2024年9月17日火曜日

建設中の新中学校棟、最上階の6階のコンクリート打ち

 朝一番に秋季例祭と浪速祭の実行責任者4人を部屋に呼んで「慰労と感謝の言葉」を準公式に伝えた。私は必ずこの「儀式みたいなもの」を大事にしてやって来た。そう、これは儀式である。15日の浪速祭が終わった後の17時に担当の管理職とこれらの3人の教諭、生徒自治会の会長以下役員が職員室で行事終了の挨拶をしてくれ、私が最後に纏めたが、私の話は全員が揃った席での公式なものである。だから今朝の話は準公式と言っている。全員が立ち並んでいる場所で話す内容と私の部屋で言う事は当然異なるし、強弱も違う。その芸当が出来ないようでは組織のトップは務まらないだろう。公式と準公式の違いは「全体と部分の違い」である。対象が「全員と個人の違い」である。 部分と個人が重要である。



しかし本音を言えば、組織のトップには公式も準公式もない。話す内容に「人を評価し、育てる」と言う視点で話していれば、問題は無い。最後はあくまで個人の資質に尽きる。最大公約数の事を個人に喋っても効果は無い。その「人間に突き刺さる言葉」で指導しなければならない。浪速学院の将来はこれら教員のただただ人間性に架かっているというのが私の強い思いである。全員が立ち並んでいる場所と私の部屋で言う事は当然異なる時もあれば強弱も違うと書いたのはそのような意味である。今年の総括と来年への課題などを指示し、祝いと言って高級黒糖焼酎の「高倉」をプレゼントした。準公式の時は何かを必ず個人にプレゼントし慰労するのが木村流である。 


久し振りに建設中の中学校棟の視察を行った。今日は遂に最後のコンクリート打ちである。「地上6階建ての壁と天井部分の打設」であり、これで構造躯体部分が終わった。今にして思えば案外と短い時間で順調だった。ゼネコンさんは良い仕事をしてくれた。ゼネコンの南海辰村建設のN課長さんも「ここまで来ました。極めて順調でした」と感無量の面持ちだった。それにしても「頑丈そのもの」でこれなら南海トラフ地震が来てもビクともしない建物だなと感じた。あの柱の太さを見れば誰でもそのように感じるだろう。 




10月23日には「上棟祭」を行う。この日は中学の全校生徒に「棟木の綱引き」をさせる。私のこだわりである。100年前、初めて神殿建設の上棟祭で旧制浪速中学校の生徒が綱を引いている貴重な写真が一枚残っており、我々も100年後の人たちに写真を残したいと思う。今の中学校生徒への教育的視点と後世に残すという、ただそれだけの為に上棟祭を行う。南辰さん、教職員、PTA、生徒、協力会社さん、法人役員等、関係者総出で新校舎の上棟を寿ぐ。事務室のH事務長補佐が素晴らしい記念のタオルのデザインを検討してくれていた。貴重なタオルになるだろう。



2024年9月14日土曜日

令和6年9月14日 浪速祭

 9時ジャストに自治会の校内放送でNext100元年の「浪速祭」が始まった。続々と保護者が正門から入校されてきた。今日は「お祭り」である。本校には所謂「文化祭」的なものは無い。敢えて言えばこの浪速祭が文化祭を包含していると思う。私はお祭りが大好きで小さい頃から地域の氏神様のお祭りではお小遣いを親から貰って「出店」に顔を出しては買い、今では余り見かけなくなったが映画の「フーテンの寅さん」ではないは出店の主の口上などを聞くのが大好きだった。それは成長しても変わらず、神社神道の学校に勤務できたのもご縁だと思っている。とにかくお祭りは派手に豪華にやらねば面白くない。これが私のやり方である。だから「浪速祭には力を入れている」。 

その為には「お金も使う」必要がある。普段は倹約してやる時は「ドカッとやる」。ケチケチしたお祭りならやらないほうが益しだ。模擬店大好き、出し物大好き、中でも「神輿」は格別に大好きである。本校では2台もの、それは、それは立派なお神輿があって今日も高校生用の大型神輿、中学生用の小型の神輿の「お練り」があって勿論私は先頭に立って旗を振る。この時ばかりは血流が身体中を巡り元気になる。もう一つハイライトは女生徒100人によるお神楽奉納である。昨日のアラウンドにも書いたが「豊栄の舞」を舞ってくれる。これと男子生徒による前述した神輿のお練りが浪速祭の「てっぺん」である。どのような企画でも「てっぺん」があるのが良い。今年から生徒へのご奉仕料は50%のアップとした。 




