2023年4月15日土曜日

自分を知り謙虚に学ぶ姿勢は大切

 今日は終日、雨みたいで新入学生の為の「文化部発表会」は事前に用意していた「雨天時バージョン」を採用して実施した。元来は広い人工芝グランドを使って軽音楽、雅楽、ダンス、津軽三味線、神楽、吹奏楽部の発表会はやむなく体育館に代わって、それを放送部の2台のカメラで撮影しオンライインで各教室の生徒に流す方法だ。確かにグランドに座り、目の前で見られる臨場感溢れるものとは違うが雨には勝てない。2部は囲碁・将棋、鉄道研究部、合唱、書道、写真、化学、新聞、パソコン、放送部と展示が本部から送信され生徒はそれをモニターで見るという仕組みだ。9:50分に始まり、正午前には全てのプログラムが終えた。以上が本校のやり方で私が書くと如何にも簡単に見えるが分掌、担任、クラブ顧問、それにクラブ員の生徒や特に放送部員の総力で行われるものである。今本校はこのような学校であることが嬉しい。私は今年から会場は校長先生に任せ自室で仕事をしながら部屋のテレビで生徒達の演奏を楽しんだ。

昨日、高校の1年生用の端末「クロムブック」850台が到着し、開梱して設定をICT教育推進部が行い、今日の1限目に全員に配布された。今日から3年間、生徒の身近にある極めて大切な教育ツールである。今やいち早く最新のグーグルの端末を全高校生が保有し、ICT教育が普通の光景になったのはこのクロムブックのお陰である。今やグーグル本体や日本の代理店からも高く評価される学校になったのは「思い切った踏み込み」のお陰であり、当時必ずしも日本での教育ICT機器のグーグルのシェアや評価は強くも無かった時代に我々はグーグルのクロムブックとその代理店ASUSにかけた。しかしこれが勝利の道を開いたと言える。リーズナブルの値段で堅ろうであり、ソフトも満載されているこの機器は生徒からも「早く下さい」と言われているくらい選択は正しかったと思う。 



土曜日であったが13時10分から4月1日に着任式を終えた新採の教職員に集まって貰い、少しお話しする機会を持った。これから1年間、新卒の人は教師の卵としてオンラインジョブをしながら成長をして貰い、新たに本校とご縁を結んだ先生方には早く本校の建学の精神や、学校設置者の思いを早く理解いただき、早期に本校の為に成果を上げて欲しいからである。本校では大体最大3年を目途にあらゆる視点で総合的に判断するが、本校の専任教諭として是非生涯に亘ってご勤務戴きたいと強く思う。特に今年は開校100年記念の節目に当たり、優秀な先生の獲得を期待している。学校は直接生徒と向き合う教師の腕に大きな影響を受けるだけに「鉄は熱い内に打て」ではないが新採用の先生とてこれは例外ではない。先ほど実施した校外施設の見学感想文を読ませて頂いたが少し「?」を感じただけに今日の講話を企画した。「何が大切か」、答は簡単明朗で「謙虚に学ぶ、深く考える姿勢」を有する人が最後は生き残ると思う。 


その為にはまず学校を理解すること、学校設置者を理解すること、校長、教頭、管理職先生への理解、同僚の理解、そして何より、生徒を理解すること、保護者を理解すること等から全ては始まる。まだ自分の教育観を述べるには早すぎる。まず自己目標を定め、資格取得を図り、努力することだ。「自分の発する一言一句に敏感」でなくてはならない。「学ぶ人には勝てない」という言葉がある。これから先は一瞬一瞬が勝負であり、レポート1枚に自分の全てが出ると言う事、まず全てのスタートは「自分を知る事」だと思う。そのようにして周囲の評価を得た人が本校の専任教職員として採用の声がかかると思う。頑張って頂きたいと思う。




2023年4月14日金曜日

教職員の定年年齢を上げる!

