2019年4月5日金曜日

「浄暗の闇」

本日午後7時から学校法人の「合祀祭」を実施致しました。「祭主」は私ですがご「斎行」は市内の坐摩神社の神職にお願いしました。明日は「春の例祭」の日で、例年その前日の夜に行われます。場所は学院神社本殿の隣です。平成28年5月に旧祖霊舎を解体修理し「祖霊殿」と改称し現在の場所に設置しました。元々の創建は昭和28年11月でした。学校の旧教職員、卒業生、生徒などの関係深い人々が合祀されています。


私の家は仏教の曹洞宗の家で、父も母も越前の永平寺に永代供養されています。私は勿論長男として曹洞宗ですが、何時か帰幽すればこの祖霊殿に合祀してくれるように理事や管理職には申し伝えています。「分霊」です。この中に入ってこの学校を見見つめ、弁慶の如く立ちはだかって学校を護りたいと思っているのです。


神道の合祀は「浄暗の闇の中」で行われます。浄暗、あるいは浄闇を「じょうあん」と言い、神事をとり行う際の、「けがれのない暗闇」のことです。今年は六柱(ろくはしら)の合祀でした。旧教職員が四柱、生徒が二柱でした。この「六柱」の「御霊」の「遷霊の儀」が執り行われ「祖霊殿」に合祀されました。今日で合計1259柱となりました。「祖霊殿」に祀られた先輩諸兄や恩師が神様となって今生きている生徒達の健康と学業の成就を見守ってくれているのです。全てが終わった後は記念の写真撮影となります。

神様の数え方は人間ではありませんから何人とは言いません。神様ですから一柱、二柱というように、柱(はしら)と数えます。「古事記」の記載から柱です。何故柱と言うのか専門的には良く分かりませんが、古来より日本人は、自然の中に神々の存在を感じ、特にそもそも神社のご本殿やご神体は、大自然そのものでした。山国である日本にとって、森は神々が存在する場所であり、現在でも神社には「緑深い鎮守の森」があります。本校の学院神社もまだ日も浅いので木々がこんもりとはしていませんが、一応鎮守の杜を作っています。
私は学院神社の境内周りを何時までも大切に管理保護するように強く管理職に指示しています。木には生命があり、そこには魂が宿っています。枯らさないようにしなければなりません。神木と言われている「櫛の木」は最も太いもので幹回りが3m83㎝あります。学校創立以来の樹だと私はみています。このように神道には木を大切にする宗教文化があり、木から作る柱は御承知のように「家」において極めて重要なものです。そいう関係から神様は柱におりてくる、逆に言えば柱こそ神であると私なりに理解しているのです。