遂に「開校101年目の秋季例祭」の日が来た。昨年が開校100周年目だったから当然今年は101年目だ。でも私は今年は「Next100の改革元年」と称している。従って今年の秋季例祭は元年のお祭りである。本校は4月の春季例祭と秋9月の秋季例祭を最上位に位置する学校行事として設定し、学院神社の大神様に4月からの半年間の学校教育活動の成果への感謝と、今日から折り返しとなる来年3月末までの教職員と生徒の安全無事と健康、そして学業の向上を神様に祈願する極めて大切な日である。神社には「幟」を立て、剣道部員が打ち鳴らす3尺大太鼓の報鼓で「祭」は始まる。この祭りの「祭主」は学校設置者の理事長である私であり、お祭りを執行して下さる「斎主」様は市内「坐摩神社」から来て頂いている本格的な神職である。
ご来賓も多く、大阪府神社庁、同窓会、それにPTA会長、加えて評議員の方々である。玉串奉天は理事長、前述のご来賓、加えて高等学校の自治会長、中学校の生徒会長だ。決して形だけの祭事ではなくて本格的なものにしている。これが重要で生徒に「本物を見せる」ことこそ教育だと考えている私は決して「祭事には手抜きはしない」。従って神様に奉納する雅楽と神楽も他のお宮からの借用ではなくて自前である。雅楽部と神楽部を育てるのに16年かかったが今では府内の神社から称賛と垂涎のお声を頂く。本当に素晴らしく何時も私は本殿前の拝殿で雅楽部の奏でる雅な音曲に合わせて神楽部の女生徒が「豊栄の舞」を見るたびに「やっとここまで来た」と目頭が潤む。
彼女たちを我々は「舞姫」と呼んでいる。有名な森鴎外の「舞姫」の字と同じであるが全く違う。一般的には神楽舞を奉納する女性たちは「巫女(みこ、ふじょ)」さんと呼ばれているが本校はあくまで学校教育の一環としての立場で彼女たちは日夜、日本の神に仕える女性ではなく、学校クラブ活動であり、区分する為に巫女と呼ばず、舞姫と呼称している。本日の例祭で舞姫が奉納したのは以前にも書いたが「豊栄の舞」で、始まりの起原は「古事記」「日本書紀」に出てくる「岩戸隠れの神話」から来ている。明日の浪速祭では約100人の女生徒が舞姫となってこの神楽を奉納してくれる。
例祭の後、鳥居の前で自治会、生徒会会長を代表として全校生徒に直会の品として「ノート」を神様からの贈り物として授与し、その後学院長講話に移った。神職の「祝詞」の意味をかみ砕いて話し、後半戦も頑張るように激励した。教職員には今日の昼食として「お祝いの箱弁当」が神様から下された。無事に終わった神事であるが、これからは趣を変えて午後そして明日と「浪速祭」が始まる。徹底して楽しいお祭りにするように生徒には鼓舞し、同時に「ノリを超えてはならないよ」とも話した。「ここまでは良い」「ここから先は駄目」という判断力こそ人間の力だと諭した。楽しいお祭りの前に「余り説教じみた話し」はこちらもしたくはないが、やはり言っておかねばならない。教育に携わる者の辛い所である。