程を一日延長して5日間となった。中学の教務・進路部長に電話したら「高校と揃えました」と言うので「それは違うだろう、負担を軽減して受験勉強の時間を取ったのが目的ではないのか」と言うと即座に「そうです」と言い返してきた。電話口の向こうで少し顔色が変わったかも知れない。最もそのような柔な人間ではなく図太いから大丈夫だろうが,滅多にない私からの電話問い合わせに適切に返答するのも「腕」であり、今後気を付けなければならない。試験が終わった高3生に偶然出くわし、立ち話をしたのだが「まあまあ出来ました」と返事があった。皆、難関私立の理系を目指しており頑張って欲しいと激励した。 

参院選の告示が3日になされ、石破政権が問われる。物価高対策で「現金給付か減税か」が問われているが、そのようなテーマが国政選挙で問われるような光景は少しおかしいと感じる。現金給付も減税もやったら良い。直ぐに財源とか何とか言うがそれを言うからおかしくなる。この問題はさておいて、私は今回の選挙で「女性候補者が過去2番目に多い」ことに注目している。女性が議会に出て論陣を張ることが徐々にではあるが日本の形を変えることに繋がると信じて疑わない。明日の5日土曜日、浪速中学校は第二回目のオープンスクール(授業体験)があるが、今朝現在で申込者は104人であり、何と男女比率は52人づつである。 

女生徒の増加は過去の浪速高校のケースでも男女合わせて入学者増につながっているデータを私たちは有している。「女生徒の増加はそれくらい学校に大きな影響を与える」のである。良いニュースであり6月の1回目のオープンスクールと合計すると40人近くの増加になっている。新校舎効果もあって女生徒の増加、それにつれて男子生徒も増加となっている現象と見て良いのかもと判断できる。中学校の令和8年度入試もまずまずのスタートを切っている感じで嬉しい安堵の気持ちだ。 

今日は令和7年の「夏季賞与・一時金」の支給日であった。小さな私立の高等学校・中学校と言えども「学校の経営」を担っている身にとって今日ほど特別な感情が湧き出る日は無い。表現すれば「まぁ、今回も良かったー!」と安堵の気持ちが吐露している。これが支払えなかったり、対前年度削減された支給額だったりすれば、私の性格からすれば「相当、落ち込んでいた」に相違ない。何時もこの日は一人、学院神社にお参りしてこの夏も頑張ってくれている教職員に「出すことが出来ました」とのご神恩に感謝の気持ちを表している。 

今朝の新聞各紙は経団連第一回集計の数値だが「夏のボーナス99万円、大手平均過去最高」の見出しが躍っていた。18業種107社で平均年令は出ていないが4年連続の増加で990848円である。日本の経営者も物価高対策で年収アップの方策にようやく舵を切り始めていることが分かる。一方公務員であるが6月30日に出ており、大阪府は40.5歳で834844円、大阪市は42.3歳で860657円とあった。本日浪速学院が出したボーナスは平均年齢が40.9歳であるが、大手企業に対しては11%高く、大阪府、大阪市との比較では27%から31%も高い計算になるから、決して悪くないステージであることも私の機嫌を良くしている。出せる時は出す!



2025年7月3日木曜日

新中学校棟が益々良くなっていく感じ!

 新中学校棟が益々良くなっていく感じで嬉しくて幸せな気持ちになる。竣功から3カ月経ち校舎内は落ち着き、落ち着いたところでご関係先から「記念品の授与の申し出」が絶えない。今日もゼネコンの南海辰村建設の社長さんから「何か記念品を・・」とのお話が副理事長経由で耳に入った。M副理事長は不足している救急救命具の用具などを具申して来たが私は即座に「それも良いが生徒や教職員を護る用具は学校で」と軽く押し返した。しかしさて何が良いかなと思うと直ぐにアイデアが出て来ない。中学校長室か中学応接室に置く陳列物で裏に南辰さんのお名前が入ったものを考えたらと水を向けた。消耗品や時代の変遷で価値がなくなるものでは意味はない。未来永劫、新校舎竣功の香りが後世に伝わる物が良いかも知れない?