 本校の教員は「お世辞でもなく本当に良く働いてくれる」。特に「浪速改革」により「教員の意識改革」が進み、自己の能力を高め、自己開発を進め、組織の一員として全体のベクトルを見ながら、自分の持ち場、持ち場で頑張ってくれていることは間違いない。どのような組織でも管理者はこの言葉を常套語のように使うが、私は彼ら以上に絶対的な自信を持って断言したい。「うちの教職員は能力高く、非常に良くやってくれている!」と。これは私だけが言える言葉である。このように素晴らしい勤労集団を持つ組織管理者の仕事は彼らへの「働き方の改革と報酬の改定」を常に考え制度化することであり、今私は「開校100周年、人生100年時代」を迎え、現在の定年年齢65歳をまず幾分か上げることを今年内に制度化すべく真剣に考え、常務理事に具体的な検討に入るよう指示した。新しい定年年齢を幾つにし、それを何時から始めるか?又退職金を何時の時点で支払うか等々である。当然理事会に諮ることになる。 

最近、NHKのクローズアップ現代と言う番組を視聴したが、考えさせるテーマだった。それは近年時々「FIRE」と言う概念を報じたものだった。NHKらしく賛否両論併記の形だったが私には「少し違うな!」と言う受け止めだ。FIREとは会社員の早期リタイアの一つの形で、アメリカから広がった言葉である。投資の活用や生活費の圧縮を通じて、従来よりも若い年齢でのリタイアを示す言葉で、「Financial Independence, Retire Early」の頭文字をとった言葉だ。Financial=財政上のIndependence=独立Retire=退職Early=早期で、直訳すれば「経済的に自立しながら早期退職する」ことを指す。これを実践する会社員が増えているとNHKは報じていたが、本当にそうかとの疑問が私にはある。このようなFIREが出て来た背景には新型コロナウイルスの感染拡大により、日々オフィスに出社して働く生き方を変えたいと考える方が増える中で、今後もFIREに対する関心は高まっていくと評論家は論じていたが、誰もがこのような考えにとらわれては社会は衰退しその国は亡びるだろう。 



私の経験している学校の教職員の本性は「教えると言う行為」が大好きで定年後も出来るなら「教師として教壇に立ちたい」と考えているとして間違いは無いと思うが具体的に内心に立ち入り、具体的に聞いたことないから分からない。ただ「FIREの為には数千万円以上の自己資産が必要」である。又根本的に「自分は資産があるから、出来たからもう働かない」と人間は成るものであろうか。NHKでも資産は投資の失敗や株価の変動で目減りするリスクも報じていたが、目に留まったのはある人が「FIREの生活には自分の成長が無い」と断言していたことだった。社会との繋がりを持ち、苦労も楽しみも味わいながら毎日を過ごすことが人間の本質であり、金を貯めるだけ溜め込んで後は一人部屋に閉じこもり、パソコン画面と睨めっこして株価の変動に一喜一憂する毎日が充実したものとは思えない。日本には昔から「額に汗して働く」ことが人間としての最大の美徳であり、私はFIREを否定したいと思う。相当の資産を貯め込んで得意満面に「今日からFIRE生活です」と言っても、私に言わせれば、それは単に「閉じこもり」である。


2023年4月12日水曜日

4月30日が粛々と近づいてくる!

 懸案だった100周年記念碑「祈願」の土台の色が昨日最終的に決まった。当初は「黒御影」一色の土台であり、何か「黒光り」し過ぎて、神社前に設置する碑としては「目立ちすぎ」のような気がした私は前回の現地調査で「ノー」と言い、黒面に「ショットブラスト」をして黒を灰色になるようにお願いした。その作業が昨日終わったというので気になっていた私は河内長野市の「石駒」さんに又出向いて自分の目で確認した。まだ試験と言う事で側面1面だけだったが一目見て「これは良い!」とその場で「オッケー」を出した。品の良い灰色となり上下部分の台が黒なのでコントラストも良く、丁度正門の柱と同じ意匠に近くなり、ここでもまた偶然性に驚いた。来週半ばには出雲市から萩焼の「祈願の陶芸作品」が持ち込まれ、設置されることになる。素晴らしいものになると確信した。 