私もそうだが生徒も保護者も出店や模擬店が何故好きなのであろうか。食べるものを自分たちで作って人様にお売りすると言う行為は間違いなく「非日常」であり、非日常の中に身を置くことはとても快感が高まるのかも知れない。今日もジュース、焼き鳥、ポテト、フランクフルト、餃子、フライドポテト、焼きそば等々高校3年生の出店があり、PTAからは多くの知恵を絞った商品が用意されていた。それに中学校が昨年から初めてブドウ巨峰、イチジク、などを仕入れ値だけで相当な金額を使って並べたと言う。人気の商品である。茶道部は多くのお客様で、時間も無く、茶室には入らず、私は待合場所で接待を受けた。「美味しい薄茶」であった。 





それにしても暑かった。カンカン照りで間違いなく陽に焼けた。しかし雨よりは良いか?コロナ5類後2年ぶりに本格的、浪速祭は大いに盛り上がった。行き交う生徒も理事長に挨拶して呉れ、「めっちゃ楽しい」と歓声を上げてくれていた。14時になると「蛍の光」が流れ、浪速祭の終了を告げ、お客様は学校を後にし、生徒と教職員で片づけに入った。会場設営と片付けは外部の業者さんにお願いし撤収は今日中に終わる。今日は土曜日、明日は日曜日、そして16日が敬老の日で連休だからラッキーと言える。17日に登校してくるがその時は今日のお祭りは影も形も無く学校は静かに生徒と教職員を向かえるだろう。このオンとオフの切り替えが実に心地良い。本校の強みである。それにしても本校の教職員は良くやる!素晴らしい!私は幸せである。

2024年9月13日金曜日

令和6年9月13日その2:奉納落語「桂福團治一門」

 午前中に秋季例祭は無事にそして見事に終えた。生徒達は明日の浪速祭の準備に勤しんでおり、皆良い顔をしている。余程楽しいのだろう。通常ならここで行事は終わりだが今年は「Next 100の元年」を記念して特別企画を入れた。それは「桂福團治一門による学院神社への奉納落語会」である。福團治師匠のお弟子さんは沢山いらっしゃるのだが時間制約もあり、師匠のお考えで師匠を含め3人の噺家さんの登場だった。桂福丸さんと桂小梅さんである。数回の打ち合わせを入れて場所は中央館8階の階段教室に180席用意した。当初は座布団を敷いた本格寄席スタイルを考えたのだが、「少し古臭いかな?」と言う感じがして椅子席とした。舞台もご一門の指導を得て見事な会場が出来上がったと思う。 



何故、福團治師匠かと言う問いにお応えしなければなるまい。まず落語好きの理事長であり、中でも福團治ファンである私に選択権があると言うのは間違いの無い事実である。だから私が決めた。加えて本校卒業生の直木賞作家の故藤本義一先生との関連が大きく影響を及ぼしている。義一先生は直木賞を取った作品「鬼の詩」映画化の時、主演俳優として福團治師匠を強烈に主張され決まったと言う。又私は藤本先生に、共学にした時にすぐ「共学の校歌の作詞」をお願いした。それまでの男子校のイメージを拭い去る為にあの藤本先生の感性に期待したのである。何回も電話やお手紙でやりとりし、漸く実現した校歌が「我ら浪速」である。その時の会話は今でも覚えており、義一先生のお声が耳に残っているくらいだ。大変歌い易い詩と曲で今やこの校歌は完全に生徒、学校のモノになり、これを歌って卒業した生徒ももう15年を超えた。福團治師匠は義一先生を人生の師と仰がれている。藤本義一、桂福團治、そして浪速学院木村の トライアングルのご縁が今回の公演に結びついたのである。

「鬼の詩」の映画で名演技を見せた福團治師匠はその後波乱の噺家人生を歩まれることになる。人間性豊かで博識であるが極めて謙虚であらせられる。私は福團治師匠は「革新の人」と思っており,新作落語とかペケペン落語の考案とか手話落語とか多方面に領域を広げられ、昨今では古典回帰の「人情噺の福團治」として知られている。又著作も多いし上方落語協会の会長など要職も歴任されている。「人望が厚い」のである。偶に行きつけの飲み屋さんで偶然お会いすることもあるが、非常に綺麗な飲み方である。「師匠、一度学校で一席お願いできませんか」とお願いし、快くお引き受け頂き今日の日になった。師匠の事務所は学校から極めて近い距離であり言わば「ご近所さん」でもある。PTAのS会長さんの協力で明日の浪速祭の準備で走り回っているPTA役員の方々が今日のお客様である。企画実行は学校法人浪速学院、後援が浪速PTAで実現した。ちなみに桂福丸師匠の名付け親は藤本義一先生であり、桂小梅さんは本校卒業生で私が校長時代に入学を許可し卒業させた人物である。お二人の事は又違う日にアラウンドに書いてみたい。めっちゃ、おもろい舞台であった。 




