2023年3月22日水曜日

高校900人、中学148人、合計1048人の入学式

 休日明けで早速「職員会議」を朝の9時から中央職員室で持った。全教職員へ20日の「併願点呼の結果」を正式に伝達する為である。20日の数値899人から1名増えて高校の総数はキリの良い900人となった。専願生徒数645人を加え新たに併願から専願への切り替えを含めた総数は900人となったのである。内女生徒比率は38.3%であり少しダウンしているが逆に中学校では148人の入学者の内、女生徒比率は39.9%だから総じて言えることは完全にバランスの取れた、落ち着いた共学校になったということだと理解している。しかし高校は3年連続で伸びた。入試広報部を中心に全教職員が一致協力して頑張ってくれた成果である。心から私は中央職員室に集まった全教職員に感謝の言葉を述べた。 


「クラス数は21クラス」で「21番目の担任の先生の発表」も行った。これで高校の総クラス数は59クラスでこれに中学校が全学年で4クラス体制だから12クラスを加えると総計71クラスと言う途方もない数となった。これらの教室に入る「全校生徒の数は何と2902人」だ。この27日に竣工するNS館の6教室が100%貢献したことになる。請け負ってくれたゼネコンの南海辰村建設さんも喜んで下さるだろう。投資と言うのはこのような状況になって初めて施主側にとっても工事会社側にとっても意味はある。既に私の頭には来年度の想定でクルクル回っているが、来年の事を言うと鬼が笑うから止めよう。以上を受けて今日から「中央職員室の模様替え」する工事に入る。今までと100%趣の違う雰囲気になるだろう。一言で言えば「学年主任を中心」に「学年団が纏まる」というスタイルにした。 



今日以降来年度の準備が具体的に入る。今日だけで新担任会議、教科会議、学年会議等が進められる。4月採用の新人の教員も呼集をかけており、このような会議によって徐々に来年度の業務執行体制が固まっていく。明日からは「一大仕事となる時間割作業」が始まる。心豊かに業務が進められるのも高校で900人、中学148人、合計1048人の数値を確認できたからである。私の心は既に「4月5日の入学式」にある。式辞を作らないといけないが、既に原稿は頭の中にある。後は着る服装を何にするかである。

2023年3月20日月曜日

総勢2900人の生徒数を数える学校になった!

 遂にNS館の工事囲いが取れた。全容が目に飛び込んでくる。今更ながら1階部分を「ピロティ」にして良かったと思う。中央館でも採用し、この部分は「回廊」と名付けており雨天の時など学校行事に本当に役に立っている。回廊が無ければゆうに6教室分くらいは教室が持ってくることは出来たが私は「開放感と余裕感」を優先し、これは本校の哲学と決めてピロティにしたのだった。この方針はNS館にも引き継がれ、次の6階建ての新中学校校舎にも適用される。元々このような建物が好きだったこともあるが、神社神道の学校として「高床式」が望ましいのではないかという思いもあった。出入りの玄関口に柱だけ残して大きな外部と繋がる空間があるのは「学校の品格と度量」みたいなものを強く感じさせる。日本の学校でこのような高床式の校舎を有しているのは恐らく本校だけではないか。本校の「自慢の逸品、一品」である。 


「4月30日の開校100周年奉祝祭」に向けて諸準備が加速している。昨日から「大鳥居」の化粧工事が始まった。化粧と言っても焼けた檜の表面の薄皮を少し剥がして元のヒノキの色に近づけるのである。伊勢神宮様から頂戴した「倭姫宮の第一鳥居」であり、本校にとっては宝物である。寺社建築の専門家である松原建設さんが立派にやってくれるだろう。そういえば倭姫宮も創建100年になると思う。くしくもこのようなご縁となったが嬉しい限りであり奉祝祭には神宮よりトップクラスのご参列者があると秘かに連絡を受けている。4月30日には東京の神社本庁の田中総長もご臨席を頂けるとの連絡を受けており、「錦上花を添えて下さる」とはこのような事を言うのか。感激である。 


