2021年3月8日月曜日

スクールカウンセリングの体制変更!

今日の学校現場での「スクールカウンセリング」は極めて重要である。私が小中高などの時代にはカウンセリングなどの言葉さえ無かった時代だ。「そんなものは必要ない。心が弱いからそうなる。第一、家庭の問題だろう。学校は心療内科の病院ではない!」などと宣えば、その校長は「終わり」となる。私自身はこの18年間、公立、私立の校長をやってきてスクールカウンセリングの重要性や有難さなどを痛感して来た。又この学校においても辛い思いをした経験があるだけにカウンセリングの先生とは常にコミニュケーションをとって情報を得ながら生徒、保護者、担任の動きを把握してきた。難しいのは最高の個人情報の管理レベルが担保されないと当該生徒と保護者と担任、あるいは校長間の信頼関係が損なわれる。最高機密情報として扱われないと駄目であり、この認識が極めて重要である。

 本校はお陰様でここ最近は極めて優秀なお人柄の良いカウンセラーの先生に恵まれてきた。現在、2名の先生のお世話になっているが、お一人の先生が関東地方でのお仕事が増え、そこにコロナの影響で動きに制限があるという事でこの4月からはもう一人の先生に回数頻度を増やして、すべてお願いすることにした。人間社会の常で人の入れ替わりはどうしても発生する。1年間はリモートカウンセリングでやってきたが、基本的には「フェイス・ツッー・フェイスが望ましい」との思いから決断した。スクールカウンセラーとは、学校現場において児童や生徒、その保護者に対して、臨床心理に関する専門知識を生かしながらサポートしていく専門家を言うだけに、リモート画面で話すより生の感情、息遣い、体温等を感じながらお話しする方が良いに決まっている。

 



様々な心の問題をもつ人たちを、専門的な知識や技法を使って支援する役割を担っており、スクールカウンセリングは、児童生徒の心理的な発達を援助する活動である。「心の教育」や「生きる力を育てる」などの学校教育目標と同じ目的を持つ活動であるだけに、教員には申し訳ないが「最後は教員の関与」に戻らざるを得ない。このようにして教員の仕事は増えて行くが今は仕方がないと思って欲しい。週に1~2回のカウンセリングの先生だけではどうしても限界があるだけに私は学校カウンセリングを、カウンセリングの先生と連携しながら、「カウンセリングマインドを持った教員」が、当該クラスの生徒を対象とし、生徒の人間形成に関わる諸問題に対して援助していく「総合的な教育活動」と位置づけて行きたいと強く思っている。その努力をしてきた積りであり、間違いなく本校はその道を少しづつであるが歩んでいると確信している。


 その為にもカウンセリング業務には「学校長の介在と見識が極めて重要」であり、学校長はカウンセリングの先生と緊密に連携し、学校の教員を支援する必要がある。校長職を離れて1年、新校長の支援で私がその任を受け持ってきたがぼつぼつバトンを渡さねばならない。教員はどちらかというと教科指導で疲れるよりか、当該クラスの生徒の状況やその保護者とのコミニュケーションで疲労困憊するのを私はこの目で何回も見て来た。最後は泣く泣く退職して行った先生もいる。難しいのはどこまでが学校の役務化と言う事だが、そこは教員の傍に居る管理職たる学校長の感性、判断と責任である。4月からは私から副学院長と学校長にこの管理を移管して更に効果を高めていくことを期待したい。勿論理事長・学院長として校長の後詰として見守り指導はするが、あくまで生徒と教員の管理は校長である。今日私はカウンセラーの先生と2人に対してその旨を申し渡したのである



2021年3月6日土曜日

貴方は教員ですか、それとも教師ですか?