その脚で千早赤阪村の多聞イチゴ園に走り、中学一年生の多聞見学の様子を見た後、学校にトンボ帰りして、4月30日奉祝祭、式典、祝賀会において使用する「ビデオ映像」の試写会に臨んだ。高校校長と二人の教頭が最初から取り組んできてくれたもので「どんなものになっているのか」、期待と不安があったが、結果は十分私を満足させる「出来栄え」であった。これが全く私のイメージに遠い物だったら、勿論やり直して貰うのだがそれは杞憂に終わり、安堵した。やはり長い付き合いで今まで苦楽を共にしてきた管理職は理事長を理解しており、「頼りがい」があると思った。今回の祝典全ては基本的に「映像と音楽」で100年を表現するものでこのような企画は恐らく初めてだと思う。それだけに立派な、分かって頂く芸術作品に近い動画を用意しなければならない。 


昨日はまだ初日で第二弾がある。又これらの映像をどのように進めて行くのか、MCが極めて重要であり、今回はプロのアナウンサーをつかわず、自前の総合司会者を充てる。その担当は私が共学校になって校長として入学を許可し、卒業を許可した女性である。在学中から優秀で立派な大学を卒業し東京のIT企業勤務を経験し、私が母校に呼び戻した経緯がある。当初は専門を活かして事務職員、情報企画部勤務として頑張って貰っていたが、この度情報科の教員免許を取得して貰い、4月からは教員として育てて行く積りである。さぞかし立派な教員になってくれることを期待している。高校時代は放送部に属し何回も大阪代表で東京の全国大会で優秀な成績を取った「頭良し、声良し」の近代的な女性である。彼女の登場だけで汗臭い男子校の本校が今や共学校私学の雄になったと皆さまにご理解頂ける筈だ。従って今回の4月30日の式典で言葉を発するのは理事長の私とMCの彼女だけである。果たしてどうなるか、我ながら大いに興味関心がある。 


高校1年生の多聞尚学館オリエンテーションの第二班が8時50分に出発した。今日は黄砂が酷いと言う情報があったが、気にしていては何も出来ない。私は元気よく生徒を送りだしたのである。4月30日が粛々と近づいているが、何か私の気持ちは落ち着いている。100周年誌も印刷に入った、祈願の碑もほぼ見えて来た。浪速中学校建設宣言の舞台設定も抜かりなく進んでいる。後2週間強でその日がやってくる。



2023年4月11日火曜日

多聞農園のイチゴハウスを1棟増強する!

 「銀も」は「くろがねも」と読む。ぎんと読んでは間違いである。これは「山上憶良(おくら)」の歌で「銀も 金(こがね、くがね)も玉も なにせむに まされる宝 子にしかめやも」から来ている。直訳としては「銀も金も宝石も、どうして優れた宝であろうか。いや決してそうではあるまい。それらは子供という宝に及ぼうか、いや到底及ぶものではない、子供こそ宝である」という風に読めば良いと高校時代に学んだ。出典は「万葉集」である。この「人生歌人」と呼ばれた憶良は飛鳥、奈良時代の役人・歌人・詩文家であり、「万葉集」には和歌が73首ほか漢詩文も収録されている。歌風は質実で人間味あふれるものが多く、私の大好きな万葉歌人の一人である。何時もの事だが、入学式でピカピカの中学校1年生と保護者を見ると、この歌を想う自分が居る。 

遂、先日まで小学校6年生で「子ども、子ども」した顔と言動が実に可愛い。それが浪速中学校の制服を着て走り回っている姿を見ると私はいとおしくてならない。この子らの為に特別に何かをしたいと思うのだ。その昔、本校に来ると決まった時に府内の有力私学の理事長が私にアドバイスとして次のように言ってくれたことがある。「木村さん、私立中学と言えども義務教育の一環だから、これは私立高校とは根本的に異なります。その視点で私立中学の経営を考えるべき云々」という意味だった。この言葉こそ浪速中学校に対する私の信念に繋がった。実に名言であったと思う。浪速高校と浪速中学は異なるのである。今まで高校に集中して資金を投じてきたがこれからは中学校に焦点を当てる。