今日は遂に併願合格者の数値が最終的に定まった。本日10時に府内の公立高校の合否のWEB発表があって惜しくも残念な結果となった生徒が三々五々保護者に付き添われて本校に登校して来た。最初に入学受付で事務室に来られた時間は10時45分だった。既に専願と内部生は654人と定まっているので今日の併願者を入れて全ての入学者が決まったことになる。当初は20クラスから21クラスかと気を揉んでいたが最終的に21クラスとなった。心の一部では20クラスもあったが仕方がない。贅沢な話で生徒を教室に詰め込むのは「浪速の誠意」ではない。21クラスで行く。1学年21クラスは新記録で公立の中では全学年の数値だ。今現在で入学手続きが終わっている数値は浪高899人(新記録)、浪中148人(新記録)、合計1047人(新記録)が4月5日の入学式に臨むことになった。この時点で何と何と中高総勢2901人と言うから正に一大マンモス校となった。大学系列ではない一般の私立中高で2900人の生徒を抱える学校など聞いたことが無い。総クラス数は中高で71クラスです!一つの学校で71クラスなど簡単に有り得る話ではありません。しかしこれが我々が開校100年目に成し遂げた現実なのです。 

5月連休明けには開校100年を記念して生徒、教職員で100周年の「100の字」を形どった「人文字の写真」を撮ろうと思っている。毎年の事だが私は今朝入試広報教頭、教頭補佐、入試広報部長の3人を呼んで専願、内部、併願の合計数値を確認した。教頭は888人、補佐は879人、部長は865人と私に言明したが、結果は昨年よりも+21人の899人であり大記録となった。最も近かったのは教頭先生の予測だったがそれでも「上振れ」している。このようにして私立高校の命運に直接関与している入試広報の幹部にはこのような「センスというか感覚」を持って欲しいと思ってやっている。今日以降は専願も併願も内部生もない。全ては浪速高校の大事な生徒になる。同時並行で制服の採寸や様々な手続きがあってN学年主任率いる新一年生の学年団が総出で見事に対応してくれた。長くて忙しい日になったが、同時に嬉しい悲鳴を上げる日にもなった。開校100周年を飾るにこれ以上のプレゼントは無い。




2023年3月18日土曜日

春雨の中の令和4年度修了式

 





今日は雨模様の中で令和4年度の修了式の日でした。理事長・学院長先生は冒頭、まずこの春先の雨について「春雨」「春時雨」「小糠雨」「桜雨」などの表現を使われ、日本語の持つ滋味を感じるような人間になって欲しいと切り出されました。そしてこの1年の生徒達の頑張りを称賛され「良い春休み」を過ごすように指導されました。最後に「一陽来復」の言葉を出され、この意味は冬が終わり春が来ることであり、令和5年度という新年が来る意味である。令和5年4月7日の新年度始業式に又皆と元気で会いましょうと話されました。今朝現在コロナ感染者はゼロであるが新年度のマスク着用基準については始業式に告示する旨話されました。(K)

2023年3月16日木曜日

祈願の文字を書く!

 今日は少し「気合」が入っている。朝から100周年記念事業のもう一つの目玉である「祈願の碑」の揮毫だ。字は決して上手くは無いが私の字を見て「勢いがある」と言って下さる人は結構多い。想いを込めて一生懸命に書くと字から浮かび上がってくる人間木村の魂が出て来るのだろうか。開校100周年記念事業の目玉は勿論、「新中学校棟の建設」なのだがこれは2年後の竣功になる。今秘かに私は4月30日の100年前の開校当日に生徒、教職員と共にご来賓の皆様の前でご披露申し上げる「100周年記念碑」に取り組んでいる。本校の理事、評議員の方々は圧倒的に府内の神社の宮司様なのだが、その方々が「何か記念の物を作れ、作れ」と言ってやまない。私は記念碑を作ることにした。その碑の名前が「祈願」である。私は一生懸命「神に向かって、紙に向かって」書いている。 