あれは今から12年前の11月26日であった。著名な社会学者、教育学者の竹内洋先生と二人きりで夕食を取りながら、色々とお話を伺ったことがある。私が現在の勤務先に赴任した3年後であった。当時関西大学の教授であられた先生の著作に感銘を受けた私は是非竹内先生の謦咳に接したく大学を通じてアポを戴き、実現の運びとなった。私は自分の書いた教育改革に関する小論文を事前に見て頂いて、その日を迎えたのだが、先生は「しっかりとした文章を作るね」とだけ言ってくださったが、中身の論評は無かったと思う。その時に先生から著作の一つである「学問の下流化」というタイトルの書物に私の名前を書いて頂き、プレゼントして下さった。それは今でも他の著作「教養主義の没落」「立身出世主義」「大衆モダニズムの夢の跡」と共に私の大切な蔵書である。 

お話の中で今でも強烈な印象として残っているのが「学校の先生が教員と呼ばれ始めて」学校の力は衰退していったのではないかとの意味合いのお話で、旧制高等学校以来、「学校の先生は教師と呼ばれていた」、云々であった。さも竹内先生らしい切り口で学校と言う舞台における生徒に教える立場の職業に従事する職業人の本質を見事に掻っ捌いた感じがした。学校で先生、先生と呼ばれている人びとは果たして「教員か教師か?」、それが問題だ!実は学校の先生にはもう一つ別の呼称があってそれは「教諭」であるが、これは普段は余り使われない言葉である。「教諭」とは、「教えさとすこと」という意味の言葉で、一般的には「教員免許を取得している、幼稚園や小・中・高等学校などの正教員」という意味で使われている。教諭の「諭」という字は、「はっきりわかるように教える」を意味しており、大学の教授の「教え授ける」とは違うのであるが、使われない教諭の呼称と共に、最後は教師も使われなくなり、単なる教員の集合体に学校は流れて行ったとなるとこれは大問題である。

 「教員」とは、「学校に勤務し、教育に従事する人」という意味の言葉であり、単に従事する人であり如何にも「無機質な響き」がする。「私立高校の教員として働く」「教員採用試験に合格した」などのように使われている。「教員」の「員」という字は、この場合「かかり」「かかりの人」などを表しており、前述した竹内先生は「員では駄目で師でなければならない」と言われているのである。係の人である教員はプロフェッショナルではあるまい。単なる「かかりの員数」であり、学校ではあくまで教科を教える超専門職として「はっきり分かるように教える師」として初めて社会の尊敬を受ける学校組織だと私も考える。

 学校の教師は生徒に「教え諭す」のが仕事であり、これが全てである。極論すれば分掌も部活動指導も付帯業務であり、あくまで国語・社会・英語・数学・理科の基本5科目をしっかりと3年間教え、大学に送り出すことが本校のミッションである。3月1日、3日、6日と3回に分けて高校校長室で私は教科長、担当教諭から今年の「大学入学共通テスト」の詳細な分析結果を聞いた。これが校長にとって最も重要で神聖な業務である。だから敢えて私の部屋とはせずに5階の校長室にて場所を移して行ったのである。暗にシグナルを新校長に送っているのである。この学校に来て以来私はこの3年間の教科指導の集大成を聞く事が楽しみでじっくりと耳を傾け、思うところ、感じるところを忌憚なく先生方に話してきた。一言で言えば「浪速高校の教員ではなく一目も二目もおかれる卓越した教科指導の教師になって欲しい!」と言う事だ。今回の報告をじっくり聞いて本校は教師への道を歩んでいる先生が多いことを実感し嬉しくなった。




2021年3月5日金曜日

高校新1年生は17クラスで!?