それでは福團治師匠の噺の反響を書こう。多くの言葉は要らない。この企画は大成功であった。ご来訪の皆様は時に涙を流し、又大笑いしながら有名な人情噺「藪入り」に聞き入っていた。さすが金看板4代目桂福團治師匠の噺であった。「上手い!」の一言に尽きる。人間が出来ていればこその噺であり、芸は人間を表すものだとつくづく思った。そして品格が高い。私は益々福團治師匠が大好きになった。益々お元気でご活躍を祈念申し上げる。秋が深まった頃、今回のメンバーでの打ち上げ会を楽しみにしている。
師匠のプロフィールを下記に記す。

桂福團治   出身:大阪府

          昭和353月四日市商業高校卒業 •        昭和355月三代目桂春団治に入門

          昭和38年大阪千日劇場にて初舞台 •        昭和40年桂小春となる

          昭和45年ペケペン落語を考案

          昭和4810月四代目桂福團治を角座にて襲名

          昭和50年藤本義一氏の直木賞受賞作を映画化した「鬼の詩」に主演

          昭和54年手話落語を考案

      受賞歴 昭和43年「三洋文化新人賞」受賞、昭和56年「上方お笑い大賞功労賞」         平成11年「文化庁芸術祭演芸部門」優秀賞 




令和6年9月13日 その1:秋季例祭

 遂に「開校101年目の秋季例祭」の日が来た。昨年が開校100周年目だったから当然今年は101年目だ。でも私は今年は「Next100の改革元年」と称している。従って今年の秋季例祭は元年のお祭りである。本校は4月の春季例祭と秋9月の秋季例祭を最上位に位置する学校行事として設定し、学院神社の大神様に4月からの半年間の学校教育活動の成果への感謝と、今日から折り返しとなる来年3月末までの教職員と生徒の安全無事と健康、そして学業の向上を神様に祈願する極めて大切な日である。神社には「幟」を立て、剣道部員が打ち鳴らす3尺大太鼓の報鼓で「祭」は始まる。この祭りの「祭主」は学校設置者の理事長である私であり、お祭りを執行して下さる「斎主」様は市内「坐摩神社」から来て頂いている本格的な神職である。 

ご来賓も多く、大阪府神社庁、同窓会、それにPTA会長、加えて評議員の方々である。玉串奉天は理事長、前述のご来賓、加えて高等学校の自治会長、中学校の生徒会長だ。決して形だけの祭事ではなくて本格的なものにしている。これが重要で生徒に「本物を見せる」ことこそ教育だと考えている私は決して「祭事には手抜きはしない」。従って神様に奉納する雅楽と神楽も他のお宮からの借用ではなくて自前である。雅楽部と神楽部を育てるのに16年かかったが今では府内の神社から称賛と垂涎のお声を頂く。本当に素晴らしく何時も私は本殿前の拝殿で雅楽部の奏でる雅な音曲に合わせて神楽部の女生徒が「豊栄の舞」を見るたびに「やっとここまで来た」と目頭が潤む。 


彼女たちを我々は「舞姫」と呼んでいる。有名な森鴎外の「舞姫」の字と同じであるが全く違う。一般的には神楽舞を奉納する女性たちは「巫女(みこ、ふじょ)」さんと呼ばれているが本校はあくまで学校教育の一環としての立場で彼女たちは日夜、日本の神に仕える女性ではなく、学校クラブ活動であり、区分する為に巫女と呼ばず、舞姫と呼称している。本日の例祭で舞姫が奉納したのは以前にも書いたが「豊栄の舞」で、始まりの起原は「古事記」「日本書紀」に出てくる「岩戸隠れの神話」から来ている。明日の浪速祭では約100人の女生徒が舞姫となってこの神楽を奉納してくれる。

 

例祭の後、鳥居の前で自治会、生徒会会長を代表として全校生徒に直会の品として「ノート」を神様からの贈り物として授与し、その後学院長講話に移った。神職の「祝詞」の意味をかみ砕いて話し、後半戦も頑張るように激励した。教職員には今日の昼食として「お祝いの箱弁当」が神様から下された。無事に終わった神事であるが、これからは趣を変えて午後そして明日と「浪速祭」が始まる。徹底して楽しいお祭りにするように生徒には鼓舞し、同時に「ノリを超えてはならないよ」とも話した。「ここまでは良い」「ここから先は駄目」という判断力こそ人間の力だと諭した。楽しいお祭りの前に「余り説教じみた話し」はこちらもしたくはないが、やはり言っておかねばならない。教育に携わる者の辛い所である。

 


2024年9月12日木曜日

海外語学研修はフィリピンで継続する!

