この3日間ほどは来月に支給する予定の「令和8年夏季賞与・一時金」の具体的検討を慎重に行って今朝ほど仮決定した。「ほっと、一安心」と言った感じだ。「今年も支払えると言う、言いようもない安堵感というのか?」、これは出す方になってみないと分からない感情だと思う。従業員にボーナスが出せないような経営者では失格であり舞台から退場しなければならないと覚悟しているからだ。仮決定と書いたが、この仮と言うのは支給日までに当該本人に何か支給条件に触れる不都合などがあれば至急取りやめるなど手直ししなければならないからだ。不都合とは、例えて言えば、ついついの飲酒運転で警察に検挙されたとかである。まさかこのような人に「貴方の過ぎし半年間の活躍と成果は立派だったから賞与に理事長特別加算をしました」となど口が裂けても言えない。
原案は校内理事である副理事長、高・中の校長の3人の理事から理事長あてに出されたものを理事長たる私が名簿にある各個人のお顔を思い浮かべながら時間をかけて最終決定する。意見具申は尊重し、私から「この人物はノー」とは滅多には言わないが金額の増額や減額など変更はある。逆に名簿に名前が上がっていない教職員の中から「この先生、良くやっているのではないか」と理事長が指名することもある。昨日、日銀は政策金利を1%という30数年ぶりに高いレベルまで上げたがこれは諸物価高騰のインフレ対策であり、本校教職員も今や生活基盤になっている今回の「夏のボーナス」を期待して喜んでくれ、待っているに違いない。
「金は天下の回りもの」という良く使われる言葉がある。お金は常に世の中を回っているものであり、今はお金がなくても真面目に働けば、いつかお金が入ってくるという意味である。良い意味でも、そうでもない意味でも利用されるフレーズだ。金銭は一箇所にとどまっているものではなく、持っている者もいつか失ったり、今ない者もいつか手に入れたりすることを示しており、英語表現では「 Money comes and goes.(お金は来て、又行ってしまう)」だから分かり易い。お金にまつわる話は時に「微妙・・・」であるが、お金が無ければ近代資本主義の世の中を生きて動いていくことは出来ない。お金を稼ぎ、納税し、そして生きて行くため、食べ物を買い、家族を養い、子を教育し、自立させていく。これらは「世界共通の人間生活の究極の循環サイクル」であり、教育界でも、どの職業でも全く同じことだ。
3年前の開校100周年時の人数から生徒数は更に増大し、中高合わせて3586人の在籍生徒数で本年度はスタートした。過日令和7年度決算を確定したが純資産も何と145億円に上った。キャッシュフローも問題なく、又資産も十分にあるという超裕福な学校に変貌した。これらは優秀な教員の活躍で生徒の集まる人気校に変貌したからである。従来から生徒への還元は絶えず行って来たが教職員へは「毎月の給与と年間2回の賞与一時金」で報いなければならない。当たり前のことである。勿論だれかれ、全ての人に均等に報いるなどは出来ない。「成果を上げた教職員」「頑張っている教職員」「裏表なく真面目に努力している教職員」等々が対象だ。賞与は年に一度の人材育成評価システムの「能力評価」とは異なり、基本的に「過去半年の仕事ぶりを評価」するものである。