「 開校100周年を祝って私は浪速中学校の新校舎を建設する」ことを決めた。4月30日の奉祝祭で「内外のお客様の前で高らかに宣言」する。つい3月末に竣工したNS館に連結された地上6階建ての美しくて機能的な新校舎だ。4月30日当日にご披露申し上げる新校舎の拡大パース図が完成し、今朝ほど実際に現場でイメージ通りになっているか確認した。間違いなく私のイメージした看板になったと思う。素晴らしい出来になり、5月中旬くらいまでこの場所に立ち来校されたお客様にご高覧頂けるだろうと思う。それ以降はどうするのが良いのかじっくりと考えてみたい。単に廃却するのは知恵が無かろう。何処かに適当な場所は無いか。入試広報部の人たちはそれを望むのではないか。これから先の学校説明会で物言わずこの看板は来年度中学入学希望者に夢を与えると思う。 


先に学校を出た4台のバスに乗り込んだ中学1年生を追っかけて千早赤阪村の中学校付属施設である「多聞イチゴ園、農園、果樹園」に車を急がせた。今日は中学1年生の校外学習施設見学会で生徒達は美原の「高天原スポーツキャンパス」「多聞尚学館」とこのイチゴ園に行く。現地では管理をしてくださっている女性のSさんと男性のHさんが準備を整えて待っていてくれた。148個の大きくて甘い、甘いイチゴを生徒は自ら採って味わう企画である。特にイチゴ栽培の名人のSさんがチームに入ってくれてイチゴの味は各段に上がった。生徒の中にはイチゴはスーパーにあると思っている生徒が居るかどうか知らないが、イチゴやダイコン、玉ねぎ、そしてクリなどは苗から木から成るものだと身を持って体験する特別企画である。入学者が増えたこともあり私は更に1棟ビニールハウスを増強することを決めた。来年からはたっぷりとイチゴが中学1年生を待っている。








2023年4月10日月曜日

巨大船舶「浪速丸」、エンジン音を轟かせ順調に船出!

 忙しいが充実した「黄金の日々」は続いている。3月27日の「理事会・評議員会」で役員の改選が行われ、学校法人は気持ちも新たに動き始めた。3月29日は「開校100周年記念茶会」を催し、多くのお客様がお茶室「洗心亭」で「和敬清寂」の精神世界に浸った。4月1日は関係教職員に「辞令」を手渡し、新たに32名の「新任教職員」を迎えた歓迎式を済ませた。翌4月2日は河内長野市の高野山遺跡本山「観心寺にてお献茶」があり茶道部の生徒を連れて参列させて頂いた。そして4月3日は新入生の準備登校があり、4月4日は翌日に控えた入学式の準備に当たり、いよいよ5日に「入学式」を挙行した。何しろ高校1年生が900人、中学1年生が148人と合計1048人の入学式の熱気に私は圧倒され、責任感と幸福感が身体中に満ちて行くのを感じた。4月6日「合祀祭」を行い、遂に全校生徒が集まる「春季例祭」と「始業式」を7日に行った。総勢2903人だ。 


ここまでは仮に学校を巨大な船舶に例えれば名前は「浪速丸」、この船は岸壁を離れ、エンジンの速度を上げている状況だ。ようやく「船出」が済んだ。しかし学校と言う船はまだまだエンジンの唸り声を響かせながら航海速度を上げている。この間生徒達は「記念クラス写真」を撮り、今日10日は3クラスの生徒が「多聞尚学館」「高天原スポーツキャンパス」などの校外学習施設の見学に出掛けた。私は出発する一団を引率する教員を激励し、生徒を東征門で見送った。私以外、管理職が常に校外に出掛ける生徒を見送るのは「本校の美点」である。何しろ21クラスだから全クラス済ませるには4月一杯かかる。この間、全学年の「検尿」、そして「健康診断」があり、15日は文科系の「クラブ紹介」が来る。「体力測定」は法令に従って行うが、これは19日としており、22日は「保護者の授業参観」がある。早い段階で本校のICT教育を観て頂く。月末の28日は「校外学習(所謂遠足)」を入れて新しい友達との距離を接近させる配慮をし、いよいよ30日に「開校100周年奉祝祭」を執り行う。ざっと5月の連休まで学校は緊張感を持って航海速度を徐々に上げて行く。

 

5日の入学式から続いている学校の「羅針盤」は極めて大切である。新入生を早く学校に慣れさせるためにはある程度のスピードで様々な環境を見させることが有効である。「小学生から中学生」に、「中学生から高校生」に徐々に変身して貰う為に、まず「意識変革」を期待するのだ。そのために彼らが見る光景をくるくると変える必要がある。自分の入学した学校の全てを早く見せてやらねばならない。まず「浪高生」「浪中生」としての「誇りと矜持」を持って貰いたいと念じるが故に様々なニュース番組を興味深く見させるのである。 

