2024年2月2日金曜日

学校の校舎の概念を変えたい!

 「学校の校舎の概念」を私は変えたかった。大学に比べて小中高の校舎は随分と見劣りしていたのは事実だ。誰もそれを否定はしないだろう。大学は「最高学府」と言われ、バックは文部科学省だから国家主管でありお金がかかっている。これに対して公立の小学校は市町村立、高校は都道府県立だから予算制限はあるにしても、条例によって「全て公金」で賄われる。しかし私立学校にはそのようなバックはいない。校舎を建てると言っても全て「自力」である。私立は経常費からコツコツと溜め込んで費用を工面するか、金融機関に融資を頼み長い年月で返済するのが実態である。私は多く目に入る公立の校舎のように変化の乏しい、平面、灰色、コンクリート色の校舎にはしたくなかった。先駆的で「これが私立の校舎だ!」と発信できるような校舎にしたかった。「挑戦」である。毎朝、私は出勤時に見る中央館と東館、学院神社の幻想的な雰囲気が大好きで、満ち足りた幸せな気持ちになる。受験生や保護者は「まあ、ホテルみたい」「観光地の建物みたい」とか言われて感嘆される。在校生は勿論誇りを持っている筈だ。 


まず予算制限を外し、「思い切ったアイデア満載の校舎」にするのは私立学校のミッションみたいな気がする。何処を切っても同じような「金太郎飴」みたいな校舎を私立が作っても意味は無い。校舎の英語は分かり易くschool building schoolhouseで良いと思うが私はschool buildingの方を好む。ハウスと言うから「家」になってしまうのではないか。大きな地震でも耐えられるビルであった方が良い。「あめつゆをしのぐ」という言葉がある。“雨露を凌ぐ”である。雨に打たれたり朝露に濡れたりすることを回避することだが、奥底の意味は、それが可能なだけの最低限の屋根や壁のある場所に起居すること、転じてそのような最低限の住居でつつましく暮らすことだと思う。日本の文化は江戸時代から勉強するには雨露をしのげれば良いという感覚が文化に中に有ったと思う。それが今に引き継がれている。校舎にお金をかけないのだ。逆だと思う。校舎にこそお金をかけよ。 

能登半島地震の例でもあるように「避難場所」に学校の校舎は指定されているが、その使い勝手は決して良いとは言えない。冷暖房はなく、トイレも少なく、当然人的被害を被ったり財産を失った人々に寒い避難場所で追い打ちをかけているのが現状である。学校法人浪速学院の校舎は耐震強度は最高レベル、照明は多く、広く、明るく、清潔で全館冷暖房、全館ワイファイがあり、トイレや手洗いの数も多い。それはそのように意図して作ったからである。今建設中の新中学校校舎は更に豪華に機能的な地上6階建てのビルディングである。外から見える「透け透け」のエレベーターと階段を配置した随所に見所満載の校舎にする。見栄で作っているのではなくてまず「学習効果」が上がるように、避難しやすいように、生徒が誇りを持てるように作っている。その為には「余裕」を感じさせる細かい配慮も必要だ。どのような学校か校舎を見れば直ぐに分かる。今朝ほど現場の視察に行ったが遂に一階部分の土間が出来ていた。これからは一階、2階と積み上がって行くから早いと思う。楽しみだ。 




今日も中学入試「2月特別選抜」があった。最後の最後の入学試験でこれで蓋をして今年度の入学生募集は終えた。この生徒達が入学し、中学2年生で新校舎に入る事になる。入学者数は歴代2番目の数で私は大いに満足している。2月10日に行う高校入試は多くの受験生が来てくれ、過去のシミュレーションに拠れば入学者は昨年の900人を超えて新記録になるかも知れない。嬉しい限りである。今まで1.5次募集を掛けていたが今年は追加の募集の為の入試は行わないと決めた。もう十分に入学者数が読めており、更に募集をするのは些か品格に欠けるからである。朝会で私は居並ぶ関係の先生方にご苦労様と申し上げた。