実は昨日この記念碑の土台に取り付ける「100周年記念銘板」がメーカーさんから納入された。わざわざ私が信楽まで出向き、メーカーさんに直接お願いしたものだった。「陶板」で今我々が胸に付けている100周年のバッジを焼き物で作って貰ったのだ。焼き物は1000度を超えて火を潜ればもう「何千年も朽ちる」ことはない。浪速学院はこれから先も朽ち果てることはない願いを込めて焼き物とした。しかしこれは簡単な仕事では無かったが大塚オーミ陶業(株)さんはこの難しさを克服して見事なものを作って届けて下さった。それが昨日なのである。これを受けて私は「俄然と」やる気になった。それが今朝の書なのである。黒みかげ石に祈願の文字は彫り込まれ、その下部に「100周年陶板」が取り付けられる。 



肝心の土台の上にくる祈願のオマージュは、すなわち祈願をイメージする作品は既に今か今かと「萩市の陶芸工房」で「浪速行き」を待っている。昨年コロナで自粛していた浪速中学校の修学旅行を再開出来、その場所は近代日本の夜明け、幕明けの主役の場所となった萩にした。「萩焼」のその作品を見た時に私は身体が震えるほど惹きつけられた。「まさに祈りのオブジェ」なのである。陶芸家は金子信彦氏と言われる。4月になれば先生自らが作品を萩から運んで下さり、土台の上に設置される運びとなっている。イメージは祈りであり、「鉾のイメージ」も加わる。そう、「天の群雲の剣、草薙の剣」なのである。神社神道の学校としてこれ以上ない作品に出会った。 

4月30日、学院神社の御垣内に近い場所に設置されたこの祈願の碑は別途発注しているPTA寄贈の「3尺大太鼓」の報鼓として剣道部員の打ち鳴らす天地を揺るがすような太鼓の音に合わせて私の手で幔幕が取り外されお目見えすることになる。嬉しい。その日が来るのが楽しみである。

2023年3月14日火曜日

「人生いろいろ、教員もいろいろ」

 「人生いろいろ」は、1987年4月21日に歌手の故島倉千代子さんが発表したシングルである。自身最大のヒットであり、代表曲になっている。島倉さんはこの曲を「第2のデビュー曲」と思っていると語ったとあった。歌詞の中で繰り返し出てくるフレーズは今でも覚えているが「人生いろいろ、男もいろいろ、女もいろいろ、女だって咲き乱れるの」だったと思う。その後“人生いろいろ”は多くの人の口の端に上り、有名な言葉が「人生いろいろ、会社もいろいろ」である。これは小泉純一郎元首相が、当時の岡田克也・民主党代表から、勤務実態がない会社員時代に厚生年金に加入していた問題を追及されたときの答弁でこう答えているが私は名答弁だと思う。詳しい説明責任から逃れ、話を曖昧模糊にする時に「人生いろいろ」と言うだけで人々は笑い、追及の手を緩める。 

私は「人生いろいろ、教員もいろいろ」と言いたい。学校には本当に様々なタイプの教員がいる。本校でもまったくそうだ。正直、理事長として本音を言えば個々の教員への対応は「大変ですぞ!」。しかし今日の“人生いろいろ、教員もいろいろ”は肯定的に言及したいと思う。今朝ほど一人の女性教員が部屋に来て、丁寧に礼儀正しく挨拶してくれた。当然既に報告は受けていたのだが、この3月末で退職する英語科の女性専任教員だ。関西の有名な大学の外国語学部を卒業し、オーストラリアに2年間留学。大学に戻って卒業、その後関西の他の大学の文学部に編入学し、2年後に卒業した。これからが面白いのだが有名な民間会社に4年間勤務し、満を持して私立の高校で英語の教鞭を執り、縁あって本校に来てくれた。既婚者である。 