「うーん、この男子生徒はやはりA高にしようか、倍率が少し低いから合格する可能性が上がる!」「はい、決めよう、この女子生徒は当初予定通りB高に出願だ!」等々の会話が今頃府内の公立中学校では進路指導部が中心となって保護者等と連絡を取りながら最後の騒ぎになっていることだろう。「4日現在の公立高校の一般選抜の出願状況」を大阪府教育庁は新聞各紙に発表した。それが今朝5日の新聞記事だ。この数値を見て最後の公立受験先を決め、出願する受験生をスラングで「にぎり」と言う。しかし年々この数値は減少してきており、実質的には今朝の新聞数値で私立高校各校の入学者数がほぼ決まったと言って良い。これが分らないような私学の経営者ではどうしようもないだろう。私は新聞記事をなめるように読んでいく。 


今朝の新聞記事を分析した入試広報部は7時45分には私の部屋に来て「併願入学者数の予測」を報告してくれた。既に本校に合格し、公立を受験したが運悪く私学にくる生徒を併願入学者と言う。10日が公立高校の入試で18日が「合否発表」であるから、18日の15時までに目を泣きはらした受験生が本校に来て入学手続きをすると思っていたらそうでもない。「あっけらかん」として堂々と手続きにくる生徒が多い。従って18日以降、令和3年度の準備が表立って進むことになる。当初16クラス、あるいは17クラスと踏んでいたが今朝の入試広報部の報告を聞いて私は「17クラスと決断」した。1学年17クラスだ。昨年の入学者数を超えて、数は大幅に増えそうなシミュレーションの結果である。

 高校1年生の担任団は従って16人から17人と一人増えるが、既に17人目の候補者は内定しているから「先生、担任になってくださいね!」と言うだけである。それにしても本校併願合格者から「もう、10日の公立を受験するのは止めた!浪速に専願切り替えをする」という受験生の数が今年は多い。この人たちを含めて、10日には入学金を納付した生徒が本校の正門を正式に潜ってくる「専願点呼」がある。浪中からの内部生、専願入学者、併願から専願への切り替え者の合計数値は本校歴史始まって以来の数になりそうである。それに前述した併願合格―公立不合格の生徒の併願入学者を合計した生徒が新1年生である。来週から学校の局面は「ごろり」と変って新年度の助走となる。去年を上回る生徒を得そうで私はすこぶる気分が良い。


 早速、高天原スポーツキャンパスの第3期工事の「ゴルフ練習場」の具体的な設計打ち合わせを行った。イメージが定まった。シミュレーションルームを拡張し「ラウンジ的」な部屋を増強する。すべて外からも内からも見えるようにガラス張りだ。打席ブースは屋根付きで4打席から3打席にし、幅を広げるようにした。又打球は自動で回収、自動で供給され、高さも上下する最新のものを取り入れる。それに芝刈り機などの用具を入れる倉庫も必要である。絵図が完成したらゴルフ部の星野プロと阪コーチに見て貰ってアドバイスを受けるように指示した。グリーンは養生期間が必要で、今年には間に合わないが打席やバンカーの練習から始めれば良い。今年も「あれやこれや」でチャレンジングな楽しい毎日になりそうである。体に力がみなぎってきた。




2021年3月3日水曜日

虎は死して皮を残す?

私はこの学校に来て以来、自分に言い聞かせ、「守り通している約束ごと」みたいなことが二つある。一つは私が造った新築の施設や建物の「ネーミング」を決め、そして「看板あるいは表札」等が必要な場合は「その字」を私自らが書くことである。これについて今日は触れようと思う。(もう一つは又近いうちに。)確かに僭越にも「虎は死して皮を残す」に近いと思われるかも知れないが、せめて後世、誰も経緯を知らない世代になっても、ただ一つこの看板等が時代を見詰めているという若干甘い、思い上がった気持ちだとそしりを受ける可能性を知りながらも、これだけは許して貰って守り通してきた。恐らく今後この学校ではこのような事を継続できる人は出てこないかも知れない。それはこの15年間で全ての物を作り替え、草一本、石ころ一個、昔の物は残っていないように、徹底して変えて来たのが私だからである。神様が私だけに許された特権だと勝手に思っている。


