2024年4月6日土曜日

入学式明けて、今日6日は、新入生「オリエンテーション」登校日

 



「余情」という言葉がある。後まで残っている、印象深いしみじみとした味わいなどを表現する時に使う。良い言葉だ。私は今、昨日の入学式の余情に浸っている。「余韻」という良い感じの言葉もある。これは音の鳴り終わったのちに、微かに残る響きや、音が消えたのちも、なお耳に残る響きから出て、「事が終わったあと」も残る風情や味わいなどを言う。私はまだ昨日の入学式の余情・余韻に浸っている。昨日の入学式は「圧巻」だった。「人、人、人・・・」の群れであった。極めて良い雰囲気の入学式だった。1昨年が1011人、昨年が1048人、今年が1107人だからこのような状況を「右肩上がり」と言う。入学式当日は勿論心地良いが、一夜明けた今日も気持ちが良い。新入学生が登校してくるのを待ち構え、顔を見るのが楽しみだ。まさに希望に燃える若者とこのように触れ合えるのは幸せである。 





昨日は入学式の後、夕方7時まで待ち、学校法人の「合祀祭」を実施した。約6時間近く時間調整して日が落ちるのを待ったのは理由がある。神道の合祀は「浄暗の闇の中」で行われる。浄暗、あるいは浄闇と書き「じょうあん」と読むのだが、神事をとり行う際は「けがれのない暗闇」で行う必要があり日の暮れるのを待つ。そして神職が「祖霊殿」の扉を「ギギギー」と開ける瞬間には校内の全ての照明電源を落とす。一瞬、真っ暗闇になる。今年は四柱(よつはしら)の合祀であった。「御霊」の「遷霊の儀」と言い、卒業生、教職員、先輩諸兄や恩師、本校と関係の有った人々が「神様となられ」、今生きている生徒達の健康と学業の成就を見守ってくれる。日本全国、どの学校にこのような形を継続している学校があろうか。私はこの点こそ、本校の正統さ、品格、優しさであると思う。私も死後はこの祖霊殿に合祀して貰うことを決めている。不肖木村も神に成らせて頂いて、この学校の守り神に加えさせて貰いたいと思う。

 

今日は正式な登校日である。自宅から昼食弁当を持参させ、高校では「オリエンテーション」。各教室にてオンラインで様々な事を知らせ、教え、事前研修として8日の始業式及びその後に臨んで貰う為である。学年、教務部、そして総務部からは図書館の使い方等、人権教育推進委員会から諸注意、夏の英語特訓「グローバル・アカデミー」の説明、特に外部講師をお迎えしての「ネット犯罪防止教室」がある。ここで昼食を摂らせ、その後は体育館に移動し、生徒生活指導部から徹底的に「駄目な事は駄目」を懇切丁寧に教える。そこまでで1330分、その後は各クラブからクラブ紹介がある。その他、自転車通学の手続き、各教室の自分のロッカーの使い方、シールや落書きは絶対に駄目とか、教えるのである。面白いのは職員室での先生の呼び出し方というのもあった。高校生になるとまさに中学時代と違って様子が一変することを感じさせないといけないから高校の先生方も走り回って、最初は大変なのである。