2022年12月20日火曜日

二人目のプロ野球選手が誕生!

 遂に今日で「2学期が終わった」。2学期の終業式は通常と違って一風違うものがある。高校生は授業で「総合的探究」が課せられているが、この間に高校3年生は3年間使って来た「自分専用のロッカー」の廃棄処分がある。中高揃って「神前奉告の儀」が始まるのは11時。その後「学院長講話」が何時ものように粛々と進んだ。今年最後となる講話では高校3年生は最早、実質的に授業がなく、それぞれの生徒が次の進路に向けた勝負の月度になるから、私はその辺のところに触れながら激励をした。 

1月の中旬には大学進学共通テストがあり、大学受験が本番を迎える。1月31日に卒業式となるので学校は「何か独特の雰囲気」に包まれる。激励しながら送別の言葉を重ねるのも案外と難しい。高3生が学校から居なくなるというのはどうも“もの悲しい”。講話では「いじめ」と「インターネットの使い方」について新聞を見せたり、資料をかざして、ある程度の時間を使って指導の言葉を伝えた。折角の時間を甘い事ばかり言っているだけでは駄目であり、生徒には「はっきり、伝える」ことが重要だから言うべき事をじっくりと考え、実行している。 


学院長講話が終われば、通常ここで校長先生にバトンを渡し、「終業式」に移行する。しかし今日はこの間に「特別な企画」があった。2018年本校を卒業し、國學院大學に進学した田中千春君が就職先をプロ野球の読売巨人軍にしたことである。正確にはジャイアンツの方から「ドラフト3位指名」で決まったのだが、その彼が久し振りに母校に戻ってくれるというので、後輩の生徒と共に「激励式典」を企画したのである。彼の恩師であるI先生が司会進行してくれた。滅多に見られない、嬉しい催しであった。田中君は私が入学を許可し、卒業させ、私にとってはオリックスで大活躍中の近藤大亮君に続く2人目のプロ野球選手が誕生したことになる。それも初めての巨人入団であり、素晴らしい。私の部屋で暫く懇談したのだが在学中の礼儀正しさと明るさは全く変わっていなかった。それにしても背が高い。伸びたと言う。 



プロ野球界の盟主と言われている巨人軍で、背番号は48番と決まった。田中千晴君はとにかく在学中から将来はプロ野球の選手になることが夢で毎日毎日努力し希望を叶えた。黙々と練習する姿を多くの教職員が見ており、本校の教職員にもファンが多い。身長190㎝を生かした153キロのストレートとフォークボールが武器であり、早く一軍に昇格し、テレビで彼の活躍する雄姿を見たいと思うが、その日も近いのではないか。それらを私は祝意の言葉に入れた。彼は多くのお土産を持って来てくれた。まず巨人軍の帽子、ボール、カレンダー他だった。私は少ないが規定に則り「お祝い金」を手渡した。田中君は「まだジャイアンツから契約金が入金されていないので、入ったら、先生、寄付を考えていますから」と言って呉れた。寄付金など期待はしていないから「早く一勝を上げよ!」と激励したのである。後輩からの花束贈呈は嬉しそうだった。田中君の後輩へのメッセージも素晴らしかった。

 

その後今年最後となる「職員会議」があった。私からは先の理事会の報告と最後は今年1年の働きに対して、教職員へ慰労と感謝の言葉を申し述べた。その後私はグランドに行き、高校軟式野球部、中学野球部が主体に使っている野球場に「電光式カウントボード」の贈呈式に臨んだ。かれらは硬式野球部ほどの派手さは無いが府内でも屈指の強豪チームであり、近畿大会、国体への出場の常連校であり、クラブ員の希望を聞いて私は特注品であるが購入した。保護者も参加されており、大変に喜んでくれた。クラブ員が欲しがっているものを用意し、喜んでくれる様を見ることほど嬉しいものは無い。 






さあ、これで今年の公式行事はすべて終えた。いよいよ来年は大正12年4月30日に生徒204人で旧制浪速中学校が開校してから100年目の節目だ。教職員一同心してこの慶事を祝い、益々生徒の為に学校の質を高めて行く。私立学校には何ら制約は無い。我々がやるかどうかの意思と行動あるのみ。16日の理事会で私は4月以降も理事長として続投することが内定した。老骨に鞭打って、粉骨砕身、皆の先頭に立って頑張って行く積りである。