 先に「伊勢神宮崇敬会から頂いた屏風」は最初の置き場として2階応接室の入口に設置したが、雰囲気がまた違って辺りを照らしている。少し「場違いな感じ」だがそのうちに落ち着いて来るだろう。この場所は有期限で、次は一階の何処かでも良いし、中央館や武道館の和室もある。別に中学校だけで使うものではない。有名な作家もので高価だが、最大の価値は伊勢神宮様からの頂戴ものだということ。神社神道の学校としてこれ以上の名誉はない。 


今日、長い間待った1階入り口階段傍の座椅子が入ってきて今日設置した。これはこの校舎のデザイン設計責任者のN部長の考えに全てをお任せしたのだが、「赤丸と黒横長の組み合わせ」が面白い。まさに家紋の如き「上丸に下一文字」の形の椅子である。その横には私からの寄贈品であるこれまた名のある陶芸作家の作品「個性の群像(私の命名)」が並んでいる。中学校生徒はまさに個性の集まりであり、3年間伸び伸びと育て、浪速高校でしっかりと鍛えるというスタイルが良い。個性の群像の作品の横で、お客様が待ち時間の間、ほんの数分、据わって頂ける椅子がようやく揃った。このような中学校校舎は見たことがない。





2025年7月1日火曜日

7月1日 月初め祭、朔日参り

 今日は7月1日、「一日祭り」の日となった。「月初祭」とも言う。調べてみると本校では1日に全校生徒で行う「一斉参拝」が行われるのは前半では今日の7月1日のみである、学校行事などが優先されるためこのようになっているが全国の神社では1日に毎月決まって行なう季節の順調な移り変わりを祈念するお祭りだ。毎月1日の早朝から行なわれるお祭りである。毎月一日に神社やお寺に参拝し、前月の無事に感謝し、新しい月の安全、繁栄を祈る日本の伝統的な風習が「朔日参り」である。新月は「始まり」「リセット」「新たなるスタート」に相応しい日だから、ネガティブな感情や習慣を浄化し、不要なものを手放すのに良い日である。新月から満月に向かいエネルギーが大きくなるために、新月から始めたことは勢いに乗りやすいとされている。実に日本人は折り目正しい民族だと思う。 



7月の異名には多くのものがあるが、良く知られているのは「文月(ふづき、ふみづき)」「七夕月(たなばたづき)」だ。今日は上々のお天気で気温も高かったが湿度が幾分低いと見えて心地よい参拝となった。全校生徒で打つ柏手の音も大変良い響きであった。参拝後は中央館ホールに移動し、「学院長講話」と場面は変わり、昨日から高校、中学共に「期末試験の真っ最中」なのでまず私は試験に向かう「心構え」について話した。その後混沌とする世界情勢、アメリカのトランプ大統領の関税問題、日本の現在の情勢などを分かり易く話し、少子化の進展の中で「今を生きる君たちへの期待」は大きいと激励した。 



理事長・学院長の講話は何時も生徒にとって「耳障りの良いことばっかり」と思われるかも知れないが、それは大きな間違いであり、私は明確に良い事、悪い事などを伝える。耳に痛いことほど生徒は私に耳を傾ける。実はこちらの方がより重要であり結局生徒を守ることに繋がる。話し方には「トーク術」みたいなものも重要で冷酷な裁判官みたいな表現ではいけない。生徒が良く聞きそれを自分の事として受け入れる事が教育である。以上の展開で7月の一斉参拝は終わった。生徒が神社前で奉唱した「誠の道に違うことなく・・・」の意味を理解してくれたと思う。でもこれで終わりとはならない。しつこく何回も同じような事を言い方を変えたりして言い続けるのが教育に携わる者の責任である。一回言ったからそれでお仕舞なら苦労はしない。