神社には「例祭(れいさい)」という重要な行事がある。これはご祭神の由緒や神社の縁故によって決められた「恒例の大祭」であり、その神社にとって最も重要な祭祀である。これは欠かさず毎年行われる。神社神道を建学の精神に持つ本校も例祭はあり、「春季例祭」と今日の「秋季例祭」があって学校行事では最も大切な行事であり、今日も全校生徒、教職員、PTA,同窓会、神社庁からの参列があった。「祭主」は学校設置者の私であり「斎行」は市内にある極めて長い歴史を有する「坐摩神社」の神職によって執り行われた。本校には神職の資格を有した神道科の教員が複数名居り、通常のお祭りでは彼らの斎行で可能なのだが私はこの2回の例祭は格式を重んじて敢えて学校外のお宮さんにお願いしている。
お祀りで神職の方が述べる「祝詞」が最も重要であり、元々は神道において神の言葉その物を指す物であったが、次第に神に奏上される言葉を意味するようになった。 神様からの恵みを讃え、崇拝する気持ちを表明する内容が盛り込まれる。 祭りの趣意を神に述べ、神の加護を受けられるよう祈る言葉でもある。この中に「来年度は創立100周年を迎える」とのお言葉が入っていた。五穀豊穣に感謝し、今日食べるものがある幸せを思い、健康で立派な人間に育つように神様のご加護を祈念するのである。生徒と教職員を護り、「曲がごと」などが降りかからないようにお願いするのである。こうすることによって人間は謙虚になり、間違った事をしない「自己抑止力」が働くものだ。
今年の生徒自治会が出していたテーマは「天壌無窮」であった。最初これを聞いた時には些か驚いた同時に嬉しくなった。天上無窮とは我が国が天地とともに永遠に極まりなく続くさまを言う。「天壌」は天と地であり、「無窮」とは極まりないさま、永遠の意である。「日本書紀」にある言葉だ。日本人の中でも最近はこの言葉さえ忘れかけていると言うのに神社神道の学校で学ぶ生徒からこのような言葉が出たことに私は「教育の力の凄さ」を感じる。副題に「後世に受け継がれる浪速の伝統」とあった。「素晴らしい!」の一言である。第56回目となる浪速祭は既に各クラスが作成した「動画のコンテスト」が始まった。鑑賞後生徒は自分のクロムブックを使って「投票する」のである。生徒が造り生徒が評価するのである。私や管理職、教員は温かく生徒の動きを見守り副賞として「焼きたてパン」をプレゼントする。全ての終了は12:40分頃として教職員には直会としてお弁当が配られ、生徒には学業の成就を祈願した「ノート」と「天上無窮のクリアファイル」が神様から配布されたのである。