私は常勤講師1年で専任教諭になって貰った。わずか1年で見抜いたのである。海外の大学も経験し、民間企業の経験もある。おまけに英語検定の資格も有している。明るい。ぶつぶつ文句一切言わず、仕事を確実にする。プロ中のプロなのである。確かにこの先生は英語指導も部活動も分掌業務も一生懸命にやってもらった。しかし「女もいろいろ」だった。退職の理由は「大学院で更に勉強したい」と言う。浪速高校で多くの事を学び、自分の不足していることが分かった。全てに亘って毎日が楽しかったと言われる。5年間の勤務で貯金も出来た。主人に負担を掛けたくないので自分の力で大学院に行くと言う。特に理事長には目をかけてもらって有難うございましたとまで言われてしまった。この先生は天性に明るいのである。私が大学院で学んだあと、再度高校で英語を教えたかったら「浪速にカムバック!」、その場で専任教諭で採用するよと言ったら、「ほんまですか!」と大阪弁で応えてくれた。最初は涙ぐみ、最後は笑って部屋を出て行った。 


“人生いろいろ、男もいろいろ、女もいろいろ、女だって咲き乱れるの“の歌の歌詞ではないが自分の人生である。女もいろいろ、咲き乱れて欲しいと思う。しかし今日、つくづくと思った。相対的に女性は強いし凄い。腹を決めればすぐに方向を打ち出し、動く。それに比べ、男は「グジグジ」していないか。外向きの日本の女、内向きの日本の男と言ったら物議を醸すか?

2023年3月13日月曜日

3月27日の理事会・評議員会,100年を迎える前の大舞台!

 久し振りに全管理職が揃ったので朝方「拡大管理職会議」を持ち、午後からは分掌長と学年主任の入る「校務運営会議」を実施した。会議と言っても実態は理事長からの指示事項の説明や情報交換で「ベクトル合わせ」に近い。事細かい事案は大体個別に協議するので全員が揃った会議やミーティングは自ずと「仕事の指示と情報の共有」が主体となるのは仕方ない。今朝の要点は「3月27日の理事会・評議員会」と「開校100周年記念事業」のことであり、極めて極めて重要なものになるからそのポイントを説明した。

 ・まず5月最終決算理事会に向けて令和4年度補正予算の審議と承認

 ・令和5年度当初予算の審議と承認

 ・令和5年度学校全体の業務執行組織体制の説明

 ・令和5年4月30日の開校100周年事業の一連の全貌についての説明

 ・令和4年度経営指標の数値、入試実績、進路実績、部活動実績の報告

 ・令和4年4月1日付け専任教職員の合同面接

 ・現在の教職員への全般的な処遇の実態と更なる処遇施策の説明

 ・事務職員給与体系の見直し

 ・そして最後に任期切れとなる理事・評議員の新たなる選任について 


次回の理事会は100年を迎える最後の理事会になる。従って開校100年目を迎える数値は重要であるが、教職員の頑張りで素晴らしい数値が揃った。胸を張って資料を作成し堂々と理事会の席で発表して欲しいと思う。100年と言っても100年前の話をして「飯が食える」わけではない。「100年の積分が今日(こんにち)」であり、突然今が有るわけではない。今を生きている我々が100年前の先人に思いを寄せながら、今の数値を説明するのが正しい。数値は正直である。数値は全てを物語る。「開校100年目の大舞台」を素晴らしく飾る。 

私は「特別人事施策」として本校の為に働いている事務職員を対象に「大きな一歩」を進める決断をした。それは教員に比べて幾分割りを食っている「事務職員の給与体系を完全に教員と一致」させる。歴史的経緯はあるのだが、「何時かはやりたい!」と思っていたが、丁度良いタイミングだと判断した。今だに教育公務員は一般職行政公務員に比べ「調整手当」の名目の元、年俸は数%ほど高い。その代わり残業と言う概念は無い。本校は完全に労働基準法準拠の学校に衣替えした。ぼつぼつ公立準拠の私立として「不条理」を正す時が来たと思う。私立においては教員と事務は「車の両輪」であり、然らば給与は同じであるべきだと思う。事務職員は給料の額のアップなどよりも「これで先生方と同等になった」と喜んでくれるだろう。


 私は次期も理事長を務めることを決断した。「7期目に入る」ことになる。1期3年だから長い年月、この学校に奉職してきたことになる。私学法では理事長は理事の互選で決めることになっているが私は上程する新理事案について名誉理事長や各理事の神社を回り説明したのだが、その際、強く続投をお願いされた。新中学校棟の竣功はこの私の手で行うのが責任と考え受け入れたのである。少なくとも開校以来103年目までは私が理事長として「指揮棒」を振る。その後の事は分からないが、今朝のミーティングで居並ぶ管理職や若い先生方に対して「浪速の盛衰」は君たちにかかっている、次の100年に向かって頑張るのは君たちしかいないと激励したのである。





2023年3月11日土曜日

他に学ぶ謙虚な姿勢を!スーパーティーチャーが学校を変える!

