2022年12月12日月曜日

開校100周年誌の形式を変える

 「正史:開校100年史」は令和5年度中に完成させることで良い。大きな方針転換である。正史とは完全無欠の言わば「浪速学院版日本書紀」と言っても良い。日本書紀は当時の政府が編纂した日本最初の歴史書である。これに対して同時期の「古事記」は「聞き語り的」なものを纏めたもので、この両方の書物で硬軟揃い、我々は古代日本を知る事が出来た。正史は来年の4月30日の記念式典までに完成させる積りであったが、考えてみると4月30日当日の式典などの風景が一切入っていない周年誌はおかしいと今更ながら気づいたのだ。この思いは前から同様な事で私は感じていた。

それは「卒業アルバム」である。卒業式当日に生徒に手渡す卒業アルバムには卒業式当日の写真などは一切入っていない。すべて以前の写真である。これは卒業アルバムは卒業式当日に生徒に手渡すという考えが凝り固まって、その流れがそのまま今日まで来ているのである。生徒が卒業した数か月後に生徒の自宅に送付すると考えを改めれば時の校長の式辞、PTA会長の式辞、卒業式の風景、最後のホームルーム、友との記念写真などが満載の卒業アルバムが出来る。100周年記念誌も同じことである。現在製作中の100周年記念誌は発刊を伸ばすことにした。今朝ほど関係の幹部教職員を呼んでその旨を伝えた。


さりながら4月30日の当日に「100年史ならず99年と364日」の周年誌が無いのもおかしい。その観点から当日の風景は入っていないが歴史をまとめた「浪速100年の歩みと直近20年で起きた事」の冊子を作り、これをお客様にお持ちかえり頂くことにした。この冊子は入試広報部も広報活動に利用できる筈だ。100年史の意味は「100年前にどのようなスタートを切ったか?」から始まり「途中略」で「最後に今はどうなっているか?」がポイントである。即ち「頭と尻尾」があればそれが100年の歴史を浮かび上がらせる筈だ。式典当日まで我々が何をなしたか、「写真と映像」で纏めるのである。同時にこの100年の日本の歴史と世界の歴史も触れない訳には行かない。世界有っての日本であり、国有っての我々浪速学院、浪速高等学校・中学校である。仮称「古事記浪速版100年史」は以上のような考えで纏めよと指示したのである。




 これらを纏める題材は本校の場合「山ほどある」。学院神社の歴史、校舎の歴史、教育環境の歴史、科・コースの歴史、生徒数の変遷、雅楽・神楽部の創設、浪速生活の綱領、学院神社拝詞、学院曲「海道東征浪速」、神楽「尚学の舞」、校内随所にある壁画、ガラス絵、古事記の序文など、学院神社大鳥居の謂れ、大学進学実績、運動クラブの活躍等々枚挙に暇がない筈である。これらを写真と映像で振り返れば、文は要らない。今私は「10年前の90年史」を見ているのだが、本当に良く出来ていると思うが「何か後一つ」不足していることを感じていた。300人を超えるお客様を迎え、上六のシェラトン都ホテルで行った「90周年記念式典と祝賀会」の風景を伝える写真は一枚も無いのでる。あれらは一体どこに行ったのか?我々は発想の転換を図り次の百年を引き継ぐ人々に残すための「レガシー」を作らねばならない。それは「正史日本書紀的100周年誌」と「古事記的100周年誌」である。私は今日の校務運営委員会で幹部教員に対して周年誌の方針変更と卒業アルバムについて検討するように指示をした。