2024年1月5日金曜日

虚子「去年今年 貫く棒の如きもの」

 昨年の1月5日、本校の初出の日のアラウンドで触れた俳句を今年のアラウンドも書きたいと思う。毎年の事だが新年を迎えると、この俳句を思う。「去年今年 貫く棒の如きもの」。この高浜虚子の句は鎌倉駅の構内にしばらく掲げられていたが、たまたまそれを見た川端康成は背骨に電流が流れたような衝撃を受けたと言い、感動した川端が書いた随筆によって、この句は一躍有名となった。去年と言い今年と言って人は時間に区切りをつける。しかしそれは棒で貫かれたように断とうと思っても断つことのできないものであると、時間の本質を棒というどこにでもある具体的なものを使って端的に喝破した凄味のある句である。そして「貫く棒」に深い意味がある。棒は人それぞれに異なるだろうが、「私にとっての貫く棒はこの学校を守り、発展させるという強い覚悟」である。本当に大好きな俳句である。

 新春に想う句と言えば次の小林一茶の俳句も自分自身に迫ってくる。人間はお正月で1歳年を取る訳で既に十分高齢者となった身である自分には特に感慨深い。「めでたさも中くらいなり おらが春」。正月と言えば、世間の人は餅をつき、門松を立てて新しい年の希望に心がはずむ時期と考えられるが、一茶は「そんなにめでたいものなのだろうか?」と感じた。年若い妻と幼い我が子を前に「あと何回、こうして新しい年を迎えられるのだろうか・・・」と老い先短いわが身の心境から出て来た句である。しかし一茶は新年だからといってめでたいと手放しで喜ぶことはできないけれど、「中くらい」だと一茶なりに祝おうとする姿が伺えるのが良いと、しみじみした一茶の生き方を人は評価する。ただ私は敢えてこの句の「中くらい」には「年なんて意味は無い、長生きして妻子を守るぞ!」との一茶の覚悟があったと思う。名句である。

 8時、拡大管理職会議があり、9時からは今日から始まった「高校入試の教育相談」のキックオフミーティングがあった。私は入所広報部の部員と関係する教職員に新年の挨拶と激励の言葉を申し述べた。今日からの2週間程度で今年春の入学者数が読めてくる。果たして4月5日の入学式には中高合わせて何名の生徒が入学してくれるのだろうか。 



9時30分新年最初の職員会議があり、その席で例年の事だが「理事長・学院長年頭所感」を申し述べた。大きく分けて次のようなことを述べて1年のキックオフの号砲とした。学校は動き始めたのである。そして重要な事は全教職員共通の理念として昨年開校100周年が終わり、次の100年に向かって学校の「質的転換」を図る元年を強調したことであった。質的転換とは管理職、教職員、生徒、教育施設・環境他全ての面をもう一段、二段と質的に高めて行くことである。

① 4月スタートする新会社「(株)浪速教育振興(NEP)」の順調な立ち上がり

② 2学期からスタートする「学校5日制=週休変則2日制」への万全の準備

③ 11月、建設中の新中学校校舎の「上棟式」の実施

 

社会では能登半島地震、航空機衝突事故など悲惨な新年始動となったが本校は大きな目標を掲げ令和6年が静かに始動し始めた。亡くなられた方々への追悼と被災された人々へのお見舞いを申し上げ、「貫く棒」の如く今年も頑張って参りたい。