 「浪速国際コースの生徒保護者」の一部から研修地についてご意見があったと言う。英語圏での実習に興味関心があると言う。例えばオーストラリアに行くとか。心に「引っかかる」ものがあったが、相談を受けた以上は「無碍にノー」という気は無く、改めて調査するのも悪くないと考え許可した。その検討結果の報告を高校校長と国際コースのT教諭から昨日受けたが、その結論は様々な調査を行った結果、下記の理由により「フィリピンでの語学研修の続行」が最良と考えましたので、報告させていただきます,とあった。しっかりとした報告書だった。確認したいことがあったので今朝も担当を部屋に呼び詳しく話を聞いた。 


レポートは、まず費用対効果として、研修費用はフィリピンが14日間で約45万円に対し、オーストラリアは10日間で約5464万円の費用が掛かる。また現地での研修期間がフィリピンでの10日間に対しオーストラリアでは実質5日間の研修となる。これでは行っただけになりかねない。特に物価の低さだ。フィリピンはオーストラリアやニュージーランドに比べると物価は低く、そのため、宿泊費や食費なども安く抑えられる。カナダや北米などは高すぎて俎上にも上らない。そして提携校との関係である。フィリピンの有力な大学である「パーペチュアルヘルプ大学と提携校」となって3年目を迎え過去2年間の国際コース語学研修では本校は特別待遇でのサポートをして頂いており、毎年研修内容もブラッシュアップされており充実したプログラムとなっている。トップには昨年の開校100周年記念式典 にもわざわざご出席頂いている関係である。


提携校との連携で研修先を提携校から変更するには慎重な判断と適切な対応をとる必要があり、現時点で研修先を変更する理由がなく順調に実施できている。更なる友好関係を築いていく為にも今のタイミングは適切ではない。オーストラリアでの研修内容と比較してもまず研修期間に大きな違いがあり、実践的であるし、物見遊山の観光旅行とはならない。本校の国際コースが求める研修成果を求めるにはオーストラリアは物足りない。ただ単に保護者が負担する費用の損失になる可能性が高い。まさしくレポートは理事長の思いに合致しており私はこのような的確な判断の出来る優秀な教員を抱えている幸せ感の方が大きかった。 

フィリピン共和国、 通称フィリピンは、東南アジアに位置する立憲共和制国家で7641もの島々がある島国であり、そのうち有人島に暮らす総人口は1億人を超える。首都はルソン島にあるマニラ市またはマニラ首都圏で私は21世紀にはアジアの大国に成長する可能性を最も有していると私は考え、フィリピンを選択した。文化的・社会的な多様性の観点から言えば、ホスピタリティの高さである。オーストラリアも親日的であり環境も良いが現地教員と関係もほとんどなく新たに関係性を構築する必要がある。フィリピン人は非常にフレンドリーで親しみやすく、海外からの生徒にとって居心地の良い環境を常に提供してくれる。そして現地での教員間の連絡のやり取りについても過去2年間の語学研修で万全な形が構築できている。 

生徒・保護者が求めるオーストラリアの華やかな環境での研修を望むことは理解できるが、大切な事は本校の国際コース語学研修の本来の目的であり、今回の調査においてオーストラリアでの研修期間と研修内容はその目的を達成できないと思われる。今、大きな経済成長をしているフィリピンでの語学研修において、その国の同年代と交流する事で学ぶ事は多くある。また、高校生という多感な時期に、貧富の差を目の当たりにし、世界の状況、社会の仕組みや厳しさを知ることは今後の生徒達の人生に大きな影響と社会貢献の必要性を学ぶ事が出来る良い機会であると考える。来年にはパーペチュアルヘルプ大学に進学する生徒が3年目で出て来ていると言う。素晴らしい事だ。

2024年9月11日水曜日

千早赤阪村 菊井村長を表敬訪問

 




午前中、理事長・学院長先生は千早赤阪村の菊井村長を常務理事と共に表敬訪問されました。菊井村長は7月に行われた同地の村長選挙で初めて出馬され見事に当選されたお方です。公務員として役場勤務が40年の長きご経験があり、理事長・学院長先生とも長いお付き合いがあります。本校は千早赤阪村に多聞尚学館、多聞イチゴ園、多聞農園、多聞楽舎、多聞茶寮と多くの教育施設を有しており、同村の教育委員も本校の高校教頭が就任しております。会談は極めて有効的な雰囲気の中で行われました。(K

2024年9月10日火曜日

鶴見神社参拝

 





今日の理事長は午前中、神社訪問でした。訪れたお宮は鶴見神社で市内鶴見区鶴見にある由緒ある源氏ゆかりの神社です。滋賀県大津市坂本に鎮座する日吉大社を本社としており。花谷宮司様は本校のOBで有り、評議員を長い間務められておられます。ご多忙な先生ですが、このように寸時を見つけては本学院役員の神社を訪問されるようにされています。特に先生は「宮司の笑顔が素晴らしい」と言われ、正式参拝の後、今日もお二人はにこやかに歓談されていました。(K