午後には年度最初の「安全衛生保健委員会」と「校務運営会議」があった。学校医のドクターも出席して頂き、新年度も順調にスタートした。とにかくこの産業医の経営するクリニックが学校に近いので、教職員や生徒で何かあればすぐ行ける距離で極めて便利なのが嬉しい。令和5年度からこれらの会議は月に一回と正式に定めた。とにかく会議などは極力少なくし、「エネルギーを全て生徒の為に使う」ことが大切である。情報は全て各教職員に貸与しているパソコンにあり、そこを閲覧すれば会議などは基本的に不要である。




2023年4月7日金曜日

令和5年4月7日、100年目の春季例祭

 今日は雨天の中の「春季例祭」となった。神道にとって雨は悪くは無い。どちらかと言うと歓迎かも知れない。雨で植物は育つ。「校内の桜」はまだ花びらを付けており、「桜流しの雨」は、「散り桜」となり「花筏」となるだろう。日本語は美しい。市内の坐摩神社神職に拠るご斎行は何時もながらきりりとし、静かにそれでいて朗々と「祝詞」が奏上された。新一年生高校900人、中学148人、全校生徒総勢2903名が間違いなく祝詞の中で奏上され、学院神社の大神様に新年度のスタートを寿ぎ平穏無事、学業成就が祈願された。雅楽部と神楽部による「尚学の舞」は荘厳に奏でられ舞が奉納された。雨天につき「回廊」に舞台を用意した。お供えの段の先にはガラス絵の「天孫降臨図」が目に良く入って来る。よくぞ一般教室7部屋分を犠牲にしてまで回廊にしたものだと今更ながら「あの時の決断」を思い出す。決して無駄な空間ではなくて本校の余裕を示しているのが回廊である。それにしても全て自前の生徒による雅楽部と神楽部の奉納は本当に誇り高い。例祭の後は生徒に「直会」の品としてノートブックが神様から手渡された。 




まず、最初に1日に着任した新人の教職員をテレビカメラの前で紹介し、早く新しい先生となじみ、教えを乞う様に生徒達に伝えた。そして私は「学院長講話」に入ったのである。春季例祭の意義、直会の意味、そして尚学の舞の由来などから話を始め「勉強することの大切さ」を強調した。祝詞にあった「ともがらと睦みなごみて,身健やかに、自己の研鑽に」の意味をかみ砕いいて諭し、みんな仲良く頑張るように激励をした。時に手振りで又立ち上がって、入れ替わり立ち替わり、視点を変えて「熱く語る」のが私の特長である。歳を取ってくるとついつい話が長くなるものと自分ながら警戒しているが、言いたいこと、伝えたいことをパンチを持って話すのが大切だ。何を言っているのか分からないようでは人の前で話す資格は無い。生徒や教職員の前で話せなくなったら私も終わりだ。私の責任は意味ある、意義あることを生徒や教職員に熱く語ることである。

 


ご来賓の神社界代表の南坊城先生、PTA会長、同窓会副会長の3人は何時もならすぐに学校を後にされるのだが今日は学院長講話を常務理事室のモニターで全て聞かれ、終わった直後、「素晴らしいお話でした」とお褒め頂いた。入学式での学院長式辞も「少し長かったかな?」と思っていたし、今日も少し長かったかなと思っていただけに、3人の皆さんから感銘を受けたように褒められて安心した。特にPTA会長からは入学式での学院長式辞はPTA役員の中でも話題になっていますと言われたのには面はゆい感じであった。確かに時間の長さより如何に聞く側の心に響く話をするかが大切であり、私は今日の学院長講話でも話し終えて「確かに生徒や教職員に伝えた」確信を持てた。3月末から昨日の合祀祭を経て今日の例祭まで予定に埋まった毎日であったが今日で一段落となった。大きな責任を果たせてほっと安堵している。この後は両校長にバトンを渡して1学期の始業式となった。今日は全教職員に直会の昼食弁当が配られた。皆でお祝いするのだ。