2019年5月29日水曜日

「橿原神宮 奉納演奏 その3」


27日の橿原神宮での奉納演奏の余波はまだ続いている。新聞を見た知人や友人からも「良い事をしましたね」「良い学校ですね」と言って頂いている。本当に嬉しい限りだ。しかしあの神社、いや、神宮は別格の感じがした。確かに橿原神社とは言わず、橿原神宮だし、一般の社務所ではなくて「橿原神宮庁」と戴いた名刺にはある。分かり易く言えば「格が一歩も二歩も高いのである。神社の称号には、一般の「神社」といわれる他に「神宮」「宮(ぐう)」「大社(たいしゃ)」「社」などがあり、各々の神社の由緒に基づいて定められていると教えて頂いた。



 


 中でも「神宮」という称号は、橿原神宮、明治神宮、熱田神宮、平安神宮、鹿島神宮のように、皇室と深いつながりをもつ神社であるとか、天皇を御祭神としてお祀(まつ)りしている神社に用いられている。ただし、これは前にも触れたことがあるが単に「神宮」と称した場合は、伊勢神宮のことをさしており、これは通称である。正式な名称は単に「神宮」であり、この世界では通用する。私は27日の奉納演奏では胸元に「神宮評議員のバッジ」を付けて臨んだ。皇祖神である「天照大御神」をお祀りしている神宮への畏敬の気持ちと天照大御神から数えて6代後の神様が橿原神宮の神武天皇であるからだ。

 










産経新聞は昨日の夕刊にも連続して記事を出してくれた。それも1面のコラム湊町」に囲み記事で出してくれた。書いてくれたのは恐らくY記者だと思う。今産経が朝刊でシリーズで出している「海道東征」の主筆である。将来は作家希望でもあるらしく文才は言うに及ばず、その徹底した文献調査と脚で稼ぐ取材は素晴らしいものがあり、私の大好きな尊敬する新聞記者である。その記事をベタに打って張り付けて見た。短い文章だが、私の気持ちを余すことなく表現して戴いており、感謝に耐えない。それにしても文章の持って行き方が上手い。大いに勉強になる。簡潔で分かり易い。ここが文章作りのポイントだろう。


 

 産経新聞5月28日夕刊コラム「湊町305」から:

 

126代目の天皇が令和初の国賓と会見されていた27日午前、初代神武天皇を祭る橿原神宮(奈良県橿原市)では、天皇の国作りをたたえる音楽が鳴り響いていた。内拝殿で浪速高校・中学(大阪市住吉区)の吹奏楽部が、学院曲「海道東征浪速」を初めて、奉納演奏したのである

 

「海道東征」は昭和15年、神武の即位から2600年を記念して北原白秋が作詩し、信時潔が作曲した交声曲。同校は5年前、信時の遺族の許諾を得て吹奏楽曲に編曲した。16年に及ぶ神武の旅・東征と、建国の苦労をしのばせる「海道東征」が、中高生の教育にふさわしいと考えたからだ

 

 内拝殿で演奏された「海道東征浪速」も約50分の大曲。同校の吹奏楽部は10年前には部員数人だったが、学院曲の誕生と足並みをそろえるように、全国大会へ駒を進めるまでに成長した。2つの曲には国と学校への誇りがこもっている。教育には欠かせないものを暗示している気がする。」

 
本校は神社神道の学校であるが、我々は教育の中身に自信と誇りを有している。その背景にあるのは宗教の持つ深遠さに対する畏敬の念である。私立は仏教系、ミッション系様々な建学の精神を有しているが、公教育で特に戦後から今日まで宗教教育については「タブー視」されてきた。ここが最大の問題だと私は考えている。学校で教えなくとも家庭で折に触れ、宗教について触れればそれはそれで意味あることであるが、その家庭でも今や仏教でも神道でもキリスト教でも何でもあれ、宗教の持つ神秘性とその尊厳等々語る人々は限られてきている。このような国は世界ではない筈だ。