 あれから12年経った。2011年3月11日、私たちは浪速改革の最初の大きな成果とも言える「浪速武道館」の竣功式典を2日後に控え、準備に入っていた時だった。発生の時刻とされている14時46分最初は小さな揺れを感じた、丁度「お茶室洗心亭」の床の間の前に据わり「お軸」をかけている時だったのだが、軸が左右に大きく揺れたのである。多くの犠牲者と被災者を出したこの震災は未だに3万人の人々に非難を余儀なくし、日常生活に困難をきたしている。丁度トルコでも東日本を上回る大きな地震が発生し、人間は自然との闘いに全く勝てないと言うことを我々は骨身に沁みて知った。近畿圏に住む我々は今後30年以内に南海トラフの大地震を見ると言う。私は今更ながら「今を一生懸命に生きる」ことの重要性を知った。本日私は正門に弔旗を、中央館屋上に半旗を掲げ午後2時46分に、校内にいる全員に1分間の「黙祷」を捧げるように指示した。 

今を一生懸命に生きると言うことは「自分だけ」「唯我独尊」に陥ることではない。「他に学ぶ」ことが極めて重要である。それで益々今の時間を有効に使える。時間に無駄が出て来ないからだ。特に教員は校内の事に関して専門的に、超多忙な毎日を過ごしているから余計に「井の中の蛙」に陥りやすい。「頭の中を柔らかく」しなければならない。それを強制的に排除する方法として「他への出張」がある。「外を見る」のである。出張は上司が指示して初めて効果あるものとなる。私も企業時代、自ら手を挙げて又上司の指示で本当に良く海外も国内も外に出掛けた。これは本当に生きた勉強となって自分を育ててくれたと思う。その時に言われた言葉は今も忘れてはいない。「木村、良いか、行ってきましただけでは意味は無い。何か一つでも真似をして取り入れろ」と言うものだった。まず「倣う、習う」のである。最初から独創的なものを狙う事ではない。この行為は謙虚さがなければ出来ない。 

昨日3人の教員を東京の昭和女子大学付属昭和中学校・高等学校に出張をして貰ってその報告を受けた。素晴らしい報告だった。何が素晴らしいかと言うと「他に学ぶ姿勢」が際立って出ていた。この事が嬉しい。出張の目的は「情報教育」についてであるが3人の教員が手分けして、報告をしてくれたのだが、多くの知見と発見を得てくれていた。異例だが今朝も3人を呼んで短い時間だったが話をし激励した。3人とも私が面接し思いを持って育てている木村採用の教員である。まず出来ることから直ぐにとりかかって欲しいと思う。「人まねから入れ」と指示した。 



間違いなく21世紀の教育の大きな柱に「情報教育」がある。これは国家としての戦略でもあり、中学、高校教育から情報教育の在り方に加速を付けて取り組まねばならない。21世紀の日本の教育の柱は「英語教育と情報教育」になるだろう。これを制した私立は生き残れる。これは木村が自信を持って断言したい。情報教育に携わっている情報企画、ICT教育推進部、情報科、教務部がしっかりと手を握り進めて行くことで「情報教育の浪速、浪速の情報教育」がこの分野をリードしてくれると思う。別途書くが典型的な成功例に「浪速国際コース」がある。志を持って優秀な教員がやれば「可能」なのである。そう、「スーパー・ティーチャー」こそが今後の学校の命運を左右する。浪速国際コースには既に2名のスーパー・ティーチャーが存在する。私の仕事は如何に多くのスーパーィーチャーを養成するかだ。まだまだ頑張らねばならない。