2022年3月31日木曜日

「人間至る処 青山有り」

 「人間到る処青山有り」という有名な字句がある。これは「じんかんいたるところせいざんあり」と読む。決して「にんげん」と読んではいけないと高校時代の恩師、国語の太刀掛呂山先生が漢文の授業で教えてくれて、それをかたくなに守っている。俗には(にんげん)と読んでもおかしくはないらしいが、私は先生の教えの通り、今でも(じんかん)と読んでいる。意味は人間、骨を埋める場所は、どこにでもあるし、大望を実現するため、あるいは人生を楽しむには、故郷にこだわらず、広い世間に出て活動すべきである、ということ。幕末の攘夷論者として名高い僧「月性」の作である。

私の秘書であったIさんが今日付けで退職された。何と「勤続52年7カ月」である。鳥取のご出身で高校を卒業後本校に職を求められ、爾来ただひたすら「浪速学院」の為に精魂込めて今日までご勤務戴いて来た。実に半世紀以上に亘って一つの組織に属し勤務されていた例を私は他に知らない。大変立派なことである。本校の定年は満65歳であるが、私は「余人を持って代えがたい」気持ちから定年後7年間も延長をお願いし、今日まで来た。しかし彼女の人生であり、今後は学校を離れて自由に今後の人生を楽しんで貰いたいと決断した。まさに人生100年時代を迎え「人間至るところ青山あり」である。本日の職員会議に先立って全教職員の前で私は感謝状を読み上げわずかであるが「気持ちを添えて」送り出したのである。感謝状の一文は:




感 謝 状
  ●●  ●●● 殿   

貴殿は本学院100年の歴史において 昭和44年入職から52年7ヵ月という半世紀にも及ぶ永きにわたり まさにその半生をかけて職務に精励し 本学院の教育振興と発展にご尽力されてまいりました

平成19年から令和にかけての近年には 開校90周年 新学院神社御造営 新校舎建設をはじめとする小職による「浪速改革」激動の時代において 理事長秘書の職務を献身的に全うされた功績は誠に多大であります

このたび退職されるにあたり 永年のご苦労に対し深甚なる感謝の意を表します

令和4年3月31日

学校法人浪速学院     理事長 木村 智彦    


人間は人を迎える時よりも送る時の方が重要である。歓迎会より送別会の方により気持ちを持ったほうが良いと私は思う。私にとってこれまた一つの区切りがついた。これからのIさんのご健康とご多幸をお祈り申し上げたいと思う。「Iさん、本当に長い間、助けて頂いて有難うございました」。