案外と「筆で書くことはしんどい作業」です。まず三日前くらいから精神を集中しなければならない。さっと来てさっと済ますほど才能はないから、「気」をこの一点に絞り、徐々に気を高めていくのである。そう、大相撲の力士の「仕切り時間」に似ているかも知れない。几帳面すぎる性格であるから書く日は一つ一つ時間をかけて準備をしていく。まず硯の位置や筆の選択、墨汁の用意などがある。最もその前に印刷したフォントで看板の大きさに合わせて字の間隔を合わせる為に一枚の印刷した紙を用意する。これで頭にイメージを植え付けるのである。そしてようやく半切の用紙に向かう。今回の物はそれでも長いために半紙を糊付けして都合3枚の和紙を用意して前に据わった。

 



息を吸い込み、一気に書き進めて行くのだが、当然納得できるものからそうでないものまである。何枚も書かない。ずっと3枚を限度として書いてきた。それ以上は疲れて嫌になるから3枚の内で選択できるように頑張って書くのだが、最後の一枚が良いとは限らないところが面白い。終わった後は「ホッ」として「やり切った」感がするのが気持ち良い。「心地良い疲労感」とでも言おうか。その後周辺を綺麗に自分で片づける。片付けまでやって初めて一仕事が終わる、この感覚が好きだから全ては自分でやり、硯を洗い、筆を洗い、文鎮を片付け、用紙を収め、一件落着とするのだ。書の用具は全て段ボール箱に入れ、校務員さんが倉庫に片づける。その場所が何処かは知らない。

 


今回書いたものは1日にお披露目式が終わった堺市美原区に造った「高天原スポーツキャンパス」の第二期工事の「乾坤一擲ドリームフィールド(Kフィールド)」の国旗と校旗の掲揚台傍に設ける「伊勢神宮遥拝所」のヒノキ柱に書くものだった。今朝、業者さんにお渡し、書体を活かし、力強く彫って欲しいとお願いした。3月26日の理事会・評議員会において役員の皆様にフィールドをご視察頂くときにこの遥拝所の披露をする予定で進めている。次は「産土ゴルフ練習場」であるが、この施設の正式名称を何にするかじっくり考えるのが又楽しい。

2021年3月2日火曜日

次は「産土ゴルフ練習場」!

自分は本当に運の良い男だとつくづく思う。いや、学校が運が良いのだ。昨日は素晴らしい好天に恵まれ、今日は雨をみている。しかし「心地良い春雨」である。昨日の高天原スポーツキャンパスの第二期工事であった「乾坤一擲ドリームフィールド(Kフィールド)」の竣功清払い、使用初め式は滞りなく進行し終わった。後世、これまた歴史に残るイベントだったと思う。多くの方々のご支援でなされた。改めて感謝申し上げたい。メインバンクのりそな銀行の社長さんからは大きな花束が届いた。有難い限りだ。「いざと言う時」を考え、メインバンクとは仲良くしておかねばならない。

 

さてこれで舞台を次に回す必要がある。まず3月11日、大阪高校サッカー界の代表である「興国高校」さんをご招待して「こけら落とし」の試合を草島理事長さんにお願いしたところ快く受けて下さり、理事長自ら引率してKフィールドに来て頂けるという。感激である。ついで20日はこれまた日本の高校ラグビー界の顔である常翔学園高校さんが来て頂ける。そして30日にはあの日本を代表する有名なアメリカンフットボールの関西学院高校さんがわざわざ兵庫県から来て下さると言う。失礼の無いように心を尽くしてお迎えするように指示を飛ばしている。送迎のバス、お祝い弁当は勿論、記念品を今用意している。今回も又「記念タオル」とした。

 


