NHK大河ドラマは好きだから大体見るようにしている。今年は渋沢栄一を描いた「青天を衝け」だ。このタイトルの意味は「青天(青い空)を突き刺す勢いでヒジをまくって(壁を)登り、白雲を突き抜くような気力で手にツバをつけて(前、上へと)進む」といった、19歳であった栄一が詠んだ詩の一節から取ったものである。19歳当時の栄一は師匠,惇忠の影響で攘夷思想にのめり込み、それを心配した父・市郎右衛門が従妹の尾高千代を嫁にとらせた時期である。裕福な家庭に育った栄一は、家業を手伝い、藍玉を売るために信州などにも旅をしており見聞を広めたのであろう。旅の最中、険しい信州の内山峡で読んだ漢詩の一節『勢衝青天攘臂躋 気穿白雲唾手征』ら取ったものであるが素晴らしい。渋沢栄一の一生は、まさに汗水垂らし、尋常ではない勢いを持って死ぬまで青春であり続けたと言える。「死ぬまで青春」、私もかく有りたいと思う。
それにしても19歳でこのような詩作が出来る江戸や明治時代の若者は素晴らしいではないか。今の日本で19歳、今なら大学1回、2回生の年頃にある若者と比較すると幾分暗澹たる気分にもなる。詩作の能力だけを言っているのではない。詩の中味だ。司馬遼太郎の「坂の上の雲」と同じように当時の若者は「高みを目指して気力を振り絞って目標に突き進んだこの気概」である。「内向き」ではないのだ。パリ国際博覧会に驚愕し、あらゆることに興味を持ち、知恵と工夫を凝らして突き進む若者のお陰で今日の日本はある。栄一は素晴らしい両親から教育を受け、本当に勉強家であった。その姿勢は生涯を貫いている。「生涯現役,生涯勉強家」であった。
私は令和2年、9人の専任教職員を誕生させた。彼、彼女達は1年間、人生の過去を振り返り、学校の教師として正式に出発する前に自分を見つめ直す期間を取ったのである。それが「本校での1年研修」である。そして1年が経ち、昨日で研修が終わった。コロナの影響で3回に分けた発表会となったが、私にとっては若い先生方の考えと思いを聞くことは至福の時であった。9人に共通してまず「教師になった理由」から発表は始まるのだが、いずれも中学、高校時代の恩師の一言が影響を与えている。如何に学校の教師は若者に影響を与えるのか、ここでも分かる。栄一も個人塾の塾長の影響を計り知れないほど受けている。教師ほど素晴らしい、そして「恐ろしい職業」はない。