さて次はゴルフ部の為に「産土ゴルフ練習場」を作る。格好の良い場所がまだある。原案を見直して少しだけグレードを上げて作る。シミュレーションルームを拡張し、打っている人間だけではなくてそれを見て学ぶ人の為のスペースを増強する。着替えの場所もいるだろうし湯茶や冷蔵庫の置くスペースも考えたいと思う。堺市との協議が終わり確認申請が承認されしだい即、着工できるように施行業者など調整を急がねばなるまい。それもこれも今年も入学者数がある程度見えて来たから、駒を進めることが出来るのだ。私は見た目と違って極めて慎重派で少なくとも「それ行け、どんどん派」ではない。1日の一斉参拝で私は全校生徒にこの事を伝え、若い時のゴルフ経験は将来役に立つし、学校では「ただ!」で出来るから入部するように差し向けた。練習用クラブのセットも複数、学校で用意しなければならないが、これらは工事費に比べれば安いものだ。昨日式典の終わった後、校務運営委員の教員にも勧誘した。「ゴルフ部の有る学校」、何となくイメージが良い。本校は大阪市内にある「シティスクール」である。

学年末試験も終わり、重要な式典も終わった。今日から高校2年生には修学旅行に替わる特別企画「心に刻む修学行事3日間」と称して大々的なお祭りを行う。2,3,4の三日間を使って「クラス内行事、クイズ大会、球技大会を3グループに分けて」実施するのである。海外修学旅行には及びもつかないがそれでもやらないより益しと考えた。私は賞品を出すことにした。そう、天空レストランの浪速ベーカリーから「焼き立てパン引換券」を出すのだ。高校2年生は「新型コロナに負けるな!」と、思い切って友達と楽しんで貰いたいと思う。学校が出来ることはこれくらいで申し訳ないが将来、「コロナで修学旅行は吹っ飛んだのよ」とほろ苦い青春の思い出話になることを願う。




2021年3月1日月曜日

その2 Kフィールド 竣功清祓い式

 










本日は高天原スポーツキャンパス(浪速乾坤一擲ドリームフィールド)の竣功清祓い式がありました。学校からは祭主の理事長・学院長先生をはじめ、管理職、校務運営委員会、クラブ顧問の先生方が揃って参列されました。 

清祓いの儀、参列者全員の参拝が行われた後に、理事長・学院長先生より、関係業者の方々へ「このような素晴らしい競技場を作っていただき、誠にありがとうございます。」と感謝の御言葉を述べられました。 

その後、生徒代表挨拶、除幕、テープカット、記念撮影が順次行われました。また、練習を開始するラグビー部員全員へ、先生は「仲間と一緒に連携し、努力し、顧問の先生の指導を受けて、自らを文武両道で高めるように」と激励されました。

理事長・学院長先生は直会の品として、関係業者の方々へ「新巻鮭」が手渡され、関係業者の方々は大変喜んでおられました。(K


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その1 3月一斉参拝

 







本日は、令和2年度最後となる3月一斉参拝の日でした。新型コロナウイルス感染予防の為、テレビ放送により学院神社、伊勢神宮に向かっての遥拝参拝が行われ、その後、鼉太鼓前にて学院長講話が行われました。 

先生は冒頭、新型コロナウイルスに伴う非常事態宣言が解除された事を受けて、油断することなく従来通り、自らを守る為に、手洗い・マスク着用・3密を避ける・不要不急の外出を控えるようにと指導されました。 

本日の午後から、堺市美原区にある高天原スポーツキャンパス(浪速乾坤一擲ドリームフィールド)にて、竣功清祓式と使用始め式が執り行われることを発表されました。先生はスクリーンを使用し、全校生徒に、スポーツキャンパスの写真を映しながら、熱心に施設のご説明をされ、「文武両道を標榜する学校として、誇りを持って、使用してほしい!!」と述べられました。 

最後に先生は「浪速高等学校・浪速中学校の生徒であることを誇りにして、しっかりと11日を充実するように頑張ってほしい!!」そして、「新たな令和34月を一緒に迎えよう!!」と激励され、お話を結ばれました。(K


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